第20話(2-2-2)
「哀しいかな、これも運命か・・・・」
目を開けると、前にお店で見た青い髪の少女が私を覗きこみながら言った。
目の前に蒼い眼が・・・・
「わっ!」
私は驚いて思わず声を上げてしまった。
「私も驚いている。お前がここに来た事も。呪いが複雑に絡み合っている事も」
彼女がまた意味深な事を言う。
とりあえず、当たりを見回すと周りが全てカーテンで囲われており保健室の一角の様だった。最後の記憶は校庭で倒れた所なので、どうやら私はその後ここに運び込まれたらしい。とりあえず、体を起こそうとすると、
「無理に体を起こさなくていい。どうせ今日はもう脚は動かない」
少女は素っ気ない感じでそう言って私をベッドに押し戻した。
「辛いだろうが耐えるしかない。お前がお前でいるためには強くなるしかない」
この子はまたよく分からない事を言う。
「そうだ。自己紹介がまだだったな。私はジェシカ、9歳だ」
きゅ・・・・・9歳・・・私より2つ下なのに、すごいしっかりした子だ。
「お前とは多分長い付き合いになる。中には刃を交える事もあるだろう」
「みっ、・・・・・未来が、そのっ・・・わっ、分かるの・・・・?」
「カガリトじゃあるまいし私にそんな特殊能力はない。勘だ」
「えっと、かっ、カガリトって・・・・何?」
「すぐに分かる。今話すと私が割と本気で怒られる」
「そっ、そうなんだ・・・・・もしかして、それって『魔女』と関係がある?」
自分でも何でそう言ったのか分からない。でも、なぜか、唐突に『魔女』と云う言葉が頭に浮かんだのだ。『魔女』と云う言葉を聞いた瞬間ジェシカちゃんの綺麗な目が一瞬大きく見開いた。しかし、すぐ元に戻った。
「それはノーコメントだ。一応、お前はまだ訓練生だからな。まあ、きっと、結局、乗り越えられるがな」
「・・・・・そっ、それも勘?」
「勘だ。外れる事も多い」
「でも、安心しろ。呪いが複雑に絡み合っているのは本当だ。私もお前と同じだったから今でも少し見えるんだ」
呪いが複雑に絡み合っている事の何が安心なのだろうか・・・・それこそ一番『勘で』、『適当で』あって欲しいのだが・・・
「にしても、・・・・」
ジェシカが何かを言おうとした瞬間、私たちを囲んでいたカーテンの一角が開け放たれた。
「もう起きてるじゃないですか! 起きたら知らせてって言ったのに!」
カーテンを開け放った人物がそう言った。この人も見覚えがある。確か、お店に来ていたジェシカを連れて帰って人だ。
「うるさい奴が来た。お喋りは終わりだ」ジェシカは彼女が登場するなり、少し呆れた様子でそう言ってどこかへ行ってしまった。
「もうジェシカちゃんったら・・・・とりあえず、あの子と何を話したか分かりませんが、あまり気にしない方がいいですよ! いちいち真に受けてたらノイローゼになっちゃいますから!」彼女は言った。左目のあるべき場所に代わりに仰々しい機械が付いている。多分、義眼なのだろうが彼女の明るい口調と相反して何となく不気味だ。
「ラヴィンロールさん、今日はお疲れ様でした。辛いのはこれからですがとにかく頑張りましょうね!今、夜ご飯を持ってきます!」
彼女はハキハキとした声で言うとカーテンの向こう側に戻ってしまった。
彼女が行った後、嵐が過ぎ去った様な静寂が残った。
それからしばらくすると、彼女はThe.病院食と云った感じの味気のないとても健康に良さそうなご飯を相変わらずのテンションで持ってきてベッドに取り付けられたテーブルの上に置いた。
私が体を少しだけ起こそうとすると、彼女は首を横に振りベッドの横に付いたスイッチを押した。すると、ベッドの上側が勝手に持ち上がり椅子の様になった。ハイテクだ。彼女は少し得意気にニコニコしている。
「いっ、いただきます・・・・」
私はそう言ってチラっと彼女の方を見た。何も言わずニコニコした顔でこちらを見ている。なんだか、嫌な事を思いだしそうだ。それからご飯を食べ進めている間も彼女は何も言わずただニコニコした顔で私の横に立っている。なんだか、とても食べづらい。
おまけに時たま彼女の左目に付いた機械がキュイキュイと変な音を出す。とても食が進まない。しかも、料理は見た目以上に素っ気ない。別に美味しくない訳ではない、温度も多分ちょうど良さそうだ。なのに、なぜかこの料理からは冷たい感じがする。ママの料理とはまさに対極にあるような料理だ。料理は真心なんていう人をテレビで昔観た気がするが、まさにその通りで今私が食べている料理には心がすっぽり抜けている感じがする。
「・・・美味しくなかったですか?」
私が料理を少し残したままフォークを置くと、今迄何も喋らなかった彼女が少し心配そうに言った。私は慌てて首を横に振った。
