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Magia Lost in Nightmare  作者: 宇治村茶々
第2章 秘密の教会
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第26話(2-4-1)

一面が白いユリで覆われた花畑の真ん中、私は1人で木の椅子に座っている。

見渡す限り全てが白で覆われている。他には何もない。誰も居ない。ただ優しく暖かい日差しだけが私に注がれている。眩しくはない。でも、1人は嫌だ。

そんな事を思っていると、背中から心地よい風を感じた。そしてその風と共に後ろに人の気配が現れた。私は1人ではなかった。


「あなたは大丈夫。あなたは出来る。あなたは特別」


現れた気配は後ろからそう言って、私の肩に優しく両腕を掛けた。フランだ。フランが来てくれた。私はそれだけで心が躍った。


「フラン」


私はフランの左手に自分の右手を乗せ、後ろを振り向いた。



それは一瞬だった。振り向いた先にいたのは確かに優しくはにかんだフランだった。しかし、一瞬だけ次の瞬きをするまでのほんの一瞬、彼女の後ろに凄惨な風景が浮かんで見えた。彼女の周りだけ白いユリが腐り落ち、その上にはゾンビの様に腐ったあまりにも無惨な姿の猫ちゃんたちが倒れていた。そして、彼女を恨むように睨みつけている同じくゾンビの様に腐った数人の大人や子どもたち。それが見えた瞬間ギュっと胸が締め付けられた。しかし、それはすぐに見えなくなり、さっきまでの優しい風景に戻った。


「どうしたのかしら、エーデル」

一瞬だけ表情を歪めた私を心配しフランが優しく聞いてきた。

「なっ、なんでもないよ。来てくれて有難う」

私も笑顔を返し、そう答えた。きっとさっき見えた地獄の様な風景は例のあの子が私に見せた幻覚だ。私の精神を冒すためにした事だろう。でも、私はそんな事に負けたりはしない。幸い今はフランもいる。


「昨日は心配かけてごめんなさいね。いや、正確には今日もね。あなたが苦しんでいる時に一緒にいられなくて本当に心苦しいわ」

彼女はそう言った。

「きっ、気にしないでいいよ。あのっ、そのっ、来てくれたら、嬉しいけど、・・・そのっ、あんまり、その・・・・フランに甘えすぎちゃいけないって、思って、フっ、フランも自分の用事が、そのっ、あるだろうし・・・・」

私は言った。

「気遣い有難う。でも、私のしたい事はあなたと一緒にいる事なのよ。ただ昨日も今日もあなたの元に行ける力が残ってなかったの。今日はなんとかこうして夢の中にだけ現れる事ができたけど」フランはごく自然な様子で言った。


「ねっ、ねぇ、・・・・そのっ、・・・フっ、フランは魔法が使えるの?」

穏やかな景色の中でゆっくり考えれば、遠くにいるはずの友人が夜中に会いに来たり、こうして今みたいに夢の中に現れたり、不思議な話だ。なんで今まで自然に受け入れられていたのか逆に不思議なくらいだ。私は思い切って聞いてしまった。


「そうよ、私は魔法使いなの。だから、今ここにいる私も一昨日まであなたと一緒に電撃を受けた私も全部あなたの創った都合の良い妄想なんかじゃないわ。今は信じられないかもしれないけど、次、お昼間に合った時は今日の夢の話をしてあげる。そうすれば信じられるでしょう?」


彼女は私のとんでもない問いをあっさり肯定した。あまりにもあっさりと肯定されてしまい拍子抜けしてしまった。でも、魔法でも使えない限り誰にも気づかれず遠い街にいる私に会いに行けるはずがない。こうして夢に現れることも出来ないはず。だから、フランは本当に魔法使いなのかもしれない。


「本当はもっと詳しく話したいけど、それはあなたが教会であなたの場所を確立してからの方が話がスムーズに進むから控えさせてもらうわ。教会の人たちが必死に秘密にしている事も直に分かる。全部繋がっているの、残念だけど」

