表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Magia Lost in Nightmare  作者: 宇治村茶々
第3章 夕闇の鎮魂歌
54/322

第51話(3-8-2)

「エーデルちゃん、もういいんじゃないかな」



外の陽の光が僅かに漏れる廃病院の薄暗いロビー、そこのぐちゃぐちゃになったソファに私は座っている。そんな私の隣に腰かけながら彼は言った。



「ここは懐かしいかい?」

彼は言った。私は何も答えられなかった。


「僕はそうでもないよ。あの日から、ずっと僕はここに囚われているんだからね」

彼は破られた窓枠から漏れる光に手をかざしながら言った。そうすると、彼が自分で噛んだ人差し指のぐちゃぐちゃさが際立って見えた。



「君はずるいよ」

彼が言った。その言葉が胸に突き刺さる。


「自分の罪を忘れて、周りを不幸にしているのを見て見ぬふりをして、自分だけ平気で生きようとしてる。本当に卑怯だよ」

違う、私はそんなつもりじゃない・・・・でも、・・・・。


「君のママとパパには夢があった。でも、その夢を実現させるためには君が邪魔で仕方なかった。君の存在が彼らを不幸にしていたんだよ」

・・・・・嫌だ、聞きたくない。


「教会に来た後もそうだ。君はどれだけの人に迷惑を掛けてきたんだい。君の存在は周囲に不幸しかもたらさない」

違う、違う、違う、・・・・・違う・・・・。そんな事、・・・・





「君の罪はそれだけじゃない、つい最近の事すら忘れようとしている。こうすれば思い出すかな?」


彼はそう言って目の前の何もない空間に手をかざした。すると、彼のかざした手の先から色とりどりの花々があたりに広がり始めた。そして、間もなく目の前が小さな花畑となった。

心臓が高鳴り、嫌な汗が頬を伝う。


その小さな花畑から数本の茎が伸びあがり、更に多くの花をつけ、絡み合い、ゆっくりと人の形を模って行く。そうして出来た人型の花のオブジェは見る見る間に次々と増えて行く。



「流石に思い出してくれたかな?」

かざした手を戻し、彼が言った。このオブジェは、いや、彼らは、彼らは私が結界の中に置き去りにした人たちだ。でも、でも、仕方がなかった。彼らに構っていたらアロイジアを助けられなかった。あの時は仕方がなかった、仕方がなかったんだ。


「どうせ君の事だから心の中で自己弁護してるんだろうね。でも、本当に彼らを助ける道はなかったのかな。あの子と彼ら両方とも助ける道があったんじゃないかな。よく考えて御覧よ。君は最善を尽くせたと言い切れるかい?」



「でも、_____」

私はついに口を開いた、いや、開こうとした。



「もういいんだ、そういう言い訳は。もう終わりにしようよ」


彼は私の言葉をそうして遮った。言い訳じゃない、仕方がなかった。仕方がなかったんだ。私は出来る限りの事をしたはずだ。たとえ最初から彼らの正体に気付いて、最速で魔女を倒して鋏を手に入れたとしても、結局はアロイジアか彼らの選択だった。そして、アロイジアは確かにまだ生きていた。だから、私は、選んだ。生死不明の彼らより、アロイジアを。私は、私は・・・・・私は、悪くない、はず・・・・。




「上を見て」

彼はそう言って、ロビーの天井を指差した。


彼の言う通り、私は天井を見上げた。





私はそれを見て言葉を失った。


高い天井にいくつも死体が折り重なって逆さまに山が出来ていた。服や髪の特徴から彼女たちが私を取り巻く人物である事もすぐに分かった。そして、その死の山から時折、白い小さな芋虫のようなものがボタボタと落ちてきている。




「見えるだろ、あれが君の行きつく未来だ」



違う・・・・違う、違う、違う、違う、違う。



「もう終わりにしよう。他人を不幸にしながら生きるのは」



違う。これが未来なはずがない。こんなのまやかしだ。私は、私は___。皆に不幸を振り撒くような存在じゃない・・・じゃない、じゃない、じゃない、はずだ。






「もっ、もう、・・・意地を張るのは止めよ。私は、要らない子なんだよ」

後から、私の肩に優しく抱きつきながら誰かが言った。


後を見ると、それは私自身だった。



「まっ、ママとパパには、そのっ、いっぱい、いっぱい、迷惑掛けたよね。がっ、学校にも行かなかったし、ずっと、ずっと、甘えてた」


「そっ、それに、天才のフランや、もっ、モデルさんのメロエみたいな、すっ、凄い人たちと、わっ、私みたいな、ダメダメな子が、友達になっていいと思う? ふっ、2人とも優しいから言わないだけで、そのっ、本当は私なんかと関わり合いたくないと思ってるはずだよ・・・・2人とも優しすぎるから、あなたに声を掛けただけ・・・そっ、それを、勘違いして、迷惑掛けて・・・・」


「もっ、もう、終わりにしようよ。わっ、わたし、もう嫌だよ、もう、これ以上、誰にも迷惑掛けたくないよ」

私は涙を流しながら私に訴えた。そんな私の涙が私の肩に落ちる。



心が苦しい。心臓が燃えてるみたいだ。これは夢だ。後ろの私が幻覚なのは分かってる。でも、彼女は私なんだ。間違いなく、心の奥底でそう思っている私がいて、彼女はそんな奥底にいる私自身なんだ。だから、苦しいんだ。


そう思うと、自然と涙が溢れてくる。



「苦しいよね。わっ、分かるよ。だって、私だから。そのっ、みっ、認めたくない気持ちもわっ、わかるよ・・・・。私だって、本当は、もっと生きていたいよ。でも、そのせいで周りの人に迷惑を掛けるのは、もう、もう、耐えられないよ」


私は更に泣きながら続ける。私も泣いている。



「むっ、向こうでちゃんとウルリヒに、ごめんなさいしよう。きっ、きっと、ウルリヒなら許してくれる、うん、きっ、きっと、許してくれるよ」

涙を流す私が私の耳元で優しくそう囁く。




「大丈夫。怖くないよ。最後に正しい選択をしよう」

私はそう言って、私にコツンと頭を重ねた。




すると、天井から振ってくる虫の量が少しずつ減って行き、やがて、それは完全に止まった。上を見ると、折り重なった死体の山が少しずつ光に変わり始めていた。


視線を前に移すと、目の前の花のオブジェたちも、その下の色とりどりの花も溶ける様に光になり、窓枠の外へと吸い込まれていく。


隣を見ると、彼が、ウルリヒが微笑んでいた。




「待ってるからね、エーデルちゃん」

彼もそう言うと光の粒に変わり、溶ける様に消えて行った。




そして、空間そのものが外側から少しずつ、真っ白な光に呑み込まれて行く。



私は、・・・・私は、私が死ねば_______皆が救われる。

私が死ねば、私はこの光の一部になれる。

私は、・・・・・・・私は、私も、もう誰にも迷惑を掛けたくない。

もう誰かに甘えて生きるのは止めにしよう。もう胸が焼かれるような思いはこりごりだ。



私も、私も、この光に溶けよう。______私は目を閉じた。









「うん、うん、ありがとう。よく決意してくれたね。ありがとう、私」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