金貨の音色と白猫伯爵
ヴィオレッタ・フォン・ローゼンフェルド公爵令嬢には、三つの悪評があった。
一つ、気位が高い。
二つ、口が悪い。
三つ、金が好きすぎる。
特に三つ目は、社交界の婦人たちにとって格好の噂話だった。
「まあ、ご存じ? ヴィオレッタ様ったら、婚約者から贈られた薔薇より、商会の帳簿を見て微笑まれるそうよ」
「ドレスの流行より、小麦相場のほうに詳しいんですって」
「お可哀想に。お金ばかり見ていると、心が冷たくなりますわ」
そう囁かれている当人は、王宮の温室で紅茶を飲みながら、銀の小さな匙で角砂糖を一つ、二つ、と数えていた。
「心が冷たい、ねえ」
ヴィオレッタは、薄く笑った。
「心が温かい方々は、どうして他人の噂話にあれほど熱心なのかしら。熱量の使い道を間違えておりますわ」
膝の上で、真っ白な猫が「ふん」と鼻を鳴らした。
名を、伯爵という。
もちろん、本物の伯爵ではない。猫である。
けれど、彼は誰よりも伯爵らしかった。
真珠のような毛並み、青い宝石のような目、ふわりと巻いた尾。歩く姿は絨毯の上を滑る絹の雲のようで、その顔には常に「この屋敷の所有権は自分にある」と書いてあった。
王太子が撫でようとすれば、すっと体をひねって避ける。
子爵夫人が「まあ、かわいい」と手を伸ばせば、目だけで拒絶する。
公爵家の料理長が魚を差し出せば、一口食べてから三秒沈黙し、皿を前足で一センチだけ遠ざける。
その仕草があまりに高慢だったため、使用人たちはいつしか本気で彼を「伯爵様」と呼ぶようになった。
「伯爵、あなたもそう思うでしょう?」
「にゃ」
「そうよね。やはり品性とは、資産管理能力に表れるものですわ」
「にゃあ」
伯爵は当然のように同意した。
ヴィオレッタは満足げにうなずき、紅茶に角砂糖を落とした。
ぽちゃん。
「……あら」
角砂糖は三つ目だった。
彼女は普段、二つまでと決めている。
伯爵がじっと見上げてきた。
「何ですの、伯爵」
「にゃ」
「違います。これは浪費ではありません。本日は港湾使用料の交渉に勝ちましたから、成功報酬です」
「にゃあ」
「あなたにだけは言われたくありませんわ。昨日、最高級の鶏肉を三切れも残したでしょう」
伯爵は視線を逸らした。
ヴィオレッタは勝ち誇ったように微笑んだ。
「ほら、反論できませんのね」
その瞬間、伯爵は尻尾で砂糖壺を器用に押し、角砂糖を一つ床へ落とした。
ころん、と白い小さな塊が絨毯の上を転がる。
「あっ」
伯爵は何食わぬ顔で前足を舐めた。
「……今のは事故ですわね?」
「にゃ」
「いいえ、違いますわね。今のは報復ですわ」
伯爵は誇らしげに目を細めた。
ヴィオレッタはしばらく猫を見つめた後、小さく吹き出した。
「まったく。あなたほど気位の高い猫を養うには、財力だけでなく忍耐も必要ですわ」
そして彼女は落ちた角砂糖を拾い、銀の皿に置いた。
「これは伯爵税として計上しておきます」
伯爵は満足げに喉を鳴らした。
ヴィオレッタには婚約者がいた。
王太子セドリック。
金髪碧眼、物語の挿絵から抜け出してきたような美貌の青年である。人々は彼を「太陽の君」と呼んだ。
ただし、ヴィオレッタに言わせれば、太陽とは少々言いすぎだった。
「せいぜい、磨きすぎた燭台ですわね。まぶしいけれど、熱源としては心許ない」
彼女がそう呟いたとき、伯爵は珍しく大きく「にゃ」と鳴いた。
同意だったのか、言いすぎだと咎めたのかは、誰にもわからない。
王太子は優雅で、愛想がよく、民にも人気があった。しかし、彼には一つ困った癖があった。
