第18話(2-1-2)
3階に着いてしまった。
私は友達を作る最高の機会を自分で潰してしまったのだ。
もうあの子に会わせる顔がない。
これは私が不幸だからこうなったのではない。
自ら逃げってしまったからこうなったのだ。自業自得だ。
エレベーターを出て、自分の部屋を探す。今からカサンドラ、ディライトフルのところに行くと云う選択肢もあった。でも、彼女たちがどこにいるかは分からない。
それに今はとてもそんな気分になれなかった。好意を持って接しようとしてくれた相手を振り切って逃げてきてしまった私に他の誰かと楽しく遊ぶ権利などあるだろうか、そもそも行っても邪魔になるだけではないだろうか。
どんくさくて意気地なしそれが私だ。
307号室を見つけた、ここが私の部屋だ。
せめて、ベッドが柔らかいといいな。
そう思いながらそれらしい場所にエレクタに貰ったIDカードをかざした。エレクタに貰ったIDカード・・・・・・・エレクタは私にIDカードを渡すためにエレベーターの前で待ってくれていたのだ。私なんかのために、それなのに、私は。
「あっ、あの・・・」
そんな事を考えていると、部屋の扉が勝手に開き中から声がした。
目の前にはモコモコのコートを着て、ピンク色のショートパーマの子が立っていた。
「えっ、あっ・・・・えっと、あっ・・・あっ」
私は驚いて軽いパニックを起こしてしまった。部屋を間違えて・・・・・あっ! 違う、そうじゃない。この子は最初からここに住んでいる子だ。エレクタが言っていた。確か名前は・・・・・
「えっと、えっと、新しい人だよね?」
ピンクの髪の子が言った。言葉が追い付かず、私は首を縦に振って答えた。
「だっ、大丈夫?」
続けて彼女が言った。何のことか分からなかった。
「そっ、・・・・そのっ・・・」
「めっ、目が赤いから何かあったのかなって・・・・余計なお世話だよね」
彼女はとても申し訳なそうに言った。
「そっ、そんな・・・・そんな、事っ・・・・そのっ、」
肝心なところで声が詰まる。大事な事が伝えられない。ここのままじゃ駄目だ。また失敗を繰り返すだけになってしまう。
声を出せ、言葉を繋げエーデル・ヴァイデンヘラー!!
「そっ・・・そんな事ない! そっ、そのっ、しっ、心配してくれて、そのっ、ありがとう・・・心配してくれて・・・・」
私がなんとか言葉を紡ぐと彼女の表情が凍りついた。
その間がとても怖かった。
「ほっ、ほわ・・・・そんな事云われたの初めてだからビックリして止まちゃった。こっ、こちらこそ、そのっ、ありがとうだよ」
硬直が溶けると、彼女は少し驚いた様な顔で言った。
「あっ、モコは・・じゃなくて、わっ、私はメリーシープ。だけど、皆はモコモコの服をいつも着ているからモコって呼んでるんだ。そのっ、だっ、だから、モコって呼んで」
「わっ、わかった、モっ、モコだね。わっ、わたしは・・・エっ、じゃなくて、くっ、クルイーサ・・・・クルイーサだよ」
「くっ、クルイーサちゃんだね・・・・こっ、これからよろしくね!」
「うっ、うん」
良かった。初対面は悪くない・・・多分・・・・・
「あっ、そういえば、クルイーサちゃんはベッドの上と下どっ、どっちがいい?モコはどっちでも大丈夫だよ」
彼女の声を聞いて、ベッドを見ると確かに2段ベッドだ。大きさは小さすぎず大き過ぎず寮のベッドとしてはとても妥当な大きさな気がする。上か下か・・・・
「ちょっ、・・・ちょっと、そのっ・・・考えていい?」
「だっ、大丈夫だよ」
