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第一話



「あのクソ野郎!」


 力強く握りしめていたせいでクシャクシャになった紙切れを、俺は思い切り地面に叩きつけた。

 宝の地図。宝物庫の在りかが記された地図のはずだったのだが、見事にパチモンを掴まされたらしい。

 俺は頭をかき回した。

 宝の地図というのは、正確には地下水路から王宮の地下へ潜入出来る極秘ルートを描いたものだ。サラスティン帝国の皇族が住まう王宮、その地下に眠る宝物庫への道が記されているはずだった。


「タヌキめ、俺を騙しやがったな……っ」


 地図は城下町の商人から買い取ったものだ。だが、ブツは偽物。言葉巧みな売り込みに、まんまとしてやられたようだ。

 指定の位置まで来てみても、そこはただ壁があるだけだった。辺りは地下水路だから薄暗い。そのため、ちゃんとポイント周辺を確認できているわけではないが、どこかに扉や仕掛けがあるようにも思えない。


「これじゃおばさんとレオナになんて言えばいいんだ……」


 家が貧乏で、出稼ぎのために帝都に通う毎日。やることといえば盗賊まがいの盗人稼業。それも、露店や出店の倉庫裏に落ちているしょうもない鉄クズや、捨てられた鉱石の欠片なんかをかき集めて売るだけだ。時には食料を拝借していくこともあるが、魔法を使えるおかげで未だ捕まったことはない。

 ちなみに、このことはおばさんや妹のレオナには言っていない。日雇いの仕事を頑張ってると言っておいたから、2人はきっと俺がまっとうに帝都で働いていると思っていることだろう。

 俺も最初はそのつもりだった。どこか適当な場所でまじめに働こうと思っていた。だが、現実はそう甘くなかった。俺みたいな身分のないはぐれ者を雇ってくれる店などなく、挙句の果てには盗人稼業だ。


「はぁ……」


 俺は盛大にため息をついた。

 こんなことなら、地図なんかに金をださずに夕食のおかずでも買って帰ればよかった。

 にしても、わかりきったフェイクに騙されるくらいに俺は追い詰められていたのか。宝物庫に繋がる裏ルートなんかあるはずがないというのに。貧乏暮らしで金がないとはいえ、今更になって後悔の念が込み上げてきた。


「仕方ない。戻ろう……」


 こんな薄気味悪い場所にいても意味がない。

 そう思い、元来た道へ戻ろうと踵を返した瞬間――


「あー、地下水路の巡回も大変だな」

「まったくだぜ。地下水路なんて警備してどうするんだよって話だよな。皇帝陛下も何をお考えなのか」

「どうせ何もない薄汚い所だし、わざわざ巡回させるまでもないよな」

「ああ。でも命令されたからにはやらざるをえないし……。やれやれだぜ」


 ランタンを揺らし、奥の通路から衛兵2人が近づいてきた。

 このままではバレる。だが、逃げようとすれば足音で気付かれるだろう。それに、このまま奥に進んだら袋の鼠状態になってしまう。

 ……クソ! どうして地下水路に衛兵がいるんだよ!

 ――ドクンドクンドクン。

 心臓が早鐘を打つ。

 俺は心の中で舌打ちし、どうやって衛兵から逃げるかを模索する。

 だが、そもそも考える時間もない。

 どうする、どうする……!?


