言葉にしても、伝えられない。
どうしようもない愛しさを、言葉にして伝えることはできなくて。。。
きっと、言葉にしたって伝わらない。伝えられない。
そう、自分に言い聞かせて、この気持ちを伝えることを諦めた。
けれど、きっと。
ふとした瞬間、私たちは言葉にしなくても、伝わっていた。
「あー、もう、、、」
頭を抱えるあの子が、パソコンの画面と睨み合って、何やら難しそうな表情をしている。
今回の案件は、あの子が私と関わることなく進めているものだ。
だから、あんなに頭を抱え案件に悩む姿を見ても、私ではあの子に寄り添うことができない。
いつものように、相談を受けることもできない。。
それが悔しい。
「どうした?何かあったか??」
「あ、ごめんなさい。ちょっと気になったら進まなくて、、」
ああ、ズルい。
そんな言葉が、喉まで込み上げてくる。
これはうちの部署では、毎年のこと。
現在繁忙期を過ぎた部署内では、ジョブローテーションの一環として、普段の仕事ペアを変えて案件対応をしている。
彼は私の同期だが、今はあの子の、指導担当になる。
本来は、私の特権なのに、、、
なんて、妬ましい気持ちが押し寄せる。
それでも仕方ない。
これは1人の指導担当では賄いきれない部分を、若い世代が一つの考えに固執しないように、色々な仕事の考え方を学ぶために行うものだ。
だから、仕方ない。
そう自分に言い聞かせていても、妬ましい気持ちが膨らんできて、彼らを目で追ってしまう。。
「ここなんですが、そんなに大きいところじゃないとは思うんですけど、数字にズレが出てて、、何とか整合性が取れないかと、調整をと、、、」
本当に。あの子の悩みを聞くことができない。
彼に役目を取られてしまったのだ。なんて、そんな狭い心で2人を見てしまった。
「ああ、なるほど。それか。それなら、まぁ、誤差の範囲だから、気にするほどでもないんじゃないか?」
「え、いいんですか?」
「ああ、責任は俺にあるから、いいよ。」
2人、話す内容までは分からないが、穏やかに仕事をしている様子が伝わってくるのだ。
どうしてか自分ではない他の人でも、あの子に寄り添い仕事は進むのだと、実感をしてしまう。
確かに終業後、共に買い物をしたり飲みに行ったり、私事であの子と仲良くなってきているのだと感じてはいても、それは仕事の延長だったのではないかと勘繰ってしまうのだ。
するともう、気持ちはどん底になるだけ。
自分はその他大勢の1人だったのだと思えてきてしまう。どうしようもない気持ちに苛まれるようになる。
それが、自分の中で無限ループをして、仕事が手につかなくなってしまうようで。
「あのー、、、」
「え、ええ。どうしたの??」
しまった、また気を取られて、私の‘今’の指導している子が、気後れしてしまっているではないか。
やってしまった、、そう、後悔していたけど。
「ごめんなさい。直ぐに聞く勇気なくて、、」
しょぼん、そんな表現がしっくりくるほど、気の弱そうなこの子は、話を聞く前はいつも、謝罪から始まる。何だかこちらまで申し訳ない気持ちになるのだ。
「そんなことないわ。私が聞きにくい雰囲気を出しているのよね。気にしないで、いつでも聞いて?遠慮はいらないから。」そう、言葉掛けをして。
「……すみません。あの、このところなんですが、あんまり調整できていなくて、、どうやればいいかなって、上手く分からなくて、、」
「ああ。それなら、この前提をやめてみましょうか。こちらで一度やってみて、それでも調整できないようなら、他の方法も一緒に考えましょう?」
「……はい!わかりました。。」
ホッとした。さっきより表情が柔らかくなったこの子。あの子に気を取られ過ぎて、目の前が疎かになんて、なってはいけないのだと、実感する。。。
「先輩!!」
終業後、元気なあの子が、私に声を掛けてくれる。
いつものように、普段のように、嬉しそうな表情をして近づいて来てくれている。
そう、感じてしまっているのだ。
「お疲れ様。どうしたの??」
「ふふふ。今日もお仕事お疲れ様でした!!一緒に、帰りませんか??」