お金は、誰かが勝手に用意してくれるものだと思っていたのである。
新しい庭園を造りたい。
記念舞踏会を開きたい。
遠方の楽団を呼びたい。
真実の愛のために宝石を贈りたい。
そのたびに、費用の一部は婚約準備基金から支払われた。
基金を管理していたのは、ヴィオレッタだった。
そして彼女は、すべて記録していた。
日付、金額、用途、承認者、領収書、場合によっては証人の署名まで。
「君はいつも書類だの数字だのにこだわるな。もっと大局を見るべきだ」
王太子にそう言われたとき、ヴィオレッタは優雅に微笑んだ。
「細かな金額を軽んじる者は、大きな損失にも気づきませんのよ」
「君は本当に金の話ばかりだな」
「殿下は本当に、金の出どころを気にされませんのね」
二人は微笑み合った。
周囲から見れば、王太子と公爵令嬢の麗しい会話だった。
しかし、そばにいた伯爵だけは、王太子に向かって細く目をすがめていた。
その顔は明らかに言っていた。
この男、魚のいちばん良いところが、自分の皿にあるのが当然だと思っていそうだ、と。
やがて王太子は、平民出身の可憐な少女ミレーユと恋に落ちた。
ミレーユは春の花のように愛らしく、よく泣き、よく笑い、そして何より、王太子をまっすぐに見つめてこう言った。
「殿下のお心こそが、私の宝物です」
その言葉に、王太子は深く感動した。
ヴィオレッタが同じ場にいたならば、きっとこう言っただろう。
「宝物には、保管費用がかかりますわ」
だが誰も、彼女をその場に呼ばなかった。
そして、運命の日が来た。
王宮の大広間。
天井には水晶のシャンデリアが輝き、楽団は華やかな曲を奏で、貴族たちは噂の気配に目を光らせていた。
その中央に、ヴィオレッタは立っていた。
黒に近い深緑のドレスには、金糸で葡萄の蔓が刺繍されている。首元には大粒のエメラルド。髪は高く結い上げられ、その足元には、なぜか小さな猫用のリボンをつけた伯爵が控えていた。
伯爵は絨毯の上に座り、誰に対しても一切媚びない顔をしていた。
「ヴィオレッタ」
王太子が進み出た。
隣には、白いドレスを着たミレーユがいる。
会場中の視線が集まった。
「私は、君との婚約を破棄する」
ざわり、と広間が揺れた。
ミレーユは胸元で手を組み、王太子を見上げている。
王太子は続けた。
「君は美しく、賢い。だが、心が冷たい。いつも金の話ばかりで、人の愛を理解しようとしない。私はミレーユと出会い、真実の愛を知った」
人々はヴィオレッタを見た。
泣くのか。
怒るのか。
叫ぶのか。
悪役令嬢らしく、醜く取り乱すのか。
ヴィオレッタは扇を開いた。
ぱちん。
そして、にっこり微笑んだ。
「承知いたしましたわ」
あまりに静かな声だったため、王太子は一瞬、言葉を失った。
「……それだけか?」
「はい」
「悔しくないのか?」
「少しも」
「私を愛していなかったのか?」
ヴィオレッタは小さく首をかしげた。
「殿下。それは質問の前提が誤っております」
「何?」
「わたくしは、殿下を婚約者として尊重しておりました。しかし、投資対象としての将来性には、常々不安を感じておりました」
広間が凍った。
伯爵が「にゃ」と鳴いた。
それはまるで、同意しているようだった。
ヴィオレッタは侍女に合図した。
侍女は銀の盆を持って進み出る。その上には、分厚い書類の束があった。
「こちら、婚約に伴う各種契約書の写しでございます」
王太子の顔に、わずかな不安がよぎった。
「契約書?」
「はい。婚約破棄に関する条項も、もちろんございます」
ヴィオレッタは一枚目を広げた。
