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6話  王子に決闘を申し込まれました

あれから、不知火はミスリル銀で作られた、先端に美しい女性の天使像の付いた1m程の杖を、優華は身の丈程の長さの棒に直径15cm、長さ30cmの円柱の付いた戦鎚ハンマーを買っていた。値段は巌の大剣よりも高く、金貨2枚だったが、2人とも『良い買い物をした』と言っていたので、当人が満足していたのなら良いだろうと巌は考えている。

ダンブリッドから『武器の手入れが必要ならまたうちに来い。少しくらいならサービスしてやっからよ』と言われ、巌とダンブリッドの2人が握手し、店を出た。巌の腕時計は丁度2時を指していた。


「後は服が必要。でも、先輩は選んじゃ駄目」

「…分かったよ、お前に任せる」

「なんで鬼さんが選んじゃ駄目なの、ぬいちゃん?」

「先輩、私服のセンスが皆無。全身真っ黒な服で固めて、黒いジャンバーを着て、黒い手袋を付けて、黒い靴を履いて、マスクを付けた先輩は、完全に不審者」

「うわぁ…」

「それを見て以来、先輩の服は全部私が選んでいる。私が、2人っきりで買い物に行って…」

(もしかして→買い物デート)


 優華は頭の中でその単語を思いついたが、言ったら恐らく不知火の後ろに般若が浮かび上がると分かっているので、言葉にはしなかった。

その後服屋を発見し、巌は女性の買い物の長さを味わうことになる。と言っても、不知火と買い物に行くとそれなりに長くなるので覚悟はしていたが、1人増えたことによって更に長くなり、服屋で2時間消費してしまった。

残り2時間を雑貨屋で費やすことにし、巌は折りたたんで持っていくことが可能なチェス…この世界でもチェスとオセロは存在していた…を購入し、集合場所に30分前に到着した。


「おや、もう買い物は終わったのですか?」

「えぇ、お勧めの武器屋で、良い武器を買うことが出来ました。他にも服と、遊ぶ為のチェスを」

「ダンブリッド工房で、ですか?その武器を見せて貰えませんか?」

「どうぞ」


 背負っていた大剣…鞘は無料でくれた…を抜き、見せる。大剣の出来の良さが分かったのか、感嘆の声をあげている。


「素晴らしい大剣ですね。素材は鉄のようですが、出来が非常に良いので、並の鍛冶師が作ったミスリル銀製の大剣と同等かそれ以上の性能を発揮出来ると思います」

「ダンブリッドさんも自身の打った中で最高の出来だと言っていましたよ」

「なるほど。あの人の、それも最高の出来の武器ですか…あの人は、自分が気に入らなければ貴族であろうと断る人ですからね。私も行ったのですが、蹴り出されましたよ」

「えぇ。なんでも、エルセリオ殿下も断られたとか」

「…やっぱり、聞きました?」

「もちろん」

「…本当に申し訳ありませんでした。もし殿下の命令を拒んだとなれば、私どころか家族、同じ隊の者までこの国で生きていくことが出来なくなってしまうのです…」

「そう言う事なら仕方ないですよ。自分もそんな状況になったら従うしか無いと思いますから」

「有難う御座います…何時か必ず、お礼を…」


 その後は、近衛騎士団の人とこの世界について様々な話をする。主に聞いたのは魔法についてだ。明日魔法の訓練が入っていて、そこで使える魔法が判明する。巌が持っている通常の属性は『雷』。雷属性の魔法の第一階梯の魔法は『雷球サンダーボール』『雷撃サンダーボルト』『纏雷サンダーアーマー』と言う3個らしい。雷球は握り拳ほどの電気の球を生み出し飛ばす魔法で、球速は遅いがMP消費が低くバンバン撃てる。雷撃は広範囲に雷を放つ魔法で、射程は短いが広い範囲に非常に速い雷を放てるので使い勝手が良い。纏雷は体に電気を纏い、攻撃してきた敵を迎撃する魔法だが、保険程度にしかならないから余り使い勝手は良くないらしい。

魔法は自分で作り出せるのか?と言う質問をしたところ『出来るには出来るが、既に出来ている魔法の使い勝手が良い為ここ数百年以上作られていない』と言われた。纏雷はどうなの?と聞いたら『あれは例外ですよ。第二、第三と階梯が上がれば更に良い魔法が使えるようになります』とのこと。