上の段に行くには当然はしごを登る必要がある。流石にあの程度なら登れるだろうが、疲れている時はどうだろう。気分が落ち込んでいる時は・・・・踏み外して落ちてしまうかもしれない・・そう考えると安全な下に・・・・でも、モコも同じことを考えているかもしれない、もし万が一モコがはしご落ちて怪我をしたらきっと今日の選択をした自分自身を恨むだろう・・・・と云うか、よく見れば下の段のシーツが少しズれている。モコは普段下の段で寝ていたのだ。それを新しい誰かが来ると知り、上下を選びやすくするためにわざわざ痕跡を消してくれたのだ。
それが分かれば選ぶ方は決まっている。
「うっ、上でいい?」
私は言った。
「うっ、上だね・・・・上は危ないから気を付けてね。くっ、クルイーサちゃんは大丈夫だと思うけど・・・・」モコが言った。モコもしかして・・・・・。
「あっ、あのっ・・・それで、もっ、もし良かったら・・・そのっ、なっ、何かして、あっ、遊ばない? あっ、こっ、このパズルは今片付けるから!」
彼女はそう言って、机の上にあった完成したらさぞ綺麗な景色になるであろう作りかけのパズルを自ら破壊しようとした。
「まっ、待って!」
「あっ、こっ、これはすぐに作り直せるから、そのっ、だっ、大丈夫だよ・・・」
「えっ、あっ、でも・・・そのっ、一緒にっ、二人で一緒に作らない?」
彼女は私がそういうと、また膠着した。
「いいの?」
彼女が言った。
「もっ、もちろんだよ・・・・でも、・・そのっ、私、ぱっ、パズルはあんまりやったことがないから、じゃっ、邪魔になるかも・・・・」
「そっ、そんな事ないよ! 二人ならきっとすぐ終わるよ!」
彼女は嬉しそうに言った。そう言って貰えると私も嬉しい。
パズルは思っていたよりもずっと難しかった。特に青空のピースは強敵だ。それでも二人で分担しながら、時にピースを確認しあいながら3分の2ほどが出来あがった。
それはそれは楽しい時間だった。もうモコとは友達になれたかもしれない・・・友達に・・・・友達・・・・
「あああああああ!!」その瞬間、背中に電撃が走った。
「ぉおわああああああああああ!!!」
「あっ、あっ・・えっと、びっ、びっくりさせて・・・そのっ、ごっ、ごめんなさい」
「どっ、どうしたの?」
「おっ、思い出した・・・・」
思い出したのだ。大事な事を、『友達』になろうとしていた子から逃げってしまった事を、『友達』のフランに今の状況を伝えなければいけない事を・・・・。
勇気を出すんだ。モコの時には出来たんだ。
拒絶されてもいい、エレクタにちゃんと謝るんだ。
フランにしばらく会えなくなる事を伝えるんだ。
「エレクタのところに行かなきゃ!」
私はそう言って、席をスっと立ち上がった。この時だけなぜか言葉が綺麗に出た。
「ごっ、ごめんモコ。謝らなきゃいけない人がいるの、だっ、だから・・・」
「おっ、あっ・・・・わっ、分かった。でっ、でも、モコも久しぶりにエレクタちゃんに会いたいから一緒に行っていい?」
「もっ、もちろんだよ!」
私たちは2人でエレベーターに乗った。
そして、すぐに6階に着いた。
エレクタは今更戻ってきた私をどう思うだろうか。
いや、そんなことを気にしては駄目だ。私はただ謝らなければいけないのだ・・・・・そう覚悟を決めたが、目の前には分厚いシャッターが降り物理的に進めなくなっていた。さっきはエレクタの元気な口調であまり目にとまらなかったが、確かに最初からこのフロアは閉じられていた気がする。
「こっ、ここ」
モコがドアホンらしき場所を指差した。
そのドアホンの下には『大した用もないのに押した奴は殺す』と殴り書きされたメモが貼られていた。ムチャクチャだ・・・・ゆっくり、自問自答する。大した用じゃないか、そうじゃないか・・・・・・・・・・大した用だ、少なくとも私にとって!
