謎の美青年・京介
偽タヌキの前に現れた美青年の男は余所見をして俺の瞳を見つめる。
「え、ち、地上人!?」
ここはどう見ても発展途上――又は、後進国の異世界だと思い込んでた俺は、驚きを隠せない。
つまり、この上に世界が広がってるというのか?
「見たところ、招集されたばかりのようだね」
美青年は招集という単語を口にした。
ということは彼も携帯電話会社によるサバイバルに巻き込まれた可能性が高い。
「ふぎぃいいい!!」
存在を忘れられて怒ってる様子の偽タヌキ。
尻尾を膨らませて俺と美青年を交互に睨んでるようだ。
美青年は、一度俺から視線を外す。再び前方のターゲットを見つめ、二対の刀を構え、腰を低くしている。
「君はここに来たばかりだろうから知らないだろうけど、魔物達は非常に危険なんだ。それこそゲームみたいに簡単に倒せるわけじゃない」
美青年は偽タヌキを見つめたまま、俺に言及してくる。
しびれを切らした偽タヌキが襲いかかる。
「あ、ちょっと待てよ! あんた端末は!?」
美青年は俺の声を無視して高らかに宙に浮かぶ。
俺の周りには飛んだ余波が吹きつけられる。
余波が俺の身体をすり抜ける。
飛んだ美青年を目で追うと、彼は空中に浮いていた。
背中には蒼く、鋭利な翼が具現化されている。
天使のような翼ではなく、薄い板が両方合わせて八枚重なってるような翼だ。
その翼は水色のオーラを纏う。
とてつもなくカッコいい。
俺は美青年を呆然と立ち尽くし見つめる。
偽タヌキは一人のターゲットを失い、俺に向かってくる。
「ぽぽぽぽぽ~ん!!」
声は可愛らしいが、表情は怒った犬と変わらない。
爪を立てて、俺に振りかぶる。
「って、あぶね!!」
俺は偽タヌキが襲いかかってきた事に今さら危機感を抱き、両手を前にして攻撃を防ごうとする。
俺の持つ異能――次元破壊では、偽タヌキに対抗すらできない。
偽タヌキが俺を引っ掻こうとした瞬間。
偽タヌキの爪の立てた腕は斬り飛ばされた。
なんだ……? いきなり腕が飛んだ!?
赤い血を噴く偽タヌキ。
自分の斬られた腕を見つめ苦しそうに転がる。
そして、いつの間にか偽タヌキは動かなくなった。
「これでわかったかな? 彼ら――魔物は君たち、地上人を普通に殺そうとするんだよ。何の冗談でもない。君たちは殺されれば、魔物の餌となる」
美青年が声を低くして俺に告げる。
その美青年は空中に留まっている。
どうやらホバリングもできるようだ。
それにしても速かった。
視力に何の問題もない俺が追いつけないスピードだったのは確かだ。
いつの間にか二対の刀は、先ほど無かった鞘にしまわれていた。
ゆっくりと美青年は地面に降りて来た。
「まず、自己紹介が遅れたね。僕は風谷 京介。元地上人だよ」
京介は俺に握手を求める。
俺も、そのまま手を握った。
「助けてくれて、ありがとうございます。俺は火ヶ崎 林檎です。あの地上人ってどういう事ですか?」
俺は自己紹介がてら、そのまま疑問を口にする。
京介は呆れもせずに教えてくれた。
「君はここを異世界だと勘違いしてるのは分かってたよ。でも違う。異世界だったらどれだけ良かったかと思うよ。こんな世界じゃなければ、今頃は……」
京介の表情に影が出来る。
恐らく何か辛い事でもあったのだろう。
「異世界じゃないのは分かったです。とりあえず、どこだか教えてくれ……です」
俺は敬語とか苦手だ。
何故尊敬もできないような人間に使わなければいけないのだろうかと思う。
だが、まぁ初対面の人には便利だよな。
今は関係ないか。
俺のしどろもどろの敬語を聞き、京介は表情に明るみが戻り、軽く笑っていた。
なんだかバカにされてるみたいでムカつく。
「あ……ごめんね。いくらなんでも、その敬語はないよ。まぁ敬語は使わなくてもいいよ。気にしないしね」
ニコッとほほ笑む京介。
ああ……眩しい。これがイケメンって奴なのかな。
「……それでここは、どこなんだ? 見たところアメリカのグランド・キャニオンに酷似してるようだけど」
俺は笑われるのが恥ずかしかったから、敬語を解いた。
ふと京介の瞳が、真剣な物に変わる。
この人は表情がコロコロ変わるなと思った。
「そうだね。まぁグランド・キャニオンに似てるって意見は同感だね。でも、まったく違うよ。ここは地底国。地上から追放された人の辿り着く地。死刑以上の囚人とかもいる国だよ」
何だそれ!? じゃあ俺ら端末適合者は社会から見放された人間だというのか!?
