3・【8】
【栄歴567年4月5日】
空に散り流れる雲の模様が蟻の行進に似ている。晴天。
10との住居増築作業準備中、不意にニオの気配を感じた私は手を止めて辺りを見回した。
予感通りニオが後方より接近しており、腕に抱えられた工具を見るに機材整備に向かうのであろうことが窺い知れる。
彼女が私達二体の横を通り過ぎて行った後、クロスは関心した様子で唇の端を吊り上げて発言した。
「さすがだね、8」
私とニオは同時に造られた姉妹機である。
殆ど変わらぬ製法と素材で同じ場所にて造られているのだからこの場に存在する全記憶機が姉妹と言えるのであろうけれども、私は他の個体に対しては感じない幾許かの共鳴のようなものをニオに感じることがある。どの辺りの回路がその信号を私に送っているのかは判別不可能であるが。
「そういうの、可能性って言うんだと思う」
クロスが言う。
私のこの感覚を知るのはクロスだけだ。ニオも私に対し同じ感覚を持っているかもしれないが、不安定かつ不正確に起こる現象ゆえ互いに言及したことはない。
「可能性……?」
「面白いよ。まるで話に聞く人間の双子みたいだ」
人間の双子。時として双生児はテレパシーに近い能力を発揮することがあるという話は私のデータベースにも記載されていたが、言われるまで全く思い至らなかった。
同時に生まれた一組の。
そうか、双子か。
違和感のない表現への納得に話題の興味をなくした私はそのまま作業に戻った。興味津々といった表情を取り繕おうともせず、クロスが後に続く。
この様子では、あとでニオにも接触するに違いない。そうなると私と同じく業務行動を好む彼女は煩わしく思うだろう。注意するよう伝えておかなければ。
……ああ、そうなればニオにとって私の共鳴感覚は既知の事実となる。聞き及んだニオは一体どんな反応を見せるのだろうか。
全く同じ部品で正確無比に作られている訳ではない私達は、一個体ずつ僅かなりとも『個性』と呼べるようなものを持っている。
明確に見た目の違う15は別として、髪型・髪色や虹彩色を除く基本造形としての外観が同じ私達の中でも、クロスのそれは私の目には故障に見える程であった。
本来記憶機は事象を記録するためだけに存在するがゆえ、人工知能をはじめとする思考力は省かれているものだ。これらが私達に備わっているのは、プロトの設計者――確認できていないが実在する筈だ――がプロトにそれを組み込んだからだろう。私達は全てプロトの構造を基礎として造られている。
製造中のどこかで色濃く出たのか、クロスは機械としてはその部分が突出していた。
クロスを起動させる瞬間に私も居合わせたが、既に彼女は目覚めた瞬間から異質であった。アルやトライ、セッテの言葉を聞くよりも先に起き上がり、『己が機械であることの確認』を始めたのだ。体内から聞こえる駆動音に忌々しげに目を眇める様は記憶機の常識から大きく外れていた。
クロスと会話をすると必ず挟まる人間の話題。彼女の人間への興味は執着とも思える程に膨大である。
(そも、女性型である私達を『姉妹』、三人称を『彼女』と定義したのもクロスであった。
居並ぶ仲間達の中でも感情の動きが無機質である私はこれらの言葉に戸惑いを覚えることも少なくない。)
「オッタ、なに難しい顔してるのさ」
クロスのやけに嬉しそうな表情。機械ではあるのだが、最早機械のそれではない。
クロスについて考察する私の思考回路に渦巻くこれは、人間の言う不安に近いものなのであろう。漠然とした、何がしかの。
「あなたのことを考えていたのだが」
「え、僕の? 照れちゃうなー」
特殊な一人称。個性を際立たせるためなのだとクロス自身が宣言していた。
「あなたは――」
続く言葉が、構築できない。
私はクロスの何を確かめたい? 漠然とした不安から導き出される確定要素は何だ?
「ああ、すまない。考えごとをしていたのだが、まとまらなかったようだ」
当たり障りのない、クロスが喜びそうな言葉選びで場を濁す。彼女はこういった、物思いや憐憫といった凡そ機械らしくない事柄こそ記憶機としての性能より重視するのだ。
質問も結論もまとまらないのは確かなので、私は一先ず考察を打ち切った。
まず増築を先に片付けなくては。幸いにして、森には豊富な資源があるのだから。