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ファンタジー

金貨の音色と白猫伯爵

作者: くるみ
掲載日:2026/05/19

ヴィオレッタ・フォン・ローゼンフェルド公爵令嬢には、三つの悪評があった。


一つ、気位が高い。

二つ、口が悪い。

三つ、金が好きすぎる。


特に三つ目は、社交界の婦人たちにとって格好の噂話だった。


「まあ、ご存じ? ヴィオレッタ様ったら、婚約者から贈られた薔薇より、商会の帳簿を見て微笑まれるそうよ」

「ドレスの流行より、小麦相場のほうに詳しいんですって」

「お可哀想に。お金ばかり見ていると、心が冷たくなりますわ」


そう囁かれている当人は、王宮の温室で紅茶を飲みながら、銀の小さな匙で角砂糖を一つ、二つ、と数えていた。


「心が冷たい、ねえ」


ヴィオレッタは、薄く笑った。


「心が温かい方々は、どうして他人の噂話にあれほど熱心なのかしら。熱量の使い道を間違えておりますわ」


膝の上で、真っ白な猫が「ふん」と鼻を鳴らした。


名を、伯爵という。

もちろん、本物の伯爵ではない。猫である。

けれど、彼は誰よりも伯爵らしかった。


真珠のような毛並み、青い宝石のような目、ふわりと巻いた尾。歩く姿は絨毯の上を滑る絹の雲のようで、その顔には常に「この屋敷の所有権は自分にある」と書いてあった。


王太子が撫でようとすれば、すっと体をひねって避ける。


子爵夫人が「まあ、かわいい」と手を伸ばせば、目だけで拒絶する。


公爵家の料理長が魚を差し出せば、一口食べてから三秒沈黙し、皿を前足で一センチだけ遠ざける。

その仕草があまりに高慢だったため、使用人たちはいつしか本気で彼を「伯爵様」と呼ぶようになった。


「伯爵、あなたもそう思うでしょう?」


「にゃ」


「そうよね。やはり品性とは、資産管理能力に表れるものですわ」


「にゃあ」


伯爵は当然のように同意した。

ヴィオレッタは満足げにうなずき、紅茶に角砂糖を落とした。

ぽちゃん。


「……あら」


角砂糖は三つ目だった。

彼女は普段、二つまでと決めている。

伯爵がじっと見上げてきた。


「何ですの、伯爵」


「にゃ」


「違います。これは浪費ではありません。本日は港湾使用料の交渉に勝ちましたから、成功報酬です」


「にゃあ」


「あなたにだけは言われたくありませんわ。昨日、最高級の鶏肉を三切れも残したでしょう」


伯爵は視線を逸らした。

ヴィオレッタは勝ち誇ったように微笑んだ。


「ほら、反論できませんのね」


その瞬間、伯爵は尻尾で砂糖壺を器用に押し、角砂糖を一つ床へ落とした。

ころん、と白い小さな塊が絨毯の上を転がる。


「あっ」


伯爵は何食わぬ顔で前足を舐めた。


「……今のは事故ですわね?」


「にゃ」


「いいえ、違いますわね。今のは報復ですわ」


伯爵は誇らしげに目を細めた。

