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第二話



 竜。すなわちドラゴン。

 カッコよくて、たくましくて、伝説上の生き物だ。

 まあ、大昔には実在していたという記録が残っているから、この世界に存在はしていたんだろうけど……。実際に見たことのある人間はいないんじゃないかな。


「私は《白竜姫》。竜人族の……いわば生き残りなんです」

「い、いやいやいやいや! 何度も言ってるけど竜じゃないじゃん!? 君、思いっきり人間じゃん!?」

「だからさっきから何回も言ってるじゃないですか! 私は竜人族なんです! 竜であって人、人であって竜なんです! しかも一応《五竜姫》の1人なんですよ! 偉いんですよっ?」

「そもそも《五竜姫》ってなんだよ!? お前が白竜なら他の連中は違う色の竜なのかよ!?」

「ええその通りですよっ。 というか、君ったらどれだけ私を疑えば気が済むのっ?」 


 白い少女が必死な形相で叫んだ。

 場所は未だにあの不思議空間だ。少女いわく異次元空間らしいのだが、果たして本当なのかどうか。

 あれから、ずっと似たような問答を繰り返している。俺も、いきなりのこと過ぎて色々テンパっているのかもしれない。冷静にことを受け入れられないのもそのせいだろう。


「よ、よし、ならあれだ。君が本当に竜人族とやらなら、竜になれるんだろ? やってみてくれよ。それではっきりするだろ?」


 俺がそう提案すると、少女はバツの悪そうな顔をした。


「えっと、今は目覚めたばかりで力があまり残ってなくてですね……」

「……」


 視線を逸らす少女に、ジト目をくれてやる。

 嘘を言っているようにも見えないが、いきなり信じろというのも無理な話だ。


「そ、それなら、ちょっとだけ凄い力を見せます!」

「凄い力?」

「はい。では、行きますよ!」


 言って、少女から魔力が迸る。

 直後、地面に幾何学模様が浮かび上がった。

 魔法陣!? と思った時には、既に俺の身体は少女の術に飲みこまれていた。


「――くッ! いったい何が……」


 一瞬辺りが真っ白になった。

 咄嗟に目を閉じ、腕で顔を隠していたが、何が起こったのか。


「って、ええ!?」


 気付けばまた違う場所に転移していた。

 だが、今度は仕掛けなんかじゃなく、目の前の少女の力でだ。

 空間転移。余程の魔法使いとかでもないと扱えなさそうな術を、少女はあっさりとやってのけた。


「ふふふ、これでわかりましたか? 私は竜人族なんです」


 得意げに無い胸を張る少女。


「た、確かに。でも、転移魔法だけじゃ君が竜という証拠にはならないんじゃないか?」

「むむ……。言われてみれば。人間にもこういった術を扱える人はいますもんね」

「まあ、相当な使い手くらいだけどな。ていうか、ここどこなんだ?」


 転移した先はどこかの森の中だ。

 日の落ちた時間に森の中に入るなんて、正直自殺行為でしかない。

 魔物かなんかに襲われても、文句は言えないぞ。


「さ、さあ? 森?」

「んなことは言われなくてもわかっとるわ。問題はここがどこの森かってことだよ」

「そ、それは多分、近くの森だと思うんですけど……」

「近くの森、ねぇ」


 まあ、遠く離れた異国の地とかではなさそうなので安心した。

 それに、ここらの植物には見覚えがある。恐らく、俺の住むネスト村の近くにある森だろう。ネスト村は帝都からほど近い場所にあるから、あの地下からも近い。この自称竜人族の少女の転移先に選ばれても不思議じゃないか。