彼女は私の前に回り、私の両手を取りながら言った。どこからどこまでが繋がっているのだろう。知りたいが、知るのが恐くもあった。


「それと、これは極めて、極めて重要な事なのだけれども。あなたが合格したらもう夜に会う事は出来ないと思って欲しいの。そうね、私も嫌よ。でも、あなたは合格したら十中八九同年代の誰かと同じ部屋で寝る事になるわ。カメラを誤魔化すのは簡単だけど、人間の目は意外と誤魔化せないの。万が一私とあなたが一緒にいるところを同室の人に見られたら大変でしょ。どうしても、それは避けなくてはいけないの。考えてみて、もしあなたの同室の子が突然夜中に全く知らない子と話していたらどう思うかしら?一大事よね。だから、これだけは分かって欲しいの」

フランは真剣な眼差しで語った。確かに彼女の言い分は分かる。でも、やっぱり、会えなくなると思うと寂しい。

「あっ、あのっ・・・・それじゃあ、たっ、たまにでいいから、・・・そのっ・・・・きょっ、今日みたいに、そのっ、夢の中だけでも、会いに来るとかは・・・・」

私はつい図図しく言ってしまった。

「可能な限りそうするけど、『夢』って云うのはいつでも見れる訳じゃないの。厳密に云えば記憶に残る夢はね。体は眠っているけど、脳が起きている状態の『夢』しか記憶に残らないの。だから、そういう状態じゃない『夢』にいくら私が干渉しても朝になったらあなたは何も覚えていないの。そして、嫌な事にその体は眠っているけど、脳が起きている状態って云うのはあなたがストレスを感じている時に起き易いのよ。たとえば、体が電撃をひたすら浴び続けてる時とかね」

なるほど。分かったようで、分からない。でも、掻い摘むと私の『夢』の中に通うことは難しいという事だろう、多分。


「私も悲しいわ、本当よ。でも、あなたは大丈夫なの。あなたは1人じゃないから。私と夜に会えなくなる頃には今よりもっとあなたの周りは人で溢れる。確かに皆が良い人ではないかもしれないわ。でも、心の底から寄り添ってくれる人も絶対いるの。正確な未来を見る事はできないけど、分かるの。心配いらないわ」

フランはソっと私から手を離し穏やかな表情で言った。

そして、空を仰ぎ、腕を広げくるくると回りながら、少しずつ私から遠ざかって行く。彼女は声が届くギリギリのところまで来ると回るのを止め私の方に向いた。


「また明日」

彼女がそう言うと、また風が吹き、その風が白いユリの花弁を巻き込みながら彼女の身体を溶かしていった。彼女が消えた後、巻き上がった花弁がはらはらと落ちた。




目が覚めると、アイさんと一つ目の男の子が機械の後片付けをしていた。今朝はエレクタがいないらしい。ジェシカもいない。

「あっ、おはよー」

顔がぐしゃぐしゃで一つ目の男の子は私が目覚めた事に気付き軽く言った。ちょっと、前までの私ならこれだけで失神していたはずだが、直前の夢でもっと酷い凄惨な光景を見せられてしまったため、奇しくもそうならず済んだ。

「おっ、・・おはよう・・・」

私がそう言うと、彼はずずいと私の顔に自分の顔を近付けた。オレンジ色の瞳が私をギョロっと私を見つめる。流石にここまで迫られると少し怖い・・・・。

「わっ!」


「びゃっ!!!」

突然、彼が目の前で大きな声を出したので、思わず私は変な声を上げのけぞってシーツを鷲掴みにしていた。心臓が高鳴り、息が上がる。酷い。朝の挨拶をしただけなのに。

「ちょっと、スマイルさん、何やってるんですか!」

アイさんが少し怒った口調で言った。

「ごっ、ごめんよ。あまりにも自然に受け入れられたから、逆に、逆にね。ちょっと、逆張りしたくなっちゃって。ほっ、本当にごめんよ」

彼はそう言って、優しく私の手を取り半分涙目になっている私に言った。

「うっ、うん・・・・だっ。大丈夫・・・だよ」

本当は心臓の鼓動が高鳴ったままで全然大丈夫ではないが一応そう言った。

「あー、良かった。それで自己紹介がまだだったね、僕はスマイル。この教会ではスマイルって呼ばれてる。コンセントにシャーペンの芯を挿して遊んでいたらスパークして顔面がこうなったんだ、だから、同情はいらないよ!」

