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第四話




 急ぎゴーレムが暴れている方へと向かう俺とハク。

 俺の手はじっとりと汗ばんでおり、心臓も鼓動が激しい。

 嫌な予感がするのだ。取り返しのつかないことが起きてしまいそうな、そんな予感。

 だが、怯むわけにはいかない。俺が何もしなければ、もっと大変なことが起こるんじゃないか。そう直感が告げている。


「もう少しだ!」

 

 ゴーレムが近くなってきた。

 村の住人は全員避難が完了しているのか、誰一人として近辺に人がいない。その点に関しては安心できる。ゴーレムを村長宅まで向かわさなければ大事には至らない。


「あ、あれは……魔術!?」


 遠目からでも判る。ゴーレムの後頭部に、電撃が直撃した。

 電光属性の魔術だ。だが、ゴーレムは少し怯んだだけで雷撃を物ともしていない。

 ゴーレムは物凄く硬い。剣で斬ろうものなら、逆に刃が折られてしまうほどだ。それは魔術も同じようで、ダメージは微量のようだった。


「誰かがゴーレムと戦ってるみたい!」

「きっと、ミランダおばさんだ!」


 この村一の実力者にして、俺とレオナの親代わりであるミランダおばさん。その力は、過去にサラスティン帝国から皇族を守る騎士にならないかとお誘いを受けているくらいである。

 だが、そのミランダおばさんを前にしても、ゴーレムはビクともしていない。俺とハクが戦場に躍り出てても、ゴーレムは余裕そうな立ち振る舞いで腕を振るっていた。まるで、1人2人増えたところで問題はないと言いたげだ。


「ミランダおばさん!」


 俺はゴーレムと至近距離でやりあっていたおばさんに向かって叫ぶ。


「レオス!? く、このタイミングで……ッ!!」


 ミランダおばさんの槍が、ゴーレムのパンチを受け流す。

 一度ゴーレムから距離を取ったおばさんは、焦りの滲む顔で俺に叫んだ。


「レオス! 今すぐここから逃げなさい!! せめて、あなただけでも逃げるのよ……!!」

「そんなこと出来るかよ! 俺も戦う!!」

「戦っちゃダメなの! あんたまでヤツの手に落ちたら、それこそもう終わりだわ!」


 電光を迸らせながら、ミランダおばさんはゴーレムを牽制する。

 ミランダおばさんの言う、《ヤツ》とはいったい誰なのか。察するに、ゴーレムを操っている人間なんだろうが、その姿はここからでは視認できない。


「く……ッ。《オメガ・ブリッツ》!!」


 まるで雷のような鋭い雷撃が、ゴーレムの腹部に突き刺さった。

 《オメガ・ブリッツ》。ミランダおばさんの十八番の魔術だ。電光属性上位魔術の《オメガ・ブリッツ》は、一点集中型の雷撃。狙いをつけにくいのが難点だとおばさんは言っていたが、今回の相手のように標的がでかければそれも関係ない。


「グオオオオオオオォォォォォ!!」


 硬い外殻を持つゴーレムも、さっきの一撃は効いたらしい。さすがの威力だ。苦しそうな呻き声を上げ、ゴーレムは少しだけ後退した。

 だが、それだけだった。傷もすぐに回復し、ゴーレムは攻勢に転じた。


「おばさん!!」


 右手に魔力を込め、火の玉を生成する。

 火炎属性下位魔術の《ファイアボール》。基本中の基本の魔術で、火の球を操ることが出来る魔法だ。

 俺の放った火の玉は、狙い通りゴーレムの眼球に直撃した。

 いくら硬かろうが眼ならダメージは通るはずだ。これで、少しでも隙が生まれれば……!


「ゴオオオオオオオオ!!」

「き、効いてない!?」


 俺の魔術は、虚しくも傷1つ負わせられなかった。

 やはり、俺なんかの力じゃゴーレムには対抗出来ないのか……!