「まず、王家港湾整備事業への出資金。婚約破棄が王家側の都合による場合、違約金を含めて返還されます。金貨八万枚」
広間のどこかで、誰かがむせた。
「次に、婚約準備基金から支出された宝飾品、衣装、宴席、楽団、馬車装飾費。用途を確認したところ、一部はミレーユ様への贈答品に使用されております」
ミレーユの肩がびくりと震えた。
「そちらは個人的支出と判断されますので、返済対象です」
「そ、そんな……」
ミレーユが小さく呟いた。
ヴィオレッタは彼女を見た。
その視線は冷たくも、意地悪でもなかった。ただ、非常に正確だった。
「ご安心なさい。分割払いにも対応しておりますわ」
伯爵がまた鳴いた。
「にゃ」
「ええ、伯爵。利息は法定範囲内ですわ」
王太子が顔を赤くした。
「君は、この場で私に恥をかかせるつもりか」
「いいえ、殿下」
ヴィオレッタは扇を閉じた。
その音は、金貨が皿に落ちる音のように澄んでいた。
「恥とは、支払い能力もないのに愛を語ることですわ」
広間は沈黙した。
その沈黙を破ったのは、伯爵だった。
伯爵はすっと立ち上がり、王太子の前まで歩いた。そして、王太子の靴の上に座った。
「伯爵?」
ヴィオレッタが眉を上げる。
伯爵は動かない。
王太子も動けない。
気位の高い白猫が、王国の未来の王の足を、ごく自然に封じていた。
数秒後、伯爵はゆっくり王太子を見上げた。
そして、あくびをした。
それは、この場のすべてを評価したうえで、「退屈」と結論づけた者のあくびだった。
会場の端から、小さな笑いが漏れた。
ヴィオレッタは伯爵を抱き上げた。
「失礼いたしました。この子は、人を見る目が少々厳しいのです」
「にゃ」
「ええ、伯爵。もう十分だと言いたいのね」
「にゃあ」
「承知しましたわ。では、長居は無用ですわね」
伯爵は満足げに目を細めた。
その堂々とした様子に、張りつめていた広間の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
ヴィオレッタは一礼した。
「殿下、ミレーユ様、どうぞ末永くお幸せに。愛は尊いものなのでしょう? でしたら、請求書の束くらい、軽やかに乗り越えられるはずですわ」
そう言って、彼女は大広間を去った。
背筋を伸ばし、白猫を腕に抱き、誰よりも美しく。
悪役令嬢の退場としては、少しばかり爽快すぎた。
それからの日々、王都はしばらくその話題で持ちきりだった。
王太子は真実の愛と引き換えに、多額の債務を背負った。
ミレーユは宝飾品の一部を返還し、残りは月々の支払いになった。
王家は表向き穏便に処理しようとしたが、ヴィオレッタがあまりに完璧な書類をそろえていたため、言い逃れはできなかった。
一方、ヴィオレッタは自由になった。
婚約者としての公務から解放され、王家の機嫌をうかがう必要もなくなり、自分の商会に全力を注げるようになった。
彼女は王都の中心に、新しい銀行を開いた。
名を、「白猫銀行」という。
看板には、金貨の山に座る白猫が描かれていた。
最初、貴族たちは笑った。
「猫の銀行ですって」
「なんてふざけた名前」
「ヴィオレッタ様らしいわ」
しかし、白猫銀行はすぐに評判になった。
審査は厳しいが、公平だった。
身分だけで貸すことはない。
美辞麗句だけで貸すこともない。
返済計画があり、事業に見込みがあり、働く者を不当に搾取していなければ、平民にも、女性にも、若者にも融資した。
ある未亡人は、小さな焼き菓子店を開いた。
ある職人は、新しい織機を買った。
ある村は、壊れた橋を直した。
