Chapter3 最終話「組織の掟 初めての仲間 青梅」
Chapter3 最終話「組織の掟 初めての仲間 青梅」
木崎の運転するハイエースが青梅市の多摩川沿いにある市民球戯場の駐車場に停車した。運転席の木崎、助手席の藤川、後部座席の米子が車を降りた。藤川はナイロンの紺色ジャンパーにカーキ色のチノパンを履き、足元はスニーカーだった。木崎はショート丈の黒いダウンジャケットに黒いジーンズを履き、靴は黒いタクティカルブーツだった。米子は紺色のブレザーに紺色のスカートに薄いブルーのシャツにワインレッドの紐スクールリボンだった。靴は黒いタッセルローファーで白い靴下を履いていた。米子は私服を殆ど持っていなかった。中学生の時は学校の制服と訓練所で過ごすためのジャージと訓練用の戦闘服しか持っていなかった。高校に入学しても部屋着以外に服は買っていない。そもそも服を買うという経験が無かったのだ。
米子達は1kmほど歩いた。制服を着た女子高生と中年男2人の組み合わせは不釣り合いだった。2年前に廃業したコンクリート工場のゲートに到着した。
ゲートには『武蔵野生コン』と書かれた斜めになった看板が掲げられ、立入禁止のプレートが付いた鎖が張られていた。米子達は鎖を潜って工場の敷地に入った。敷地の奥にコンクリートサイロ2つが連結した2階建ての工場が操業当時の姿のまま残っていた。
「正面の建物が工場だ。ヤツらはあの奥の事務所にいるはずだ。近づいて一気に排除するぞ」
木崎が言った。
「サプレッサーは付けた方がいいですか? 持って来てます」
米子が訊いた。
「大丈夫だ。銃声は漏れないだろう。初弾はチェンバーに装弾しておけ」
木崎が言った。
「米子ちゃん、もし撃ち合いになったら伏せるか遮蔽物を探すんだ。訓練と違ってやり直しはきかない。命は一つしかないからな」
藤川が言った。
「了解です」
「終わったら帰りに美味しいコーヒーを飲みに行こう。青梅駅の近くに美味しい喫茶店があるらしい。調べてきたんだ。アップルパイとプリンアラモードも美味いらしいぞ。近くの昭和レトロ商品博物館にも寄りたいなあ」
藤川が笑顔で言った。
「美味しいコーヒー、楽しみです」
米子が緊張した顔で言った。
セメント工場の1階は作業場とミキサー車の駐車スペースになっており、2階は監視施設やオペレータールームになっている。
「ターゲットのいる事務所は2階の奥だ。2階に入ったら右側の回廊を進むぞ」
工場の外壁に沿った鉄骨階段を登りながら藤川が言った。米子は357SIG弾仕様のSIG-P229を右手に持っていた。SIG-P229は事務所の倉庫には無かったが、購入申請を木崎に頼んで本部経由で調達したのだ。米子は訓練所時代の後半にSIG₋P229を愛用していた。暗殺チームに配属になった場合、1発で相手を無力化する事を考えて357SIG弾を撃てるSIG-P229を使って訓練したのだ。
米子達は工場の外壁に沿った鉄骨階段を登って工場に入る2階のドアの前に立った。
「突入したら銃を構えながら姿勢を低くして一気に奥の事務所まで進む。俺に5メートル離れて着いて来くるんだ」
藤川が言ってドアを開けた。藤川、米子、木崎の順番で工場の2階に侵入した。
工場内部は1階部分が吹き抜けの作業場となっており、2階はそれを見下ろすように回廊が設置され、監視室やオペレータールームが存在した。米子達は右側の回廊を姿勢を低くして5m間隔の1列縦隊で早足に進んだ。鉄製の床には滑り止め防止塗料が塗られていてザラザラしていた。30mほど進むとオペレータールームの入り口があり、入り口の横には錆の浮いた大型の金属製ユニットの発電装置が設置されていた。
景色の中で何かが動いた。
『ドンッ!』 『ドンッ!』
工場内に大きな発砲音が響いた。腕を前に伸ばしてSIG-P320を持った藤川が目を大きく見開いたまま後ろに倒れる。米子はその様子をスローモーション映像のように見ていた。藤川は腹と右肩に被弾していた。
「沢村! 伏せろ、敵だ!」
木崎が叫ぶように言いながら伏せてSIG-P226を構えた。
米子は弾かれたようにダシュすると倒れた藤川の体を飛び越えるようにダイブして体を右に捻って両手を伸ばした。