「かくなるうえは……っ」


 水路に身を隠すしかない。

 そう決めて、俺は迷わず水の中に飛び込んだ。もちろん、音をたてないように慎重にだ。

 息を止め、衛兵2人がここを去っていくのを待つのだ。通り過ぎるには数秒もかからないだろうし、息も持つはず。


「おい、今何か音がしなかったか? 誰かいるんじゃ……?」

「おいおい、そんなわけないだろ。きっとネズミでもいたんだろうよ。第一、こんな場所に人がいるわけないって。気にし過ぎさ」

「それもそうだな。ふぅ、俺も疲れてるみたいだ」

「はは、早く帰って嫁さんの作った温かい料理を頂かないとな」

「おうよ。そのためにちゃっちゃと巡回を終わらせますか」


 俺は息を潜め、水路の中にある鉄格子を掴んだまま衛兵が消えるのを待つ。

 その状態でいること数秒間。話声がだんだん遠くに聞こえるようになった。

 ……よし、そろそろか。

 2人の気配が消えたのを見計らって、俺は息継ぎのために顔を水面に出した。


「――ぷはっ。どうやら行ったみたいだな。――にしても……」


 水の中に半身を浸からせたまま、俺は衛兵が去っていった先を見つめた。

 そして、完全にいなくなったと確信し、もう一度俺水中に潜る。

 何故もう一度潜るのか。それは、気になることがあったからだ。

 先程、水の中に潜伏していた短い時間で鉄格子の中を覗き見たのだが、その先から灯りのようなものが垣間見えた。もしかするとこの鉄格子の先は王宮の地下に繋がっているのかもしれない。

 ……鉄格子は古いし、もしかしたら外せるんじゃないか?

 再度潜った俺は、わずかな希望にかけて鉄格子を外そうと試みる。

 ガクガク揺れるし、これはもう少しだけ力を入れれば外れそうだ。

 ……おらっ。

 俺は思い切り鉄格子を引いた。すると、鉄格子はガコっという音をたて、呆気なく外れた。

 俺は鉄格子を水中で放り捨て、一度息継ぎしてから再度潜る。

 人が1人ギリギリ通れる広さの通路だ。俺はなんとかその細い通路に入り込み、奥へと進む。えっちらほっちらと手探りで先に進むと、すぐに水面が見えてきた。


「ぷはッ!」


 水面から顔を出し、誰かいないか警戒しながら辺りを観察する。

 どうやらどこかの地下で間違いないようだ。辺りを照らす蝋燭の灯りがやけに幻想的で、壁には不思議な紋様が描かれており、どこか瀟洒な雰囲気のある場所だった。もしかして、本当にここが王宮の地下なのだろうか。


「とりあえず上がるか」


 人気がないことを確認し、俺は水面から上がった。

 当たり前だが、服がびしょ濡れだ。これでは気持ち悪いし今後の行動に支障が出る。ここは1つ《魔術》を使って服を乾かすとしよう。


「火炎属性の魔術で……」


 俺は魔力を右手に凝縮させ、火炎をイメージする。すると、小さな火の玉がゆらゆらと灯りだした。


「もう一個出しとくか」


 服を乾かす速度を上げるため、左手にも同じような火の玉を生成する。

 俺の手の平の上で揺れる2つの篝火は、意思を持つかのように身体を包み込み始めた。というか、オレが操っているんだけどな。こうやって囲ませた方が乾きも早いだろうし。

 しばらくの間炎に包まれ、俺は服を乾かした。

 服がある程度乾いたのを確認し、俺は魔術を消失させる。

 

「さて、探索開始といきますか」


 扉は2つあった。

 どちらとも小奇麗な造りをしていて、どう見ても普通の地下室じゃない。

 そもそも水路が流れている地下なんて、一般人が所有できる代物じゃないだろう。どこかの施設か、はたまた王宮の地下か。どちらにせよ、この先には何かがある気がしてならない。久しぶりにワクワクが止まらないのだ。

 直感で左の扉を選び、奥に進む。

 扉の先は通路になっていた。前の部屋にあった水路はもう無いようだ。

 長い回廊を歩き、最奥へ。


「でかい扉だな……」


 城門かってくらい大きな扉が、通路の先には待ち構えていた。

 押しただけじゃ、開きそうにない。うんともすんともしないオーラ放ちまくりだ。

 ……なんて、そんなことを考えていた時期が僕にもありました。


「って、開くのかよ!?」


 試しに大扉を押してみたら、呆気なく開きやがった。

 中に入ると、そこは広い祭壇のような場所だった。大きな柱が左右に立っており、階段のその先には円状の絨毯が引かれている。

 俺は階段を上り、その円状の絨毯の上にやってきた。何かあるのかと辺りを見渡すも、特に何もない場所で、正直期待外れ感を否めない。


「でも、いったいここは何なんだ……?」


 明らかに自然に出来あがった場所じゃない。

 それに、何かを祭っているようにも見える。

 俺はさらに辺りを確認する。

 すると――


「――!?……こ、これは……!」


 何故今まで気付かなかったのか、正面の大壁に壁画が描かれていた。

 あれは竜、だろうか。白、黒、赤、青、そして黄色の竜が描かれている。5体の竜がそれぞれ争っているのか、火を吹いていたり、爪で引き裂いていたり、尻尾を叩きつけていたり、様々な描写で描かれていた。


