第一話「動き始める春」
忘れられないことってありますよね。
味や、景色、出来事など。
この主人公は一度だけ見た、女の子の笑顔を忘れられません。
もう一度見るために彼がどう過ごしていくのか、見守ってください。
春がやってきた。
今日は始業式、いつもと同じ時間に家を出て、僕は学校に向かった。
歩いていると所々に桜が咲いている。
風で舞う桜の花びらを見ながら僕は学校への坂を上った。
校門には今日から学校に通う新入生たちが新品の制服を着て歩いている。
校舎に着くと、廊下にクラス分けの紙が貼られている。
僕は自分の名前を確認する。
「えーっと、藤宮郁人は。」
Bクラスに自分の名前を見つける。
「あった、Bクラスか。」
自分の名前だけ確認をすませ教室に向かう。
教室に入ると、見知った顔が少ないことに気づく。
顔見知りを探しながら前の黒板に向かう。
黒板に貼ってある用紙で自分の座席の位置を確認する。
窓側の席だった、これはラッキー。
自分の席に向かい鞄を降ろし、席に着く。
教室を眺めていると一人の男子生徒が近寄ってきた。
「よぉ、今年も同じクラスだな。」
彼は飯田啓介。去年も同じクラスで、仲の良かった一人だ。
「よっ、啓介。今年もよろしくな。」
手を挙げて挨拶する。
啓介がクラスを見渡す。
「それにしても、前の一緒のやつすくねーよな。」
このクラスは、去年とはずいぶんメンバーが違うようだ。
「まぁ、しょうがないな。お前がいて良かったよ。」
そういって啓介の肩を叩く。
「まぁ、またよろしく頼むよ。」
そういって啓介は笑った。
「そういえばさ…。」
啓介が何か言いかけて止めた。
「んっ?どうかした?」
気になって聞き返した。
「まぁ、あれだ。あとでわかるって。」
含ませたような言い方をして僕の肩を叩く。
「なんなんだよ…。」
気になったがそれ以上聞かないことにした。
あとでわかるって言ってるし、すぐにわかるだろう。
「じゃぁ、今年もよろしくってことで!」
啓介が右手を挙げて僕に挨拶をして席に戻っていく。
「こっちこそな。」
そういって僕も同じように手を挙げた。
「ふぅ。」
周りを見てみる。確かに去年まで一緒だった人が少ない。
話したことがない人も多い。
ぼーっとしながら外の桜を眺めていた。
教室の前の扉が開き、女の子が入ってくる。
「あっ。」
僕は彼女を目で追った。
小豆色の長い髪をなびかせて、大きくて綺麗な瞳の女の子。
名前は橘夕日。
彼女が女子のところに歩いていく。楽しそうに会話している。
去年と同じクラスの子たちかな。
喋っている彼女は落ち着いていて、常に一歩引いたように周りをよく見ている。
いつも微笑んでいる彼女の周りには、自然と人が集まる。
話を切り上げた彼女は僕の斜め右の席へと歩いていき腰を下ろした。
彼女の後ろ姿を見つめる。
「同じ、クラスなんだ…。」
去年はクラスが別々で話す機会すらなかった。
でも今年は同じクラスだった。
一年間は何もできなかった。
今年は何かが動く、そんな気がする。
彼女を見つめながら僕は机に肘をついて考えていた。
すると彼女がこちらを向いた。
「!?」
ビックリして思わず姿勢を正す。
「藤宮君だよね。私のこと…覚えてるかな?」
彼女が横髪をかき上げながら話しかけてきた。
「う、うん、覚えてるよっ。」
思わず緊張して声が裏返ってしまった。
(何やってんだ、僕っ!)
心の中で自分を叱って、冷静を取り繕う。
「ふふっ、今年は同じクラスだね。よろしくね。」
彼女は優しく微笑んだ。
今、彼女は微笑んでくれた。でもこの笑顔じゃない。
「うん…よろしく。」
僕は彼女の顔を見ながらそう返した。
彼女は少し目を細めて思い返すように、
「その…あの時はありがとう。」
そう言うと、彼女は前に向き直った。
鼓動が速くなるのを感じた。
“あの時”、それは一年前のあの日のことだ。
彼女のことが頭から離れなくなった一日…。
僕は去年、彼女と一度だけ話したことがある。
少しの時間だったけれど、その時のことが今でも忘れられない。
僕が一年間忘れられなかった、あの笑顔は――。