ヴィオレッタはしばらく猫を見つめた後、小さく吹き出した。


「まったく。あなたほど気位の高い猫を養うには、財力だけでなく忍耐も必要ですわ」


そして彼女は落ちた角砂糖を拾い、銀の皿に置いた。


「これは伯爵税として計上しておきます」


伯爵は満足げに喉を鳴らした。




ヴィオレッタには婚約者がいた。


王太子セドリック。

金髪碧眼、物語の挿絵から抜け出してきたような美貌の青年である。人々は彼を「太陽の君」と呼んだ。

ただし、ヴィオレッタに言わせれば、太陽とは少々言いすぎだった。


「せいぜい、磨きすぎた燭台ですわね。まぶしいけれど、熱源としては心許ない」


彼女がそう呟いたとき、伯爵は珍しく大きく「にゃ」と鳴いた。

同意だったのか、言いすぎだと咎めたのかは、誰にもわからない。


王太子は優雅で、愛想がよく、民にも人気があった。しかし、彼には一つ困った癖があった。


お金は、誰かが勝手に用意してくれるものだと思っていたのである。


新しい庭園を造りたい。

記念舞踏会を開きたい。

遠方の楽団を呼びたい。

真実の愛のために宝石を贈りたい。


そのたびに、費用の一部は婚約準備基金から支払われた。

基金を管理していたのは、ヴィオレッタだった。

そして彼女は、すべて記録していた。

日付、金額、用途、承認者、領収書、場合によっては証人の署名まで。


「君はいつも書類だの数字だのにこだわるな。もっと大局を見るべきだ」


王太子にそう言われたとき、ヴィオレッタは優雅に微笑んだ。


「細かな金額を軽んじる者は、大きな損失にも気づきませんのよ」


「君は本当に金の話ばかりだな」


「殿下は本当に、金の出どころを気にされませんのね」


二人は微笑み合った。

周囲から見れば、王太子と公爵令嬢の麗しい会話だった。


しかし、そばにいた伯爵だけは、王太子に向かって細く目をすがめていた。

その顔は明らかに言っていた。


この男、魚のいちばん良いところが、自分の皿にあるのが当然だと思っていそうだ、と。



やがて王太子は、平民出身の可憐な少女ミレーユと恋に落ちた。

ミレーユは春の花のように愛らしく、よく泣き、よく笑い、そして何より、王太子をまっすぐに見つめてこう言った。


「殿下のお心こそが、私の宝物です」


その言葉に、王太子は深く感動した。

ヴィオレッタが同じ場にいたならば、きっとこう言っただろう。


「宝物には、保管費用がかかりますわ」


だが誰も、彼女をその場に呼ばなかった。



そして、運命の日が来た。

王宮の大広間。

天井には水晶のシャンデリアが輝き、楽団は華やかな曲を奏で、貴族たちは噂の気配に目を光らせていた。

その中央に、ヴィオレッタは立っていた。


黒に近い深緑のドレスには、金糸で葡萄の蔓が刺繍されている。首元には大粒のエメラルド。髪は高く結い上げられ、その足元には、なぜか小さな猫用のリボンをつけた伯爵が控えていた。