コテン。首を傾げながら聞いてくれる様子が可愛くて、顔を背けそうになる。
「ええ。いいわよ。私ももう終わるところだから、片付けたら一緒に帰りましょう。。。」
きっと私の表情も浮き足だってしまっているだろう。
「……あの、今日はもう終わっていいんでしょうか、、??」
「っ!あら。終業時間は過ぎているし、今やっている案件も急ぐ程ではないから、今日はもう終了よ?それとも、キリのいいところまで、やりたい??」
危ない、危ない。この子のことを忘れてしまうところだった。
いや、ちゃんと気づいてはいる。私も把握している案件でもあるのだ。
けれど、この子の案件管理をどこまでするか、それは元々の指導員が私でないところもあり、切り上げるタイミングを促すのも気を使うところである。
だから、いつものとおり終業後は帰る準備をするつもりだったのだが、どうもこの子はどちらかといえば、キリをつけてから帰りたいタイプのようだ。
「……いえ。問題ないようでしたら、私も片付けて帰ります。。」
「ええ、そうしましょう?」
ニコリ、微笑みかけこの子が萎縮しないよう、細心の注意を払うよう心掛ける。
「あれ?今日はもう少し業務する予定でした??ごめんなさい、先輩。お仕事、邪魔しちゃいました??」
少しばつの悪そうな表情をしていたけれど、それに促されるよう片付け始める私たちを見て、あの子ったら、現金なもので、すぐにいつもの元気な笑顔に戻っているのだ。
だから、言葉にしてはいないけれど、きっと邪魔などではないと示した態度に気づいてくれたのだろう。それが分かるから、私も嬉しくなってしまった。
「そんなことは、ないわ。今は私たち、いつもと違うやり方をしているから、上手く仕切る方法を決めかねているだけなの。」
そう、嘯いた。
「…すみません。私が仕事遅くて、お2人に迷惑をお掛けしたようです。。。」
しまった。。
しょんぼり。それがわかりやすいくらいに、全身で表すこの子に、私の言い回しが不味かったかと、思ってしまった。
「そ、そんなことないわよ?私たち、一緒に仕事を始めたばかりでしょう??まだまだ、やり方の違いに慣れていないだけだから、気にしたらダメよ??」
ああ、言い方はこれで良いのか?いつもと勝手が違い過ぎて、何が正解か、わからなくなる。
その点、長くやったあの子との仕事は阿吽の呼吸で行えるから、何をどうすればいいか、理解できて動きやすい。
なんて当たり前で、ちょっと嫌味なことを考えてしまった。
「そうです、そうです!!いつもと勝手が違って、考え方もやり方も違って、戸惑って前に進んでない感じなんですから、気にしたらダメですよ!!」
ああ、あの子が慰めてくれている。
それは恐らくこの子を鼓舞するだけでなく、自分のためでもあるのだろう。
きっと、いや。間違いではないと思う。
仕事中のあの子は、いつもの天真爛漫さが薄れて、何だか疲弊したような表情なのだ。
これは、自分にも言い聞かせているのだろうと、何となく察しがつく。私もあの子がわかっているのだ。
それが何だか、少し嬉しい。
「ええ。本当に、気にしたらダメよ?」
あの子に続いて畳み掛けるように、この子を慰めた。
「……ありがとうございます。。。」
「いえいえ、本当に、気にしないで?そんなに気にしていたら、これから1ヶ月は私とペアなんだから、気疲れしちゃうもの。だから、ポジティブに今のやり方もあるんだって、考えましょう?」
この子だけでない。あの子にも伝わるように、そう慰めていた。
きっと伝わっているのだろう、頷くあの子に、私も少しホッとしたのだ。
半月経った頃、起こるべくして起きたちょっとした事件があった。あの子とペアの同期が、言ってしまった。
言ってはならないような、その言葉を。
「君って本当理解力、高いよな。言われたこと以上に、進めてる。君となら仕事がしやすいな。」
なんで、私たちが近くにいる時に言うのだろうか?
バカなのか?どうしようもない、バカなんだろうか??唐変木とも言って差し支えないのではないか??そう思うほどに、焦っている。
隣のこの子が、泣きそうだ。
なんでいつも、あんなのとペアを組んでるのか?