「第一階梯の全ての魔法をある程度使いこなせる事、これが第二階梯に上がる条件だと言われています。使えないと言われている纏雷も、体に魔力を纏わせ、それを維持する練習と言う意味では非常に重要なんですよ。第三階梯には、魔力を纏わせそれを維持、さらにそこに魔力を注ぎ雷を溜め、一気に放つ『雷砲サンダーカノン』と言う魔法があって、それの練習でよく繰り返すそうです」


 某戦闘民族の必殺技のような物か、と巌が頭の中で思っていたら、全員集合したようだ。城の部屋に戻り、明日に備えて早めに寝るように言われる。反対意見も無く、無事に城まで戻り、全員が部屋に戻った。巌たち3人組も今日は誰かの部屋に集まったりせず、早めにベッドに入って寝た。



――――――――――――



「なに、イワオが武器の購入に成功しただと?」

「えぇ、殿下にも1度お勧めされた大剣を購入したとの事です。あれは非常に素晴らしい出来でしたな…私も1度振るってみたいですなぁ」

「所詮は鉄だろう?!ミスリルで出来たものに比べ、脆く重いだけだ!」

「しかし、あの出来ならば並の鍛冶師の打ったミスリル銀の物…いや、総ミスリル製の物と比べても対して変わらない性能でしょうな。重さはあるかと思いますが、敵を斬る性能だけならば十分並ぶと思います」

「何?其処までの物なのか?」

「えぇ、少なくとも、殿下が今使っているミスリルの直剣よりも優れた物だと私は思いますが」


 エルセリオは舌打ちし、次の行動を考える。


(どうする?あの工房は我が国でも最高峰…そこの店主に認められたとなると、貴族達も奴を認めるだろう。なにより、あの工房は父上の使っている剣を作った工房だ。この話が工房長を通じて父上の耳に入る可能性も…早めに、ちゃんとした理由で、確実に追い込む必要が出てきたな…)


 その時、1つの案を思いつく。

 

「ふむ、なるほど。しかし、王族ですら買えなかった武器を、どうやって奴が買ったのか分からないな」

「話によると工房長に気に入られたから、だそうですが」

「ほうほう、『気に入られた』か。勇者候補とはいえ始めてあった、名前もその時知った奴を簡単に気に入ると思うか?きっとなんらかの方法…賄賂の様な物を渡したのでは無いだろうか?」

「なるほど。確かにその可能性はありますな。殿下が買えず、異世界の野蛮人が買えるなど普通はありえません。しかし、金を積めばあるいは…」

「明日、奴に確認せねばならないな。明日の朝食後、直ぐに向かおう!ククク、これで奴も…!」

(やはり単純ですな、この豚王子は。こんな馬鹿が国を率いる事になれば、間違いなく国は崩壊する…それを避ける為にも、彼には犠牲になって貰わなければ…)


 エルセリオと話していた男…ワルギュウル・マテリアフェスは、巌に心の中で謝罪していた。国王の最も信頼出来る者として、王子の自己中心さの改善を任されている彼だが、様々な方法を使っても直らない王子に、最終手段として痛い目を見てもらおうと思っていた。そこに現れたのが、巌だった。

エルセリオが気に入った女を手に入れようと様々な方法を使っているのを、彼は知っている。今回も、巌の事が好きだと言っている不知火をなんとか振り向かせようとするのは想像できる。なら、そこで大問題を起こさせ、それを公に出してしまえば国王も彼から王位継承権を剥奪する事を考えるだろう。そうなれば馬鹿王子でも考えを改めるはずだ、というのが彼の考えである。

 巌には、国の為の犠牲になって貰う必要がある。国の為なら、国王の考えだろうと反発してきた彼に、迷いは無かった。まだ若い巌につらい目に遭わせるのは少しつらい物があるが、国の為だと自分に言い聞かせ、覚悟を決めていたのだ。


(イワオ殿。怨むなら私を怨んでくだされ。王子の考えが良くなれば、このワルギュウル・マテリアフェス、命でも財産でも全て差し上げましょう。名誉回復のために全力を尽くし、イワオ殿の為に命を使い果たすことを誓いましょう。ですからどうか、私以外を怨まないで下され…)



――――――――――――



「オニヅカさん!ちょっと聞きたいことがあるのですが」

「エルセリオ殿下。何でしょうか?」


 昨日と変わらず少なく味も薄い朝食を文句1つ言わず食べた巌は、エルセリオに呼び止められていた。これから魔法の授業があり、遂に自分の使えるユニーク魔法を知ることが出来る!と期待していたのだが、流石に王族に呼び止められたのを無視するわけにはいかないので、止まって話を聞くことにした。当然不知火と優華も止まり、巌の後ろで待っている。それ以外の勇者候補らも『なんだなんだ』と野次馬根性全開で集まっている。


