7話 魔物の少女と出会いました
巌が『転送』により、光に包まれ飛ばされた後、彼が最初に見たものは…
「…何処かの部屋なのか?掃除などはされているんだが…」
木の板で天井から床、壁まで全てが作られており、1m四方の正方形のテーブルと椅子が2脚、燭台と蝋燭が数本だけ置かれた、そこまで大きくない部屋。そこに、巌は飛ばされていた。
(下手に動くと泥棒扱いされるよな…第五階梯の魔法を受けた、と言って信じてもらえるか不明だけど、そう事情説明した方が安全だろうか)
因みに現在、巌は黒い紐で縛られた状態で転がっている。何故紐だけ残っているかは不明だが、その強靭さは失われておらず、引き千切ろうとしても全然切れない。5分ほど転がったりして、なんとか切る事は出来ないかと行動していたが、やはり切れなかった。
(…誰も居ないのか?全然人が来そうに無いな…椅子でも倒して、音を出せば気付くか?)
大声で人が居るか確認する方法もあり、家の中で知らない人の声がするのと、物が倒れる音がするのと、どちらが良いか悩み始める巌。そうしていると、足音が聞こえてきた。こちらに近づいてくる。
足音が部屋の戸の前辺りで止まる。そして、トントン、とノックする音。
『誰か、居るんだよね?』
若い女性の声だった。女性、と言うより少女、と言った方が正しいかもしれない、そう思うくらいには高めの声。しかし、彼には今、ある1つの疑問が浮かんでいる。
(これは、この世界に始めて来たときの…たしか、『知恵の水』を飲む前に…)
そう、彼がこの世界に始めて来たとき、ルーディ・ハルドルグ教皇やシスター達の会話を聞いた時と同じ状況…つまり、『意味は分かるが何語かさっぱり分からない』という状況に陥っていた。そして、この状況が何故起きているかについて、戸の向こうに居るだろう少女(?)を放置して考える。
(『知恵の水』を飲んだらこの状況は改善されたから…考えられるのは使われている言葉が違う事くらいか?『知恵の水』はパリスティナ王国の人が使っている言葉のみ自動で分かるようにしてくれていたのかもしれないな)
そんな風に考えていたら…
『あ、やっぱ居た!黒い紐に縛られた目つきの悪い男の人…うん、この人だよね』
雪のように白い髪、同じくらいに白い肌、真紅の瞳。服はゴスロリ系の、フリルの付いた黒い服。身長は160あるかないか位だろうか。とても美しい少女が、戸を開けて立っていた。少女は、巌が居ることを居ることを分かっていた様な発言をしている。
『貴方、何処から来たの?名前は?…あ、私の言葉が通じるわけが無いよね、あはははは…』
「いや、通じていますよ?私の名前はイワオ・オニヅカです。パリスティナ王国の王都から、少々面倒なことがありまして魔法で飛ばされて此処に来ました。貴方は?」
『…え?貴方、普通の人間だよね?なんで私の言葉が…あれれ?』
「その辺りは後で説明するので、この紐を何とかしてもらえませんか?」
『あ、そうだね。この紐、この部屋に飛ばされてくる人全員がこれで縛られているけど、何でだろう?』
そんな事を言いながらも、手でビリビリと引き千切っていく少女。恐らくレベルが高いのだろうな、と巌は予想する。そうでなかったら、こんな美しい少女に紐が千切れて、運動で鍛えた自分に出来ないという現実に耐えられそうに無かったからだ。
それから30秒後、巌が5分以上かけても千切る事が出来なかった紐はバラバラになり、巌は少女に事情を説明することになる。
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「改めて、イワオ・オニヅカです。パリスティナ王国王都から第五階梯魔法で吹き飛ばされてきました、勇者候補です」
『第五階梯!?あぁ、でもそれ位しか王都からこの部屋に一瞬で移動する方法なんて無いですよね』
巌は今、先程まで転がっていた部屋の椅子に座り、少女に自己紹介をしている。彼女は彼が第五階梯の魔法を受けた、という話を聞いて驚くが、それ以外に説明出来ない状況なのである程度納得する。
『にしても私、普通の人の言葉がサッパリ分からないので、貴方みたいに普通に話せる人間は初めてですよ。相手が片言で私の言葉を話してくれるのを聞くくらいしか人間と話したこと無いですしね』