そう思えてくるほど、どうフォローすべきかちょっと悩ましい、、、
「あ、あのね。貴女はよくやってるわよ?やり方が、人それぞれってだけよ??」
なんてフォロー出来ているのか、出来ていないのか、わからないことを宣ってしまう。
「……いいんです。気にしていません。私昔から、こういう性格なので、察しも、良くないですから、、」
「…それは、個性だわ。仕事の良し悪しに関係ないし、貴女だって、しっかり与えられた業務をやり切っているもの。何も変わらない。。」
何だか私が腹が立ってきた。
あいつに一言、言ってやろうかと思ったんだけど。
なんなら、担当ペアの変更を上司に進言してこようかなんて、思っていた。。。
「……あの。私、言われたこと以上やってませんよ?先に、必要なこと進めてるだけで。。本当に、理解力高ければ、この案件もっと次の段階に、いえ、別の形に進めます。単純に、次に何をすべきか理解してやってるだけです。それも、先輩から教わったことを反芻して、最善で最短の方法、導いているだけです、、、仕事をしやすいというか、自分のところを進めていて、主任のところ、なにもやってないです。そこは、守っています、、、」
少し挑むような言い方で、あの子が同期に楯突いた。
やはりあの子は強い。たくましい。
そしてこちらの様子にも気づいているのだ。
だから、あんなに強気の口調で出ているのだ。私がどうにかすると知っているから。そこは、ちょっと心配になるけれど、私も、あの子の味方でしかないから。それに今は、この子の指導員。
それなら。
「人と人を比べても、貴方がするのは、この子たちの教育でしょう?それが、この子たちの成長になるように伝えるものなら何も言わない。だけど、この子たちをただ比べたいだけなら、それは教育ではないわ。そんなこと、貴方がするなら、2人まとめて私が教える。この子たちにあったやり方でね。」
なんて、言い返してしまった。
「な、なんだ?君たち。急にそんな言い草なんてして。僕の正直な感想を言っただけで、こうも強く言われるんだ??」
「……貴方、本当にわかっていないの?貴方の今仕事をしている子だけでなく、この子のことも、否定したのよ?」
「そんなつもりは、ないぞ?正直な今の気持ちを伝えたいと思って褒めただけだ。この子も、仕事をしっかりしているが、僕にとっての仕事のしやすさを伝えたんだ。」
「…だとすれば、貴方って、本当に心ない人ね。機械と一緒に仕事、する方がいいんじゃない?私たちの仕事、‘人と人’を繋げる仕事よ。それを履き違えないで。一人一人やり方も個性も違うんだから、言われて悲しむこと、あるのよ。」
「……。そんなつもりは、なかったんだ。すまん。。」
ペコリ深く下げる頭に、ヤレヤレ、そんな気持ちが込み上げる。
この子も、少しはホッとしたような安心した表情になったけれど、この同期は元々が言葉足らずなのだ。
今もちょっと泣いているこの子に、この同期は相性がすこぶる噛み合っていない。
彼は言葉足らずではあるが、元々悪い人ではない。
だから、ちゃんと言えば伝わるのだ。
だけど、今回はどうも元々の旗色が悪かった。
2人の相性がギクシャクと、油を挿せていない歯車のようで、はまり切っていない。
だからこの子の引っ込み思案な性格に、この同期のサバサバと、見たままを答えてしまう性格に噛み合わなかっただけ。
けれど、それがとても大きい。どうしようもないほど、深い壁となってしまっていた。
今回は自分たちが間にいたから緩衝材になっているが、今後も2人がペアなら起こり得る出来事ではないか?