私は思い切りドアホンを押した。
「あっ、あっ、あのっ、クルイーサです。エっ、エレク・・・・」
『ビヤァアアアアアアアアア !!!グルイーサジャアアアアアアン!!!!』
私が要件を言う前にドアホンから聞こえた叫び声とともに目の前のシャッターがけたたましい音を立てながらゆっくりと上がって行く。
シャッターが上がり切る前に間をくぐって中からエレクタが出てきた。
「ザッキハ失礼ナ事イッデゴベンナザァアアアアアあああああイ!!!!!」
エレクタはそう言いながら、私の方に猛突進してきた。
思考が追い付かない。ただエレクタが猛突進してきた直後にアメフト選手がタックルしてきたのではないかと思うくらいの衝撃が走った。私は思い切り吹き飛ばされエレベーターのドアに頭が激突した。痛い、死んでしまう。
「ホギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
エレクタは倒れた私に重なったまま叫んだ。重い、重すぎる。死んでしまう。何で私と変わらないくらいの体型でこんなに重いんだ。
「えっ、えっ、えっ、エレクタちゃん、おっ、おちおちおち、おっ落ち着いて、とっ、とりあえず、くっ、クルイーサちゃんのうっ、上から、どっ、どかないと!!」
「ショッ・・・ショウダァアアアアアアアア!!!」
エレクタがどいた。
とりあえず、一段落を・・・・・・・
「うるせぇえええええええええええ!!!!!! 死にてぇか、ガキどもっ!!!!!!!!!!!!!」
開ききったシャッターから怪物のような口の男が出てきてそう叫んで、シャッターを降ろすボタンを押しすぐ戻っていた。もうめちゃくちゃだ。
ぶつけた頭は涙が出るほど痛いし、怖いのは出てくるし、ほんとにめちゃくちゃだ。
ただ私の視界の先には綺麗に小さくまとまったエレクタが、つまり土下座しているエレクタがいた。
「だっ、大丈夫だよ・・・・・・そっ、それより、さっ、さっきは、その、逃げて、ごっ、ごめんなさい・・・・がっ、学校でいじめられてた事、そのっ、思い出しちゃって・・・・また、恐くなっちゃって・・・・そのっ、私こそ、ほっ、本当にごめんなさい・・・」
「うぇえええええええ。そんな事も知らずに失礼な事言って、ごめんなさぁあああああああい!! 嫌われたかと思ってたら、また会いに来てくれて嬉しくて突進しちゃったよぉおおン、それもごめんなさぁああああああい!! 機械の体なの忘れてたぁああああああ」
んっ、今、何て言った?
「あっ、えっとね。えっ、エレクタちゃんはロボットなんだ。あっ、違った。いっ、今、目の前にいるのはせっ、正確にはエレクタちゃんが操ってる、ろっ、ロボットなんだ。ほっ、本物のエレクタちゃんがいるのは・・・・こっ、この研究室の中で・・・・」
モコが言った。はてなが一杯だ。目の前にいる金髪の可愛い少女がロボット?
「えー、おほん。モコちゃん説明ありがとう。ここからはお友達としてお近づきの印に隠さず自分で話すよ」少し平静を取り戻したエレクタは改めて言った。
「本物の私は電車に轢かれて下半身と利き腕がなくて、特殊な液層の中じゃないと生きれないんだ、超笑えるでしょ。それでしょうがないから頭に直接コードを繋いで、このロボットを通して物事を認知してるの、信じられないでしょ? 証拠に本物の私を見せてあげたいけど、頭にコード一杯刺さってるわ、髪伸びっぱなしだわ、下半身ないわ、左腕ないわであまりにもキセントリックだから流石にお見せできない」
私は言葉を失ってしまった。ヘラヘラ喋っているので彼女のこの話が嘘か本当か分からない。でも、今、目の前にいる彼女がロボットなのは多分間違いない。さっきそれを身を以って体感したのだから。ロボットに激突したのならばさっきの重たい衝撃の納得がいく。もし話が本当なら彼女はなんて壮絶な運命を。
「あっ、そうだ。クルイーサちゃんは私に何か頼みたい事ない?」
そんな私の疑念や想像を余所にエレクタは変わらぬ元気な声で言った。
「諸々のお詫びにスーパー可愛い電脳ガールエレクタちゃんが出来そうなことなら何でも引き受けちゃう!電脳ガールだから、普通の人間に出来ない事も出来るよ! クルイーサちゃんをいじめた奴のお家丸ごとふっ飛ばしちゃう?!?!?!」
「そっ、それはいいよ・・・・・」
いくらなんでも物騒すぎる。でも、折角の厚意だ・・・あまり無碍にするのもよくない気がする・・・何か無難な・・・無難な・・・・そうだ!
