第五話 狂気への恐怖
遅くなりました!すいません!
残り三分になった。
前の男は、一向に体を動かさない。すでに50ptを貯め、止血したジョンは、思い切って口を開いた。
「お前はしないのか?五分をきったぞ。」
「…」
何も答えない。だが、唇が震えている。
「どうした?」
眠気に襲われながら、ジョンは言葉を紡いだ。おそらく初めから、終わる頃に眠るように調節されていたのだろう。
「…怖いんだ。」
「え?」
「自分の体から、血が出てくるのが、傷がつくのが、怖いんだ…!」
最後あたりの声は震えていた。ジョンはその言葉に一瞬馬鹿らしいという考えさえしたが、よく考えればそれが普通だ。確かに、普通ならば自分を刺すなど、狂気の沙汰、俗に言うイカれているというものだ。
「だけど、やらなきゃ死ぬんだぞ!それでもいいのか!」
「…怖い。怖い!俺には無理なんだ!今まで必死に冷静を保ったけど、もう無理だ!この恐怖に耐えられない!いっそのこと早く殺してくれ!」
タイマーが二分をきった。ジョンは焦りを感じて、自分でも信じられない言葉を口にした。
「早くその包丁で刺せえ!早く!」
そしてジョンははっとした。今、自分は何を言った…?
命が危ないという理由があっても、今自分が命令したのは自傷行為だ。それを平然と、寧ろ善行と思ってやった。
それを自覚し、まるで自分が猟奇殺人鬼のような寒気がした。
「無理だ!俺には無理だ!」
男は涙をぼろぼろとこぼし、あろうことか、
「あと何分だ?あああと二分もある!そんな長い時間この恐怖にとらわれるのか!嫌だ、怖い!ママ、助けて!」
誘拐された子供のように、泣きわめき始めた。ジョンは男を哀れむように見つめた。その男はとても愚かだ…そうかんじた。
男はしばらく叫喚し続け、しばらくすると、ボソボソと一人で何かをしゃべっていた。ジョンはなにも言わず、ただ男を見つめていた。だが、いずれ男が体験するであろう恐怖を想像すると、まるで当事者のように恐怖した。
残り一分。
未だに男はなにかを呟いている。ジョンは、この恐怖に耐え難かった。男 の言いたい事がなんなのか、理解した。終わらせたい。この恐怖を早く終わらせたい。解放されたい。もう俺は助かるんだ。早く終わらせてくれ。なんだって、俺がこんな恐怖を味わうんだ?理不尽だろ!そう思った。
『アト30秒。』
最初の嫌気がさすような声だと思ったが、ただの機械的な声だ。あと30秒か…。ジョンは、眠たくなりながら無意識にも、呟きながら、30秒を指折り数え始めた。