3話 王子に敵対視されました
謁見の間を後にした2人はその後各々の部屋に戻り時間を潰した。巌は取りあえず聞いたことをメモ帳に纏め、今後について考え始める。武器は何を使うか、役割はどうするか、誰と行動すれば安全か等、この世界で生きていく為に必要な事を考え、メモ帳に纏めていく。
そうしていると、部屋の戸をノックする音が聞こえる。
「夕食の時間です。今日は国の重鎮を集めて皆様を紹介する為に謁見の間を使った宴となっております」
「宴、ですか…服装は私達の世界の私服なのですが、それはどうすれば?」
「そのままで大丈夫ですよ。世界が異なれば服装も違いますし、急に召喚された皆様に服装の注意をするのは流石に…」
「有難う御座います」
案内に来た兵士と共に謁見の間へ移動する。途中不知火も合流し、巌の後ろを付いて行く。他の日本人とも合流し、26人揃って謁見の間へと入る。
謁見の間には100を超える人たちが集まっていた。全員が贅を凝らした衣装を纏い、美しいアクセサリーを身につけている。宝石を使われた物が大半で、反射する光で目が痛くなるほど多い。巌達を興味津々で見ており、一部の男達は女の勇者候補をなめる様な視線で見つめている。
「勇者候補の皆様、疲れている中申し訳ありません。私はこの国の財政を担当している者で、ワルギュウル・マテリアフェスと言います。ワルギュウルと呼んでください」
1人の男が巌たちに近づき、そう言って頭を下げる。少々髪は薄くなっているようだが、黒く焼けた肌と相当鍛えたことが分かる筋肉などからして、かなりの強さを想像させる。腰に付けている短剣…というよりは鉈の様な分厚い物だが…も、周りの貴族らしき人たちが付けている新品同様の輝きは無く、かなり使い込まれている物だと推測出来る。
「さて、今宵の宴なのですが、我が国の名物を揃えておりますので、お楽しみください。途中話をしようと貴族から話しかけてくる事もあるかと思いますが、その時は皆様の判断でお願いします。では、どうぞごゆっくりと…」
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「先輩、一緒に居ても良い?」
「ん、不知火か。別に良いけど…あれ、其方の方は?」
「私の高校のときの友人。大学も同じ」
「ども、ぬいちゃんの友達の若宮優華です!えっと、貴方がぬいちゃんの言ってた先輩さん?」
ポニーテールの女性だった。ワルギュウルさん見たいに真っ黒ではなく小麦色の肌で、とても元気がありそうだ。不知火よりは大きく、165cm程はありそうだ。
「ぬいちゃん?不知火の事か…不知火が先輩って呼ぶのは多分俺の事だと思う。鬼塚巌です」
「ほうほう…ふんふん…ぬいちゃん、この強面のお兄さんの何処が優しそうに見えるの?」
「一緒に居れば分かる。3日で分かる」
「強面…気にしてるところなんだが…」
「あ、それは御免なさい…あの、『鬼』塚さんなので、鬼さんて呼んでも良いですか?」
「何でまたそんな事を…別に良いけど」
「マジですか!?やったぁ!私弟と妹居るんですけど、上の兄弟居ないんですよー」
「あぁ、なるほど…」
本当に元気な人だなぁと思いつつ話をする巌。実は彼は姉と兄が居るから妹か弟が欲しかったと言う利害一致の関係だったとは、口が裂けても言えない内容である。
そうして会話をしながら、巌達3人組は料理について研究し始める。
「肉は鳥、豚、牛か…基本だな。ラムが無いのは悲しいが。それに米が無い。しょうゆと味噌も無い。卵料理も無い。魚は焼いたり煮たりしていて生のものは無いな…悲しい」
「野菜もキャベツやレタスに似た物と、トマトに似たもの、それとタマネギに似たものはあるけど…ジャガイモが無い、トウモロコシが無い…」
「というか、ドレッシング系も少ないですよね。味付けが全体的に薄味です。塩コショウが基本で、あとはレモンとかハーブ系?タレとかソースとかの濃い味系の物が無いから物足りないなぁ」
「生の海産物が食いたい…米が欲しい…」
「マッシュドポテトと茹でたトウモロコシ…」
「濃い味のお肉…」