「でっ、電話っ、そのっ、電話を、借りてもいい?」
これでおじさんのお店に電話してフランに伝言を頼もう。
「よっ、待ってました!! チャッチャカチャッチャッチャーチャーチャーン!! エレクタ特製脱獄携帯電話ぁ~」
「なっ、何ソレ・・・・」
「なんとこの携帯電話は通話中音声収集機器にピンポイントで利くジャミング波が出ちゃうんですよ、すごいでしょ、私の手作り!」
「つっ、つまり?」
「どんな機器でもクルイーサちゃんの通話を盗聴できないって事! だから、遠慮なく好きな事を話せるよ!!!」
「すっ、すごいね」
私は言った。全くもってそんなトップシークレットな会話はしないが。
「はい、ではどうぞ」
エレクタはそう言って私に特製携帯電話を差し出した。特製なだけあって見た目よりだいぶ重い・・・・。
それから、私はおじさんに電話を掛け、フランが来たら数か月もしかしたらもっと長い期間会えない事、自分も突然の事で事前に伝えられなくてごめんなさいと云う事、次に会う時は沢山お喋りしようという事を伝えておくように頼んだ。
これで心残りはない。
「そうだよね、突然の事だもんね・・・」
エレクタが神妙な面持ちで静かにもらし、モコが無言で小さく頷いた。
盗聴器は防げても、近くにいる2人には丸聞こえだ・・・・。
「まっ、まぁ、これから少しずつ気持ちを整理していけばいいんです。ささっ、そろそろお待ちかねの夕飯のお時間ですよ!私は機械の体だから食べられませんけど!」
「わっ、笑えないよ、エレクタ」
モコが言った。全くその通りだ。
それから、私たちは3人で食堂に行く事にした。
「クルイーサちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
エレベーターの中でエレクタが私の肩に手を置いて言った。
「初めは戸惑うかもしれないけど、皆いい子だからすぐ馴染めちゃいますよ!」
「くっ、クルイーサちゃんなら大丈夫・・・・だよ、きっと」
緊張して硬くなる私を見て二人が言ってくれた。
食堂に着くと同年代の子が既に沢山おり、券売機に行列が出来ていた。髪色は多種多様だが今まで見てきた子たちと同様に顔が整った子ばかりだ。今、私と一緒にいてくれているモコもエレクタも御多分に漏れず美少女だ。なんなんだ、ここは。
「18時から19時半までの時間は私たち34期生の時間なんですよ、だから怖い上級生に虐められる心配もありません!」
券売機に並んでいる最中エレクタが軽い説明を入れてくれた。
にしても、活気にあふれている。暗くてネガティブな私には眩しい程に各々が楽しくお喋りをしている。私はここに混ざれるのだろうか・・・。
そんな事を考えていると不意にお尻の方に違和感を覚えた。信じられない事だが、誰かが私のお尻を触っている。痴漢にあった時に怖くて声を出せないと話で聞いたことがあるが、今の私がまさにその状態だ。もしかしたら、たまたま・・・いや、この感じはたまたま触れてしまったなんて程度じゃない・・・・怖い、他に可愛い子はいくらでもいるのに何で私なんだ・・・・怖い、怖くて後ろを見れない・・・どうしよう・・・泣きそうだ。なんで、なんで・・・・・
「コラぁ!!! この変態!!!」
「いってぇ!」
突然、後ろで誰かがそう叫んで誰かの頭を叩いた音がした。
「うちの連れが失礼したな」
その後、とても綺麗で澄んだ声がした。
勇気を振り絞って、後ろ見ると雪の様に白い肌と黒のストリークが入った白い髪を持ちエメラルド色の眼をしたお伽噺から飛び出してきたお姫様のような美少女が目の前に立っていた。その姿を見た瞬間一瞬で体が熱くなった。白い肌で一瞬あの幽霊を思い出したが全くそうではない、存在そのものが宝石のようだ。
「あっ・・・・・あっ・・・・えっ、あっ、あっ」
私は彼女の存在に圧倒され、何も言葉を紡げなかった。
「酷いよ、ルミナス。やるなら、もっと優しくチョップしてよー」
隣にいた茶髪のポニーテールの少女が頭を抑えながら言っている。
「酷いのはお前だ、まだ挨拶もしてない新入りの尻を触る奴がいるか。ちゃんと、自分で謝れ!」
白い少女は茶髪の少女をそう叱った。
ん? 白い子の見た目の美しさに圧倒されて一瞬思考が飛んでしまったが、どういう事だ。犯人は同性の女の子なのか?
