作業着の男
「あ、あんたは……!!」
俺がこの世界に招集されてから、襲いかかってきた作業着姿の男を前にして、香織は驚愕の表情を露わにする。
相変わらずと言っていいのか。作業着の男は狂気に顔を歪めている。
「ん? ああ、そこのガキも一緒だったか。まさか俺が殺し損ねたクソガキ二匹が同時に現れるとはラッキーな事だ」
男は嬉しそうに微笑み、自分の大剣の刃を舌で舐める。
その仕草を見てか、香織は気持ち悪そうに震える。
俺だってこんな男目にしたくない。
というか、あんたがヤンデレになっても需要ないぜ?
「二匹……? 一人と一個の間違いでしょ?」
「お前、俺の名前が林檎だからって食い物のと一緒にするんじゃねー!」
「じゃあ、一人と一匹に訂正を願うわ」
「何でそうなる! 俺はお前のペットじゃない!」
相も変わらず、香織は俺を罵る。
放置されている作業着の男が呆然と突っ立っている。
そりゃあ、目の前でこんな会話されたら置いてけぼりになるよな、普通。
男は手で目を覆い狂ったように笑う。
「ははは! お前ら、出来てんのか? だよな? お前らお似合いだもんな」
男が笑いながら俺と香織を恋人同士になったとか思ってるんだろう。
俺がコイツと恋人……?
寝言は寝てから言えって。
隣の香織からは殺気が上がっている。もはや顔に殺すと書いてるレベル。
「ああ? あんた今なんて言った? あたしが腐ってる林檎と恋人? ふざけんじゃないわよ。コイツが恋人だったらここで死んだ方がマシよ」
俺ってそんなにブサイクなのか。
少し――いや、かなりショックだ。
つか人の事平然と罵るってどういうことだよ。
確か、コイツのステータスで好きな物がおかしかった気がする。
「ん~? 死んだ方がマシか。なら死ねよ!」
男はいきなり、香織の方に向けて右手をかざす。
この攻撃は、風激だ!
「氷坂!!」
「うっさい! 腐臭物!」
え、え~!!
案の定、作業着の男は風激を放つ。
前よりも強化されている。
香織は物ともせずに平然と態勢を保っている。
「へぇ。風の魔術なのね」
「わかるのか?」
「何言ってんの? わかるでしょ普通。あ、そっかレベル1だから、こんなことも知らないのか!」
香織の顔が俺をバカにしている。
性格悪すぎだ。
というかこの攻撃に対して、平然としていられるのが不思議だ。
俺なんて、浴びたら立っているだけでやっとだろうに。
「な、クソガキ!! 何故効かない!!」
男は狼狽し、香織を睨む。
受けている香織の瞳には絶対の自信がある。
「あんたが土下座で謝ってくれたら、あたし達の仲間に入れてあげるわ」
「何言ってんだ!」
「あんたは黙ってなさい!」
俺は反対だ。
こういう人間は絶対に自分が生き残る事しか考えてない。
「仲間になる? 笑わせるなよクソガキ!!」
香織の額からブチっという太い脈が切れたような音がする。
風を受けていた香織は端末を取り出す。
「それが、あんたの答えならいいわ。やるしかないようね」
香織の手に握られている端末が光り出す。
端末から出てきたのは、金色の翼をモデルとした金色の弓。
もう一つ具現化される。
氷の翼が鍔に装飾されている、水色の刀身を持つ両刃の剣だ。
二つの武器は香織の周囲に徘徊する。
香織が手に掴んだのは弓の方だった。
「これが、あなたに制裁を加える武器よ」
「ふん! 面白いな。俺の電動大剣で木端微塵にしてやるよ!」
二人の間で交わされる、王道バトル物みたいな展開。
俺は入って行けずに、立ちつくしている。
しかも、あの大剣結構カッコいい名前がついてるようだ。
恐らく、刃が回るだけが能力じゃない。
作業着の男の風激は、途切れる。
それが合図になったのか、香織は弓を引く。
眩い光が香織の手から具現化され、弓となる。
「金翼の鷲!!!」
香織が放った光の矢は、鷲の形になって作業着の男に向かって飛んでいく。
作業着の男の足元を破壊する。
威力は凄まじく、高台丸ごとを貫き、バランスを失った岩は崩れていく。
男は慌てる様子もなく、高台から飛び降りる。
「ほぅ。成長したようだな。それでこそ殺しがいがあるってもんだぜ!!」
作業着の男は香織に詰め寄る。
香織は慌てる様子もなく、弓を手放し、氷翼の剣を両手で掴む。
香織と作業着の男と鍔迫り合いになる。
「あんたの唾液でベトベトになった物になんて触れたくないんだけど」
「そいつはすまねぇなガキ。そろそろ俺の名前も教えといてやる」
男は香織と至近距離になって名前を高らかに叫ぶ。
「俺の名前は鈴木 健太だあぁあああ!!」
男は自分の名前を名乗りながら叫ぶ。
頭の頭蓋骨にまで響く耳障りな声。
ここまで調子が悪くなるのは異常だ。
俺は頭を抑えると、すぐに痛みが消える。
これは声を使用する魔術だ!