各々が食べたい物の名前を呟いていると、興味を持ったらしい人が声をかけてくる。
金髪ロング、碧眼の美しい女性だった。身長は不知火と同じかそれよりほんの少し低い位で、日に焼けていない白い肌と、ちょっと緊張している雰囲気も相まって若宮と正反対の印象を受ける。
「あ、あの…勇者候補の方ですよね?」
「はい、そうですが…?」
「は、始めまして。と言っても、一応お父様とお話しているのは見ていたのですが…」
「…先輩、この人謁見の間に居た。多分王女様」
「はい、そうです。エリスティ・パリスティナと言います」
王女と会話している。そう思うと緊張する巌と若宮。不知火は何時も通り、興味が無い人には適当に合わせるだけなので特に緊張しない。
「あ、そんな緊張しないでください。王族ではありますが王位継承権はお兄様にありますから、私自身はそんな偉くありません」
「王位継承権は、男女平等なの?」
「王位継承権は生まれてきた順で、男女関係無く決まっています。今日は居ませんでしたが、お兄様と私の他にお姉さま、弟の四人に継承権があります。お兄様、お姉さま、私、弟の順ですね」
「お姉さんと弟さんは何を?」
「お姉さまは王都から馬車で数日ほどの距離にある街に視察を。弟は病気で寝込んでおりまして…」
王位についての話を聞いた後はお互いの世界についての質問会の様なものになり、料理を摘みながらお互いの世界について聞きあう。特に、今も食べている料理についての話が非常に多くなったが。
肉については名産が鳥なので鳥肉の料理が多い。鶏に限らず、美味しく食べられる鳥の魔物等も多く、魔物だが家畜として育てている所も多い。魚は身がパサパサとしており余り人気は無い。野菜は他の国と比べると少ないが、代わりにある種類の物が多い。
「砂糖が名産ですね、この国は」
「砂糖ですか。サトウキビですか?甜菜ですか?」
「いえ、その2つが何かは分かりませんが、砂糖は、砂糖袋の木に実る砂糖袋の中にある物では?」
「砂糖袋、ですか?そんな物私達の世界にはありませんでしたよー?」
「そうなんですか。世界が違うと食材の採り方も違うんですね」
世界間の常識の違いに驚きながらも、楽しそうに会話する4人。1人顔が怖いが、それを気にしなければとても平和な風景である。顔が怖いだけで巌は非常に優しい人物だが、会話もした事の無い人について周りが知るはずもない。
そんな彼らの元に、1人の男が近づく。
「エリス!」
「ひゃい!?お、お兄様!?」
「まったく、勇者候補の方々の食事の邪魔になるだろう。雑談などは今度の機会にしないか!…申し訳ありません、勇者候補の方々。私の名前はエルセリオ・パリスティナ、この国の王子です。私の妹が皆様の食事の邪魔になるような意味の無い会話をした事、どうかお許しください」
エリスティナ王女と同じく金髪碧眼の男だ。少々太り気味ではあるが、デブと言うほどではない。しかし部活で鍛えられた巌と比べると、腕も腹もたるんでいて、とても頼りない。礼儀正しいのは褒められるが。
「いえいえ、色々と此方の世界の話を聞けて楽しかったですよ。あぁ、私の名前はイワオ・オニヅカです」
「モモカ・シラヌイ。優華、此処では名前が先、苗字が後」
「え、そうなの?あっと、私は若宮ゆう、じゃなかった、ユウカ・ワカミヤです!」
「オニヅカさんにシラヌイさん、ワカミヤさんですね。妹は雑談が好きでして、メイドや執事にも話しかけて仕事の邪魔をしてしまうことも多々ありますので、注意しなかったら永遠と喋り続けられるんですよ」
「会話を長く続けられるのは良い事だと思いますよ。自分は顔も相まって長く続くことが無いので」
「まぁ、確かに…あぁそうだ、我が国の料理はどうですか?」
「少々味が薄く感じますが、美味しいですよ」
王子の参加により、苦手意識でもあるのだろうか王女は黙り込む。対して王子は自国の自慢を3人にし始める。正直うざいと感じるが、王族に対してそれは駄目だろうなと思い適当に会話を続ける3人。特に不知火は、チラチラとこっちを見ながら話をする王子に不快感しか感じない。
