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「これもおいひぃ~!」「あれもおいひぃ~!」「あ、それもおいひぃ~!」「どれもおいひぃ~!」
用意した料理の品々を、掃除機のようにバクバクと食べるサリー。
美味しいと言ってくれると、作った甲斐があったというものだ。気分がいい。
ダイニングキッチンのテーブルに、正好とサリーは顔合わせの状態で座っていた。
テーブルには、正好が作った手料理の数々が並んでいる。唐揚げ、佃煮の煮物、焼き鮭、サラダ、白いご飯。どれも冷蔵庫にあった余り物の食材を使った。料理に掛かった所要時間はざっと30分程度。
「黒道くんは、誰かと暮らしているの……?」
サリーは唐揚げに箸を伸ばした。何も食べていないと言っていたから、三人分ぐらいの唐揚げを作ってしまった。作りすぎたかなと思ったが、それは杞憂に終わる。山盛りの唐揚げが乗っていた皿は、五分近くで底が見えていた。
何という食べっぷりだと、正好は彼女を見ながら感心してしまう。
「何でそんなことを聞く?」
「こんなに美味しい料理を作れるんだもん。誰かに毎日振る舞っているんじゃないかと思って。それに一人暮らしだったら、椅子が二脚あるのは変でしょ?」
「なるほど。だが、ほとんど不正解だ。残念ながら僕は一人暮らしだ。もう一脚は来客用だ」
「来客……? 誰々! もしかしてもしかして、恋人!?」サリーは、目を輝かせる。
「何を期待しているのかは知らないが、恋人じゃない。幼馴染みだ」
と言ったが、一脚を余計に置いている真実は隠している。サリーに言うことでもないと思ったからだ。とはいえ、幼馴染みが来てもいいように、という点では本当のことだ。
「幼馴染みかー。でも、幼馴染みって攻略可能キャラなんだよ。知ってた?」
「意味が分からない」
「あー、黒道くんは鈍感キャラなんだね。そりゃあ分かるわけもないかー」
ふっふっふと意味ありげな笑みを浮かべるサリー。それから彼女は、皿に残っていた最後の唐揚げを箸で摘み、ぱくりとひと思いに食べる。幸せそうな顔をしていた。
「ということは、両親とは離れて暮らしてるの?」
「両親は僕らを捨てた」
「えっ……? あー……えっと、それはごめん。変なことを聞いちゃったかな?」
「平気だ。別に彼らを怨んではいない。むしろやりたいことをやれる環境はいいものだ」
今日出会ったばかりの人間に何でこんなことを話しているんだ、と正好は思った。
分からない。彼女の話が上手いからなのか、雰囲気がそうさせているのか、助けた人間だからという先入観があるからなのか。
「僕の話はどうでもいい。それよりも、最上さんの話だ。何度目かの同じ質問になるが、どうして追われていた? しかも彼らは政府の特殊部隊だ。何かしない限り、追われないはずだが。一体何をした?」
サリーは観念したのか、苦笑した。
「分かった、正直に言うよ」
その代わり、一つだけそっちも約束して、と言う。
「何だ? 約束を守れるか自信はない。聞いてみてから判断する」
「良いよ、それでも。でもそうなったら、わたしはここを出て行くことになっちゃうけどね。短い間だったけどお世話になりました」
「何でそうなる」
「黒道くんがいい人だっていうのは、出会ってたったの数時間で分かったよ。話し方とか、人を思いやる気持ちが行動として表れてたもん。もしかしたらそれはわたしの勘違いなのかもしれないけれど、わたしの目に狂いはないと思う。黒道くんの全部を知る方法はあるんだけど、その方法を試すのはわたしが嫌だから止めておく」
「僕を全部知る方法……?」首を傾げた。出会って僅かな人間の全てを知るなんて到底できない。サリーの言葉が事実であるならば、放っておく人間はいないだろう。……まさか。
「でもね、人って変わっちゃうから。きっと黒道くんも、わたしがどういった人間か知っただけで目の色を変えると思うの。そうなったら、わたしは逃げないといけない。って言っても、今も逃げ続けているんだけどね」
力のない笑顔を見せた。無理矢理笑っているように、正好には見えた。
「ようやく、最上さんの言いたいことが見えてきた。最上さんは特別な能力を持っていたせいで追われていたのか」
「あはは。そういうことー」
笑みを浮かべているが、それは強がりだ。何故なら箸を持つ手が震えていたから。
怖い思いをしただろう。泣きたくなっただろう。何もかも諦めて、走ることを止めて、彼らに捕まってしまおうと思ったことだって一度や二度ではないだろう。
けれど、彼女は逃げなかった。戦っている。それも一人で。孤独に。
「分かった、約束を守るよ」
「やっぱり、わたしの目に狂いはなかったよ!」
ぱーっと華が咲いたような笑顔。それを見た正好は、心が穏やかな気持ちになった。
彼女は笑った顔が似合っている。悲しい顔は似合わない。
「あのね、わたし……」サリーは箸を置いて、真面目な顔を作った。
「過去が見えるんだ」