「ゴーレムは術者に操作されてるんだよ!? 魔物自身に視覚器官なんか備わってない! 眼は、いわばただの飾りなんだから!」

「そうなのか……っ。くそ、俺はてっきり……」

「――!? レオス君、危ない!!」

「うお!?」


 咄嗟に前を見て、俺はすぐさま飛び退いた。

 直後、ゴーレムの剛腕が目の前に地面に突き刺さった。

 ハクが危険を知らせてくれなかったら、直撃はしないまでも掠っていたかもしれない。


「このままじゃ……!」


 形勢は不利だ。

 ミランダおばさんも、ゴーレムの頑丈な皮膚に苦戦している。

 このまま戦いを続ければ、先に倒れるのはこちらだ。ゴーレムには体力なんてものないが、人間にはそのパラメータが常に付きまとう。いくらミランダおばさんが強かろうが、人間である以上は避けて通れない。

 ミランダおばさんはゴーレムとの戦闘で余裕がないのか、俺達のことを気にかけるだけで会話にまでは参加してこなかった。


「どうすればいいんだ……!」

「レオス君! 私の力を使って!」


 ハクが叫んだ。


「力って、竜人族の力か!?」

「そうだよ! 私と契約して、レオス君の竜操者ドラグマイスターとしての力解放するの! そうすれば、きっとゴーレムにだって勝てる!」

「この際なんでもいい! この状況をどうにかできるってんなら、ハクに任せる!」

「了解! でも、まだちゃんとレオス君の意思をきいてないから仮契約だけするね!」

「すまない、助かる!」


 すると、ハクは何やら呪文のようなものを唱え始めた。


『汝、竜の刻印を持つ者よ。白き竜の力をその身に刻め。――我が名は白竜姫。白銀に煌めく穢れなき翼なり!』


 ハクの身体が淡く輝く。

 その輝きに呼応するかのように、俺の心臓が熱を帯びたかのように熱くなる。

 俺の中にある《竜痕》が、鼓動を始めた。

 俺は知っている。その証が、この身に宿っているということを。どうして今まで知らなかったのかが不思議に思えるくらい、ソレは俺の奥深くに刻まれていた。

 ……それにしても、ハクの言葉は真実だったんだな。

 俺は竜操者ドラグマイスターの末裔で、ハクは竜人族だった。今ならハッキリとわかる。俺の中に眠るさらなる力と、ハクに宿る竜の力が。


「これが……竜の力……!」


 俺の中の何かが脈動している。

 これが、さっきハクが言っていた《竜気脈》というものなのだろうか。魔力とはまた違う、特別な力だ。


「少しだけレオス君の《竜気脈》をこじ開けたからね! まだ完全じゃないから、無理はしないように!」

「ああ! これなら俺も戦えそうだ。ありがとう!」


 身体の奥底から力が湧きあがってくる。

 竜操者ドラグマイスターとは、竜の力を操る者。本来なら、相棒である竜と共に戦うのだろうが、今の俺は仮契約だ。ハク自身の力までは操れそうにない。


「それでも、この力があれば……!」


 やれる。

 あのゴーレムを倒し、村を救ってみせる。その力が、今の俺にはあるんだ!


「きいてレオス君! 《竜気脈》を開いたことで君の身体能力が格段に上昇しているはずだよ! 魔術だって、威力がすっごく上がってるはずだから!」  

「わかった!」


 ハクに返事をし、俺は迷わずゴーレムへ突っ込んだ。

 武器はない。だが、真っ赤に燃えるこの手があれば十分だ。


「ハアアァァァァッ!」


 右手に魔力を込め、火炎を纏わせる。

 炎はどんどん大きくなり、直径一メートル大にまで膨張した。

 以前の俺ではここまで火球を大きくはできなかった。これも、竜の力の恩恵なのか。


「レオス!? まさかあなた!?」

「おばさん! 下がって!!」


 突撃の勢いそのままに、俺はゴーレムの腹部に燃え盛る右手を突きだした。さっきミランダおばさんが攻撃した部位に重ねるようにして突き刺す。すると、予想通り右手の猛烈な火炎はゴーレムの腹部に大穴を開けた。


「やった!」


 これだけのダメージだ。さすがにもうゴーレムの身体は修復しないだろう。

 そう決めつけて油断していると、ゴーレムの身体が蘇生を始めた。

 ……そんな!?