「そ、そういえば、名前はなんというんですか?」


 誤魔化すかのように少女は言った。

 そういや、自己紹介もまだだったな。


「俺はレオス。君は?」

「さっきも言いましたが私は《白竜姫》。私個人の名前は与えられていません」

「そうなのか。でも、さすがに《白竜姫》は呼びづらいな」


 長いし、仰々しいし、何より少女の見た目と合ってない。


「――てなわけで、君のことはハクって呼ぶよ」


 俺がそう言うと、少女はぽかんとした表情で呆けた。


「ハク……」

「ダメかな。勢いで決めちゃったんだけど」

「い、いえ、決してそんなことはなくてですね……っ。レオス様がつけてくれた名ですし――……えへへ……ハク、かぁ……」


 何やら顔を蕩けさせてニヤけている。

 でも、少女……いや、ハクも気に入ってくれたようで何よりだ。安直なネーミングだが、まあこっちの方が間違いなく《白竜姫》より似合っているだろう。


「気に入ってもらえたならよかった。でも、俺のことは普通にレオスって呼んでくれよ。様づけなんて気持ち悪いし。俺まだ19だし」


 まあ、年齢は関係ないが。


「え? 19歳……?」


 と、何故かハクは年齢の方に喰いついた。


「そうだけど、もしかしてもっと老けて見えるとか?」

「そういうことではないんですけど……。そういえば人間族は私達と比べ寿命が短いんでした。レオス様はまだ19歳だったんですね」

「うん。ちなみにハクは何歳なんだ?」

「正確には判りませんが、100歳は超えてるはずです」

「――ええ!? ロリババア!?」

「ろ、ロリババってなんですかロリババアって!?」

「どう見ても12歳くらいだろ!?」

「う、うるさいなっ。竜人族は寿命が長いんですっ!」


 両手をぶんぶん振って可愛らしく抗議する自称100歳超え。

 しかしびっくりだな。こんな小さな子が実は100歳を超えてるなんて。やはり世の中は不思議で満ちているようだ。


「わかったわかった! とりあえずハクは俺より年上なんだな」

「そうですっ。私がお姉さんなんですよっ? じゃなくてお姉さんなんだからねっ?」

「言いなおす必要あったかそれ。まあ、年下相手に敬語を使うのも変な話だが」

「そうだよっ。 もう君のこともレオス君って呼ぶからねっ?」

「どーぞどーぞ。様づけされるよりかは遥かにマシだぜ」


 やれやれ、元気なお姫様だな。

 それから俺達は一度クールダウンして、ふぅと一息ついた。


「まあ、一旦落ち着いたところで話を元に戻すんだが……。ハクが竜人族とやらなのはいいとして、どうして俺が君の主にならなきゃならないんだ? 俺、ただの村人兼盗人なんだけど」

「あうぅ。やっぱりレオス君は自分のことを知らないんだね。君は、かつて私達竜人族と共に戦ってきた竜操者ドラグマイスター、その末裔なの。だから、あの空間にやってこれたんだよ」

「お、俺が? まさか。何かの冗談だろ」


 小さな村で貧乏ぐらししてる俺なんかが、そんな大層な一族の末裔だなんて信じられない。


「レオス君の身体から強い《竜気脈》を感じる。多分、一族の中でもかなりの力を持った家系の末裔なんだと思う。ううん。間違いなくそうだよ。じゃなきゃあそこには辿りつけなかったはずだもん」

「あの空間か……。確かに俺は転移させられてハクが眠るあの部屋に行った。ということは、やっぱり特定の人物があの場に立ったら起動する術式だったんだな」


 それがまさか自分だったとは。

 それに、俺が竜操者ドラグマイスターの一族の末裔か。正直な話、にわかには信じられない。だって俺は村人Aとでも言えるようなしょうもない人生を歩んできた。何故か昔から魔法は扱えたが、ただそれだけだ。

 ちなみに、両親は俺と妹のレオナが小さい頃にいなくなった。どうして俺達を置いて消えたのかは今でもわからない。それに、まだ生きているかさえも不明なのだ。

 そんな俺とレオナを拾ってくれたのがミランダおばさんだった。ミランダおばさんは、優しくて綺麗でたくましくてすごく強い。魔物なんかも1人でやっつけてくるし、俺に様々な戦い方も教えてくれた。彼女のおかげで、これまであの小さな村で暮らしてこれたんだ。

 おばさんには本当に感謝してる。実の母親のようにも思っている。レオナもきっとそう思っているはずだ。だから、両親がいなくても寂しいだなんて感じたことはない。貧乏だけど、それだけで俺は十分だった。