「それは良かったです、『お腹いっぱい』と云うやつですね!」
私は頷いた。
「えっへん。それでは改めまして自己紹介を。本日よりラヴィンロールさんの晩御飯のコントロールを担当させていただきますアイと申します。制限は多いですが一品くらいなら、こっそりおまけ出来ますから何かご要望があればなんなりとご命令ください!大体、どんな料理でも作れますので!」
彼女は・・、アイさんは自分の胸を軽く叩きながら得意気に言った。
つまり、この素っ気ない料理はアイさんが作ったのか・・・・正直、朝に飲まされた謎のドロドロスープより気が重い・・・・。
「それでは、1時間ほどしたら寝る準備に戻ってきますのでまた後ほど」
アイさんはそう言うと鼻唄交じりでトレーを持ちカーテンの外に戻っていった。
寝る準備? とは何だろう・・・・・。全く良い予感がしない。
「ラヴィ、初日おつかれー」
少しの間、何もする事がなくぼっーとしているとカーテンからひょっこり見知った顔が出てきた。エレクタだ。
「と言いたいところだけど、まだ初日の訓練は終わってないから覚悟してねぇ」
「えっ・・・・」
「大丈夫、大丈夫。ラヴィは何もしなくていいから。ただ地獄の様に寝苦しいだけのやつだから」
今、地獄の様にと聞こえたのだが・・・・・・
「いやぁ、にしてもいつまでこんな事やるんだろうね、この教会は。もっと簡単にパパっと強くなれる様になって貰いたいものだすよね」
そんなこんなでエレクタと他愛のない話をしていると、アイさんが去ってからだいたい1時間ほどが経っていた。
「あっ、そろそろだね」
エレクタは時計を見てそう言うとカーテンの外へ出て行った。そして、すぐに仰々しい機械と共に戻ってきた。一緒にアイさんと確か・・・・ラーレさんの知り合いのビゴさんもいた。そして、ビゴさんと目が合った。
「まさかこんなところでまた会うなんて・・・・・」
ビゴさんはとても悲しそうな顔で言った。
「日本には一寸先は闇って言葉もありますからね、家族が・・・」
「アイ、良くない」アイさんが何かを言おうとしたようだが、エレクタがそれを遮った。
「すみません、配慮が足りませんでした」
なんだか、アイさんよりもエレクタの方が立場が上みたいだ。私より一回り小さいビゴさんが私の8つ上なのだから、私より2回りほど大きい年下がいても不思議ではないだろう、多分。
「ラヴィ、先に言っておくけどこれからする事で私を恨まないでね。私だって本当はこんな事したくないんだからね」エレクタは私の手をギュッと握り言った。
心配でお腹が痛い。
それから、3人は私の気持ちが紛れる様に声を掛けながら着々と私の体にコードのついたシールを貼って、タオルを巻き付けて覆いベルトで固定する。脚も、腕も、ガッチリと固定され最早身動きが取れない。今から人体改造でもされそうな勢いだ。
「あっ、あのこれ・・・・・」
私が質問しようとすると、いつの間にか来ていたジェシカがアイさんの横からひょっこり顔を出し、
「安心しろ、最後にこの機械で死者が出たのは5年前で、それから34回のアップデートが行われている。もしお前が死んだら今の研究室は解体でここにいる全員の首が飛ぶ」
そう語った。今、死者って・・・・・
「ジェシカ!!」残りの三人が声を合わせてジェシカを叱った。
「とっ、とにっかう、今は大丈夫だから。安全だから!」
慌ててエレクタが言った。慌てすぎて少し呂律が回ってないのが少しおかしかった。
「笑っていられるのはいまのうちだぞ」ジェシカが言った。
「止めなさい」ビゴさんの拳がジェシカの頭に入った。ジェシカはどうしても余計な事を言いたいらしい。
「それでは私たちはこれでおいとまするので、頑張ってください! 」
「Go !! Fight!! Win!!です!!」
機械の準備が一通り終わった当たりでアイさんがそう言った。
「お達者で・・・・」
エレクタは私の手をまた強く握りしめた。
「ごめんなさい・・・・」
ビゴさんは短く言った。
「死ぬなよ」ジェシカは更に短く言った。まるで、今生のお別れみたいだ。
そうして、部屋に私以外誰もいなくなった。部屋の明かりが消され機械のモニターだけが煌々と光を放っている。
『パルスプログラム開始まで10秒前、9、8、7、6、………』
突然、機械がカウントダウンを始めた。
『…….3、2、1・・パルスプログラム始動』
機械の『始動』の声と共にシールが貼られた場所からバチンッとすごい音が鳴りとんでもない電流と痛みが走った。私は自分のものとは思えない獣のような悲鳴を上げた。
『次のパルスまで6、5、4、3、・・・・・』
死ぬ!死ぬ!!死ぬ!!死ぬ!!