 この威力をもってしても、ゴーレムを倒すことはできないのか。


「まだよ! レオス、どきなさい!!」


 ミランダさんに言われ、さっきの攻撃の勢いで宙に浮いていた俺は、咄嗟にゴーレムの身体を蹴って後退した。


「疾れ電光! 《ギガ・ライトニング》!!」


 ミランダおばさんの手から迸る電撃が、ゴーレムの腹の大穴を徐々に広げていく。何かを抉りだすかのように、雷撃は徐々にゴーレムの胸の辺りまで進行していった。

 雷撃はゴーレムの心臓部分まで達し、弾けた。

 爆音を轟かせ、ゴーレムの硬い装甲が剥がされていく。

 その装甲の奥に、赤く輝く六角形の物体が見えた。まるで、ゴーレムの心臓のようだ。しかも、ソレを中心にゴーレムの身体はゆっくりと再構築されていく。だが、さっきよりも遅い。あの物体に直接ダメージが入ったから、再生も緩やかになったのだろうか。


「レオス! 剥き出た今のうちに核を壊しなさい!!」

「お、おう!」


 再度火炎を右手に纏わせ、俺はあの赤い六角形の物体目掛けて跳躍した。

 核、とミランダおばさんは言ったが、あの赤いやつ以外に核と呼ばれそうなものはない。あれが核で間違いないはずだ。

 俺は迷わずソレを狙った。ゴーレムの硬い皮膚が、もう一度核を守ろうと修復を始めている。が、遅い。こちらの攻撃の方が敵の蘇生よりも速い!


「貫けえええぇぇぇぇッ!!」


 渾身の右ストレートをゴーレムの核にくれてやる。

 轟く爆音。巻き起こる煙幕。

 そして、ゆっくりと倒れ行く巨体。

 俺の攻撃は、ゴーレムの核を完全に破壊したようだ。音をたて、巨大な魔物は地面に倒れた。

 今度こそやったはずだ。

 これでダメなら、正直ちょっと厳しい。俺の竜の力も、慣れていないからか長時間解放は出来なさそうだし、ミランダおばさんも限界を迎えている。これ以上の戦いは酷だ。

 祈るようにして倒れたゴーレムを見る。

 起き上がらない。再生も始まらない。

 数秒間ゴーレムを警戒し続けたが、いっこうに蘇る気配はない。

 倒したのか。いや、倒したんだ。


「は、はは……」


 俺は緊張が解け、その場で膝をついた。

 よかった。勝てたんだ。

 安堵が一気に押し寄せてきた。

 これで村は助かる。これ以上の被害が出ることもないはずだ。


「レオス!!」


 必死な形相でミランダおばさんが駆け寄ってきた。

 俺も、それに応えるように身体を起こす。

 おばさんは俺の目の前までくると、俺を優しく抱き寄せてくれた。


「まったく、あたしの子は無茶ばかりするんだから……!」

「ごめん。でもおばさん、さすがにこの歳になってハグは恥ずかしいって」

「いいじゃないの。こういう時なんだし、素直にされなさい」

「ったく、ハクも見てるってのに……」


 なんだかんだ言いつつも、俺は悪い気はしていなかった。

 まあ、恥ずかしいというのは根っからの本心だが。

 しばらくの間、おばさんの温もりを感じ、生きていることのありがた味を味わった。

 これからも変わることなくそばにいてくれる、優しい人。実の母親ではないが、俺は彼女を本当の母親のように慕っている。ミランダおばさんがいてくれたから、俺はここまで生きてこれたのだ。


