2話 質問しに来ました
案内された部屋は、結構な広さがあった。少なくとも、巌がこの世界に来る前、自分の通っていた大学の近くをわざわざ選んだアパートよりは広い。あるのはテーブル1つと椅子が2つ、ベッドと棚、と言った所で、特に変な物は無い。
「此処が貴方のお部屋です。何か分からない事がありましたら、廊下で数名待機していますので」
「あぁっと、トイレって何処ですかね?」
「トイレは廊下に出て右に進み、突き当りを左に曲がってください」
「分かりました。あと、謁見の間に待機していると言う人にちょっと専門的な話を伺いたいのですが?」
「でしたら、案内しましょうか?」
「いえ、道は覚えているので、大丈夫です」
そう言って、ベッドに鞄を放り投げ、謁見の間へと向かう。その時、彼の部屋の反対側の部屋の戸も開き、中から人が出てくる。
「…先輩」
「おぉ、不知火か」
不知火桃香、大学の後輩であり、高校の部活のマネージャーであった人。巌の事を先輩と呼び、部活の人物中最も巌を慕う人物である。身長差が180cmある巌と162cmしかない不知火では18cmもの差があるため、兄妹と間違えられそうになる事も良くある。
「先輩、トイレ?」
「いや、違うぞ。謁見の間に言って詳しい話を聞きたいな、と思ってな」
「なら一緒に行っても良い?私も行きたいけど…」
「お前、方向音痴だから…分かったよ」
「有難う、先輩。えっと、あっちだっけ?」
「早速逆だぞ…こっちだ」
学校内ですら迷子になるという極度の方向音痴な彼女と共に、廊下を歩く。
「先輩、何を聞くの?」
「常識は授業を開いてもらえるらしいから、魔物とか魔法とかについて聞いておきたい」
「常識ではなさそう…スキルについても聞いておかないと」
「おっとそうだった。すっかり忘れていたよ」
「先輩、物忘れが激しい…」
「昔からだよ、それは」
鬼塚巌…趣味は読書、好物は番茶とみかんと煎餅、好きな場所は炬燵。最近気にしていることは、腰痛と肩こりと物忘れの激しさと言う完全なジジ臭い大学生だった。
「おや、勇者候補の方ですね?」
「鬼塚巌です。この世界ではイワオ・オニヅカでしょうか?」
「家名が後ろ、名前が前です」
「では、改めてイワオ・オニヅカです」
「不知火桃香。この世界ではモモカ・シラヌイです」
「イワオさんとモモカさんですね。近衛騎士団のカリギュオ・ランシェルです」
白い鎧を身にまとった金髪碧眼のイケメンが謁見の間に居た。
最初国の主力部隊か?と思っていた彼らは実際は近衛騎士団と言う、王城の守備部隊…という面目の、貴族や豪商の息子などが騎士経験を積むことで心身ともに鍛えるのが目的のお飾り部隊らしい。模擬戦などは積んでいるが魔物との実践は無く、訓練は軍の兵達と同じだから、実戦経験が無い分差が広がっていき大変だとか。
「えっと、質問があって此方に来たんですよね?」
「おっと、そうでした。私達の居た世界は魔物は居ない、魔法は無い、スキルという概念も無い世界でして、早めに聞いて理解しておきたいと思ったのです」
「…あのー、一応聞いてみますが、年齢は?」
「私は20歳ですね」
「19歳。先輩の1個下」
「…私は18歳です。ですので、丁寧な話し方で無く、話しやすい話し方で大丈夫ですよ」
「では、そうします。でも、カリギュオさんも話しやすい話し方で良いですよ」
「はい。ではまず、魔物について説明しますね。貴方達は、魔物と言われてまずどのような物だと考えますか?」
自己紹介も終わり、質問をしたらそんな事を言われた。ゲームの知識しかない2人は、相談しあいながら簡単な解答を考えた。
「そうですね…姿は人や動物から大きく離れていて、普通の生物には無い大きな力を持ち、世界に害を及ぼすもの、かな?」
「実際そう言う物なんです、魔物は。魔物と言うのは核と呼ばれる魔力の塊をどこかに持ったもの達の総称なんですよ」
「あぁ、魔王の核がどうのこうの言ってましたね」
「はい。魔王の核は生まれつき他の魔物とは違う物らしいです」
「…魔物については大体分かった。魔法は?」