「そういえば、貴方も人間に見えるんですけど、種族が違うのですか?」
『あ、今更だけど普通に話してよ。丁寧に話されてもなんか変な感じするからさ。えっと、私の種族なんだけど…聞いて、驚いても良いけど、怯えたり、私のこと、怖がったりしない?』
「…?多分、大丈夫だと思うけど?」
『…そっか。私ね、ヴァンパイア系の最高種族の、黒之吸血王って言うの。一応、魔物に入るんだよ』
ヴァンパイアノワール。『王』と名の付く魔物の中でも三本指に入る最強クラスの魔物である。その圧倒的な魔力と非常に速いスピード、不死に限りなく近いと言われる程の再生能力、更に血を吸う事でステータスが際限なく上がるというヴァンパイア系の最上位。この世界の住民であれば名を聞いただけで恐怖で動けなくなる者が大半という化け物を目の前にして、巌は…
「ん?ノワールって黒、だったよな?君は全体的に白いけど…」
『…あ、あれ?驚かないの?私、ヴァンパイアだよ?魔物なんだよ!?』
「いや、君みたいな女の子が魔物と言われても実感が湧かないんだが…それに、吸血鬼がどれ位凄い魔物か分からないしな。この世界に来て数日しか経っていないんだ」
『…あ、そっか、勇者候補なんだよね、貴方は。ヴァンパイアノワールって言うのはね、老王龍と氷狼王と並ぶ、世界でも三本指に入る最強の魔物なんだよ』
「…君が、最強の魔物の1人、いや、1体なのか?」
『私はまだレベルが10しかないし、魔法も第四階梯までしか習得していないけど、レベルが上がればきっとなれると思う』
そう言われると、流石に色々と鈍感な巌でも目の前の少女の凄さが分かったのか、驚いた表情で彼女に視線を向ける。
「第四階梯の魔法を覚えているのか!属性は何を覚えているんだ?」
『ん?水と雷と闇だよ。どれも第四階梯まで覚えているよ。ヴァンパイアノワールだと、1000年以上前には第五階梯まで習得した人が居たらしいけど、最近だと居ないね。貴方は?』
「…驚いても良いが、怖がらないでくれよ」
『ん、分かったよ』
「雷属性と…ユニークが3個。それが、俺の使える魔法だ」
巌の発言に、少女は驚きを隠せない。ユニーク魔法を1つだけ覚えている、という話は、彼女の人生(?)の中でもたまに聞くことがあった。しかし、3個覚えている、という話は全く聞いたことも無いし、歴史書でも読んだ事は無い。
『さ、3個?嘘だよね?』
「いや、どうやらそうらしいんだ。まだ使い方を知らないんだがな…本来なら、今頃習っている頃だったんだが…」
『…今、教えてあげよっか?』
「良いのか?」
『うん、そこまで面倒な事じゃないし…ユニーク魔法が3個、って言うのも気になるしね』
「それなら、教えて貰おうか。どうすれば良いんだ?」
何時も通りの口調で話しているように聞こえるが、実はかなり明るめになっている。それだけ、彼も魔法に興味があったという事なのだが、会って数分の少女に分かるような事ではなかった。もし不知火が近くに居たなら、すぐにばれていただろう。
『私流になるけど、良い?』
「あぁ、良いぞ」
『なら…噛み付いてそこから貴方に直に魔力を流し込んで、体内にある魔力回路を無理矢理開く。そうすると魔力が体中を流れるから、それで魔法が使えるようになるよ。後は覚えるだけ』
「か、噛むのか?血を吸ったりはしないよな?それで俺が吸血鬼化したりはしないんだろうな?」
吸血鬼に噛まれると自分も吸血鬼になる、という設定のゲームなどをやった事がある巌は、目の前の吸血鬼少女に噛まれることで自分もそうならないか警戒する。
『うーん、吸血鬼になりたいならしてあげるけど、人間、やめたくないでしょ?』
「あぁ、流石にな…なら、噛んで魔力を流すだけなんだよな?それなら頼む」
『うん、分かったよ。私だって、本当に久しぶりの、普通に話せる相手にそんな事はしないよ。じゃあ、腕からね…』
腕に顔を近づける少女。とても美しい少女が、自分の腕に口を付けるのか、と巌は少しだけ期待してしまう。
カプッ
少しだけ痛いが、あまり気にならない位の痛みが右腕からする。これで魔法が使えるようになる、と思いテンションが上がっていく巌、しかし…
「痛ッ!?アグァ!?ぐあああああああ!!!」
突如、彼の全身を激痛が襲った。