未来を願って
降り注がれる溶岩。
それは同時にこの世界へ終焉をもたらす魔術でもある。
御門の身体はもう動かない。
冥土の土産ならば、これは大変な置物だ。いや、もしかしたら、地底国全体を滅ぼすつもりなのだろうか。
しかし、かすかな希望も俺は見逃さない。
これが魔術であるならば、俺には破壊できる。
「あんた……」
「氷坂、少し離れていろ」
香織は俺から離れる。
地上エレベーターはまだ健在だ。
俺はエレベーターに魔弾を当てないように、マグマにのみ狙いを定める。
そして、再び俺は両手に宿る異能の力を、銃口にコンバートさせる。銃口には虹色の輝きが吹き始める。
香織の姿はもう見えない。
まったく、嫌な土産を残したものだ。
「次元破壊・弾!!」
俺の叫びに反応した虹色の弾は、上空に花火の如く打ち上がる。その弾道からは七色の輝き。いつもならば透明である筈なのだが、今はそれどころではない。
七色の輝きはマグマへと衝突すると、落ちてきた溶岩は粉々になる。その欠片は地面に落ちてくる前に粉塵と化す。
俺は銃を下ろし、御門の元へと向かう。
御門の身体にはスポットライトが当てられていない。
まだ息があるのか。
「土浦……」
「り、林……檎君……」
俺への呼称が火ヶ崎ではなく林檎だ。
だが、あまり気にしていられない。
「もしかして……本物……?」
「私……死ぬんだね……」
「ま、まだ死ぬな! 俺が今最高の治療師を呼ぶ!」
「もう……いいんだよ……もう疲れちゃったよ……この世界に来てから……ずっと私の分身達を見てきた……」
分身? それは呪術の事か?
分身と呼べるのは、今のところ香織みたいな人格の一人だけだ。
「林檎君は気付いてないんだね……私と……鍾乳洞の部屋にいた私は……私じゃなくて……私の分身みたいなものだよ……」
「じゃあ、本物は……」
「今の私だよ……」
なら、俺はこの世界に来て、初めて俺の知る土浦 御門に出会ったという事になる。それまでは、ずっと本物を名乗っていながら違う土浦だったのか!?
「皆、全部本当の私だよ……皆、本当の気持ちを持って……私を尊重してくれた……だから、恨んだりなんてしないで……」
御門の瞳には一筋の涙が零れ落ちた。
それじゃあ、俺は一体何の為に……。
「でも……まだ、頑張らなきゃ……」
そう呟いて御門は立ちあがった。
腹部に穴が開いてるにも関わらず、立ちあがる。
俺は何も言えずに、御門を支えることしかできなかった。
「林檎君。君がやったんじゃないのかな?」
俺の目の前に立っているのは京介だ。
京介は微笑みながら、俺と御門を見つめる。
「……」
「やっぱりそうなんだね。君は綺麗事を言いつつも、そうやって人を殺す。やはり地上人だね。今も彼女を助けるフリをしながら殺すんだろ?」
俺は歯を食いしばりながら、京介を睨む。
御門は俺の方を見ずに、京介を見上げている。
「それに、もう彼女は充分頑張った。もう逝かせてあげてもいいんじゃないか?」
「ま、待て!」
京介は二丁の銃を俺と御門に向ける。
銃口は俺達二人に向いているのに、恐怖はない。
今は、御門を救う事だけを考えていた。
だが、俺の思考とは裏腹に京介は銃のトリガーを躊躇わずに引いた。
「クソっ!」
「林檎君――私は、あの人を……林檎君を殺そうとした人を殺します!」
御門の腹部の傷が埋まっていく。身体を取り囲む禍々しいオーラ。
それは呪術の力を解放した者に訪れる力。
そして、御門の言葉に唖然とした。
魔弾は俺に迫る。
俺の両手によって魔弾は消え去る。
そして、俺の視界の先には、大木槌を持つ御門の姿。
京介は二対の銃をホルスター収め、刀をひいた。
「まさか、全回復するとは……君も暴性の持ち主だったのかな?」
「知らない! 私は私の好きな人を殺そうとした人――あなたを全力で殺します!!」
御門は大木槌を何回も振う。しかし、そのどれもは京介の俊敏力には意味をなさない。京介は軽々と避けながら、刀を振りかざす。
その間に、俺は駆け付け、刀に両手を添える。
しかし、消えたのは刀が纏うオーラのみだった。
「まさか、林檎君。君も暴性を持っているとは思わなかったよ」
「も……!? まさか!?」
「そうだよ。僕も暴性の持ち主だ!!」
京介が叫ぶと、俺と御門は押し切られてしまう。
俺と御門は床に腰を抜かしながら、見上げる。
そこには白いコートを纏った京介の姿。そして、背中の魔法翼は全開に広がり蒼々としたオーラを纏う。
「死んでもらうよ。火ヶ崎林檎。土浦御門」
京介はその言葉だけを残し、俺の背後へと回ってくる。
俺は空かさず、魔銃を放ち、京介の刀を銃で止めようとした。
しかし、俺の行動は間に合わず、すぐに後へと詰めてくる。
俺の現在の俊敏力は最高数値。それに加えて常時発動異能があるのに、対応できない! これは――数値を越えた動きだ。
「君の両腕から貰うよ!!」
京介の刀が俺の両手へと降り注がれる。
回避は間に合わない。それに手も片方しか開いてない。
万事休すか!?
