緊急招集
ここは……どこだ?
森林浴をしているかのように、明りが暖かくて、空気が澄んでる。
しかし、見える風景は白一色。
一体ここは……。
考えようとしても、考える力だけを取りぬかれたかのように何も頭に浮かばない。
ただ、何をするわけでもなく。ぼーっとしたままだ。
やがて、俺の足元から光が強く溢れる。
「な、なんだ!?」
足元を見ると、トンネルの出口から差し込む光のごとく、淡く輝く。
「とりあえず、あそこに向かってみるか」
俺はさっきまで何をしていたか、全然覚えていなかった。
光出す携帯に触れて意識が無くなったのに、懲りないと後で思う。
光に近づく度に、出口だと思わされる。人間というのはきっとそういう心理が働いてるのだろう。
発光源に右手を伸ばす。
すると、またもや力を増した光は、俺の全身を包み込む。
ふと意識が戻る。
目の前には茜色の空が広がっている。色合い的にはマグマに近い。
家の近くの公園ならば、これくらい綺麗に見える事もある。
自分の身体を見回す。
携帯が光り出した時と同じ服装だ。
白いシャツに水色のボーダー模様。黒のチノパン。靴下は……。
「あれ……?」
靴下を確認した筈なのに、履いてたのは皮靴だった。
俺の制服のローファー? 家の中で履く程、俺はバカじゃない。それにお姉ちゃんに怒られる……あ、お姉ちゃんは家にいないから平気か。
何でか、自分が凄く落ち着いてる事に、今さら気付いた。
とりあえず、腰を上げて景色を見る。
俺が寝ていたのはオレンジの丘の高台だった。景色はアメリカのグランド・キャニオンと酷似している光景だった。
初めて見たが絶景だ。
「うわ~~」
歓喜の声が漏れる。
ってよーく考えると、だいぶおかしい。
最後に意識があったのは自室のベット。光り出す携帯を掴んだら意識が落ちた筈だ。そう考えると、さっきの真っ白の光景は夢だ。
だが、ここは? 夢の続き??
俺のチノパンの右ポケットが震える。
「ん?」
右ポケットに手を入れる。そこに入ってたのは先ほど、購入してもらった携帯電話だ。
「何で、こんな所に……ま、いいか」
とりあえず、携帯のスリープモードをボタン一つで解除する。電池を確認すると綺麗に残り五十パーセントだった。
半分なら平気だな。
覚えたての携帯画面ロックを外し、メインメニューを開く。
「ん!?」
出てきたのは、ウィンドゥで開かれたページ。
「緊急招集、応答ありがとうございますって……何だこりゃあ!!」
俺は一人で大声を上げた。さすがこれだけ広ければ、声が帰ってくる。
叫ぶだけしょうがない。まずはここがどこか調べるところからだ。
気のせいか、身体が重い気がする。
次のページを開く。
「えーっと。まずは、あなたの手にした商品に適合されました。今の時代、端末を持つ方は日本では、ほぼ九割までいます。その適合者という者は端末に選ばれし者。量産されている端末ではありますが、その中でも適合者は一台の端末から一人とされています……って言う事は」
一種類の携帯端末が選ぶ適合者は一人。多くの携帯電話があるが、一種類に一人しか適合しないので、国民の大半は適合しないようだ。
俺はその一人に選ばれたらしいな。携帯電話は一会社につき約一年に五十台以上は出す。現在の携帯会社は約五社。その全てを合わせ計算する。つまり約一億二千万分の五百人に選ばれたって事か? 何か違う気もするな……。そもそも適合者を発見できるケース自体が少ない筈だ。それを考慮すると、宝くじよりも確率が低いかもしれない。
とはいっても一体何をするのだ? そもそも携帯の操作チェックをするのに、こんな所まで来ないだろ。
次のページにスライドさせる。
「な……!!」
驚愕した。
『あなたは適合者となって、ライバル企業の端末を全て破壊してください。成功した暁には百万円を支給させていただきます』
なん……だと……?