「あーこれは私の不遜な左手が失敬しました。こら、駄目だぞ、左手!」
茶髪の女の子は右手で自分の左手を叩いた。
「ちゃんと謝らんか!」
「ふげぇ!!」
白い子が茶髪の子の頭にチョップを入れた。
「本当にどうしようもない奴ですまん。俺はルミナス。そんで、この頭を押さえている変態がミーミル、今日からよろしくな」
白い子はそう言って私に手を差し伸べてきた。私がそれに応じると案の定とんでもない力で握り返された。ここでは怪力が普通らしい。まあ痛い。
「ルミナスー、変態って紹介するのは酷いよ」
茶髪の子が言った。
「でも、変態ですよね、ミーミルさん!」エレクタが言った。
「エレクタまで! 確かに脱衣所にペン型のカメラを置いてたこともあったし、寝ている子にちょっといたずらした事もあるけど、決して変態ではないよ!」
「そっ、そんな、えっ、偉そうに前科を言わなくても・・・」
モコが少し呆れて言った。
茶髪の子も白い子ほどではないがかなりの美人で黙っていれば貴族のお嬢様と云った雰囲気だ。それなのに・・人のお尻を触ったり、脱衣所を盗撮したり、寝ている子にいたずらした事があるなんて信じられない。
世界は私が思っているよりかなり広いらしい。
「安心して、私は同性にしか興味がないから!」
ミーミルと呼ばれた子はなぜか自信ありげに言った。
それは同性の私に言う事ではないのでは・・・
「そういえば、お前はなんて言うんだ?」
ルミナスと呼ばれていた子が私に聞いてきた。
「あっ、えっと、・・・・・私は、そのっ、えっ、エーデじゃっ、じゃなくて、クルイーサです、はい・・・・」
「そっか、クルイーサか良い名前だな」
ルミナスが言った。
「嘘だよ、クルイーサって『ねずみ』って意味だよ。こんな仔猫みたいに可愛い子をねずみだなんて、よっぽどこの子の可愛さを妬んだ奴が付けたに違いないよ、ルミナス」ミーミルが慌てて言った。お世辞だと分かっていても仔猫と言われると少し照れてしまう。相手が変態でも。
「マヂかよ。じゃあ、俺が今、考えてやるよ」
ミーミルの話を聞いたルミナスはそう言って腕を組んで考え始めた。
そんな気軽に同年代の子が考えていいのだろうか不安はあるが見守るしかない。
「そうだ、ラヴィンロールってのはどうだ?」
「最近はまってる曲がLove & Rollだから?」
「うっ、うるせーなー、別にいいだろ。文句があるならお前考えてみろよ」
「いいよー。うーん、クルイーサかっこ仮ちゃんは素朴で清純なイメージだからぁ・・・・・・・・フェルノプシスってのはどう!? フェルノプシスの花言葉が清純だよ!」
「うーん、思いは伝わりましたけど、フェレノプシスはなんだか呼びにくいですねぇ。略してフェレノちゃんもなんかしっくりきませんし」エレクタが言った。
「わっ、分からないけど、そのっ、ふっ、フェレノちゃんって感じじゃないよね」
モコが言う。
「ありゃ。意外と不評」
ミーミルは少し残念そうに言った。
「やっぱり、ラヴィンロールでいいだろう。ラヴィちゃんでもラヴィータでもロールちゃんでもそれっぽいし」
「んー確かに悔しいけどそれっぽい」ミーミルが言った。
「じゃあ、ラヴィンロールに決定!」
「まっ、待ってよ・・・・ほっ、本人の意見もきっ、聞かないと・・・」
モコが慌てて言ってくれた。でも、正直、私もなんとなく悪くない気がしている。
ラヴィちゃん、ラヴィータ、ロールちゃん・・・・エーデルよりしっくりこないのは当たり前だが、響きが可愛いのでそう呼ばれたい気持ちもある。