「いや、貴方が私の薦めた工房で武器を買ったと聞いて、どうやって買ったのかと」

「どうやって、とは?ダンブリッドさんに『大振りの物』と頼んでお勧めの物を選んでもらって、数回振って自分に合っているからそれを買っただけですよ?」

「私があの店に行ったときは売るものは無いと言われて追い出されたのですよ!?あの工房長は自分の気に入った人にしか売らない主義。始めてあった名前も知らない貴方に売って、名前も知られている私に売らないのには、理由があると踏んでいる!」

「理由、とは一体?店に入ったとき何度か言葉を交わした後、『お前を気に入った』と言われた以外は何も思いつきませんが」

「そこが怪しいのです!…貴方は、幾ら金を積んだのですか?」

「武器の値段は金貨1枚と金板貨5枚ですが」

「そうではない!幾ら賄賂を払ってその武器を買ったのかと聞いているのです!」


 この発言に、流石の巌も、『はぁ?』と言って、元から悪い目つきを更に悪くし、エルセリオを睨みつけていた。不知火はエルセリオを、汚物を見るような目で見ている。勇者候補達は『え、何言ってるのこの人』と言いたげな表情をしている。


「鬼さんは賄賂なんか渡してないですよ?私達も一緒のお店で一緒に買っていましたから」

「先輩はそんな意味の無い事をしない人。そもそも、ダンブリッドさんが貴方に売らなかったのは、貴方に薦めた武器が全部拒否されたうえに店にすら文句を付けられたから。先輩が気に入られたのは貴方どころか他のお客さんよりも礼儀正しいから」

「ぐぬぬ…貴方達が嘘を言っている可能性が!」

「疑うなら私達の所持金を見ればいい。何処で何を幾らで買ったかまで覚えている。買ったお店に案内して実際に値段を確認してもいい…これでも、疑う?」


 流石に此処まで言われて食い下がる気は無いのか、エルセリオは黙って下を向く。


「なんでそんな言いがかりをして来たのかは分かりませんが、もう良いですよね?では、これから魔法の授業があるので…」

「…認めないぞ、そんな事!貴様が賄賂を積んだという情報を知っている者達はたくさん居るんだ!素直に認めないか!!」

「…ですから、先程2人が説明したように、こちらには証拠もあるんですが?」

「まだ認めないのか…えぇい、決闘だ!決闘しろ!!貴様が勝てたら認めてやろう、負けたら貴様は犯罪者として牢屋にぶち込んでやる!!」


 決闘ってなんだそれ、と言いたげな勇者候補全員。そこに1人の男が駆け込んでくる。それは、昨日の近衛騎士団の男だった。


「殿下、Lv1の人に対してLv30超えの貴方が決闘を挑むなんて不公平すぎます!決闘は申し込まれたら受けるのが礼儀。しかし、相手は決闘のルールも、魔法の使い方も知らない人です!」

「えぇい、たかが兵士が私に指図するのか!この者を牢屋にぶち込んでおけ、良いな!」

「殿下!」


 引きずられながらもエルセリオに意見する男。それを完全に無視し、彼は巌を指差してさらに言葉を重ねる。


「決闘は貴様のように、証拠がありながらも己の罪を認めない者に対し突きつけるものだ!これを拒むことは己の罪を認めることと同意となり、貴様は牢屋行きだ!牢屋にぶち込まれたくなければ受けるしかないぞ!もっとも、負ければ牢屋行きだがな!」


 彼の後ろにはいつの間にか集まっていた取り巻きが居た。


「決闘を申し込むには決闘を申し込んだことを証明できる人物が必要だ。私が申し込んだ事は、こいつらが証明できる。さぁ、受けるか否か答えろ!!!」

「…これって受ける以外の選択肢が潰されているじゃねぇか」

「先輩!こんな話が普通に通る訳が無い!」

「そうですよ鬼さん!私達が先輩の無実を証明できますからこんな話は断って…」

「いや、受けよう。殿下、私は決闘を受けます。勝つか、負けるかではない。貴方に屈しない為に、私は貴方の決闘を受けましょう」


 その言葉を聞いた瞬間、エルセリオが笑い、不知火と優華は必死になって止めようとする。


「先輩!なんで!!」

「…このまま俺が受けなければ、お前達にも迷惑がかかる。なら、俺だけが被害を受ける方向に持っていくだけだ」

「そんなの気にしませんよ鬼さん!」

「お前達が気にしなくても、俺が気にするんだよ!…殿下、どうするんです?」

「ククク…受けるか、受けるのか!そうかそうか!ならば直ぐに始めよう。武器は己の物を使う。殺すのは無しだぞ!訓練場を使う、おいお前、近衛騎士団の連中に訓練場の一部を借りると伝えておけ」