百万円だと!? これはやれる!! 俺の中で士気が上がる。
それでも身体は重い。
次のページにスライドさせる。
『なお破壊方法は、適合者様にお任せします。ただ簡単には壊れません』
どういう事だ。
『壊すのには、武器を具現化させる必要があります』
まさか、ここは異世界だったのか!?
『ヘルプ:武器の具現化方法を後ほどお選びください』
丁寧に書かれてはいるが、なんとなく大雑把な気もする。
『では、これから我が社のライバル百名の端末の破壊。及び、適合者の殺害を行ってください。最後の一人となった際には地上に帰れます』
「ちょっと待てぇええええ!」
音がするわけでもないのに携帯に叫ぶ。
そりゃあ俺だって中学生なわけだから、異世界とかそういうのは憧れてたりする。しかし、いくらなんでも急に拉致られたら、誰だって混乱するだろう。
『では御武運をお祈りいたします』
そこでページは終わっていた。
つまり、ここは現代日本ではなく別の場所。
携帯適合者を倒すか、その端末を一つ残らず壊せば現実世界に帰れる。
そして、端末を壊すのには武器を具現化させればいいっと……。
「訳わかんねぇ!!!」
再び俺の声は、茜色の世界に木霊する。
とりあえず、胡坐をかいてもう一度座った。
地面を触ると乾燥した砂で、サラサラしている。
「まったく……」
何気なく砂を弄ってると、何かが出てきた。
「ん……?」
俺は砂埃が舞うのも気にせず、すぐそこを掘った。
不思議な事に手が汚れない。
出てきたのは何世代前だよ。とツッコミたくなるほどの携帯電話。いや、この大きさで考えたら家の電話と大きさは変わらない。
溜息を吐く。何が悲しくてこんなことに……。
そこで自分の影を見る。
すると、自分以外の影も映ってる事に気づく。
俺は近くの高台に飛び移る。
「何だ。バレちまったか……まぁ、話せばわかってくれるだろ? 俺の百万の為に死んでくれねーか?」
白のタンクトップを中に来た作業着を着用する男。年齢は三十代前半に見える。両手には刃が回る電動式の大剣。俺の世界ではチェーンソーなどといった電動ノコギリに近い。刃までは似てるが、柄の部分にボタンのような物は一つも見当たらない。これは一体……。
「いきなり人を斬りにかかるって、あんた人を殺すってどういう事か分かってんのか?」
俺は冷静なフリをして何とか話し合いで解決しないかと考える。
作業着の男は口端を釣り上げる。
「殺すのがどういう事か? 笑わせるなぁ坊主!! それはなぁ、快感って奴なんだよぉ!!」
作業着の男は大剣の刃を舐める。
そういう仕草は、ヤンデレの女の子がするもんだろ! とか思いながらも背筋が凍っていくのを実感する。
こういう異世界物って憧れと同時に、絶対に遭遇したくもない場面だ。
「チッ」
俺は舌打ちだけを残して、作業着の男から逃げる。
高台を一つ一つ降りていく。
作業着の男は、狂ったように笑いながら追いかけてくる。
「おいおい、折角俺が人殺しについて教授してやろうと思ってんのに逃げるのかよ!」
男はゆっくりとした歩調で、高台を次々と降りてくる。
何故歩いてるのに追いつきそうなのか、まったく分からない。
ホラー系の映画だと、こういうシーンがある。だが、まさか同じ人間が同じ技を使えるとは思わなかった。
「ハァっ! ハァっ!」
俺の息はいつの間にか上がっていた。
運動部に入ってなかったのが仇になったか? それでも俺の体育の成績は良かった筈だ。
「そろそろ疲れてきたか、坊主? じゃあ、まず俺の百万への道のりの生贄第一号となれええええ!」
作業着の男は、颯爽と俺に詰めてくる。
「まずいっ!」
俺は咄嗟に避ける。
すると後にあった木々達が、次々と倒れる。
大剣が雷を帯びて、周りがビリビリと爆発する。
「なっ!?」
爆風に俺は吹き飛ばされる。