『バンッ! バンッ!』
米子がダイブしながらSIG-P229を2発発砲した。357SIG弾が、発電機の陰にしゃがんで水平2蓮散弾銃を折って薬室にショットシェルを込めていた男の眉間と首に当たった。男の頭は上半分が吹き飛び、首が弾けるようにして血飛沫を周りに放った。米子は左肩から鉄板の床に落下した。不思議と痛みは感じなかった。
「沢村、走れ! 奥の事務所を急襲するぞ!」
木崎が叫んだ。米子は素早く起き上がる。
『バンッ!』
米子は床に右膝を着けて天井に向けて発砲した。10m先の天井付近に監視カメラを見つけたのだ。監視カメラは357SIG弾が直撃してレンズ部分が吹き飛んだ。米子は立ち上がると通路を奥に向かって走り出した。木崎も後ろを走って来る。『カン カン カン カン』とタッセルローファーの底が甲高い音を鳴らす。正面に事務所の銀色のアルミのドアが見えた。ドアが外側に開くと3人の男が次々に飛び出して来た。男達は手に拳銃を持っている。米子が走りながら両手を伸ばす。男達も両手で拳銃を構える。
『バンッ!』
米子のSIG‐P229が火を噴く。
『パン! パン!』
男達も反撃する。
『バンッ! バンッ!』
『パン!』
『バンッ!』
357SIG弾の発射音と9mmマカロフ弾の発射音が工場内に響き、男達がその場に崩れ落ちた。3人とも頭を撃ち抜かれていた。米子は走る速度を落として倒れた男達に近づいた。男達は絶命していた。木崎が走って追いついた。
「やったか?」
木崎が言った。
「はい。とどめを刺します」
『バンッ! バンッ! バンッ!』
米子が3人の男の胸に357ISG弾を撃ち込んだ。
「凄い命中率だな」
木崎が呆れたように言った。
米子はすぐに体を反転させると走って藤川の倒れている場所に戻った。藤川は仰向け倒れ、目を閉じていた。
「藤川さん、大丈夫ですか!? しっかりして下さい! 目を開けて下さい!」
米子は急いでしゃがむと藤川の脈を取って胸の動きを見た。木崎が米子の横に立った。
「まだ脈があります! 呼吸もしてます、救急車を呼んでください!」
米子の大きな声が工場内に響いた。木崎はそれには応えず胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
「予約したニコニコ企画です。予定通りゴミが出ました。受付番号はPM002です。ゴミは5つです。1つは処置が必要です。場所は予約時に説明した工場の2階です」
木崎がスマートフォンの会話を済ませて通話を切った。
「すぐに掃除屋が来る。普段なら撤収するが、今回は掃除屋の仕事を見ておけ」
木崎が低い声で言った。
10分ほどすると通路の端のドアが開いて青い作業着を着てマスクを着けた男達が5人入って来た。男達は大きな緑色の袋を肩に掛けていた。
「処置が必要なのはこの一体ですね?」
青い作業着の男がしゃがんで藤川の顔を覗き込むようにして言った。
「そうです。他は完全に絶命してます」
木崎が言うと青い作業着の男が小さな肩掛けカバンから銀色のケースを取り出し、そこから注射器と液体の入った小さな瓶を取り出した。
「何をするんですか?」
米子が不安そうに訊いた。その目は明らかに怯えていた。
「薬を打って楽にするんだ」
木崎が静かに言った。青い作業着の男が床に置いた瓶の、ゴムのフタに注射針を突き刺すと注射器のピストンを引いて透明な液体を吸い上げた。他の青い作業着の男達はそれぞれ床に転がった死体を袋に入れていた。米子は状況を理解して心に寒気を感じた。
「まだ脈があります! 呼吸もあります! 病院に運べば間に合うかも!」
米子が叫ぶように言った。
「スラッグ弾で腹を撃たれてる。助かる見込みは無い」
木崎が言った。
「応急処置をしましょう! 私、訓練所で救命技術を習いました!」
米子が焦りながら言った。
「気持ちは分かるが、無駄だ」
木崎が冷たく言い放つ。その目には薄っすらと涙が浮かんでいるように見えた。
注射針が藤川の首に刺さり、注射器のピストンが親指で押された。米子は幻の中の儀式に参加しているような感覚を感じ、成すすべもなく藤川を見つめていた。藤川の手の平が何かを掴むように一瞬動くと体の力が抜け、呼吸が止まった。
