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Magia Lost in Nightmare  作者: 宇治村茶々
第3章 夕闇の鎮魂歌
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第46話(3-7-2)

違う。違う。違う。違う。違う。そもそも、ウルリヒが死んでるなんて私の勝手な妄想だ。確かに、あの日、私たちはほぼ間違いなく『魔女』の『結界』に呑み込まれた。でも、あの日以降学校から生徒が死んだなんて連絡は来ていない。


いくら私が不登校といっても生徒が行方不明になれば連絡のひとつやふたつくるはずだ。しかし、ママからもそんな話はなかった。つまり、ウルリヒは死んでいない。死んでいない・・・・・・死んでいないんだ。・・・・・・・・そうだ、あの日、私が気付いたらベッドにいたのはウルリヒがきっと気絶していた私を運んでくれたからだ。彼が私を助けてくれたのだ。そうだ、そうに違いない。さっき見えたウルリヒはきっと心の底で彼が消えた事に気を病んでしまっていたことで生まれた幻覚だろう。だが、もう大丈夫なはずだ。彼は私を助けてくれたヒーローで、今もどこかで指を噛んでいる。



「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫・・・・・・」

私はトイレの手洗い場の鏡の前で自分に何度もそう言い聞かせた。大丈夫だ、大丈夫なはずなのに、何でこんなに心が苦しいのだろう。鏡の中の私が何か言いたそうな顔で私を見つめる。違う。私は悪くない・・・・私は、悪くない・・・。




『どっ、どうして、どうして、あっ、あの時、ウルリヒの忠告に従って帰らなかったの? あの時、帰っておけば、こっ、怖い思いもしなくて済んだよね。ウルリヒも死ななくて済んだのに。酷いよ』


鏡の中の私が不意に私に言う。


違う、違う、違う・・・・・違う、そんなの嘘だ。



「違う、あなたは嘘を言ってる!」

私は腕を横に出しながら鏡の中の自分に向かって怒鳴り上げた。




「えっ、キモっ」

不意に鏡の中の私の後ろにいつの間にか立っていたミスリードが言った。後ろを向くと、当たり前だが後ろにミスリードがいた。


「鏡の中の自分と喧嘩してるなんて頭イカれてる」


ミスリードは冷たく私に言った。彼女は私のクラスメイトで黒髪細目の美少女だが、いつも鋏を携帯していて、正直、かなり危なっかしい子だ。ちなみにこの鋏を使って、もう何度も脅されているので彼女に良い印象がない。でも、いきなり鏡の中の自分を怒鳴りつけるのはイカれてると言われても仕方がない。こんな時間から幻覚を何度も見るなんて私はおかしくなってしまったのかもしれない。



バチんっ


突然、ミスリードが私に強烈なビンタをお見舞いしてきた。


「いっ、痛いよ・・・・・」


「これで治ったんじゃないかしら、まだ鏡の中のあんたは話しかけてくる?」

彼女はそう言って、私に再び鏡を見る様に促した。



仕方なく、鏡を見る。今、ビンタされたところが赤くなっている。鏡の中の私は当然ビンタされた事に納得のいかない表情をしている。そして、その気持ちは私と同じだ。襟から顔を出すチャミは呑気に欠伸をしている。まあ、なんとなく分かっていたが、他の人が見ている所ではおかしくはならないようだ。


「ほら大丈夫でしょ。初めて魔女と戦って、恐怖で頭が混乱してるのよ。しっかりして」

そして、彼女は言った。あっ、意外と優しい、かも・・・・・・。




「それともうひとつ、 私、もともと猫が大嫌いなんだけど、特に今あんたが襟にしまってるソイツなーんか妙に気持ち悪いからさっさとどっかに置いて来た方がいいと思う 」


その後、彼女はそう言って、ひとつ隣の流しの前に立ち、櫛を出して髪を整え始めた。

チャミが気持ち悪いと言われてかなりムっと来たが、こんなところで噛み付いて喧嘩すれば一層私のクラスでの居場所が狭くなるのでグっと堪えよう。


でも、彼女が来てくれたおかげで少しだけ心が落ち着いた気がする。多分、彼女なりに心配してくれたのだ。チャミの事を気持ち悪いと言った事は許せないが。おかげで気持ちが少しだけ上向きになった気がする。ウルリヒは大丈夫だ。そうだ、そうに決まってる。・・・・・そうに決まってるんだ。