どれくらい吹っ飛んだかは分からない。何しろ煙の爆発のようだった。
それにあの作業着の男は爆発を意図して発動させたようだった。
俺の身体は木が支えてくれている。
背中に激痛が走る。
煙の中から、人影が浮かぶ。
「どうよ。俺専用の武器の味は……?」
作業着の男はニヤリと笑う。刃はテンポを刻みながら回転する。
「へっ、そんな小物臭のする武器なんて俺は一生持ちたくなんてないぜ」
背筋の凍るような感じは抜けた。先ほど爆風に吹っ飛ばされたおかげで、吹っ切れた。
俺は立ち上がる。
「さて、おっさん。あんた見たいな腐れ外道の端末は俺が壊す!」
目の前の作業着の男を目標にして拳を固めて、構える。
「ほぅ。お前みたいなガキが俺と力で対決すると? おもしれぇな!」
作業着の男の瞳が俺を嘲笑ってるようだった。
残念ながら俺の中には作戦などという巧妙な手口はない。
だからこそ、隙を突いて逃げる事にしたのだ。
俺の靴が砂利を踏む音がする。
「今の日本にお前みたいなのがいれば、楽しかっただろうな。だが、今は百万の為に死ね!」
「誰がお前みたいな奴の金の為に死ねるか!」
作業着の男の足と俺の脚は同時に地面を蹴る。
刃が回る大剣が上段から振り下ろされる。
俺はそれを右に避けてかわす。
「そんな大振りじゃ当たらねぇよ!」
そのまま、作業着の男のガラ空きになった脇腹に右拳を固め、思いっきり突く。
「オラぁああああああ!」
力を込めるが、大人だからなのだろうか。まったく吹っ飛ばない。漫画のように力が上がってると思いたかったが現実はそうではないみたいだ。
殴った後、俺は後退する。
「何だ? 虫に食われたのかと思ったぜ」
作業着の男は余裕の笑みを浮かべる。
「それは悪かったな。虫で」
俺は皮肉を漏らす。
すると突然腹に何かが入った。
「グふっ!」
俺はそのまま数メートル飛ばされる。
木に背中をぶつけ、体が地面に落ちる。
目の前には、大剣を左手に持ち替え右拳を突きだした構えたままの男の姿。
俺は殴られたのか?
口元を拭くと、赤い液が混じってる。痛みも遅れてやってくる。
「そんなんで血が出るとか、まだまだ尻の青いガキだな」
作業着の男は俺をつまらなそうに見た。
頃合いなのだろう。俺を殺すという殺意が、作業着の男の目には浮かんでる。
「悪かったな。俺はまだ中学生なんだよ」
自暴自棄になって笑う。
立ち上がって俺は作業着の男を睨む。
「やっとそれなりの目になったか」
作業着の男の口端が先ほどと同じようにつり上がる。
「やれるもんならやってみろ!!」
俺は右拳を固めて、作業着の男に殴りかかる。
「……もう死なせてやるよ。ガキ」
作業着男は俺を呆れた表情で見つめる。俺が罪人みたいだ。
だが、気にせずに突っ込む。
「うらぁああああ!!」
「死ねぇええええ!!」
俺の声と作業着の男の声が重なる。
出来る事なら、こんな森の中で死にたくはなかった。
でも、しょうがない。運の悪さだ。それで諦めるしかないのだ。俺の一生、十四年。短かったな。
俺の右拳と大剣の刃が重なる瞬間。
走馬灯のように脳裏を過ったのは、姉の顔だった。
――最後に浮かぶのが姉の顔とは。
最後くらいお姉ちゃんに会いたかったな。
思い出から現実に戻される。
目の前に迫る刃に、俺の右手が重なった。
右手を失くした障害者に俺はなるのか。
刃が歪な何かを刻む音がした。
俺は目をつぶる。
人を解体するときってこういう音がするのだろうか?
致命傷だからか、痛みすら感じない。
すると、俺の右手には違和感はなかった。
そして何かを殴る音。
目を開けると、その光景は俺が予想していたのと違っていた。
「ぐぅうううう!」
声を上げながら頭から宙に飛ぶ作業着の男。
俺の健康な右拳。
壊れた大剣。
何が起こったのか、俺は分からなかった。
だが、携帯電話が鳴った気がしたのだった。