香織の方に視線を移すと、魔術が効いているようだ。
鍔迫り合いの最中なので、健太に押される。
香織は物凄い形相で目の前にいる作業着の男こと鈴木 健太を睨む。
「氷坂! これは魔術だ! 気をつけろ!」
「分かってるわよ! この毒林檎!!」
俺を罵倒するって事は平気みたいだ。
香織はその証拠に健太を押し退いた。
「ハァハァ……あんた見たいな社会のクズの唾がかかって本当に嫌だったわ」
「気にするとこそこかよ!」
「うるさいわね! レベル1は引っ込んでなさい!」
「おぅふ……」
レベル1を言われてしまえば何も言えない。
自分に情けなさを感じる。
「威勢が良いようだが、いつまで保つかな!!」
健太は再び大剣を両手で掴み、香織に襲いかかる。
香織は剣を手放し、弓を手にする。
本当に唾がかかって嫌だったんだろうなと思わざるをえない。
香織は後方に高く飛退き、今度は光の球が顕現する。
「竜の翼!!」
香織が放つ光の球体は辺りに光のシャワーとなって降り注ぐ。
健太は電動大剣で矢を弾いてく。
俺には当たらない。
「チッガキが。めんどくさくなりやがって!!」
健太は俺を睨む。俺はロックオンされたわけだ。
ま、その方が戦いは円滑に進む筈だ。
俺が健太だったら迷わずにレベル1の俺を狙う。
「な! まさかここで、そこの腐った果物に狙いを変える気!!?」
香織は慌てて、立っていた高台を離れる。
移動速度も確かに香織は速い。
だが、圧倒的に俺と健太の方が距離は近い。
なら俺が自らの手で追っ払うまでだ!
「死ね! 雑魚ガキいいいいいい!!!」
確かに作業着の男こと、健太のスピードは初見のときよりも、一段と上がった。
――だが、京介程の速度ではない!!
俺は左手を振りかぶる。
電動大剣が俺に迫る。
俺は左手を固める。
そして、大剣めがけて叫ぶ。
「次元破壊!!!」
俺の左拳は電動大剣に命中し、大剣は見事にガラクタのように分解される。
それを見て健太は口を開けて驚いている。
一回俺が壊したのに、それを覚えていないとはバカな奴だ。
その間に右拳を固め、身体全体を捻り、全身の神経と力を右手に集中する。
拳が光出す。
俺は健太をもう一度睨む。
「く、クソガキぃいい!! 忘れたのか! 俺を殴ってもダメージを与えられないぞ!!」
「分かってんだよバカ野郎! 俺はお前に殺されかけた。その恨みを晴らすだけだ!!」
「やってみろぉおお!!!」
「寝言は――寝てから言えやぁああああああ!!!」
俺の全身の力を込めた拳は健太の頬に直撃する。
男は見事に十メートルぐらい吹っ飛んだ。
「ごふぅうう!!」
健太の口からは微量の血が噴かれる。
俺は全身を使って力を溜めたせいか、身体が重くなって地面に膝をつく。
目の前の砂煙の中に健太は倒れている筈だ。
「ちょっとあんた! そんなに無茶して大丈夫なの?」
香織は俺の隣にいつの間にか立っていた。
怒ってるのか心配してくれてるのか、全く分からない。恐らく前者だろうが。
両手を腰に当てて、俺を睨む香織。
「ま、まぁレベル1だけど、頑丈みたいだからな俺」
「そういう事を言ってるんじゃないわ!」
香織は目を細めるのをやめて、俺の頭を撫でる。
「偉いわよくやった」
「は、恥ずかしいっての!」
「は? 何言ってんの?」
香織の表情が真顔になってる。
嫌な予感しかしない。
「こうするに――決まってるでしょ!!」
俺は盛大に香織に殴られた。
しかもグーパンチとは……。
「痛いっての! 何で殴られるんだよ! 俺は頑張ったっつの!」
「レベル1であんなのに歯向かって……バカじゃないの……あたしの……減るじゃない」
「何が減るって?」
「う、うるさい!」
香織はぷいっとそっぽを向いた。
まったく俺も年を取れば、あんな風に難しい年頃になるのだろうか。
「ガハハハ! これで終わりだと思われちゃ心外だな」
砂煙の中から健太の声がする。
コイツはゾンビじゃないかと思えてくる。
そして健太は煙の中から現れる。
俺があんなに頑張ったのに頬に残るのは殴った跡だけ。
これじゃあ俺が報われない。
折角偶然光った拳も、報われない。
「そうだな。それにお前、御門に殺されたんじゃないのか?」
「ミカド……? ああ、あのハンマーの女か。あいつなら消えたよ」
「ッ!? な、何だと!? お前が殺したのかッ!?」
俺はレベル349の土浦 御門がこの男――鈴木 健太を殺したのだとばっかり思っていた。
そのせいで、最初驚いたのだ。
最後の瞬間を見る限りだと、コイツは殺されていた筈。
なのに生きているのだ。
明らかに可笑しい。
コイツの端末はどうなってるんだ。
「殺したか……。もう五十人以上は殺してるから、誰がどれとか覚えてないわ」
健太はさらっと戦慄する事を言い出す。
俺はもちろん驚愕したし、何より驚いてるのは香織だ。
先ほどまでの強気な表情ではなく、顔が青白い。
気を悪くしてるのは手に取るようにわかる。
俺は気を取り直す。
コイツは一筋縄ではいかない。
「じゃあ、お前のレベルは幾つだ」
「レベル? ああ、あのステータス画面の事か」
俺は予想する。
一人一人レベルの上げ方は違う可能性がある。
それこそ、香織のレベルは異能を使えば使うほど上がる物のようだ。
だが、コイツは何故ここまで強くなったのか予想できない。
招集されたばかりの頃に武器を具現化できた辺り、レベルは5以上あった筈だ。
「俺のレベルは400だ」
健太のレベルを聞いた瞬間。
俺と香織は絶望した。