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「そうだよ」
「私が言うのもなんだけど、知らない人間が現れたら、もっと警戒した方がいいんじゃない? もし私が、悪い人だったり人さらいだったりしたら、どうするのよ。のんきにお茶に誘っている場合じゃないわよ?」
重々しく言った私の言葉に、少年は一瞬目を見開いてから、弾けるように笑いだした。
太陽のような笑顔に、言葉もなくみとれてしまう。
男の子なのに、その笑顔はすごくきれいだった。村で一番かっこいいって言われているジャンよりも、ずっとずっと。
そんな人と一緒にお茶してるなんて、私、もしかして今、すごく幸せなんじゃない?
「君って、歳の割にはずいぶんしっかり者なんだね」
「普通よ。あなたがぼんやりしすぎなんじゃないの?」
「ああ……よく言われる。でも、君、悪い人には見えないし。こんなかわいい子とお茶ができるなんて、僕って幸せ者だなあとしか思わなかった」
「はあ……」
どっかねじが外れてるのかしら、この人。
私は、もう一度、館を見上げる。いつのまにか、いくつかの部屋には明かりが揺れていた。
こんな人里離れた山の中で、バラの世話をするおつむの幸せな王子様。きれいな服を着せられて、食べるものにも不自由しなくて。
まるでこの場所だけ、時が止まっているみたい。
そうか。ここは、この世じゃないのかもしれない。おとぎ話のティルナ・ノーグって、きっとこんな感じなのね。
「今度は僕が聞いてもいい?」
「どうぞ」
「君は、なんだって悪魔なんて探しているの?」
少年はテーブルの上に身を乗り出しながら、くりくりとした目で聞いた。私は、紅茶を飲みながら、ゆっくりと答える。
「叶えて欲しい願いがあるの」
「心の臓と引き換えに? 君は死んじゃうかもしれないんだよ?」
「いいの。それで、ママが助かるなら」
「ママ?」
急に、少年の顔が真面目なものになった。
「うん。私のママ、病気なの。苦しそうで、どんどん痩せていって……でもうち貧乏だから、お薬とか買えなくて……今のママは、もう起き上ることもできないわ」
「じゃあ、叶えて欲しい願いって……」
「私の命と引き換えに、ママを助けてもらうの」
「でも君のママは、たとえ自分の命が助かっても代わりに君が死んでしまったら、とても悲しむと思うよ?」
「大丈夫よ。うちには、まだ4人も子供がいるもの。私一人いなくなっても、気付きもしないわ。だってね」
兄さまはパパと一緒に朝早くから夜遅くまで働きっぱなしだし、姉さまはママの代わりにうちの事をやっていて、私にはお小言ばかり。弟と妹の面倒を見るのが私の仕事だけど、しょっちゅうけんかしていて、言うことなんて聞きやしない。
ありったけの愚痴をまくし立てる私に、少年はふんわりと笑った。
「幸せな、家族なんだね」
「そうかしら。貧乏だからお腹いっぱいご飯を食べられることもめったにないし、服なんていつもおさがりばかり。あーあ、私も、あなたのようなお金持ちの家に生まれればよかったわ」
「でも君、話している間中、ずっと笑ってるよ?」
「え……?」
あわてて私は、自分の顔を両手で押さえた。そんなつもりはなかったけど。
少年は、静かな声で続けた。
「好きな人たちと一緒にいられるって、それだけでとても幸せなことじゃない? 誰も、誰かの代わりになんてなれない。君も、誰かにとっては誰にも代わることのできないかけがえのない一人だ」
「でも……」
慈しむような優しい声と笑顔に、ずっと我慢してきた涙がこぼれそうになった。私はあわててカップをテーブルに戻すと、ぎゅ、と自分の手を握りしめる。




