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東京能力機構を出ると、正好たちは近場のファミレスに入った。そして、店の端を陣取る。
「話ってなんだ?」
正好の正面に座っていた三島が、早速と用件を聞いた。正好はうんと頷いた。
「〝アンアビリティキャンディ〟が欲しい」
「そりゃまた随分と大きく出たな」と言って笑っていたが、直ぐに真剣な顔をする。
「はっきりと言う。無理だ。アビリティキャンディは労働者に与えるもので、アンアビリティキャンディはその逆。労働者が仕事を辞めるに無料で配布される。それ以外では決して渡されない。いくら品行方正で通っている俺でも、何の条件もなしにもアンアビリティキャンディをもらってくることはできない」
但し、マサヨシがどうしてもと言うのであるならば、自分の地位を掛けてでももらってきてやる、と付け加えた。正好は首を横に振った。
「いくらなんでもそこまでしもらおうとは思わない。三島が無理だということは、初めから承知していた。そこで、一つ教えてもらいたいことがある」
「何だ?」
「アンアビリティキャンディを売ってる店を知らないか?」
聞くと、三島は両肘をテーブルについて、前のめりになる。
「分かっているのか? 銀行以外の店で売られているキャンディは違法だぞ?」
「承知の上だ。今回ばかりは仕方がない。違法のものを使うしか、現状を打破できそうにないからな」
「いいか、良く聞け。知ってると思うが、キャンディは工場で作られている。埃さえも混入しないように、品質を徹底して管理しているんだ。そのぐらいキャンディに全身全霊を掛けている。だけど、工場以外で作られたキャディとなると品質は保証できない。金が掛かるからと、材料に紛い物が混入している可能性がある。もしかしたら、混入物のせいで何らかしらの副作用を受けることになるかもしれない。それでもいいのか?」
正好は隣に座っているサリーを見た。彼女はフードで覆われた顔を縦に振る。
「わたしなら大丈夫。だって、アンアビリティキャンディとやらを舐めれば、能力が消えるんでしょ?」
「絶対とは言い切れない」と、正好が答える。
「それでも、この能力が消えるのなら。彼らから追われなくなくなるのなら、どんなものでもいいよ。追われ続けるのは、ちょっと疲れちゃった」
サリーは自分の手を見ながら、はははと力なく笑った。正好は、サリーがどれほどの辛い目に遭ってきたのか知らない。
知らないけれど、彼女の本気が伺えた。それだけで理由になる。それだけで、十分だ。
「分かった! 可愛い最上ちゃんの頼みだ。しゃあない、俺の一番の親友を紹介するよ」
「ありがとうございます!」
感動して、サリーは頭を下げた。「それぐらいお安いご用さ」と笑顔を見せる三島。
「てっきり東京能力機構の間取りを教えてくれって言われるかと思ったけど、そうじゃなくて良かった。アンアビリティキャンディを盗むことになった日には、マサヨシとの縁も切ることになっていたからな」
「それも考えていた。だが、東京能力機構を敵に回すことは、僕の死を意味する。だから止めた」
「そうだよな。だって、お前は〝管理者〟だもんな」
「管理者……?」疑問の声を上げたのは、サリーだった。「知らないのか?」と正好は問う。
彼女は「うん……」と頷いた。「そういうのとは無縁な生活を暮っていたから」
あまり深く突っ込んではならない話題なような気がした。
「管理者っていうのは、警察のような存在だ。能力者を取り締まる自治集団っていったら分かりやすいか。その自治集団を総じて、〝アドミニスターズ〟と呼んでいる」
「すごい! そんなすごい人だとは知らなかったよ!」
拍手喝采を浴びせられて、正好はくすぐったい思いを味わった。
「管理者は、東京能力機構とそして能力を作る工場と提携した大企業だ。今の社会の中枢を担っていると言っても過言ではない」
感心しているのだろう、サリーは「ほうほう」と何度も頷いていた。
正好の説明を受け継いで、三島が言う。
「だけど、管理者も機構から能力を借りている側。労働者なんだ。機構で働いている俺が言うのもなんだけど、提携しているというのは表向きの言葉。実際は東京能力機構が上に立って、管理者や工場に指示を送ったり、監視したりしている。事実上のトップつーわけだ。だから機構を敵にするってことは、工場も管理者も敵に回すってことだ。つまり、社会を敵に回すって意味だ」
「……それじゃあ、黒道くんよりも三島くんの方が偉いってこと?」
「社会的な立場ではそうなるが、言っただろう? 俺とマサヨシは友達だって。上下関係はないぜ」
爽やかな笑みを浮かべる三島。彼を友人に持って良かったと心の底から思った。
「いい関係だね。わたしもそういう仲間が欲しいなぁ」
「俺らがサリーちゃんの友達になるよ。いいよなっ、マサヨシ!」
ああと同意すると、サリーが嬉しそうな顔をする。その顔は、正好の心を綺麗さっぱり洗ってくれるようだった。