伯爵は絨毯の上に座り、誰に対しても一切媚びない顔をしていた。


「ヴィオレッタ」


王太子が進み出た。

隣には、白いドレスを着たミレーユがいる。

会場中の視線が集まった。


「私は、君との婚約を破棄する」


ざわり、と広間が揺れた。

ミレーユは胸元で手を組み、王太子を見上げている。

王太子は続けた。


「君は美しく、賢い。だが、心が冷たい。いつも金の話ばかりで、人の愛を理解しようとしない。私はミレーユと出会い、真実の愛を知った」


人々はヴィオレッタを見た。

泣くのか。

怒るのか。

叫ぶのか。

悪役令嬢らしく、醜く取り乱すのか。

ヴィオレッタは扇を開いた。


ぱちん。


そして、にっこり微笑んだ。


「承知いたしましたわ」


あまりに静かな声だったため、王太子は一瞬、言葉を失った。


「……それだけか?」


「はい」


「悔しくないのか?」


「少しも」


「私を愛していなかったのか?」


ヴィオレッタは小さく首をかしげた。


「殿下。それは質問の前提が誤っております」


「何?」


「わたくしは、殿下を婚約者として尊重しておりました。しかし、投資対象としての将来性には、常々不安を感じておりました」


広間が凍った。

伯爵が「にゃ」と鳴いた。

それはまるで、同意しているようだった。


ヴィオレッタは侍女に合図した。

侍女は銀の盆を持って進み出る。その上には、分厚い書類の束があった。


「こちら、婚約に伴う各種契約書の写しでございます」


王太子の顔に、わずかな不安がよぎった。


「契約書?」


「はい。婚約破棄に関する条項も、もちろんございます」


ヴィオレッタは一枚目を広げた。


「まず、王家港湾整備事業への出資金。婚約破棄が王家側の都合による場合、違約金を含めて返還されます。金貨八万枚」


広間のどこかで、誰かがむせた。


「次に、婚約準備基金から支出された宝飾品、衣装、宴席、楽団、馬車装飾費。用途を確認したところ、一部はミレーユ様への贈答品に使用されております」


ミレーユの肩がびくりと震えた。


「そちらは個人的支出と判断されますので、返済対象です」


「そ、そんな……」


ミレーユが小さく呟いた。

ヴィオレッタは彼女を見た。

その視線は冷たくも、意地悪でもなかった。ただ、非常に正確だった。


「ご安心なさい。分割払いにも対応しておりますわ」


伯爵がまた鳴いた。


「にゃ」


「ええ、伯爵。利息は法定範囲内ですわ」


王太子が顔を赤くした。


「君は、この場で私に恥をかかせるつもりか」


「いいえ、殿下」


ヴィオレッタは扇を閉じた。

その音は、金貨が皿に落ちる音のように澄んでいた。


「恥とは、支払い能力もないのに愛を語ることですわ」


広間は沈黙した。


その沈黙を破ったのは、伯爵だった。

伯爵はすっと立ち上がり、王太子の前まで歩いた。そして、王太子の靴の上に座った。


「伯爵?」


ヴィオレッタが眉を上げる。

伯爵は動かない。

王太子も動けない。

気位の高い白猫が、王国の未来の王の足を、ごく自然に封じていた。


数秒後、伯爵はゆっくり王太子を見上げた。

そして、あくびをした。

それは、この場のすべてを評価したうえで、「退屈」と結論づけた者のあくびだった。

会場の端から、小さな笑いが漏れた。

ヴィオレッタは伯爵を抱き上げた。


「失礼いたしました。この子は、人を見る目が少々厳しいのです」


「にゃ」


「ええ、伯爵。もう十分だと言いたいのね」


「にゃあ」


「承知しましたわ。では、長居は無用ですわね」


伯爵は満足げに目を細めた。

その堂々とした様子に、張りつめていた広間の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。

ヴィオレッタは一礼した。


「殿下、ミレーユ様、どうぞ末永くお幸せに。愛は尊いものなのでしょう? でしたら、請求書の束くらい、軽やかに乗り越えられるはずですわ」


そう言って、彼女は大広間を去った。