そう、勘繰ってしまうが、私から言うことでもない。
だから。
「これから、このローテーションが終わった後、続けていられる?」
念のためこの子に、確認してしまう。
コクリ。小さく頷く彼女。
「……今まで、厳しくとも、教えてくれないなんてことは、ありませんでしたから。そういった、性格なのはわかっています、、」
仕方ないような表情で、諦めている。
「……辛くなったら、言ってくださいね?私たち、力になりますから。いつでも、何とかしますよ。先輩が、、、!」
あの子がカッコつけて何を言うかと思えば、結局、私に他力本願をしただけのよう。。。
ちょっとズッコケそうになったが、まあ、対処としては間違いはないので、ここは飲み込んで。
「ええ、私たちでなんとかするから、ちゃんと困ったら教えてね?いつでも、力になるからね??」
そう、小さい子に言い聞かせるように、伝えていた。
そして、2人して目を合わせ頷いて、その気持ちを確認し合って。この子が困った時は、助けよう。そうお互いに伝わって。
それを見たこの子も少し、ホッとした表情をしていた。
彼も、今回はバツが悪そうに頭を後ろ手に掻いているが、今回は反省している様子もあるから、まあ、少しの間は問題なく過ごせるだろうと、ちょっと安心している。
ああ。良かった。ホッとした私たち2人、顔を見合わせて、微笑み合って。
それを言葉にしなくても、伝え合えた私たちに、少しばかり浮かれてしまう。
私たちに伝え合えるほどの時間が、どんどん増えているのだろうと、気づいたから。
……今回のあの子は、いつも以上に強気だったと感じたのだ。
きっとそれは、あの子が私を信用している。
何かあれば、私が解決するのだと、そう信じて、私を頼っている。
それが、今回のことでわかったことが、嬉しかった。
どうしようもないほどに、2人の息が合っていることが嬉しくて、幸せで、噛み締めていたいと思った。
それほどに、私たちには信頼が成り立っているのだ。こんなに浮かれるようなことはない。
だけどそれは、仕事に対する信頼だから。。。それを、分かっているのだ。
恋人同士のそれではないと。
あの子の私に向ける想いとは違う。
私のあの子に対する愛しいという想いは、伝わることではないのだから。。
好きと自覚してからも変わらない愛しさが、あの子に伝わらないと分かっていても、こんなに信頼を得ることで噛み合っている歯車に、嬉しさが込み上げてくる。
そうだ。
私とあの子の信頼関係は、言葉にしなくとも伝え合えるものだ。
けれどもそれは、恋人同士のものではない。それがどれほど胸を締め付けるのか。
そのことが、嬉しくもあり悔しくもあって。
きっと、私たちの関係がただの先輩と後輩なことが、こうも苦しくするのだろう。
そう、愛しさを伝え合うことがないとしても、私たちの信頼はきっと強いのだ。
それが余計に、苦しめる。。。
言葉にしても伝わらない。そんな、私たちの関係。。
先輩が、いてくれた。見てくれていた。
私の仕事を知ってくれていた。
それが、何より嬉しくて。本当は、先輩を同僚に取られて不貞腐れそうだったんだけど、こんなにこの子のお陰で、私たちの信頼関係を確認できたのだと実感出来たから。
なんだかどうしようもないほどに、助けたくなってしまった。
恩を返したくなるほどに感謝したんだ、、
それが、こんな形になるとは思わなかったけども。
主任の冷たさって、きっと先輩の見守る優しさと近いんだけど、言葉足らずなんだと思う。
そのままを見て、そのままに伝えちゃう。
だけど、気づいていないから、それが改善なんてされなくて。
不器用な人なんだ。
それに気づいたら、そこは、先輩と似ているんだろうと思った。
それでも私にとっては、先輩が全ての基点だから。
先輩、昔から私を教える時は一歩引くんだ。
最初の頃はベッタリ教えてくれていたんだけど、徐々に一歩引いて見てくれるようになった。
それが、最初は見捨てられたのかと不安になったけど、実は気づいたらフォローしてくれていて。
偶然、他の人から聞いて知ったこと。
だから。
先輩はきっと、見えないとこで助けてくれている。それが、気づいた私にとっての先輩の優しさで。
先輩は私を信頼して、預けてくれているから。多分人によっては冷たそうに見えても、本当は違ってて。
自分だけはそのことに気づいているから。言葉にしても伝えられないけど、態度で伝えてくれているから。
それが嬉しくて、幸せで。先輩をもっと愛しくなって。。。
だけど、それはきっと、特別な愛しさで。
先輩が私を思うのとは、違ってて、、、
苦しくなって。
それでも。
言葉にしても伝わらないと知っていても、言葉にしなくとも、伝わる優しさを、変わらず受け取ることができるから、、
それは幸せなことなのだと思いたくて。。。
言葉にしても伝えられない、どうしようもないその愛しさを隠しながら、言葉はなくとも伝わる優しさを、ずっと大切にしたいと、これからも心から希う。