「わっ、わっ、私もそれで、そのっ、いいと思う・・・・」
声を振り絞って言った。
「よっしゃ!じゃあ、今からお前はラヴィンロールだ。改めて、よろしくな、ラヴィンロール!!」ルミナスがとびっきりの笑顔で言った。
「よろしくね、ラヴィ」 エレクタが言った。
「これからもよろしくね、ラヴィンロールちゃん」 モコが言った。
「ラヴィちゃーん、これから一杯仲良くしようね!」
ミーミルはそう言って抱きついてきた。
なんだろう、なんだかすごい幸せだ。ママの言った通りだった。
それから、5人で空いているテーブルについた。私の目の前のトレーにはコーンスープ、サラダ、目玉焼きの乗ったハンバーグ、お魚のホイル焼き、ブールが2つある。これが全部ただなんて信じられない。勧められるままに頼んでしまったが、最早私1人で食べられる量ではない。正直私はコーンスープのパンだけで充分だ。
「驚くのも無理ないよな。多分、他のどの教会よりもここのご飯は上等だからな!まあ、こっちは命張ってるんだからこのくらいしてもらわないと割に合わない」
ルミナスはフォークで2本の大きなソーセージを突き刺し愚痴っぽく言ってそれらを強引に自分の口に放り込んだ。
「ルミナス、ちゃんと切って食べなよ。そんなお口膨らませて、リスみたいだよ」
「ひゅるへーなー、へふにひいたろぉー」
「ルっ、ルミナスちゃん・・・お口が終わってから話そう・・・・」
「焦って食べても良い事なんてありませんよ」
「みゅうぅぅううー」
そんな4人の何気ないやり取りが私にはとても羨ましく思えた。私もいつかこの輪に入れるのだろうか・・・・こんな関係になれるのだろうか。私にはこの子たちと仲良くしていいだけの資格があるのだろうか・・・・。
「具合でも悪いのか?」
そう声がして慌てて俯いた視線を戻すと目の前にエメラルド色の眼と雪の様に白い肌を持つ少女の顔があった。
「あっ、あっあっあっ!」
私は間近で見たその綺麗さに思わず顔を逸らしてしまった。
「わっ、悪い。驚かすつもりはなかったんだけど」
ルミナスはそう言って、乗り出した体を椅子に戻した。
「ラっ、ラヴィちゃん・・・・かっ、顔が赤いけど、そっ、その・・熱あるんじゃない・・・・だっ、大丈夫?」私の顔を見てモコが言った。
「違うよ、モコちゃん。ルミナスの見た目にまだ慣れてないんだよ」
ミーミルが言った。ずばりその通りだ。
「アルビノで悪かったな」
すると、ルミナスが少し気分を害した様子でそう口にした。
アルビノってなんだろう・・・・
「誰も悪いなんて言ってないよ。ルミナスが綺麗すぎて最初は現実離れして見えて緊張しちゃうんだよ。私もルミナスを初めて見た時は驚いたよ、雪みたいに白くて艶やかな肌、雪を被った草木の様な綺麗なまつ毛、エメラルド色の眼、純白でせせらぎの様に流れる髪の毛・・・おとぎの国のお姫様が絵本から出てきちゃったのかと思ったよ」
ミーミルはルミナスの方に体と椅子を向け、彼女の顔や髪の毛に優しく指を走らせながらなんだか色っぽい顔で言った。
「おっ、おい、やめろよ・・・・なんだか照れるし、気色悪いぞ・・・・」
ルミナスは恥ずかしそうに言った。でも、嬉しそうだ。
「モっ、モコも、そのっ、最初はルミナスちゃんが綺麗すぎて話し掛けていいのかなって・・・」
