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記憶機録  作者: 遠馬その
2/5

1・【2】

【栄歴562年3月27日】


 生まれた瞬間のことを、(わたし)は今でもはっきり思い出すことができる。

 栄歴560年4月3日。

 その日は春が始まったばかりの涼しい気温――13 deg C――と、穏やかな陽気に恵まれて、起動に適していたのだと思う。

 起動後最初に認識した音声は「おはよう」。それから、

「あなたはまだ出会ったことがないけれど、人間には『肌寒い』と今日を表現する人もいるかもね」

 声はそう続けた。外皮感覚の伝達が早いことを知っていたのだろう。

 わたしに声を掛けたのは声音域や外見、言葉遣いから判断するに女性で、彼女は耐久年数をオーバーしていそうな古いアンティークチェアに腰掛けて微かに目を細めていた。肌の占有面積の広い服を着、下半身はくすんだ色の膝掛けで足先まで覆われている。緑色の短い髪は、わたしの視界の端に映るわたしの長い髪と同じ色をしていた。

 わずかな機材と使い込まれた一世代前の工具がわたしを取り囲むように置かれて、彼女がこれらでわたしを造り出したのだとわたしは理解する。

「気になるなら、どうぞ、ベッドから降りて見て回ってもいいわよ。この狭さじゃ物足りないでしょうけれど」

 状況の視認に勤しんでいたわたしに彼女は促す。

 言われた通りベッドから降り立ち、建物内を確認する。先程の機材に加えて少量の電子機器と専門的な書物が数冊。

 記憶媒体に情景を記録する。

 多少時間が掛かったはずだが、彼女は一度も椅子から降りなかった。


 自らの名を『1』と名乗った彼女は、プロトと呼んでほしいと言った。

 それからわたしにも何か呼称に適した名前をいくつか考案してくれたが、データ領域に無駄が生じると思い全て辞退した……にも関わらず、わたしの反応に意外性は皆無だったらしく、彼女はさも当然のような顔をして一人悩み。

 わたしの顔を何度か覗き込んで、

「アルに決めたわ。これからよろしく、アル」

 わたしの意向を完全に無視して、わたしを『アル』と呼んだ。

 近隣国で数字の2を表す言葉なのだそうだ。辞書機能もダウンロードさせたかったが設備が追い付かなかった、ごめんなさいと彼女は曖昧に唇の端を歪めた。

(彼女のこの発案――数字をもじった個体名――は、(のち)に習慣となった。

 わたしが続けたから、なのだが、どうしてそのようにしようと思ったのかは自分自身でもよく把握できていない。

 わたしにそんなファジーな部分があったのかと首を傾げる反面、今考えれば、彼女の遺志を受け継ぐことをどこかで快く思っていたのかもしれない。

 そんな感情的な部分があるとも思わないけれど。)


 プロトは自分のことをあまり話さなかった。

 わたしには自分について語れることがなかった。

 だから殆ど互いに会話もせず、わたしは自己の機能確認を(おこな)っていた。プロトはそれを満足そうに見ていた。

 見聞きしたことは忘れないから、正確で確実な、確かな記憶録。



 それが記憶機2(わたし)の最初の記憶で、

 (プロト)が『生きていた』、唯一の記録。

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