背筋を伸ばし、白猫を腕に抱き、誰よりも美しく。

悪役令嬢の退場としては、少しばかり爽快すぎた。

それからの日々、王都はしばらくその話題で持ちきりだった。


王太子は真実の愛と引き換えに、多額の債務を背負った。

ミレーユは宝飾品の一部を返還し、残りは月々の支払いになった。

王家は表向き穏便に処理しようとしたが、ヴィオレッタがあまりに完璧な書類をそろえていたため、言い逃れはできなかった。


一方、ヴィオレッタは自由になった。

婚約者としての公務から解放され、王家の機嫌をうかがう必要もなくなり、自分の商会に全力を注げるようになった。


彼女は王都の中心に、新しい銀行を開いた。

名を、「白猫銀行」という。

看板には、金貨の山に座る白猫が描かれていた。

最初、貴族たちは笑った。


「猫の銀行ですって」

「なんてふざけた名前」

「ヴィオレッタ様らしいわ」


しかし、白猫銀行はすぐに評判になった。

審査は厳しいが、公平だった。

身分だけで貸すことはない。

美辞麗句だけで貸すこともない。

返済計画があり、事業に見込みがあり、働く者を不当に搾取していなければ、平民にも、女性にも、若者にも融資した。


ある未亡人は、小さな焼き菓子店を開いた。

ある職人は、新しい織機を買った。

ある村は、壊れた橋を直した。

孤児院の子どもたちは、ヴィオレッタの基金で読み書きと算術を学んだ。


もちろん、彼女はそれを「慈善」とは呼ばなかった。


「将来の納税者を育てておりますの」


そう言う彼女の顔は、いつも少し照れていた。



ある日、孤児院の小さな女の子が尋ねた。


「ヴィオレッタ様は、どうしてお金が好きなの?」


周囲の大人たちは慌てた。

なんて無遠慮な質問を、と。

けれどヴィオレッタは怒らなかった。

彼女は女の子の前にしゃがみ、少し考えてから答えた。


「お金は、鍵ですわ」


「鍵?」


「ええ。嫌な場所から出ていく鍵。寒い部屋に暖炉を置く鍵。読みたい本を買う鍵。誰かに頭を下げなくても、自分で選べるようになる鍵」


女の子は瞬きをした。


「じゃあ、たくさんあったら幸せ?」


ヴィオレッタは、少しだけ困った顔をした。

そのとき、伯爵が机の上に飛び乗り、女の子の前に座った。

女の子は目を輝かせた。


「猫ちゃん!」


手を伸ばそうとした瞬間、伯爵はすっと身を引いた。

そして、ヴィオレッタのほうへ歩き、当然のように彼女の膝へ乗った。

女の子は笑った。


「えらそう」


「その通りですわ。この子は非常にえらそうです」


「ヴィオレッタ様に似てる」


周囲の大人が青ざめた。

しかし、ヴィオレッタは一瞬目を丸くした後、声を立てて笑った。


「まあ。あなた、なかなか見込みがありますわね」


伯爵も、なぜか得意げに胸を張った。

ヴィオレッタは女の子の問いに戻った。


「たくさんあるだけでは、幸せとは限りませんわ」


「そうなの?」


「ええ。鍵を持っていても、開けたい扉がわからなければ意味がありませんもの」


彼女は伯爵の背を撫でた。

伯爵は気持ちよさそうに目を閉じたが、三秒後には「撫ですぎ」と言わんばかりに前足で彼女の手を押し返した。

ヴィオレッタはくすりと笑った。


「わたくしにとっての幸せは、自分で選んだ場所にいられることです。好きな仕事をして、大切な人たちを守って、気位の高い猫に高級な鶏肉を買ってあげられること」


「猫ちゃん、鶏肉が好きなの?」


「好きですわ。ただし、気分によります」


「ぜいたく!」


「ええ。大変なぜいたく者です」



白猫銀行が成功して三年後、ヴィオレッタは王都の西に小さな屋敷を買った。

小さいと言っても、貴族の感覚での小さいである。

庭には白い薔薇とラベンダーが咲き、温室には柑橘の木が並び、書斎には天井まで届く本棚があった。


屋敷には、銀行で働く若い女性たちや、孤児院の子どもたちがよく招かれた。読み書きの授業を終えた子どもたちは庭を駆けまわり、銀行員たちは木陰のテーブルで新しい融資制度について議論した。