スマイルはとても楽しそうなトーンで聞かれる前に自分の顔面がぐちゃぐちゃになった経緯を語ってくれた。全く明るい話ではないが、本人が気にしていないなら、きっと、もういいのだろう。とりあえず、私も自己紹介を。

「わっ、わたしは、その・・・・」

「ラヴィンロールちゃんだよね、エレクタから話はよく聞いてるよ」

ちゃんと、自己紹介くらいさせて欲しい。

「はい、朝の特製ドリンク。今日も頑張ってね」

次にスマイルはそう言うと、例の水筒をベッドに備え付けられたテーブルの上にドカンと置いた。私はお礼をしてから特製ドリンクを飲み始めた。飲みながら横目でスマイルの表情を伺ったが、あまり驚いている様子はない。もしかしたら、彼も私と同じ大丈夫な側の人間なのかもしれない。このドリンク自体は大丈夫なのだが、これを飲むという事は地獄の訓練が始まるという事なので気が滅入ってしまう。


それから私はアイさんとスマイルに見送られ、いつもの訓練に向かった。エレクタとジェシカがいなかった理由を聞きそびれてしまったのが少し気がかりだ。



訓練が終わり、日も暮れてきた頃、ぼろぼろの身体で6階に戻ると、ビゴさんとアイさんがお出迎えをしてくれた。エレクタとジェシカがいない。それがとても気になった。スマイルは忙しそうに荷物を運んでいるのが見えた。

ビゴさんとアイさんは全く二人に触れることなくいつも通り私に優しく振る舞った。アイさんの手料理はあの日から美味しいままだ。何も変わらない。いつも通り、全身がみしみし音を鳴らしている。でも、二人がいない。

「あのっ!」

耐えきれず私は機械の準備を始めるビゴさんを呼び止めてしまった。

「あらっ、どうしたの、心配ごと?」

ビゴさんがいつもと変わらない口調で言った。

「あのっ、エっ、エレクタと、そのっ、ジェっ、ジェシカは・・・・きょっ、今日は、その、・・・・いっ、いないんですか・・・・」

「2人なら大丈夫ですよぉ」

私が聞くと、ビゴさんはあまり抑揚のない口調でサラっと答え、すぐに作業に戻ってしまった。すごいモヤモヤする。


電気を消し、ビゴさんが先に部屋を出て、続いてアイさんが部屋を出ようとしたとき、こっそりアイさんだけ呼び止めて聞いてみたが。同じように「心配いりません!」と言われるだけだった。そんな事を言われたら余計心配になってしまう。


気になって、気になって仕方がない。私が聞いてしまったエレクタとジェシカの過去の発言を思い出し、嫌な事を想像してしまう。モニターの優しくない光だけがあたりを照らす暗い部屋で不安ばかりが積もって行く。やがて、電撃を開始するカウントダウンが始まる。私には何もできない。きっと、大丈夫、明日には普通に会える。大丈夫、大丈夫。自分に何度も言い聞かせる。電撃が始まる。私の身体は大きくのたうつ。歯を食いしばって耐える。痛いけど、苦しいけど、これを耐えればまた普通に2人に会える。そう信じて、意識を保ったまま何度も電撃を受けた。頭がどうかなりそうだ。



「無茶しちゃ駄目よ」

いつの間にか私の上にフランが跨っており、私の口元に人差し指を当てながら私の身体に自分の身体をゆっくりと重ねた。私の身体が波打つと、同じようにフランも波打つ。彼女は人差し指をどけると、私の肩に自分の頭を預けた。フランの髪から優しくて甘い紅茶の香りがした。フランと私の顔が向かい合わせになる。


彼女は何も言わず、私の髪を優しく撫でてから、ゆっくりとおでこを合わせてきた。

そして、静かに唄を歌い始めた。多分、英語の唄だと思う。歌詞の意味は全く理解できない。でも、温かくて、優しくて、切なくて、なんだか自然と目が潤んできてしまうような唄だ。あんなに痛くて、苦しい、電撃が遠くに感じる。それほど、彼女の唄は魅力的だった。おでこから伝わる彼女の体温と髪から立つ甘い匂いが混じりあい、意識がふわふわとして行く。フランは約束通り来てくれた。嬉しい。もうこの意識を預けてしまおう。