それに死刑以上の罪って一体……。
その時脳裏に浮かんだのは、作業着の男だ。
確かにあれだけ精神に異常を来していれば追放もされる。
「じゃあ、もしかして俺も社会から追放されたって事か?」
「そうじゃない。君たちの場合は適合者による端末の力を調べてるんだよ。同時に君たちをエージェントとして雇えるかどうかもね。後は、国がモニタリングして追放した者が生きているかの監視も含めてる」
淡々と語る京介。
ならば作業着の男は間違いなく追放された側の筈だ。
なのになぜ端末を所持していたのか疑問は深まる。
「俺が戦った相手で、精神的に可笑しい奴がいたんだけど……。そいつは端末を持ってたんだ。どういう事だ?」
「つまり追放者と思われる人物が携帯端末を持ってたと?」
首を傾げる京介。
天然なのか、その仕草が男の俺でも可愛く見えてしまう。
「ああ。十中八九追放者だ」
「それは一体……」
考え込んでいるのか、顎に手を宛てて「うーん」と唸ってる。
確率は低いが、奴が適合者としての可能性も捨てきれない。
だが、作業着を着てたせいなのか怪しい。
先ほど、土浦 御門が槌を叩きつける際に消えてしまったので何とも言えない。
「僕だけじゃ分からない。とりあえず、その男はどこいいるの?」
「そいつは多分死んだ筈だ」
俺の答えを聞いて、京介は片方の眉毛をピクリと動かす。
「じゃあ、気にするのはやめておこう。死んだ人の事をいくら考えたって会えるわけじゃないんだしね」
辛そうに微笑む京介。
過去に何があったのかは知らないけど、そうとう悔やむ事があったのだろう。
俺がそこに踏み込んではいけないのだ。
「で、これから俺はどうするか迷っていたわけで……」
俺のお腹がタイミングよく鳴った。
「うん。とりあえずは僕の家まで案内するよ」
苦笑いで俺を見つめた京介は再び、背中に翼を宿す。
京介はそのまま、俺をおんぶして飛んだ。
どうやら翼は魔術のようで、俺の身体が触れても消えない。
手で触ったら、次元破壊が発動しそうで怖いので触らなかった。
京介の背中は広くて、居心地が良かった。
飛んでる速度は、物凄く速い。俺の体感速度だと二百キロくらいだと思う。
しかし、それすらも感じさせないくらいの温かみが京介にはある。
俺は安心しきってしまったせいか、眠ってしまった。
夢を見ている。
それは確かだ。
ここは……一体どこなのだろうか。
「こっちよ京介」
俺の手を引く美人。
髪の毛は何故か桃のようなピンク。日本人離れした整った顔立ち。身長は高くないが四肢は細い。肌は白く、着ている服も白基調のワンピースで物凄く似合っている。
彼女は俺を呼ぶ。
しかし、俺は京介ではない。火ヶ崎 林檎だ。
声を出そうとしても出てこない。
何なのだろうか。
すると俺は声を出した。
「ああ、先に行き過ぎるなよ」
俺は彼女に注意を促す。
彼女を追いかけると、一面花畑の丘にやってきた。
色とりどりの花達が所狭しと咲き誇っている。
俺は花に癒されながら周りを見つめる。
「よくこんなところ見つけたな、アリス」
日本人でない名前。きっと目の前にいる超絶美人な彼女の事だろう。
「ふふ。全てが終わって、もしも京介と離れ離れになって連絡が取れなかったら……ここを約束の場所にしようと思って!」
彼女は決意に満ち溢れていた。
「……うん。そうだな。僕も命がけで頑張るよ。アリスを守れるように」
