第41話(3-5-3)
『繧上◆縺励→繧、縺」縺励g縺ォ繧峨¥縺ォ縺ェ繧阪≧』
魔女は私に向かってそう言った。全く意味が分からないが、それは今までの叫びや咆哮と違い怒っている様には聞こえなかった。彼女がよたよたとした歩みで少しずつ私との距離を詰めてくる。ボロボロなのは私だけではないようだ。でも、『天装』を泥の中に置いて来た私には最早どうすることもできない。それにたとえ手近にあっても、それをまともに持ち上げられるかどうかも怪しい。
私は最低最悪の人間だ。髪留めを託してくれたあの子を外の世界に出してやることはおろか、仲間が、ルミナスが、ミーミルがやられるところを黙って見ている事しか出来なかった。どうして、あの時、立ち上がる事を諦めた。どうして・・・・私は、最低だ、最低だ・・・・。
こんな私の身体なんて、壊れてしまえばいい。もうどうなったっていい。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
私は叫びながら、拳を振り上げた。自爆でダメージを受けているとは云え、残った蜂の部分はルミナスの剣を弾いた鎧のような身体だ。私の拳で傷がつく訳がない。そんな事は分かっている。これは自分への罰だ。拳も、腕も、身体も、命も、もういらない。誰も救えなかった私なんていらない。全部壊れてしまえばいい。
拳を魔女の顔面に当てる瞬間、身体のどこから表現しようがないゾワゾワとした力が湧き上がり、拳が、腕がドス黒い瘴気に包まれた。
魔女の反撃だろうか・・・いや、もうどうでもいい。
私はその黒い瘴気に呑みこまれた自分の右腕を魔女の顔面に突き落とした。
刹那、鎧の様な蜂の頭は変形し、粉々に砕け散った。
__________あれ?
自分の右腕を見た。自分の腕には未だ黒い瘴気が巻き付いており、時折、そこから悲鳴のような声が聞こえる。なにこれ・・・・・・。なにこれ、・・・・なに・・・・熱い、熱い、熱い・・・・熱い、熱い、熱い!!!!
熱さがピークを迎えた瞬間、黒い瘴気に包まれた右腕が黒い炎を巻き上げ、そこからオレンジ色の電流が全身に迸り、すぐに全身を焼くような痛みが襲い掛かってきた。
「ああああああああああああああああああ!」
私は悲鳴を上げ、左手で右腕を押さえながら腰を落とした。
少し痛みが落ち着いたところで、半泣きになりながら右腕を見ると、黒い瘴気が消えていた。しかし、その代わりに肘から下の半分がチェーンソーのように変わっていた。意味が分からない。ああ、きっと、私はおかしくなってしまったんだ。あはは・・・・・あはは・・・・なんだ、これ・・・・・あはは・・・。
・・・・・そうだ、これは私の夢で、願望の世界だ。拳で頭部を破壊して、残った身体をこのチェーンソーに変わった右腕で切り刻む。あはははは、最高だ。・・・・・それで、それで、魔女を倒したら、二人は無事で、あの子の魂をこの息苦しい空間から解放してあげるんだ。あははは。それが叶うなら、どんなに幸せだろう。でも、こんな事、ありえなくて今際に見ている私の妄想なんだ。
妄想、これは妄想なんだ。だったら、この腕で全部切り刻んでやる。妄想の中だけでもこの化け物をバラバラにしてやる。
右腕に力込めると、チェーンが静寂を引き裂くような唸り声を上げ回転を始めた。
「バラバラに、バラバラに、バラバラに、バラバラに!」
私は狂ったように何度も同じ言葉を叫びながら、頭部を失い方向を失った残りの身体をでたらめに刻んでいく。
「約束したんだっ!あの子を外に連れて行くって!!だから、お前は、死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね! 約束、約束したんだ!」
全ての脚を切り落とし、最早胴体だけになった身体を私は尚も執拗に切りつける。なんて虚しい事だろう。でも、今の私はこれしかできない。自分の妄想の中で憂さ晴らしするだけだ。
最後に右腕を大きく振り上げもう一度思い切り胴体を切りつけると、さっきまで流れていた緑色の濁った液体の代わりに今度は蒼い光の粒が傷口から噴き出した。その蒼い光は次々と傷口から漏れ出し、空に昇って行く。
それにつられ残った魔女の身体もゆっくり溶ける様に蒼い光に変わり、空へ上がって行く。私はその様子を黙ってぼんやりと眺めた。
これも私の妄想の産物だろうか。魔女がやられる時、こうやって消えたら、幻想的だって・・・・・バカバカしい。くだらない。
そして、魔女の身体が消え、全ての光が空へ昇った後、魔女がいた空間に多分、『ソウルティア』が浮いていた。勝ったのだ。妄想の中では。何て無意味な事だろう。右腕はいつの間にか元に戻っていた。よたよたした歩みで不自然に宙に浮いている『ソウルティア』に近付き、乱暴にそれを取る。ああ、わき腹が痛い。どうせ妄想ならこの痛みも消してくれればいいのに。この蒸発した泥水の悪臭もわざわざ再現しなくていい。全く気の利かない妄想だ。全身も泥だらけのままだし。
私は頭の中で文句を唱えながら腰を下ろし、やがて、『ソウルティア』を握りしめたまま泥に横になり、蹲った。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい__________。
「い__ねぇ。ま___________なんてさ」
「ま__俺は____けどな___そ_そうだが、______お__ちょ_______危う_ぜ__ぞ」