その時、遠方から矢が飛んできた。
それによって、京介の攻撃はギリギリで避けられる。
そして、刀は地面を斬り裂く。
俺と土浦は後方に跳び、距離を開けた。
京介は矢の飛んできた方向を睨む。
「まさか……」
京介が呟いた瞬間に、月女神の矢が放たれた。
京介は二対の刀で、月女神の矢に抵抗する。
しかし、京介は抵抗しきり、月女神の矢を打ち破った。
「紛い物か! 僕のアリスがこんなに弱いわけが――ない!!」
京介は怒り狂い、矢の元へと飛ぶ。
このままでは、香織が危ない!
俺と土浦も、京介の後を追いかける。
京介の動きは素早さを増すばかりで、俺らでは追いつけない。
そして、視界には香織が映る。
「氷坂!! 逃げろ!!」
「逃げないわ! あたしもここで戦う!!」
「今の京介は――次元が違うんだ!!」
「へ――」
瞬間、俺は足を止めた。
香織が視線を京介にしたまま、言葉を呟いていた。
しかし、俺の警告は無意味に終わった。
香織の身体は斬り刻まれ、血が噴水の如く溢れる。
俺は目を見開いた。
そして、突然背後にいた筈の御門も吐血し、倒れる。
やがて、俺の目の前に京介が姿を現す。京介の銃の先には御門が倒れている。
京介の顔には大量の血。
そして、いつもの表情で微笑む。
「さぁ林檎君。僕は君に対する罰を決めたよ」
「あ、あああああああ」
「君はこの世界で一生、仲間を殺した僕を恨んで生きるんだ」
「京介ええええええええええ!!!!」
俺は発狂しながら、京介に殴りかかった。
しかし、俺の拳は届くことはなく。
京介は手を振る。
「君にはピッタリの罰だね。僕に言った事が本当に正しいのか。噛みしめて生きるといい」
そう言い残して、京介は姿を消してしまった。
俺の周りには二つのスポットライト。
香織と土浦の二人が連れ去られてしまう。
俺は何も出来ない……。
力があっても何も出来ずに、仲間を全滅させてしまった。
挙句の果てには帝都も大崩壊。
人の気配などない。
俺は一人になった。
あれから何時間経っただろうか。
十字郎とミフィーユの姿もない。
姉の姿も、幻獣ペガサスの姿もない。
俺は途方に暮れた。
よく思い出してみれば、この世界に来た頃と似ている。
最初は何も分からずに森を歩いていた。
今の俺には、力と絶望しかない。
暴性は消えない。
どれだけ強い力を持っていようと、守れるものも守れないのではいらない。
俺は上空の夕闇を見つめた。
この世界であとどれだけ歩けばいいのだろうか。
そんなとき、俺の端末が音を出した。
『残り端末適合者……一人です』
そうだ。もとはと言えば、サバイバルをしていたのだ。
それが何でこの世界を救うなんてしようとしたのだろうか。
哀れだ。
最初から、皆いなくなってしまうのなら、夢なんて歌わずに、殺せばよかった。
ミフィーユなんて、何で拾ったんだろうか。幻獣の子供とか頼りにならなかった。俺の目は腐っているな。
十字郎は信頼していたが、結局弱かった。そんな元地上人に頼るなんてどうかしていた。第一洗脳者に触れられないとか、どんだけ潔癖症だよ。
洋子姉ちゃんは、俺らを足でまといだとか言ってたな。自分が死にたくなかっただけじゃないの。人間年を重ねると汚くなるのかな。
すいかは俺らに迷惑をかけておいて、勝手に死にやがって。不注意にもほどがあるだろうが。自分の命くらい自分で守れよ。
めろんもそうだ。魔術を全部使えるなら最初から最強魔術使えよ。それだったら、この結末も変えられたかもしれないのに。
御門。お前は最後の最後だけ現れたな。本当にお前のせいでこの世界に来てから、何回死にそうになったか。今でも、お前の多重人格は理解できてないよ。
香織。何で最後助けてくれたんだ? あんだけ罵倒していたのにも関わらず。もう、いいんだよ。変な優しさはいらない。
だったら、ここで死ぬか。残りの一人を殺した方が良い。
何もいらない。
俺は元の世界に帰る。
一人で。
残りの適合者を殺して。
俺は足を止めた。
『この付近に残りの適合者が潜伏しています』
随分便利になったなと感じる端末。
レベルが高ければ高い程、機能が増えるというのは本当だな。
今の俺は暴性を継続中であるから、レベル最大、ステータス数値最大の最強だ。
「……何が最強だよ……何も守れてねーじゃんか……」
知らず知らずに俺の瞳からは涙がこぼれ落ちた。
もう、この世界から帰還して、早く忘れたい。
皆の事も全て。
俺は人影を見つけた。
随分小さいものだった。
躊躇わずに、銃をかかげ発砲する。
瓦礫は吹っ飛び、最後の一人の姿が露わになる。
「り、林檎……さ……ん……」
最後の一人は幼女だった。
もう何でもいい。
殺せればすぐに終わる。
「や、やめて……くだ……さい!」
俺は銃を向けたままトリガーに指を伸ばしている。
幼女が懇願する。
頬が冷たい。
「……何で、泣いてるんですか?」
幼女が怯えるのを止め、俺の瞳を見てくる。
やめてくれ。
俺はもう誰も守れやしない。
だから、俺は――――――殺す。
俺はトリガーを迷わずに引いた。
目の前の幼女は目を見開く。
自分の視界にも血が見える。
ああ、これで終わりか。
幼女は声にならない叫びを上げる。
俺が叫びたい。
そして、俺は銃を手から落とした。
『選考試験終了。優勝者――――忍水 めろん。優勝者はすぐに地上へと送還されます』
「林檎さん!!」
俺は幼女の叫びを、瞳を閉じて聞いた。
そして、心の奥底から願った。
君の未来には、地上と地底が仲良く手を取り合う世界がある事を。
そして、俺の意識は闇へと葬られた。