私は体中をめちゃくちゃに動かしシールを取ろうとするが、タオルとベルトが固定されてる上に体もいつの間にかベッドの柵とベルトで繋がれており、どうしようもならない。
「ア゛っ!!!!」
そんな事をしているうちに次の電流が来て、その衝撃で体が少し浮き、すぐにベルトでベットに押し戻される。
死ぬ、死ぬ! 地獄の様に寝苦しいなんて嘘だった!
『次のパルスまで6、5、…….』
これは様にじゃなくて、地獄そのもじゃないか!
『3、2、1……』
「ガあ゛ッ!」
3回目の電撃で口から涎が噴き出た。心臓が痛い。脳味噌が焼き切れそうだ。
多分、少し漏らしてしまった・・・・・様な気がする。
それでもカウントダウンは止まらない。
『…5、4、3....』
誰か助け・・・・・
「オ゛っ!!!」
『次のパルスまで6、5、…….』
「ああああああああああああああああああああああああああァアアァアァア!!!!」
『…2、1』
「ア゛ガっア゛」
「あっ・・・・・あっ・・・・・あ・・あ・・・・・・・」
『次のパルスまで6、5、…….』
「あっ・・・・あーーぁ・・・・・あ・・・・・・ぉアあ・・・・」
カウントダウンが遠くに聞こえ、掠れた視界にフランがいた。なんだか今にも泣きそうな顔をしている。彼女は自分の両手で私の両手を取り私に覆いかぶさった。彼女は自分の顔を私の肩に置き「大丈夫、大丈夫・・・・・」と静かに耳元で繰り返した。彼女の胸が私の胸に当たり、彼女の体温を感じた。電流が来ると私だけではなくフランの体にも衝撃が走っているようだった。ありえない事なのに、フランが痛みを分かち合ってくれているみたいだ。フランは自分も痛いはずなのにひたすら私に「大丈夫、大丈夫・・・」と繰り返す。この場に存在する訳がないのに私が電流を浴びるたびに彼女も体が震える。それでも、私を励まし続けてくれる。
「ありがとう、ありがとう……」
私は涙を流しながら、ここにいるはずのないフランにお礼をした。いつの間にか電流の合間にも言葉も紡げるようになっていた。
「ふふっ、少しは慣れたかしら?」
顔を上げてそう言ったのは本当にフランそのものだった。フランがそう言ってる合間にも私たちは電流を浴びたがフランは身体が少し揺れるだけで、浴びている最中でさえ言葉を詰まらせもしない。本当に超人だ。
「あともう少しだから頑張りましょう」フランはそう言って、また自分の身体を私の体に重ねた。彼女体温を感じる。
「ラヴィ、初日無事生還だよ。おめでとう」
目を開けると、部屋は明るくフランの代わりにエレクタとアイさんがいた。
「1人で『ありがとう、ありがとう』って言いながら電流受けてたんで色んな意味でヤバイ感じでしたけど、とにかく生きていて良かった!」
エレクタがそう言って軽くハグしてきた。重い。
「電流を受けている時の幻覚症状は珍しいケースではありませんのでご安心ください。日常生活ではありえない量の電流を浴びて一時的に脳がパニックを起こしているんです。なので、数日も経てば幻覚も落ち着くでしょう」
続けてアイさんがそう語った。普通に考えれば幻覚に決まっているが、彼女の温もりも仄かに甘い匂いも優しい声もまだはっきりと残っている。幻覚は匂いも温度もあるのだろうか・・・・
「むむ。その顔は何でこんな拷問みたいな仕打ちを受けなきゃいけないんだって顔だね」エレクタが私の表情を伺いながら言った。そうじゃないが、それは思ってる。
「このパルスプログラムは寝ている間も特殊な電流で筋肉を刺激して、筋繊維を傷つけながら同時にタンパク質による筋繊維の補強を促進してるんだよ。まぁ、簡単に言うとこのマシーンで寝ている間も運動させられてるってわけ。短期間で力を付けるためには残念ながら欠かせないステップなんだよね」
エレクタは少し早口になりながらそう説明した。寝ている間も無理矢理運動させられていると云うことだけはなんとなく理解出来た気がする。それにしても、ここまでする必要はない気がする・・・・
「という訳で、これが朝のクソマズドリンクです。私たちには分かりませんがビゴさんが『まずい、まずい』と真顔で連呼しながら飲むので相当まずいのでしょう。頑張って下さい!」
アイさんはそう言って、ベッドに付いた収納式のテーブルの上に例の可愛くない水筒をおいた。
「あっ・・・・・はい、・・・いただきます」
