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棺桶を抱えた君と巡ろう、僕が“老騎士”と呼ばれるまで  作者: 木村色吹 @yolu


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第1話

 任命式は簡単なものだった。

 騎士団長から剣の授与と、司教から祝福を与えられたのみだ。

 たったそれだけで、僕は今日から騎士となり、初任務が与えられる。

 しかしながら、この初任務が、今後の出世に大きく関わるのが、聖騎士の世界だ。

 いくら3枚の花弁が背にあろうとも、土台となる初任務が底辺では、出世できない。

 ヴォルガのように、初任務がサンド・ドラゴンの討伐、とまでは望まないが、せめて魔術戦闘が必要な任でなくては、老騎士への道はかなり難しくなる────




「アキム、辺境伯のベナン卿……、ほら、愛妻家で有名な、アイツ。その息子の挙式を担当しろ」


 上官からの命に、僕はすぐに返事ができなかった。

 となりにロドスがいたら、どれだけ心強かったか……

 上官から任務の命を受けるときに、僕の家族ともいえる大切な相棒、|執事型魔導球体関節人形オート・バトラーのロドスを後ろにつかせるのは、マナー違反になるのだそうだ。

 意味のわからないマナーと、苛立ちと不安と絶望が、ないまぜになって口のなかが乾いていく。


 任命式後に話した別の上官からは、首都に近いギギル樹林の守衛が妥当だという話を聞いていたのに。

 老騎士を目指す自分にとって、このスタートは厳しすぎる。

 確かに聖騎士でなければ挙式は行えない。

 国が絡む挙式の際、イジェス教では魔術を使用する儀式を行うためだ。

 しかし、最低な、誰でもできる任務だ。


「悪いな、アキム。若い騎士を希望でな。今年の騎士は、お前とライアンだからな」

「では、ライアンは……」

「ライアンは、ギギル樹林にいってもらう。……まあ、そう睨むなよ」


 親が資産家のライアンのことだ。上官の袖の下にいくらが滑り込ませたのだろう。

 実力があっても、資産もコネクションもない、ただの兄殺しの僕は、貧乏くじしか引けないらしい。


「いやなぁ、禊から挙式まで、魔力を使う儀式が無くなれば、騎士の出番もないんだがなぁ。国同士は和平を結ぶ意味もあるから、この儀式はまあまあ無くならんしなぁ。若い頃はなんでも経験だな。な!」


 笑う上官に、食いしばる歯が折れそうだ。

 ふと、湯気の立つマグカップが差し出された。

 8号と呼ばれているメイド型魔導球体関節人形(オート・メイド)だ。

 上官専用の上質な茶葉の香りがする。

 もう一度差し出され、僕はそれを受け取った。


「あ、ありがと」


 今回、上官のお茶を運ぶ時刻に僕がいたことがあり、いっしょに運んできたようだ。

 130センチ程度の小柄な8号は、丸い頭部を傾け、上官の机へと向かっていく。

 しかし彼女の後ろ姿はあまり優雅とはいえない。

 色はくすみ、あったはずの頭髪も消え、灰色の頭部が晒されている。まともな整備も受けていないためか、動きもぎこちない。

 でも、少なからず彼女の動きには優しさがあると思う。

 この上官よりも、ずっとだ。

 8号は上官の机にカップを置いたが、球体関節の具合が悪いのかじゃぶりと揺れた。

 カップからこぼれたお茶に、上官は舌打ちする。


「ったく。旧式はダメだな、アキム。……ああ、お前のロドスって人形も、旧式か!」


 くだらない。

 8号はあくせくと茶を拭うが、上官は虫を手で払うようにお茶を下げさせた。

 横を過ぎていった8号を目で追いながら、僕はカップを胸元に抱え、いい茶葉の香りを大きく吸い込んだ。

 少し、口角がゆるんだとき、上司の視線がこちらを向く。


「アキム、禊ぎの儀から挙式までわかるよな?」

「……はい。一通り、儀式についても記憶しております……」


 僕は答えながら、ため息を逃した。

 鼻の奥で茶葉の香りがくすんでいく。


「4日後に挙式を湖畔の別荘でするって話だ……ったんだが……」


 積み上がった書類の束をめくっては閉じ、めくっては閉じ。まるで時計の針のように、パタン、パタンとなる音が耳に刺さる。

 早く任務を渡し、家に帰りたいのだ。


「あったあった。……えっと、婚儀は、シリヴレンじゃないか! お前知ってるか? 成金貴族の別荘地で、水の精霊が住むといわれるぐらい美しい場所らしいぞ? そこで禊、その後に挙式だな。嫁のリティンで披露宴となるが、お前は禊と挙式まで。夏のはじめの挙式はいいもんだ。景色が澄んでる。しかも、あのシリヴレンだしな! 優秀なお前の初仕事にしては簡単すぎて悪いがなぁ」


 机の上に腹を垂らして渡された書類を僕は握った。

 顔を上げると、みすぼらしい後頭部が見える。

 オイルで撫でつけた髪の毛が五線譜のように線を描いている。ところどころのシミ(音符)を奏でれば、不協和音が響くだろう。


「出発は明朝8時。定期連絡は伝言板(ストーン・ボード)で頼む。ほとんど書くこともないだろうが」


 こちらに見向きもせず、手で払われた。

 舌打ちを我慢して手元を見れば、握った書類が焦げている。

 慌てて胸に抱え込み、僕は部屋を雑に出た。


 僕の横にロドスがついた。彼のボディサイズに新調した黒の執事服は襟周りや袖周りに刺繍がほどこされた特別製だ。

 鏡面でできた真っ平な彼の顔が、ふいにドアに振り返った。

 『あつっ! なんだ!?』と、ドア越しで騒ぐ声が聞こえ、僕は思わず吹き出してしまう。

 火花の魔法で、少ない毛がちりちりになったのは間違いない。無詠唱で魔石を使わずとも魔法が使える僕だからできる簡単なイタズラだ。

 くつくつと笑いが止まらない僕をロドスが首を傾げて見つめてくる。

 ほどほどにしろと言われたようで、僕は肩をすくめて見せた。


 ……まったく。本当に、めんどくさいかも、これから。

 そう感じたのは間違いないなかったが、それ以上に面倒なことの始まりだとは、思ってもいなかった。

 誰もができる挙式の彩りに、欠損した腐敗死体が添えられるとは……

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