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正好とサリーは高層マンションから出ると、正好の愛用であるバイクに二人は乗って、市街地へと向かった。
正好が運転をし、その背後に座っていたサリーは、正好の身体に懸命にしがみついていた。
三十分ぐらいの走行で、目的の場所に着く。その頃には、昼の二時を十二分ほど過ぎていた。
駐車場にバイクを止めて、正好とサリーは古風な建物の前に立つ。建物全体が白いペンキで塗られており、煉瓦造りだった。まるで、異国の地に迷い込んできてしまったかのよう。
「ここが、日本能力機構……!」
サリーは巨大な建物を見上げつつ、感嘆の声を上げた。たっぷり十秒ほど見詰めた後、正好の顔を窺う。その顔はフードによって隠されていた。
念のために、正好が顔を隠すように言っておいたのだ。いつどこに政府の部隊がいるか分からなから。
「本当に良かったの?」
「ああ、約束は守ると言ったはずだ。嘘はつかない」
正好とサリーが交わした約束。それはサリーの特殊な力を完全に消すために、一時的ではあるが協力関係になることだった。
「でも、本当にわたしの能力を消せるの? その〝アンアビリティキャンディ〟っていうキャンディで」
過去が見えるとサリーが言った後、彼女は自分が能力者だと打ち明けた。
過去視。それが、サリーが持つ能力の正体。能力を身につけるまでに至った経緯が気になったのだが、彼女は口を濁してしまった。
無理には聞くまい。彼女が話してくれるのを待てばいい。
「そうだ。普通のキャンディと見た目でも味の面でも何ら変わりないが、それには特殊な力が宿っている。能力を打ち消す能力。それを宿しているのがアンアビリティキャンディだ。だが、最上さんの話を聞いた限りだと、アンアビリティキャンディをもらえそうにはない」
「えっ? どうして!」
「アビリティキャンディという能力を宿したキャンディがあるのを知ってるか?」
今までの流れとは別の質問をしたからだろう、サリーは一瞬戸惑うが、小さく頷いた。
「う、うん。知ってる。逃げてる最中に、そんな言葉が聞こえてきたような気がする。アンアビリティキャンディと何か関連があるの?」
「そうだ。アンアビリティキャンディが能力をなくす効果があるのに対して、アビリティキャンディはその逆。異能の成分が入ったキャンディだ。それを舐めた者に能力を宿す。最上さんは過去視の力が宿ったキャンディを口に含んだんだ。記憶にないか?」
「あ……あるかも。じゃあ、そういうことだったんだ……。あの時もらったものがアビリティキャンディだったのかな。でも、どうしてそんなものをわたしに渡したんだろう……」
サリーは独り言を言い、考え込むようにして俯く。
「何にせよ、アビリティキャンディは銀行からもらう以外に方法はない。だが、あるにはある。その話をしたいところだが、今はまだ置いておこう。確認したいことはそこじゃない。最上さんは銀行からキャンディをもらったわけではないんだよな……?」
「うん……」と弱々しい返事をする。
それだけで、正好はおおよその事態を把握した。正好の推測ではこうだ。
過去視の力を宿したキャンディは誰かの所有物で、それに政府は目を付けていた。
もしかしたら元々政府の所有物だったのかもしれない。だがある時、理由は分からないが、誰かの手によって盗まれてしまう。
いずれにせよ、どういった経緯があったかにせよ、キャンディは運悪くサリーの手に渡った。
アビリティキャンディのことを知らない彼女は、奇しくもそれを口にしてしまい、能力を宿した。
そのことを知った政府は、部隊をサリーの元に寄越した。そして今に当たる。
これだと、辻褄は十二分に過ぎるほど合う。
政府が介入するとなると、事件は大きな方向に傾いていると言っても過言ではないだろう。速めに対処しないと取り返しの付かないことになる。
対処しなければ、政府と真っ向から対決することになるだろう。
「えっと……じゃあ、銀行からアンアビリティキャンディがもらえないのなら、東京能力機構に来た意味って?」
「東京能力機構に知り合いがいるんだ。そいつに聞けば、アンアビリティキャンディを非合法的手段で手に入れる方法を知っているかもしれない」
正好は、古びた建物を見上げた。
東京能力機構とは、能力を貸すところだ。銀行のようなものである。
但し、何でもかんでも制限なく能力を借りられるわけでも、使えるわけではない。
顧客は、能力を借りる代わりに、能力を活かした仕事をしなければならない。
仕事以外のことで能力を使用すれば、重い処罰が下される。一生能力が使えないだけでなく、酷い場合には、能力を使わない普通の仕事さえも受けられなくなる。
加えて、働いた金の十%を銀行に返すシステムとなっている。
銀行が納得できるような理由さえあれば何歳からでも働くことは許されているが、その理由を通すのは難しい。
だから今の時代は大人の権力が強く、子共は弱い。そういった社会が、非常にも形作られてしまっている。
「ここで立ち止まっていては、通行の邪魔だ。さっさと入ろう」
そう言っている間にも、通りがかった人が苛ついた顔でこちらを睥睨していた。
「うん」とサリーは頷く。それを合図に、正好とサリーは東京能力機構の扉を潜ったのだった。