「どうしてこんなモノがこんな所に……」


 竜といえば、大昔にこの地に生息されていたとされる種族だ。

 ワイバーンとは違い、神聖で尊い生き物であると言われている。

 だが、大昔に絶滅したはずだ。当時は竜を操ることの出来る一族なんかもいたという話だが、所詮は噂だ。確証はない。


「壁画はすごいけど、これを盗むわけにはいかないよなぁ」


 俺は嘆息した。

 素晴しい壁画ではあったが、持ち運べる大きさじゃない。転移魔法でも使えれば話は別だが、あいにく俺はそんな技術持っていない。

 名残惜しいが、金になるものがないのであればここにいる意味もないな。この場所が何のために造られたのか気にはなるが、考えたところで答えが出るとも思えないし。


「……戻るか」


 と、俺が呟いた瞬間。

 唐突に辺りが輝き始めた。


「な、なんだなんだ!?」


 逃げようとするも虚しく。

 何かに導かれるように――俺はその場から転移した。

 転移は一瞬だった。

 瞬きをした直後には、違う場所に立っていた。

 どうやら強制的に転移させられたらしい。何者かに魔力の干渉を受けた感じはしなかったので、元からあの場所に仕掛けられていたのだろう。もしくは、特定の人物があの場に立ったら起動するような術式だったかだ。


「今度は何だってんだよ……」


 さっきの祭壇とは違って、無機質な場所だ。

 四方を壁が囲み、出口がない。

 ただ、部屋の中央にぽつんと椅子が置かれているだけだ。

 しかも、その椅子に何者かが座っている。

 ここからではその人物が誰なのかわからない。

 俺は慎重に、椅子のある方へと近づいた。


「女の子……?」


 椅子の上で、女の子が眠っていた。

 年の頃は12くらいだろうか。顔にはまだ幼さが残っている。

 そして特徴的なのが、少女の綺麗な白銀の髪だ。思わず手にとって見てみたくなるほど、少女の髪は美しかった。

 髪だけじゃなく、肌も白い。透き通るような白で、ガラス細工のような繊細さを感じた。触れてしまえば壊れてしまいそうな、そんな儚さが際立っている。

 それに、少女が着ている衣装も凄い。どこかの皇族のお姫様のような衣装で、メチャクチャ派手だった。この服だけでも奪って帰れば、かなりの値がつきそうだ。


「でも、どうしてこんな場所に女の子が眠っているんだ」


 そもそもここはどこなのか。

 それすらも俺にはわからない。

 第一、この少女はちゃんと生きているのだろうか。

 そう思い、俺が女の子に手を伸ばすと――


「…………!?」


 パチリと、白い少女が眼を開けた。

 しかも、バッチリ目が合っている。

 数秒間、俺は固まっていたと思う。金縛りにあったかのように身体が動かないのだ。少女のその吸い込まれそうな瞳に、釘付けになっていたのかもしれない。

 身体が緊張して動かない。

 時が止まってしまったかのような錯覚に陥る。

 まるで、2人だけで別の世界に来てしまったかのようだ。

 そして、沈黙を破ったのは、少女の涙だった。


「お、おい! どうして泣くんだ!?」


 俺は訳がわからなくなり、慌てた。

 涙を流しながら見つめられても、非常に困る。

 

「やっと、やっと会えました……っ」

「え?」


 俺は少女の言葉に戸惑いながら、気の抜けた声を出してしまう。

 やっと会えたって言われても、俺はこの子のことなんて知らない。ここで初めて会ったはずなのに、どうして彼女はそんなことを言ったのだろうか。

 少女はおもむろに立ち上がり、俺の目をジッと見つめてきた。

 涙を拭き、少女は両手の拳を握りしめながら――

 

「私を……あなたの竜にしてくださいっ」


 ――懇願するかのような顔で、そう言うのだった。


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