孤児院の子どもたちは、ヴィオレッタの基金で読み書きと算術を学んだ。
もちろん、彼女はそれを「慈善」とは呼ばなかった。
「将来の納税者を育てておりますの」
そう言う彼女の顔は、いつも少し照れていた。
ある日、孤児院の小さな女の子が尋ねた。
「ヴィオレッタ様は、どうしてお金が好きなの?」
周囲の大人たちは慌てた。
なんて無遠慮な質問を、と。
けれどヴィオレッタは怒らなかった。
彼女は女の子の前にしゃがみ、少し考えてから答えた。
「お金は、鍵ですわ」
「鍵?」
「ええ。嫌な場所から出ていく鍵。寒い部屋に暖炉を置く鍵。読みたい本を買う鍵。誰かに頭を下げなくても、自分で選べるようになる鍵」
女の子は瞬きをした。
「じゃあ、たくさんあったら幸せ?」
ヴィオレッタは、少しだけ困った顔をした。
そのとき、伯爵が机の上に飛び乗り、女の子の前に座った。
女の子は目を輝かせた。
「猫ちゃん!」
手を伸ばそうとした瞬間、伯爵はすっと身を引いた。
そして、ヴィオレッタのほうへ歩き、当然のように彼女の膝へ乗った。
女の子は笑った。
「えらそう」
「その通りですわ。この子は非常にえらそうです」
「ヴィオレッタ様に似てる」
周囲の大人が青ざめた。
しかし、ヴィオレッタは一瞬目を丸くした後、声を立てて笑った。
「まあ。あなた、なかなか見込みがありますわね」
伯爵も、なぜか得意げに胸を張った。
ヴィオレッタは女の子の問いに戻った。
「たくさんあるだけでは、幸せとは限りませんわ」
「そうなの?」
「ええ。鍵を持っていても、開けたい扉がわからなければ意味がありませんもの」
彼女は伯爵の背を撫でた。
伯爵は気持ちよさそうに目を閉じたが、三秒後には「撫ですぎ」と言わんばかりに前足で彼女の手を押し返した。
ヴィオレッタはくすりと笑った。
「わたくしにとっての幸せは、自分で選んだ場所にいられることです。好きな仕事をして、大切な人たちを守って、気位の高い猫に高級な鶏肉を買ってあげられること」
「猫ちゃん、鶏肉が好きなの?」
「好きですわ。ただし、気分によります」
「ぜいたく!」
「ええ。大変なぜいたく者です」
白猫銀行が成功して三年後、ヴィオレッタは王都の西に小さな屋敷を買った。
小さいと言っても、貴族の感覚での小さいである。
庭には白い薔薇とラベンダーが咲き、温室には柑橘の木が並び、書斎には天井まで届く本棚があった。
屋敷には、銀行で働く若い女性たちや、孤児院の子どもたちがよく招かれた。読み書きの授業を終えた子どもたちは庭を駆けまわり、銀行員たちは木陰のテーブルで新しい融資制度について議論した。
伯爵もまた、白猫銀行の名物になった。
窓辺の椅子に座り、来客を青い目で眺めるだけの仕事である。
けれど、不思議なことに、伯爵がじっと見つめた相手ほど、書類に不備が見つかるのだった。
以来、銀行員たちは半ば本気で彼を「監査役」と呼んだ。
伯爵はその呼び名を気に入ったらしく、銀行に出勤する日は、首に小さな金色の鈴をつけた。
ただし、可愛いと褒められるのは嫌いだった。
あくまで自分の威厳を示す装飾であって、愛玩用の飾りではない、ということらしい。
ある昼下がり、ヴィオレッタは屋敷の庭でお茶を飲んでいた。
白いテーブルクロスの上には、スコーンとジャム、焼き菓子、そして伯爵用の小さな皿が置かれている。
伯爵はその皿の前に座り、鶏肉を一切れだけ食べると、当然のようにヴィオレッタの膝へ移動した。
「もうよろしいの?」
「にゃ」
「最高級の鶏肉ですのよ」
「にゃあ」