「レオス君は竜操者ドラグマイスターだよ。竜人族の私が言うんだから間違いないよ」

「でも……だからってハクの主にはなれないよ。俺、お金全然持ってないし、ウチには君を養う余力なんかないんだ」

「な、なんだかやけにリアルな理由だね……。で、でも大丈夫だよっ。私のこの服……結構高値で売れるはずだから!」

「確かに売れそうだけどさ……。だけどゴメン。俺は所詮村人だし、盗人だし、ハクの主には相応しくないから。きっと、もっと君に相応しい竜操者ドラグマイスターがこの世界にいると思う」

「レオス君……」


 今にも泣いてしまいそうな瞳で、ハクは俺のことを見つめてきた。

 ハクは俺の事をずっとあそこで待っていた。その想いには報いたい。だけど、現実的に考えて、俺の傍にいたらハクは幸せにはなれない。自分のことだけで精一杯なんだ。何かをしてやれる余裕もない。

 せめて俺にもっと力があったら、冒険者とかになって稼ぐ道もあったかもしれない。でも、それではレオナとおばさんを残していくことになってしまう。大切な2人を置いて行くなんてこと、俺には出来ない。


「私は……――!?」


 そこまで言いかけて、ハクは急に森の奥に視線を移した。

 その表情から、焦燥の気配を感じた。いや、正確には、何かよくないものの気配を感じてしまったかのような顔だ。


「どうしたんだ?」

「あのね、レオス君。君の村はどこにあるの?」

「村? 俺の住んでるネスト村のことか?」

「うん」

「それなら多分あっちの方だと思うけど」


 微かに見える山岳地帯の形状から予測し、俺はネスト村への大体の方角を指差した。


「やっぱり。あのね、嫌な感じがするんだ。禍々しい何かが現れたような……」

「禍々しい何かって何だよ?」

「詳しくはわからないけど……、とにかく様子を見に行かなきゃ。このままじゃ取り返しのつかないことになる」


 真剣な表情だった。

 どうやら、ハクは嘘を言っているわけではなさそうだ。


「……わかった。行ってみよう」

「うんっ」


 森の中を駆け、俺とハクはネスト村の方へと向かう。

 特に魔物なんかとはち合わせることなく、村の見える丘まで辿り着いた。結構近かったのか、この場所までくるのに5分とかからなかった。

 木々が薄くなった丘。そこから、俺の暮らしているネスト村が一望出来た。村に何が起こっているのかも、すぐに把握することが出来た。


「なん……っ!?」


 俺は声にならない声を上げ、膝から崩れ落ちた。

 村が、燃えているのだ。それに加え、バカでかい巨人のような魔物が村を襲っているのが見える。


「どうして……」


 脳が現実を理解するのを拒んだ。

 あれは違う村だ。あれは俺の住んでいる村じゃない。

 そう念じてみても、目の前の惨状が覆るはずもない。

 半ば放心状態で、俺は村を眺めていた。

 あそこには村の人々が。俺の大切な人達がいるっていうのに。

 レオナは、ミランダおばさんは、無事なのか。

 助けに行かなくちゃと思う反面、怖くて足が動かない。


「レオス君っ!!」


 俺が放心状態で呆けていると、ハクが身体を揺さぶってきた。

 少女の綺麗な白い髪が俺の肩にかかる。


「しっかりして! レオス君ってば!」

「……あ、あぁ……」

「村を助けなきゃ!」

「ハク……」


 村を助ける。

 そうだ。俺は何をやっているんだ。

 まだみんな無事かもしれない。村には自警団だっている。きっと彼らがあの魔物と戦ってくれているはずだ。それなら、俺にだってやれることはあるはずじゃないか。


「ごめん。行かなきゃ、だよな。こんな俺にだって何か出来るかもしれないし」


 弱気になるな。

 まだ希望はある。村は助かる。

 俺だって、強くはないがミランダおばさんの特訓のおかげで魔物と戦う力はあるんだ。微量だが、魔法だって使える。

 村の自警団と一緒に戦うんだ。手遅れになる前に。


「みんなを、助けなきゃ」

「うん。行こう、一緒に」

「……ああ!」


 俺は立ち上がり、迷いを断ち切った。

 そして竜人族のハクと共に、俺は村へ急ぐのだった。


 


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