「あー、それスーパー分かります!! 私も最初は綺麗すぎてルミナスとカスケードさんには声掛けられませんでした。カスケードさんはおおよそ見た目通り上品でクールな方でしたけど、まさか雪の国のお姫様みたいな見た目の子の1人がこんな男勝りでがさつなんて誰も予想できませんよ」
「おい、お前だけ途中から貶してるだろ」
「でも、それが逆にさわやかでとても親しみ易くて助かりました!」
エレクタが言うと凄まじい速さでミーミルがそれに同意した。
「なんか褒められてるんだか、貶されてるんだか分からなくて複雑だなあ」
ルミナスがまた照れくさそうに微笑みながら言った。
どうやら、ルミナスの綺麗な見た目に誰でも最初は一目置くらしい。良かった、私だけでは無かった。これから少しずつ慣れて行こう。
そんな事を考えながら少しずつご飯を食べ進めているとルミナスの横にちょっと前に会った顔中ピアスだらけの子とその取り巻きらしい数人が通りかかった。
「おい、聞いたかカスケード。お前、俺と違ってすっげぇ親しみにくいって」
ルミナスは通りがかった顔中ピアスだらけの子の腕を取って制止させ言った。
「そうかもしれないわね」
カスケードと呼ばれた子は特に気にする様子も無くそっけなく答えた。この子がさっきエレクタが話していたカスケードと呼ばれる子らしい。ピアスだらけの顔の印象が強くて気に止まらなかったが確かにこの子も雪のように綺麗な肌で宝石のような眼をしている。彼女の眼は蒼色だが。
「確かに私は周りに親しみにくい印象を与えているかもしれませんが、そんな事より私はあなたの品位の方が心配ね」
カスケードと呼ばれた少女は上品に微笑みながら言った。
「そうだよ、ルミナス。今のは最高にかっこ悪いよ。折角、皆で株を上げてあげたのに」
「すぐ調子に乗るのが玉に傷ですね!」
「モっ、モコも今のは引いちゃった・・・・・」
3人が言った。正直、今のは私も擁護できない・・・・・
「梯子外されてやんの、ダサっ」
私の頬をつねった黒髪の子が小声で言った。
「それではご機嫌よう、親しみやすいルミナスさん」
カスケードと呼ばれた少女はルミナスの耳元でそう囁き、取り巻きの子たちを引き連れ去って行った。
「いあやぁ、でも、あのクールで少し親しみにくい感じがカスケードの良さだよね。艶やかな白い肌とクールな性格・・・・是非いつか一戦交えたい・・・・ぐふふ」
ミーミルがそれを言った時、カスケードの一団とは既にそこそこの距離ができていたはずだが、その言葉を聞いてなのか一団の中にいたクリーム色の髪の子が急いでこちらに戻ってきた。
「うちのプリンセッサに色目を使うな、変態!」
そして、ミーミルのほっぺを両手の平でぐりぐりしてすぐに元に帰って行った。
「あたたたたたた。ブーケちゃんは相変わらず耳が良いなぁ」
ミーミルがヘラヘラしながら言った。なんなら嬉しそうにも見える。この子も中々変わった子だ。でも、特に嫌悪感は湧かない。私自身お尻を触られている訳なのだが、この子の明け透けな振る舞いがこの子なら仕方がないかと云う風にさせるのかもしれない。ルミナスもミーミルもちょっとお調子者なところがあるようだが逆にそれがなんとなく親しみやすい印象を持たせる。
モコとは一緒にパズルをしたし、エレクタは最初から私と友達になろうとしてくれたし、ルミナスとミーミルの二人ともなんとなくお友達になれる気がしてきた。私が自分で思っているほど世界は敵意に満ちていないのかもしれない。きっと、たまたま私が行ったサラたちのいる学校だけがそうだっただけなのだ。




