一年間きんたろうの腹掛けを着ろと言われた話
きんたろうの腹掛けで一年過ごせるか?
本気で悩んだ大人の記録です。気楽にどうぞ。
スポーツくじのCMで、
「100万円もらえる代わりに、1年間きんたろうの
服着てって言われたらやる?」
という質問が飛んできた瞬間、私はコーヒーを吹いた。
よりによって、きんたろう。
よりによって、あの赤い腹掛け一枚。
100万円で一年間、腹掛け一丁。
……無理だ。
私の羞恥心は、そんなバーゲン価格ではない。
そもそも、あれは「服」と呼んでいいのか。
布の面積、ハンカチより少ない気がする。
まず冬。
大阪の冬を腹掛けで乗り切るなんて、もはや修行僧だ。
電車に乗れば二度見され、
会社に行けば総務に呼び出され、
スーパーで白菜を買っていたら子どもに泣かれるだろう。
そんな未来が一瞬で脳内に再生され、
私は「100万円では絶対に無理」という結論に達した。
しかしCMは容赦がない。
「じゃあ1000万では?」
……揺れた。
桁が変わると、急に現実味が出てくる。
旅行も行けるし、家電も総入れ替えできるし、
貯金に回せば将来の安心にもつながる。
だが、ここで冷静になる。
税金を引かれたら、手元に残るのは700〜800万。
700万で一年間腹掛け生活。
割に合うのか?
いや、合わない気がする。
なにせ一年だ。
365日だ。
「今日は腹掛け休みでいい?」なんて甘えは許されない。
常に腹掛け。
常に肩出し。
常に視線を浴びる。
SNSに写真を撮られ、拡散され、
知らない誰かに「草」とか言われる未来が見える。
700万でそのリスクを背負うのは……うーん。
そしてCMは追い打ちをかける。
「まさかりがついてくるという。」
まさかり。
あの、金太郎が熊と相撲を取る前に担いでいる
あの立派なやつだ。
ここで私は、なぜか急に前向きになった。
まさかりがついてくるなら、話は別だ。
いや、別というほど合理的な理由はない。
まさかりがあっても冬は寒いし、SNSの拡散は止まらない。
むしろ「腹掛け+まさかり」は完全に事件性がある。
だが、心が動く。
まさかりには、人の理性を狂わせる何かがあるのだろうか。
腹掛け一枚ではただの変な人だが、
まさかりを持てば「キャラ」になる。
キャラになれば、羞恥心は半分になる。
むしろ「きんたろうの人」として認知されれば、開き直れる。
エレベーターで隣の人が距離を取っても、
「いや、そりゃ取るよね」と自分で納得できる。
そして私は気づく。
結局のところ、私は
「お金では買えないもの」と
「お金で揺らぐもの」の境界線を、
このCMを通して見つめているのだ。
100万円では揺れない。
1000万円ではちょっと揺れる。
税金を考えると揺れが戻る。
でも、まさかりがついてくると、大きく揺れる。
人間の価値観とは、かくも不思議である。
最終結論。
一年間きんたろうの服を着るかどうか。
現実的には、たぶん着ない。
寒いし、恥ずかしいし、肩こるし、SNSでバズりたくない。
……だが。
もし本当にまさかりがついてくるなら——
その瞬間、私は腹掛け姿で熊と相撲を取っている
自分を想像してしまった。
想像してしまった時点で、もう負けだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
書いているうちに、自分でも
「なぜまさかりに心が動くのか」という
謎の問いに向き合うことになりました。
お金と羞恥心と、よくわからない魅力。
大人になると、こういう“説明のつかない揺れ”が
案外おもしろかったりします。
読んでくれたあなたの中にも、
ちょっとした揺れが生まれていたら嬉しいです。