伯爵もまた、白猫銀行の名物になった。

窓辺の椅子に座り、来客を青い目で眺めるだけの仕事である。

けれど、不思議なことに、伯爵がじっと見つめた相手ほど、書類に不備が見つかるのだった。

以来、銀行員たちは半ば本気で彼を「監査役」と呼んだ。


伯爵はその呼び名を気に入ったらしく、銀行に出勤する日は、首に小さな金色の鈴をつけた。

ただし、可愛いと褒められるのは嫌いだった。

あくまで自分の威厳を示す装飾であって、愛玩用の飾りではない、ということらしい。



ある昼下がり、ヴィオレッタは屋敷の庭でお茶を飲んでいた。

白いテーブルクロスの上には、スコーンとジャム、焼き菓子、そして伯爵用の小さな皿が置かれている。

伯爵はその皿の前に座り、鶏肉を一切れだけ食べると、当然のようにヴィオレッタの膝へ移動した。


「もうよろしいの?」


「にゃ」


「最高級の鶏肉ですのよ」


「にゃあ」


「……わたくしの膝のほうが高級だと?」


伯爵は答えなかった。

ただ、満足げに丸くなった。

ヴィオレッタは呆れたように息をつき、それから小さく笑った。


遠くでは、子どもたちの笑い声が聞こえる。銀行員たちの議論は熱を帯び、使用人たちは菓子皿を運びながら楽しそうに微笑んでいた。

ヴィオレッタは、その光景を黙って見つめた。


かつて彼女は、悪役令嬢と呼ばれた。

冷たい女。

金に汚い女。

愛を知らない女。


けれど、今の彼女の周りには、人がいた。


彼女の融資で店を持った者。

彼女の学校で学んだ者。

彼女に叱られ、育てられ、背中を押された者。

そして、彼女の膝を当然の権利のように占領する、気位の高い白猫。


「伯爵」


「にゃ」


「わたくし、幸せですわ」


その言葉は、思ったよりも静かに口からこぼれた。

伯爵は顔を上げ、ヴィオレッタを見た。

彼女は少し照れたように笑った。


「おかしいでしょう? 昔は幸せなんて、もっと大げさなものだと思っておりましたの。王冠とか、称賛とか、誰かに選ばれることとか」


伯爵は、しばらく彼女を見つめていた。

それから、前足を伸ばし、彼女の手袋の上にそっと置いた。

偶然かもしれない。

けれど、ヴィオレッタはそれを慰めとして受け取ることにした。


「でも、違いましたわ」


彼女は伯爵の背を撫でた。


「わたくしの幸せは、朝に帳簿を開いて、昼に紅茶を飲んで、夕方に金貨の音を聞いて、夜にあなたが勝手にわたくしの枕を占領することでしたのね」


伯爵はすましていた。


「枕を半分返す気は?」


「にゃ」


「ありませんのね」


「にゃあ」


「強欲な猫」


ヴィオレッタは笑った。

伯爵はその笑い声を聞いて、満足そうに喉を鳴らした。


そのとき、侍女が一通の手紙を運んできた。

差出人は王宮だった。

財政再建の相談をしたいという内容だった。

ヴィオレッタは手紙を読み、しばらく黙った。

そして、銀のペーパーナイフで封筒を整えながら言った。


「伯爵、どう思う?」


伯爵は手紙の上に座った。


「そう」


ヴィオレッタは真面目な顔でうなずいた。


「相談料は前払い、ということですわね」


伯爵は「にゃ」と鳴いた。

ヴィオレッタは楽しそうに笑い、侍女に言った。


「王宮へ返事を。白猫銀行は、健全な返済計画のある方を歓迎いたします、と」


「かしこまりました」


「それから、追伸を」


彼女は膝の上の伯爵を見た。伯爵は、まるで自分も銀行の役員であるかのように、すました顔をしている。


「審査は常に公平です。ただし、伯爵への賄賂は、鶏肉であっても無効です、と」


伯爵が不服そうに鳴いた。


「だめですわ。あなた、昨日も鶏肉で買収されかけたでしょう」


「にゃ」


「未遂ではありません。お皿の前で三秒迷っていました」


侍女は笑いをこらえながら一礼した。

伯爵は、少しだけ悔しそうに尾を揺らした。


夕暮れが庭を金色に染めていく。

まるで世界そのものが、一枚の大きな金貨になったようだった。


ヴィオレッタはその光の中で、白猫を抱き、紅茶を飲み、遠くから聞こえる子どもたちの声に耳を澄ませた。


彼女は愛を失ったのではなかった。

むしろ、ようやく見つけたのだ。

自分で築いた場所を愛すること。

自分の才覚を愛すること。

自分を笑わせてくれる小さな相棒を愛すること。

そして、自分の幸せを誰にも決めさせないこと。


悪役令嬢と呼ばれたヴィオレッタは、今日も金貨の音に微笑む。


ちゃりん、と一枚。

その音に合わせて、伯爵が喉を鳴らす。

ごろごろ、と一匹。

金貨の音と猫の喉鳴り。


それが彼女にとって、世界で一番美しい音楽だった。

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