「あぁ、我が国名産の果物を使ったジュースなどもありますよ?酸味の強い物ですが」
「それは楽しみです。酸味の強い果物は好きなので」
「そうですか。おい、エリス。手が空いているなら持って来い」
「は、はい!」
「いえ、自分が行きますよ。エリスティさん、貴方は待っていてください」
立ち上がろうとしたエリスティを止め、自分で取りに行く巌。とりあえず待つことにして、巌を除いた4人で話を続ける。
「さて、シラヌイさんでしたね。今後予定はありますか?もし無かったら城の案内などをしたいのですが…ワカミヤさんもどうですか?」
「私は予定がある」
「私もありますよー」
もちろん嘘である。そんな事も知らない王子はちょっとだけ驚くが、切り替える。
「どんな予定で?」
「先輩の部屋で話し合い」
「お互いに今後について考えあうのが目的ですよー」
「先輩、とは?」
「鬼塚さん。私があっちの世界に居た頃、とてもお世話になった人」
「私はさっき知ったばかりですけど、ぬいちゃんは鬼さん大好きだもんねー」
「…優華、それは人前で言わない約束」
「あ、ゴメン」
顔を赤らめ俯く不知火。先程までのクールな人と同じなのかと、エリスティは驚く。
「ほう…シラヌイさんは、オニヅカさんの事が好きなんですね?」
「お願いします、本人の前では絶対に言わないでください」
「わ、私は言いませんよ?」
「えぇ、分かりました」
4人でその後少し話をしていると、巌がジュースをプレートに載せて持ってきた。黄色いジュースが注がれたコップを各人の前に置き、席に着く。
「あのー、なんでそんなニヤニヤしてるんですかねぇ?」
「いえいえ~、何もありませんよー鬼さん」
「ははははは、本当に何もありませんよオニヅカさん。さて、折角持ってきてもらいましたが、他の人にも挨拶をしておかなくては。それでは」
ジュースをグイと飲み干し、立ち去るエルセリオ王子。その視線が一瞬不知火に向けられ、いやらしい視線を送った後、鬼塚には抗議の視線を送る。そして早足で別の勇者候補の下に向かった。
「…なんだったんですかね、あれ」
「さぁ。あ、先輩、後で先輩の部屋で今後について話し合いたいんですけど」
「ん、良いけど?」
「私も行きます!」
「え、今決めたんですかそれ!?さっきのは嘘だったんですか!?」
「はい。面倒臭そうだったし、あの王子のお誘いはNG。太ってるだけで筋肉は皆無、偉そうにしてるだけの人はちょっと…」
「私はなんか、ぬいちゃんのおまけみたいな扱いだったから嫌」
「あぁ、ナンパされたのか…」
不知火に先程向けられたいやらしい視線の理由を理解した巌だが…
(だとしたら、俺に向けられたあの視線は何故…)
この理由についてはまったく分からず、考えるのを辞めた。
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「くそっ!王族である私の誘いを断るとは一体何なんだあの女!見た目は良いが…」
「所詮、勇者候補と言っても異世界の野蛮人です。殿下の誘いがどれだけ光栄な物か分からないのも仕方ないでしょう」
「そ、そうだな。時間をかければ私の誘いを受けてくれる時が来るだろう!」
エルセリオは取り巻きを連れて自室へと向かう。宴が終わり、勇者候補が全員部屋に戻った後、彼はその怒りを取り巻きにぶつけていた。
「あの男、オニヅカ…あいつが居る限り、彼女の心は殿下には向かないでしょうな」
「あいつがやはり障害か!なんとか始末出来ないか…いや、あやつも勇者候補、始末は不味いな」
「嫌がらせで辞退してもらう、と言う手もありますが?」
「それだ、それで行こう!あやつには『自主的に』辞めて貰おう!」
「そうですな。あんな強面の勇者候補なぞ、国民が恐怖心を抱くかもしれないですし、辞めてもらった方が国民にとっても、陛下にとっても良いでしょう」
「そうと決まれば早速案を考えなくては…ククク」
やる気を出すエルセリオ。取り巻き達は『ほんと単純だなこの豚王子』と全員で考えていたが、エルセリオはそんな事を知らず、自室で巌を辞めさせる為のいやがらせ案を考え始めた。