「お、おばさん、そろそろ……」

「ふふ、恥ずかしがっちゃって。あたしにとっては何歳になってもあなたは可愛い子供なのよ?」

「わかってるよ。でも、おばさんもまだ40いってないよな? 俺くらいの子供を持つには若くないか?」

「関係ないわ。あなたはあたしの大切な息子。これまでも、これからも」


 言って、おばさんは最後に俺の頭を撫でてきた。

 さすがに恥ずかしく、俺はおばさんから離れた。


「そ、それで、レオナはどこに行ったんだよ」


 俺がきくと、ミランダおばさんの表情が曇った。やはり、何かよくないことに巻き込まれているのだろうか。


「レオナのこともあるけど……。その前にあなたはもう竜の力まで解放しているし、ちゃんと話した方がいいわね。あたしの知る、あなたの本当のことを全て」


 真剣な表情で、ミランダおばさんは言った。

 やっぱり、おばさんは俺の力のことを知っていたのか。俺が竜操者ドラグマイスターの末裔であり、《竜痕》の継承者であることを。


「いい? 落ち着いてよくきくのよ」

「あ、ああ」


 いつになく真面目な顔に、俺は若干圧倒されかけた。

 おばさんは俺の肩に両手を置き、続ける。


「レオス、あなたの身体には……――!?」


 何かを感じ取ったのか、ミランダおばさんは表情を一転させ俺を突き飛ばした。あまりに急の出来事で、俺は無様に尻もちをついてしまう。


「おばさん! 何すんだ……よ――?」


 その直後。

 ――ドス。

 嫌な音と共に俺の視界に鮮血が迸った。

 地面に手をついた状態で、目の前の惨劇を半ば放心状態で眺める。


「ゴホッ……」


 大粒の血が、ミランダおばさんの口から吐き出された。その血が俺の顔にかかり、やけに生温かい感触を与えてくる。


「ぇ……?」


 俺を守るようにして、ミランダおばさんは立っていた。

 いきなり過ぎて言葉が出ない。どうしておばさんの胸から槍が生えているんだ。どうしてミランダおばさんは口から血を流しているんだ。

 さっきまで何ともなかったのに、瞬きをした一瞬後に世界が反転していた。


「れお、す……」

「ぁ……」


 俺は魂の抜けた抜け殻のような状態で、倒れ来るミランダおばさんを受け止めた。

 力なくよたれかかってくるミランダおばさんを支え、俺は無意識にハクに視線を向けた。

 ハクは青ざめた表情で呆然と立ち尽くしている。俺と同じで、状況についていけていない様子だった。


「れおす……ぶ、じ……?」

「お、おば……さん……? うそ、だよな……? なあ……?」

「ふ、ふふ……。そんなかお、しないで……。いいおとこだいなし、よ……? ――ゴホッ!」


 再度血の塊を吐きだすおばさん。 

 その身体からは、確実に熱が失われつつあった。

 俺の手の中で、母親代わりの女性が命の灯を失おうとしている。

 頭が理解を拒んでいるのか、思考が次の段階へ進んでくれない。


「れおす……。よく、ききなさい……。あなたはぜったいに、れおなを……あのこといっしょに……」

「な、なに言ってんだよ! おばさんも一緒だろ!?」 

「あたしは……いいの……。いい……? あなたの、ちからなら……あの、くろきりゅうにも、たいこう、できるから……」

「もういいから! 喋らないでくれよミランダおばさん! このままじゃ……!!」 


 力なく地面に横になるおばさん。

 俺は必死に叫び続けるが、心のどこかでは、もう助からないと感じていた。

 だって、胸を貫かれているのだ。致命傷に違いない。 


「おばさん! 待っててくれ、今すぐ村の医者を連れてくるから!!」

「いいの……。もう、あたしはたすから、ない、から……」 

「そんなこと言うなよ! わからないだろ!? すぐに止血すれば……! 神聖魔法ならこんな傷なんて……!!」


 自分で言っておきながら、どれももう手遅れだと悟っていた。

 受け入れたくない。その一心で俺は叫んでいるのだ。おばさん自身は、自分の死を受け入れようとしているのに。俺だけが女々しくも足掻こうとしている。

 おばさんの右手が、俺の頬に触れた。

 最後の力を振り絞って、俺の身を案じてくれている。


「あなたは、いきなさい……。いきて、いきて、そして……」

「ミランダおばさん……! 母さん……!!」

「ありが、とう……。あたし、を、そうよんでくれて……」

「母さん! 嫌だ! 死なないでくれよ!」

「あいして、いるわ……れお、す……」


 ミランダおばさんの手が、力なく地に落ちた。

 そして、ミランダおばさんの身体が弛緩する。

 眠りに着くように、ゆっくりと、おばさんは目を閉じた。


「あ……あああああぁぁぁぁぁ……ッ!」


 俺は慟哭した。

 大切な人を失った。その事実が、段々と俺を蝕んでいく。

 そして、俺の理性は徐々に現実を受け入れていった。

 ミランダおばさんは、俺の母さんは、何者かに殺された。だが、恐らく狙いは俺だったのだろう。それに気付いたおばさんが、俺を守ってくれたのだ。命を賭し、わが身を盾にして。

 それからしばらく、俺はおばさんの名を呼び続けた。

 返ってこない返事を、ただひたすらに求めて。

 壊れた機械のように、ずっと、ずっと――。

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