私は目を瞑って、気持ち、少しだけ、顔を更に彼女に方に寄せた。

感覚が彼女の中に沈んでいく。




体から勢いよくシールを剥される痛みで私は目が覚めた。

「よく熟睡なんて出来るわね」

目を開けると、そこにフランはおらず代わりに目元に大きなクマと深いホリがある水色の髪をした女の子が見るからに不機嫌そうな顔で立っていた。それから、特に挨拶もなく私に貼られたシールを次々と容赦なく剥がしていく。痛い。


「だっ、駄目ですよ。そんなに乱暴に剥がしちゃ!」

アイさんが彼女を怒った。

「この方が早いから別にいいでしょ」

しかし、彼女はそう言って全く意に介さず、最後のシールを乱暴に剥がしてコードを手早く巻き取り、機械と共に足早に退場していってしまった。


「あのっ、・・・あまり彼女の事を、ヨルゲさんの事を悪く思わないで上げてください。多分、あなたが不合格になって去る事になっても傷つかない様にわざとやっているんだと思います。彼女もここの他の人たちと変わらずとても心の優しい方ですから」

私が彼女の行動に圧倒されて、固まっていると横からアイさんがそう言ってきた。

正直、本当にそうなのかと思う所もあるが、信じるしかないのだろう。

それにしても、今日もエレクタとジェシカがいない。


朝ご飯を飲み終えてからもう一度アイさんに聞いてみたが、「大丈夫」、「心配ない」そんな言葉しか返って来なかった。とりあえず、エレクタの代わりにスマイルと先ほどの無愛想なヨルゲが朝の機械の片付けを代り番こでやる事になっているらしい事は分かった。まだ付き合い始めてそんなに経っている訳ではないのにもう既にエレクタとジェシカのあのやり取りが恋しくなっている私がいる。本当に何もないと良いが。




結局、3日経っても2人は戻って来なかった。ビゴさん、アイさん、スマイルはいつまでも曖昧な答えしかくれず、ヨルゲに聞けば「まだ部外者のあなたには教える義理はない」ときっぱり言われてしまった。フランは毎晩子守唄を聞かせに来て良くしてくれるが、それで2人への心配が消える訳ではない。早く戻ってきて欲しい。



また次の日も2人は帰って来なかった。水泳の練習が終わった後、じっとりと染みついた疲労感と2人への心配と自分の今後についての心配で私はなんとなく朦朧としていた。プールは2階にあり、今、階段を伝って1階のロビーにリヴァイアと降りている。水泳の方は私がいつまでもビート板を離して泳ぐことが出来ず、リヴァイアが少しずつイライラし始めているのが分かる。すぐに謝ってくれたが今日も怒鳴られてしまった。一応、私は私で頑張っているつもりなのに、何でこんな事をさせられているのだろう。本当に今私がやらされている事は意味のある事なのだろうか。私が潰れるまでじわじわと虐められているだけじゃないだろうか・・・・忌々しい。憎い。どうして私ばかり。



階段をゆっくりと下るリヴァイアの背中が私の眼に焼き付く。



仕返ししてやる!



「死ね!」

私はそう叫び、完全に無防備なリヴァイアの背中を力一杯蹴り飛ばした。彼女は前かがみに頭から階段に崩れ落ち、そこから横になって無様に階段を転げ落ちた。すぐに動かなくなると思ったが、落ち切ったところからすぐに体勢を立て直し、今迄、一度も見た事のないような鋭い目つきで私を睨んだ。おでこの右側が擦り剥け、右目の目元と鼻から血が流れている。


「ムカツクんだよ!」

私は再び叫び、手すりを使って階段を一気に跳び越え彼女に飛掛かった。彼女は飛掛かってきた私を上手くいなして、素早く足を引っ掛けて私を転ばせた。胸部が床に叩き付けられ、とんでもない痛みが走った。でも、どうでもいい。私はすぐに立ち上がり、彼女に顎めがけて蹴りを放ったが、簡単に避けられてしまった。