「はっ!」

「よし、行こうかイワオさん」

「そうしますか、殿下…あ、皆さんは授業を受けて下さい。これは自分1人の問題なので」

「先輩、お願い…そんな危険な事しないで…行っちゃ駄目…!」

「…不知火、何が遭っても帰ってくる。だから、授業に行って来い」

「絶対ですよ、絶対…!」


 巌は振り返らずエルセリオに付いて行く。追おうか悩む優華は、不知火が授業に行く勇者候補達の最後尾に付いて行こうとフラフラと歩き出したのを見て、慌ててそっちに向かって行った。



――――――――――――



「さて、ルールは簡単。どちらかが降参したら負け。私が勝ったら貴方は牢屋行き」

「私が勝ったら…まぁ今回の件についてちゃんと不知火と優華とダンブリッドさんから話を聞いて、俺が無実だって分かってください」

「まぁ、万に一つもありえないだろうが…なっ!」


 ミスリルの直剣を構えていたエルセリオが、地面を蹴り距離を詰める。見た目からは想像できない速さに、巌はLvとステータスの差がどれだけ先頭に出るかを知る事になる。

直剣の刺突を辛うじて交わし、構えていた大剣で前方をなぎ払うが、軽く避けられてしまう。相手の攻撃は速く、此方の攻撃は遅い。回避行動も相手の方が余裕があり、此方はギリギリだ。

唯一の救いは、相手の攻撃が点で攻める刺突しかないということか。ギリギリで避けられる所に攻撃してくるのも、相手が遊んでいるからだろう。慢心からくるミスをひたすら待ち続ける。


「どうした?避けてばかりでは私に勝てないぞ!」

「知ってるよそんな事は!」


 エルセリオの煽りに釣られず、ひたすら相手の攻撃を読み、避け、逸らし機会を待つ。相手の行動を観察し続けていると、頭の中に声が響いた。


『スキル:観察眼を習得しました』


観察眼:知りたい対象について知ることが可能。相手の本名、ステータス、習得スキル、習得魔法など様々な情報を知ることが出来ます。


 今使っている暇は無いな、と思いつつ巌はスキル習得を今はスルーする。

 5分以上は避け続けていた彼だが、遂に一瞬のチャンスを得る。エルセリオの攻撃を上手く逸らした結果、相手が体勢を崩したのだ。


「うぉらぁああ!!!」


 高校時代部活で鍛えぬいた筋肉を総動員し、渾身の一撃を放つ!

8kg程の大剣は縦に振られ、エルセリオの左肩に吸い込まれるように接近する。あと少しで巌の一撃はエルセリオの左腕を斬り落とすだろう。

なのに、エルセリオは笑っていた。彼の取り巻きも流石にエルセリオの笑みの原因を知らず、不思議に思うが…


「馬鹿め…貴様もこれで終わりだ!」

「な、なんだこれ!?」


 エルセリオの指輪の1つ、黒い石がはめ込まれている指輪から黒い糸のようなものが伸びて、大剣を止めていた。さらに糸は増え、伸び、巌の体に巻きつく。


「くそ、剥がれねぇ!なんだよこれ!!」

「貴様に張り付いているのは1本1本が無属性第五階梯魔法『転送テレポート』の魔法が込められた魔法の糸だ!あと10秒もすれば貴様は国内のどこかに飛ばされる!!」

「んな!?ちくしょう剥がれやがれ!あいつと約束してるんだよ!」


 何とかして剥がそうとする巌。しかし、張り付く糸はどんどんと増えていく。首から下が黒い糸で覆われた瞬間、黒い糸が輝く。


「さようなら、永遠に。安心しろ、シラヌイさんは私が幸せにしてやるよ」

「くそがぁああああああ!!!」


 常に冷静な巌にしては珍しい、それだけで相手に恐怖を植えつけるような叫びだ。こんな男に負けたこと、そして不知火との約束を守れなかった事への悔しさが込められた叫び。訓練場に響き渡るそれを最後に…


巌という存在は、パリスティナ王国の何処かへと消えた。

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