「__けい__い___確かに________だったよ」
途切れ、途切れ、会話が聞こえる。薄目を開けると、景色が揺れていた。しかし、ここはまだ結界の中の沼地のようだ。妄想の中で好き放題暴れ回って、あれからどうなったのだろう。自分の体が動いている感覚がないのに勝手に景色がスライドしている。もしかして、私は魔女に殺されて、使い魔になってしまったのだろうか・・・それは困る。
「わっ、ちょっ、いきなり暴れるなって!」
聞き覚えのある声がした。見ると、私はルミナスの背中に覆いかぶさっていた。私はおんぶされた状態のまま当たり見回す。魔女の姿はなく。全身泥まみれで傷だらけのミーミルが呑気にピースしてるのが見えた。まだ夢を見ているようだ。
「・・・・・まだ夢の中・・・」
私はルミナスの背中で独り言のように呟いた。
「寝ぼけてんのか、お前?」
下のルミナスが言った。
「だって、私はこれから殺されるんだもん」
私は言った。
「は?」
「だっ、だから、これは2人が無事だったら良かったって私の妄想で現実の私はもうすぐ魔女に殺されるの!」
「ラヴィ、完全に気が動転してるよ。私たちはこの通り無事だし、魔女は私たちが爆発と同時に巻き散った胞子的な何かで眠らされてる間にラヴィが倒してくれたんじゃない。半分泥に埋まりながら、大事そうにソウルティア持ってたんだよ」
泥まみれのミーミルが緊張感のない声で言った。
「そっ、そういうのはいいよ。もっ、もう現実に戻して。もう死ぬ」
私はルミナスの幻影に揺られながら言った。
「こいつは重傷だぞ」
ルミナスの幻影が呆れたように言う。
「もしかして、痛覚死じまって夢と現実の区別がつかなくなっちまったのか?」
ルミナスはそう言って、少しジャンプした。
「ホギョ!!!」
自分の『天装』越しとは云え、蜂の頭スイングをモロに喰らって、折れたであろうわき腹の骨が思い切り軋み鈍痛が全身を巡った。だから、何で妄想なのに・・・・。
「ちょっと、ちょっと、ルミナスいくら何でも酷いよ。今ので、全治の期間絶対増えたよ!!」
ミーミルの幻影が慌てて言った。
「いや、だって、余りにも妄想、妄想言うからさ。じゃあ、どうやったら、現実って分かって貰えるんだよ」
「うーん、そう言われてもなぁ。感覚のある夢って言われたら、どうしようもないよ。うーん、うーん・・・・・・」
なんだか、幻影ミーミルが考えてくれている。
「そうだ、ねぇ、ルミナス。そもそも、これは全て夢なんじゃないかな。魔女とか結界とか普通に考えたら全部ありえないよね。だから、これはもしかしたら私たちが見てる共通の夢なのかも。現実の私たちは試験管に入った脳味噌だけだったりして、ヒョーー!!」
「おっ、おい、怖い事言うなよ」
「だって、今、持ってる『天装』の技術の詳細だって、私たちは全く知らないよね。やっぱり、ここはラヴィの言う通り私たちの妄想の世界なんじゃ」
「もっ、もう、その話しは止めてくれ、頭が変になりそうだ!ラヴィも余計な事言わないでくれ!なんか、怖くなってきたから!」
ルミナスが必死に言った。私はそれを聞いて少しだけ笑った。
「なんだよ、何で、今、お前、笑ったんだよ。そもそもお前が変な事言ったからだぞ」
「ごっ、ごめん。ルミナス、もう、もう言わないよ」
ミーミルの哲学攻撃とそれに慌てふためくルミナスを見ていたら、なんだかどうでもよくなってしまった。ミーミルの言う通りかもしれない。疑い始めれば現実もおかしい事だらけだ。だったら・・・・まだ、殺されないなら、それに越したことはない。
だったら、この世界で生きて行こう。私の拳一撃で魔女の頭が砕け、腕がチェーンソーになる現実があったっていいじゃないか、・・・・・うん、うん・・・・うん?
私はとりあえずポケットに手を入れて、中身が無事か確認した。それはきちんとポケットの中に入っていた。良かった。これであの子をこの薄暗い世界から出してあげられる。そうすれば、あの子の魂は天国へ行かれるだろうか・・・・。
「ギャっ! ラヴィ、気持ちは分かるけど、持っていくのは髪留めだけにしてね。体の一部を持っていくのは流石に色々と問題があるからね、はい」
ミーミルがそんな私を見て、手を差し出してきた。私は少しためらったが、頷いて彼女に頭皮と髪の毛付きのキノコの髪留めを手渡した。ミーミルは丁寧に髪から髪留めを外し、残った髪と頭皮を近くの木の枝の上に置いた。
「髪の毛一束よりもこっちの髪留めの方が想いが乗ってると思うよ。知らないけど」
彼女はそう言ってから、枝の上に置いた遺体の一部に向けて十字を切った。ルミナスも私もそれに倣う。
「うひょーーーーーーー久しぶりのシャバだーーーーーーーー!!!」
「シャバだあああああああああああああああああああああ!」
人気のない田舎道を進んだ先の鬱蒼とした森の中で2人が夕闇に向かって叫んだ。そう私たちは無事結界から出られたのだ。本当に長い道のりだった。いや、帰りの私はずっとルミナスの背中の上だったから全く偉そうに言えないが。3人ともボロボロだが、生きている・・・・生きているんだ。
髪に付けたキノコのバッチの付いた髪留めに触れながら私は空を仰いだ。これできっとあの子は天国に・・・・・ルミナスもミーミルも無事だった。良かった、良かった。本当に良かった。これは現実だ、これが現実だ、これが現実であって欲しい。私は夕闇に浮かぶ雲にそう願う