「調子に乗るな!」

彼女はそう言って、目にも止まらぬスピードで私の頬に強烈な右フックを打った。私はそれをもろに受け、体勢がよろめいた。すかさず彼女は私の頭を鷲掴みにして、自分の膝に何度も私の鼻を打ち付けた。一瞬、見える彼女の膝にどんどん私の血が増える。まだだ、まだだ、まだ、こんなところで私の復讐は終わらない。終わらせない。私は渾身の力で膝を上げていない方の彼女の足を何度も踏みつけた。読み通り、痛みから彼女は私の頭から手を離した。お互い、一旦少し距離を取る。



「随分、やってくれるじゃない・・・」

彼女は顔をしかめながら言った。左足の靴がぐしゃぐしゃに潰れて、靴の隙間から血が零れ落ちている。きっと爪もめちゃくちゃに割れた事だろう。

「あらあらあら。綺麗な顔も可愛いお靴も台無しにしちゃってごめんなさいねぇ」

私は嫌味を言ってやった。

「・・・あんたって本当嫌な奴だね。友達とか全然いなかったでしょう?」

彼女が言い返してきた。

「仲間なんていらないのよ、信じるだけ疲れるだけだもの」


「アハっ、図星とか超ウケるんですけど。お友達がいなくて随分ひねくれちゃったのね」


「ふっ。あなた絶対陰で悪口とか言われてるタイプよ。とっても良い性格してるもの、気付けてないなんてお可哀想」


「それは、それはご同情どうも。それじゃあ、そろそろお喋りは終わりにしましょう。いい加減・・・・・その子に体返してもらうから!」

彼女はそう言って、私の方に走って向かってきた。私も彼女の方に思い切り走り込む。今度こそ殺してやる! 壊してやる!


突然、彼女は走るのを止め、後ろの方に跳び退いた。『何だ?』と思った瞬間、頭上にとても重い衝撃が走った。意識が直前崩れ落ちる直前、目の前には後ろに跳び退いた姿勢のままの彼女が見えた。仲間か。詰めが甘かった。頭が床に激突すると同時に私の意識が真っ暗になった。




「びゃあああああああああああああ!」

傷口に何かが染みる感覚がして、私は意識を取り戻した。目の前にはさも当たり前の様にエレクタがいた。エレクタが綿棒を持って私の声に驚いて目を丸くしている。

「よっ、良かった・・・・」

私はホっとして言った。エレクタの傍らには少し汚れのついたポトシンくんの大きなぬいぐるみを抱えたジェシカがいつもの仏頂面で立っている。

「馬鹿か、この状況のどこが『良かった』だ」

ジェシカが言った。辺りを見回すと横のベッドでリヴァイアが肌の褐色の少女に介抱されていた。顔中痣だらけで、左足がぐしゃぐしゃに潰されており、爪が全て割れ、その割れ目から滴った血が固まって残っている。見るからに痛そうだ。そして、私の両方の鼻の穴にティッシュが詰められていた。通りでちょっと息苦しい訳だ。

「あっ、あの・・・・えっと・・・・」

私が彼女に何があったか聞こうとすると、彼女は私の口元に自分の人差し指を軽く押し当てて静止させた。

「あんたはラヴィンロールでしょ。あまりにも分かり易くて助かったわ」

彼女はそう言って、苦笑いした。

「今回はこいつがお喋りで助かったな」

ジェシカがポトシンくんでリヴァイアを指しながら言った。

「年上に『こいつ』って言うのは止めなさい。ちんちくりん」

リヴァイアはそう言って、ジェシカの鼻の頭を中指でぐりぐりと掻き回した。

「むぎゅ。お前、嫌いだ」

ムスっとした顔でジェシカが言った。可愛い。自然と笑みがこぼれる。

笑いだそうとすると急に、胸の方の骨がズキンっと痛み、咳き込んでしまった。慌ててエレクタが私を支える。

「ありゃあ。これは胸骨にひびいってるかもね。あぁ、大丈夫。大丈夫。ひびくらい毎晩治療カプセルで寝れば一週間で治るから」

エレクタが全く緊張感のない声で言う。一体、何があったんだ、怖い。心配になって当たり見回すと、リヴァイアを介抱していた褐色の少女と目が合った。暗い茶色の髪と空の様に澄んだ蒼い眼、顔には私と同じでそばかすがあるが、私と違って、全然可愛い。彼女を見るのは多分今日が初めてじゃない。確か、カスケードの取り巻き、つまりリヴァイアと同じ親衛隊の1人だ、多分。