私は特に躊躇いもなく水筒の中身を口にする。相変わらずほにゃほにゃする不思議な味だが別に云う程まずくはないと思える。流石に量が多いので一気に全部は飲めないが。
「おいおい。いくら可哀想だからって中身を変えたら訓練にならないぞ」
私が一旦水筒を置くと、どこからか聞いたことのある声がした。
「あっ、ジェシカちゃんいつの間に!」
ジェシカだ。ジェシカがカーテンの隙間から顔を出している。
「そんな事してませんよ。疑うならちょっと飲んでみてください」
「わかった。自分で確かめてやる」
ジェシカはアイさんに向かってそう言い、水筒を取った。
そして蓋に例のドリンクを注ぐ。
「飲まないんですか?」
蓋を持ったまま動かなくなってしまったジェシカにアイさんが言った。
「煽るな、クソロボット。味を知らないからそんな平気でいられるんだ。もしもだ、もし、こいつの味覚がイカれててこれを平気で飲める変人だった時の事を考えているんだ。それくらいの覚悟が必要なんだよ、この飲み物は・・・・・」
ジェシカそう言って生唾を呑み込んでから目をギュッと瞑って蓋に入った液体を口にした。
「ヴぇえ!!」
飲んだ途端、ジェシカの口元から嫌な音が鳴りすぐに水筒とその蓋をテーブルに戻した。
「しっかりマズいじゃないか、馬鹿!」
そして、私に怒鳴った。ジェシカは涙目だ。どうやら、ジェシカの舌には特別マズく感じるらしい。
「だから言ったじゃないですか。中身は変えてないって」
アイさんが呆れた様子でこぼした。
「これを平気で飲めるなんてお前異常だぞ!」
「そっ・・・・そうかな・・・・・」
自分ではあまりよく分からない。確かに美味しいとは思わないが涙目になるほどマズイって程でもないと思う・・・・。
再び蓋を持って飲んでみる。ううん。やっぱり、そこまでではない。
しかし、ジェシカは目をギョっと見開いて私の方を見ている。
「ほっ、本当に大丈夫なのか?」
それから、本気で心配そうにそう聞いてきた。
「うっ、・・・・うん。大丈夫・・・だよ」
私は言った。一応、嘘でも、強がりでもない。
「お前、ちょっとヤバいぞ・・・・・」
すると、ジェシカはアイさんの後ろにササッと身を隠して脚からちょっとだけ顔を出して言った。言動はともかく行動は年頃の可愛い女の子らしくて少し可笑しかった。
「でも、実際すごい事だよ、ラヴィ。あのクールなカスケードすら飲んだ数秒後に嘔吐いたくらいなのに。もしかしたらこの訓練プログラム史上初かもしれないよ!」
エレクタがそう褒めてくれた。いや、これは誉めているのか?
「口の中のどこかの神経が死んでるに違いない」
脚の陰からそんな声がした。そうでないことを信じたい。
「他に可能性があるとすれば、これを越えるほどのマズい何かを以前に飲んだ事があるかですね」アイさんが言った。まさにその通りだ。
私は無言でコクコクと頷いた。
「これより悪い飲み物がこの世に存在するのか・・・・・」
脚の陰から心底おびえた表情でジェシカが言った。
「うっ、うん・・・・わっ、わたしが、自分で作った、スっ、スープ・・・なんだけど、ぜっ、全然こっちのドリンクの方が飲める・・・・」
「エレクタ聞いたか。こいつに絶対料理を作らせるなよ。死者が出るぞ」
酷い言われようだが、実際、自分でもひっくり返るほどのマズさだから反論できない。なにせ、食器洗い用の洗剤も入っていたのだから・・・・・
そんなこんなで四人でお話しながら、朝の分の特製ドリンクを飲み終えた。
「本当に大丈夫そうだな・・・」
ジェシカがまるで珍しい動物を見る様な目をこちらに向けて言った。
「ところで、ラヴィンロールさん水泳は好きですか。なんと、今日から1日おきに水泳プログラムも始まります!」
朝食を終えたタイミングを見計らってアイさんがそう私告げた。
「水泳って聞いただけでこの世の終わりみたいな顔をする奴は初めてだな」
「これはかなり苦労しそうだねぇ」
ジェシカとエレクタが顔を向き合わせて話した。
まだ学校に行けていた頃に学校のプールでビート板を持ちながらなんとか浮いているところを既に潜水すらマスターしていたサラに無理矢理水中に引き摺りこまれ死にかけてから一切プールに行っていない。要するに泳げるようになる前にトラウマを植え付けられてしまったのだ。だから、水泳なんて無理だ。はっきり言って、プールを見るのも嫌だ。