「……わたくしの膝のほうが高級だと?」
伯爵は答えなかった。
ただ、満足げに丸くなった。
ヴィオレッタは呆れたように息をつき、それから小さく笑った。
遠くでは、子どもたちの笑い声が聞こえる。銀行員たちの議論は熱を帯び、使用人たちは菓子皿を運びながら楽しそうに微笑んでいた。
ヴィオレッタは、その光景を黙って見つめた。
かつて彼女は、悪役令嬢と呼ばれた。
冷たい女。
金に汚い女。
愛を知らない女。
けれど、今の彼女の周りには、人がいた。
彼女の融資で店を持った者。
彼女の学校で学んだ者。
彼女に叱られ、育てられ、背中を押された者。
そして、彼女の膝を当然の権利のように占領する、気位の高い白猫。
「伯爵」
「にゃ」
「わたくし、幸せですわ」
その言葉は、思ったよりも静かに口からこぼれた。
伯爵は顔を上げ、ヴィオレッタを見た。
彼女は少し照れたように笑った。
「おかしいでしょう? 昔は幸せなんて、もっと大げさなものだと思っておりましたの。王冠とか、称賛とか、誰かに選ばれることとか」
伯爵は、しばらく彼女を見つめていた。
それから、前足を伸ばし、彼女の手袋の上にそっと置いた。
偶然かもしれない。
けれど、ヴィオレッタはそれを慰めとして受け取ることにした。
「でも、違いましたわ」
彼女は伯爵の背を撫でた。
「わたくしの幸せは、朝に帳簿を開いて、昼に紅茶を飲んで、夕方に金貨の音を聞いて、夜にあなたが勝手にわたくしの枕を占領することでしたのね」
伯爵はすましていた。
「枕を半分返す気は?」
「にゃ」
「ありませんのね」
「にゃあ」
「強欲な猫」
ヴィオレッタは笑った。
伯爵はその笑い声を聞いて、満足そうに喉を鳴らした。
そのとき、侍女が一通の手紙を運んできた。
差出人は王宮だった。
財政再建の相談をしたいという内容だった。
ヴィオレッタは手紙を読み、しばらく黙った。
そして、銀のペーパーナイフで封筒を整えながら言った。
「伯爵、どう思う?」
伯爵は手紙の上に座った。
「そう」
ヴィオレッタは真面目な顔でうなずいた。
「相談料は前払い、ということですわね」
伯爵は「にゃ」と鳴いた。
ヴィオレッタは楽しそうに笑い、侍女に言った。
「王宮へ返事を。白猫銀行は、健全な返済計画のある方を歓迎いたします、と」
「かしこまりました」
「それから、追伸を」
彼女は膝の上の伯爵を見た。伯爵は、まるで自分も銀行の役員であるかのように、すました顔をしている。
「審査は常に公平です。ただし、伯爵への賄賂は、鶏肉であっても無効です、と」
伯爵が不服そうに鳴いた。
「だめですわ。あなた、昨日も鶏肉で買収されかけたでしょう」
「にゃ」
「未遂ではありません。お皿の前で三秒迷っていました」
侍女は笑いをこらえながら一礼した。
伯爵は、少しだけ悔しそうに尾を揺らした。
夕暮れが庭を金色に染めていく。
まるで世界そのものが、一枚の大きな金貨になったようだった。
ヴィオレッタはその光の中で、白猫を抱き、紅茶を飲み、遠くから聞こえる子どもたちの声に耳を澄ませた。
彼女は愛を失ったのではなかった。
むしろ、ようやく見つけたのだ。
自分で築いた場所を愛すること。
自分の才覚を愛すること。
自分を笑わせてくれる小さな相棒を愛すること。
そして、自分の幸せを誰にも決めさせないこと。
悪役令嬢と呼ばれたヴィオレッタは、今日も金貨の音に微笑む。
ちゃりん、と一枚。
その音に合わせて、伯爵が喉を鳴らす。
ごろごろ、と一匹。
金貨の音と猫の喉鳴り。
それが彼女にとって、世界で一番美しい音楽だった。