「じゃあ回収します。処理方法は薬品でしたよね?」
青い作業着の男が訊いた。
「そうです」
木崎が言った。
「ポイントは使いますか?」
青い作業着の男が訊いた。
「貯めてください」
木崎が答えた。
「請求書は事務所の方に送らせていただきます」
青い作業着の男が言いながら軽く頭を下げた。
ハイエースは中央高速を走っていた。いつの間にか降り出した雨がルーフを叩き、フロントガラスのワイパーが忙しなく動いていた。
「しかし沢村は射撃が上手いな。走りながら3人の頭を撃ち抜いた。監視カメラにも1発で当てた。1人で4人を排除したんだ。大したものだ」
木崎が言った。
「1発外しました。それより藤川さんはどうなるんですか? お葬式とかはしないんですか?」
米子が訊いた。
「ミキサーで粉砕した後に薬品で溶かされて海に流される」
木崎が言った。
「藤川さんには家族の方とかいないんですか?」
「確か奥さんと小学生の娘さんがいたはずだ。だが工作員に家族の存在など意味がない。行方不明になった通知が書面で届くだけだ」
木崎が言った。
「そんな・・・酷い、酷すぎます」
米子が漏らすような声で言った。米子は自分の入った組織の闇を見たような気がした。内閣直轄の組織といえど、工作員はただの道具でしか無く、死ねば粗大ゴミのように処分されるという事実を知ったのだ。
「どんなに訓練をしていても、どれだけ経験があっても撃たれればゴミになる。それがお前の入った世界だ、覚えておけ」
木崎が言った。
「了解しました・・・・・・」
米子が下を向いて小さな声で言った。ハイエースは激しい雨の中、新宿に向かって中央道を走った。
1カ月後、ゴールデンウィークが終わり、初夏の緑が目に眩しく感じられる季節になっていた。米子も最初の任務を成功させ、学校生活とニコニコ企画への出勤に慣れてきたところだった。応接室のテーブルを挟んだ正面に木崎が座り、隣に制服を着た少女が立っていた。少女は茶色いショートカットでリスの様な可愛らしい顔をしていた。
「高梨ミントです。ミントはカタカナでミント。高校1年の15歳だよ。もちろん家族はいないよ。私、捨て子だったんだよ。東京タワーの下に捨てられてたんだって。だから東京都港区生まれだよ」
ミントが明るい声で自己紹介をした。
「沢村米子、15歳、桜山学園の1年生です。小学校3年生の時に両親と弟を亡くしました。3月まで北海道の訓練所にいました」
「米子って古風な名前だね。私の名前はキラキラっぽいからちょっと羨ましいよ。北海道の訓練所って優秀な訓練生が行くんでしょ? 凄いね」
ミントが言った。米子は黙っていた。
「仲間っていうか、相棒になるんだから仲良くしようね」
ミントが言った。
「了解しました」
米子が答える。
「キャハハ、了解しましただって!」
ミントが笑いながら言った。
「ごめん、訓練所での返事はそれしか許されなかったから癖になってるんだよ」
米子が言った。
「だよねー、私もそうだよ。でも女子高生になったんだからギャル言葉とかも覚えたいよね。一緒に頑張ろうね」
ミントが言った。米子は少し居心地が悪かった。人懐こいミントにどう接していいか分からなかったのだ。小学校3年以来友達と呼べる存在がいなかった。クラスメイトとも殆ど口を利くことが無く、児童養護施設でも孤独だった。訓練所でも訓練に打ち込み、誰とも仲良くした事がない。しかしミントの明るい雰囲気に、もしかしたら友達と呼べる存在が出来るかもしれないという微かな期待と不安を感じた。
「米子、今日はもう終わりみたいだからごはん食べに行こうよ! 何がいいかなぁ~」
ミントが明るい声で言った。
「い、いいけど・・・・・・」
米子が少し戸惑い気味に答えた。応接室の開いた窓から新緑の匂いを纏った心地よい風が流れ込んできた。
外伝「米子デビュー戦」終了
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JKアサシンシリーズ、まだだま書き足りないです・・・・・・