俺は彼女に近づく。
「私も、京介を守るわ。私だって守られてるばかりじゃ嫌だから」
彼女は俯いていた。
俺は元気のなくなった彼女に近づいて、抱きしめる。
「守ってくれるのは嬉しい。だけど、アリスには僕が帰る場所になってほしい」
ここで俺は一旦、口を閉ざす。
「アリス……全てが終わったら結婚してくれ。まだ二十歳にもなってないけど、金はあるし、法律も問題ない」
アリスという彼女は涙を頬に溢しながら微笑む。
「私も……京介。あなたとずっと一緒にいたい。不束者ですが、よろしくお願いします」
死亡フラグが立っている気がする。
それに俺は前提を見てすらいないわけで、何がなんだかさっぱりわからない。
これがゲームだったら会社に文句を送りつけてる所だ。
だが、これは違う。
きっと本当にあった話なのではないだろうか。
だとしたら、これは京介の過去だ。
俺が目覚めると、視界に入ったのは木目調の天井だった。
「起きたみたいだね」
京介が優しく俺に微笑んでくれる。
手にはパンが握られている。
「あ……寝落ちしたのか……」
俺は照れ隠しに頭の後をかいた。
それを見ても京介は何も言わなかった。
辺りを見回すと質素な部屋だなと思った。
必要最低限の物しか置いていない。
タンスや机・椅子など全てが木目調である。
俺が寝ていた布団は白地だった。
目立つ物は一つしか置いていなかった。
写真立てだ。
この写真の中には目の前にいる京介。
夢で見たアリスと言う名の美少女。
他にも男が二名、女子一名で花畑の所で撮られている。
きっと友達なのだろう。
「……その写真気になるのかな?」
立ち上がり写真を大事そうに持つ京介。
「あ、えーっと悪い! つい見入っちまって……」
「大丈夫。この写真の人達はかつての仲間だよ」
「かつての仲間……?」
しまったと思い、俺は慌てて口をふさぐ。
「遠慮しなくてもいいよ。昔の大事な仲間達だったんだ。だけど今は皆――」
いないのだろう。
京介は口を固く閉じてしまった。
辛い過去を無理矢理穿りだす趣味なんて俺にはない。
これ以上聞くのは野暮だろう。
「それよりも腹が減っちまった! そのパン美味しそうだな!」
空気を変えようと思って、パンに視線を移した。
正直お腹空いてるのは本当の事だからしょうがない。
京介は別の部屋へと姿を消した。
しかし、案外すぐに戻ってきた。
「林檎君。はいこれ」
渡されたのはハンバーガーだった。
「……ゴク……」
生唾を飲み込む。
そりゃあそうだ!
この世界にまさか、ハンバーガーがあるなんて誰も思わないだろうし!
というか出来立てなのか、暖かい。
「いいよ。お腹空いてるんでしょ?」
ニコッとほほ笑む京介。
今の京介は神にすら見える。
「い、いただきます!!」
俺は凄い勢いでハンバーガーを口にぶち込んだ。
「そ、そんな慌てて食べたら……」
肉が喉に詰まる。
「む! むぐぐぐっ~!!」
「ほら、いきなりガッつくからそうなるんだよ」
そう言いながら、俺に水を渡してくれた。
水を飲み干すと、ハンバーガーは胃へと流れていった。
「ごちそうさまでした!!」
俺は両手を合わせて京介に頭を下げる。
「僕に言うんじゃなくて、食材に言わなきゃ……」
苦笑いしながらも京介は嬉しそうだった。
「さて、林檎君の食事も終えた事だし、君の端末を見せてもらってもいいかな?」
京介は微笑みながら俺の端末を握っていた。