魔物について聞いたら直ぐに話を変える桃香。彼女は物静かで無駄な話を余りせず、ぱっぱと済ませるタイプなのだ。
「魔法ですか?魔法は基本、全員が全部の属性を使えますが、適正が無いものはある者と比べて半分程度しか効果が発揮出来ないと言うこともあり、基本的に適性のあるものを伸ばすのが一般的ですね。属性についてはもう聞いていましたよね?」
「はい、えっと確か…火・水・風・雷・土・光・闇とユニークでしたっけ?」
「そうです。因みに私は雷魔法の第2階梯の半分まで覚えています」
「第2階梯?」
「はい。魔法は第1から第5階梯まで分かれています。第1階梯は魔力の操作などを覚えたら適性のある属性でしたらすぐに覚えられるような簡単な物で、第2階梯は少々覚えるのに時間が掛かりますし制御も大変になりますがその分使い勝手の良い魔法が増えます。第3階梯まで行きますと威力としては十分ですね。第4階梯は過剰とも言えるでしょう。第5階梯はこの国ではまだ発見されていない階梯でして、唯一エルフのある女性が数百年昔に風の第5階梯に到達したという話があるだけで、それ以外は聞いたことがありませんね」
「第5階梯の魔法って、どういうのなの?」
「本に載っているだけですからねぇ…その本の記述が正しいなら、この王都が丸々消し飛ぶ程の竜巻を4個呼び出し、自在に操ったと言われています」
「…凄い」
第5階梯の魔法について聞いた所、桃香が興味を持ったらしい。少しだけ話を聞こうと思ったようだ。巌も、とてもファンタジー系の内容な会話に満足しているようで、非常に悪い目つきも少しだけ良くなった。
「ユニークについては、本当にどんな効果が分からないんですよ。よく知られているのは初代勇者タツヤが使っていた『糸』ですかね?」
「初代勇者?何時くらいの話ですか?」
「今から500年前と言われています。彼らの世界の年では1989年と言っていたとされています」
「25年前…こっちの20年は俺達の世界では1年なのか?」
「そうなるんですかね?で、『糸』の魔法は、触れた物に魔力を通すと、その物の特性を持った糸に変えるという変わった魔法だったそうです。聖剣を糸に変え相手に巻きつけ、相手を切り刻む。この技で魔王をみじん切りにしてしまった事もあるとか」
「浪漫溢れる魔法ですねぇ…壁を糸に変えて潜入とかも出来るんですかね?」
「実際、盗賊のアジトとなっていた洞窟に突入する時、洞窟の上から糸に変えて中に入り騎士団が突入しやすくなるよう混乱を起こした、と言う話もあります」
「なるほど…魔法、とっても便利なんですね。早く知りたい…」
「明日の訓練や常識の授業などで恐らく魔法の適正を知ることが出来るかと。後はスキルについて、でしたね?」
目を輝かせながら魔法について聞こうとする桃香を止め、スキルについての話を進めることにする巌とカリギュオ。
「えぇ、何でも個人の経験により得られるらしいんですが…どうやって判断するんです?」
「私達が『世界の声』と呼んでいる声が教えてくれます。『レベルが上がった』『スキルを得た』など、見ただけでは分からないことを、『世界の声』は教えてくれます」
「ふーん…どんなスキルがあるの?」
「私が覚えているものは『並剣術』と『騎士の心』、『団体行動』と『決闘の心得』ですね。『並剣術』はその名の通り、剣をある程度扱えるようになるスキルで、剣を磨いていけば『上級剣術』等に変化します。『騎士の心』は守る対象が居ると戦闘時ステータスが10アップ、『団体行動』は5人以上で行動していると疲れにくくなる、『決闘の心得』は一対一での戦闘時ステータス30アップですね。」
「ステータスとかレベルってどう分かるの?」
「あぁ、それは明日の常識の授業まで待ってくださいね。簡単に言うとある道具を使えば分かるんですけど、くばっちゃうと後々自分が説教されるので…」
「あぁ、なるほど。まぁ今日は色々と聞けたので、これ位で」
「ん、色々と知れてよかった。ありがとう」
色々と情報を得られたので、今日は戻ることにする。余り長居すると、いくら任務で待機していると言っても迷惑だろう。そういうことで2人は謁見の間から出て、部屋に戻る事にした。