「頭も打っていたから、記憶が朦朧としているのよ。辛い時はちゃんとリヴァイアに言っていいんだからね」

褐色の子がとても優しい口調で言った。可愛いだけでなく声は穏やかだ。

「ほっんと。いきなり階段から転げ落ちるとかもう勘弁してよね」

リヴァイアが少し、呆れた口調で言った。どうやら、私は階段から転げ落ちたらしい。確かに、プールの階段のところで意識が朧気になっていた記憶がある。それなら、リヴァイアの顔の傷と無惨な左足はなんなんだろう・・・・。

「あっ、私? 私はちょっと街で喧嘩しただけだから。友達が馬鹿にされてついカっとなっちゃったの。あんたが階段から転げ落ちた時に巻き込まれた訳じゃないから安心して。だいたい、どんな巻き込まれ方したら足がこうなるの?」

彼女は私の心配そうな視線に気付き、ボロボロになった足をブラブラとさせながら言った。どうやら、私のせいではないらしい。良かった。それにしても、その喧嘩の相手と云うのは相当酷い奴に違いない。本当に酷い。


それから、私たち2人は包帯を巻かれたり、湿布を張られたり、色々と介抱された。そのうちに『親衛隊』が続々と集結し、お姫様、つまり、カスケードも来て。保健室はあっという間にすごい賑わいを見せた。いつの間にかジェシカが逃げてしまっている。皆、美少女で、皆、優しい言葉を私に掛けてくれる。とてもじゃないが、彼女たちと同じところに並べる気がしない。一通りの介抱が終わり、一段落付くと彼女たちがリヴァイアを連れて保健室を出て行った。当然だが、日々の体力作りは延期になる事が伝えられた。階段から落ちるなんて自分の間抜けさに本当に嫌気がさしそうだ。深呼吸すると、胸は痛いし、鼻はボロボロだし・・・・・。


お姫様と親衛隊が去り、保健室は嵐が去った時の様に一気に静まり返った。

「もうあいつらは行ったか?」

保健室のドアの向こうからひょっこり顔を出したジェシカはそう言って、当たりを見回してから部屋に戻ってきた。ジェシカは人が沢山いるのが苦手らしい。


「あのっ、えっと・・・・・その、ふっ、二人は、そのっ、どっ、どこに行ってたの?」

状況が落ち着いたので兼ねてから心配していたことを本人たちに聞いてみた。

「うーん、そうだねぇ。説明が難しいけど、簡単に云うと鬼の様に行程があるクソめんどくさい身体測定かな。ほら、見ての通り私の身体って特別だからさ。ジェシカも機械の身体ではないけど、特別な体だからね。色々と面倒な事があるんだよ」

エレクタは特に隠す様子もなくサラっと説明した。それを聞いたジェシカは「そういう事だ」と言って、ポトシンくんを持っていない方の腕で軽々と私が乗っているベッドを持ち上げすぐ元に戻した。なんて怪力だ。スーパマン、いや、スーパージェシカだ。でも、本当にそうなのだろうか。それなら、残った人がわざわざ私に隠すような事を言う必要がない様な気がする。


「あっ、皆が答えてくれなかったのは無駄な心配掛けたくないから内緒にしておくように私から皆に言っておいたからだよ。いやぁ、命に関わる危険な身体測定だったからね。3、4回は死にかけたよ。わっはっはっはっはっは」

エレクタが私の心を見透かした様に勝手に話してくれた。彼女の口調はおどけていたし、作り笑いをしている様子でもなかった。でも、ジェシカが全く笑っていないのがとても気になった。彼女の言った事は本当に冗談なのだろうか・・・私には分からなかった。でも、とにかく、二人が無事で安心した。





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