「ただいま」

部屋に戻り、私は言った。


「おかー、今日もお勤めご苦労さん・・・・・・・って、猫?」

いつも通りテレビの前でダンスの練習をしていたルミナスが一旦ダンスと音楽を止め言った。


「うっ、うん・・・・そのっ、雨の中で寒そうだったから、つい・・・・」


「気持ちは分からない事もないが、トイレとかどうするんだよ」


私は無言で左手に持っていた。新聞紙とダンボールで作った猫用簡易トイレをルミナスに見せた。実はここに来る前に6階によって、処分するダンボールと新聞紙を貰って作ってきていたのだ。


「おっ、おう・・・・準備がいいな。でも、ご飯は?」


私は無言でスカートのポケットからまたまた6階で貰ってきた、いや、借金して買い取った汎用動物餌を取り出してルミナスに見せた。マウスにもサルにも犬にも猫にもあげてもばっちり栄養満点の魔法のような餌だ。



「んーーーーーー、準備は整ってるみたいだけど、正直、俺、猫あんまり好きじゃないんだよね」


ルミナスは少し何か考える様な素振りをした後、そう言った。そんな馬鹿な、教会の中の狭いコミュニティの中に猫が好きじゃない人がこれでもう3人もいるなんて!


「まあ雨が止むまでくらいならいいよ。何せ、俺は寛大だからな、えっへん」

ルミナスは自分の胸を叩き得意そうに言った。良かった。



「あっ、ありがとう、ルミナス・・・・」


「あーでも、そのダンボールトイレ以外でおしっこしたらお前に罰金だからな。5ユーロは払ってもらうぞ」


「うっ、うん。わかった。ごめんね、ルミナス」


「んっ、何が?」


「すっ、好きじゃないのに、そのっ、無理させて」



「いいって事よ、それによく見れば、猫も存外かわ・・・・」


ルミナスはそう言って、チャミの頭を撫でようとしたが直前でサッと手を引き、もう片方の手で伸ばした方の手首をギュっと掴んだ。チャミに伸ばした方の腕が小刻みに震えていた。


「はは、まだ無理みたいだ。駄目だな、俺」


ルミナスは乾いた笑みを浮かべてから自嘲気味に言った。こんな悲しそうなルミナスを始めてみた。これは間違いなく猫とルミナスの間で何かあったのだろう。こんな反応を見てしまったら、口が裂けても『ここで飼っていい?』など言えない。チャミには申し訳ないが、雨が止んだら外の世界に戻って貰おう。餌代など金銭面はさいあく貴族のミーミルに頼み込めばなどと浅ましく考えていたが、ルームメイトの、普段元気が取り柄のルミナスのこんな塩らしい反応を見たらもうそれどころではない。



「やっぱり、・・・・・・」


「いや、大丈夫。いつまでも過去に囚われてるのはよくないし、なんなら一緒の部屋にいれば慣れてなんともなくなるかもしれないしな」


「ほ、本当にいい? じゃ、じゃあ、離すよ・・・・・・行くよ」


「おっ、おう、来い!」


私はその声を聞き、チャミを床に置いた。チャミは真っ先にルミナスの足元に走って行く。これはマズい。



「はっ、はっ、はっ、こっ、このくらい、なっ、なんともないぜ」

ルミナスは私みたいに声をつまらせながら言った。チャミはルミナスの靴下をポチポチ叩いている。ルミナスと遊びたいのだろう。でも、駄目そうだ。


私はチャミを掬い上げ、自分のベッドに収めた。チャミはキョトンとした顔で首をかしげた。可愛い。




「・・・・なんか、コイツ。野良にしてはやけに顔立ちも整ってるし、綺麗だよな。なんか、ぬいぐるみみたいだ」


不意に同じくチャミを見ていたルミナスがいぶかしげに言った。確かに、こうやって少し離れてみると本当に嘘みたいに可愛い。こんな子が野良なんて本当に信じられない・・・・・でも、なんだろう、この違和感は。私はまた何かを忘れている気がする。



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