第五話「仲間」
瑞樹さんが拠点から姿を消した。
それに、昨日まで瑞樹さんに付きっきりだった三人から彼女の存在に関する記憶が完全に抜け落ちている。
あとから、拠点には他にも何人か瑞樹さんのことを覚えていない人がいることがわかった。
しかし、瑞樹さんは能力の使い方を知らないはずだ。もしかして俺が教えた魔力の感じ方から土壇場で発動させたのか?
ありえない話じゃない。
でも相手から自分に関する記憶を完全に消すって、想像以上に強力な能力なのかもしれないな。
「紗月、俺は代表にこのことを報告しに行ってくるから、二神さんたちには事情を話しておいてくれ」
俺は動揺して慌てふためく紗月に頼んで西高に状況を伝えに言った。
「え、うん。わかった」
走り出した俺の後ろから小さく紗月の声が聞こえた気がした。
***
俺の報告を受けて西高はすぐに会議を開き、今回は拠点メンバー全員を会議場に集めた。
俺たち重要メンバーは切り株の周りに座り、他の者は周囲に立つか、近くの岩に座るかしている。
「瑞樹さんが玲奈と玲・瑶を洗脳し、拠点からいなくなった。目的は翔也くんの救出のため、痕力会が要求している自分自身を差し出すことだと考えられる。しかし、彼女が1人で痕力会と接触してしまったら交渉など成立しないだろう。無理やりにでも彼女を連れて行けばいいからね。だから彼女が痕力会と接触する前に僕たちは引き止めなければならない」
会議場に集まった者の中から不安の声が聞こえてきた。
彼女がいなければ、皆を安心させるために西高が伝えた口八丁の作戦が実行できなくなり、痕力会との抗争がより現実的になってしまうからだ。
会議場に不安の空気が蔓延しはじめたころ、最初に口を開いたのは西高の秘書兼護衛であり、瑞樹さんにも付いていた二神玲奈である。
「代表、少し待ってください。その瑞樹さんという方がいらっしゃったことは紗月から聞いて理解しました。しかし、痕力会の狙いである彼女が拠点を去った以上、関わる必要はないのでは。痕力会は多くの能力者を有する暴力組織です。彼らと事を構えるのはあまりに危険ではないですか」
今の彼女は瑞樹さんに関する記憶を失っている。
紗月から説明を受けても、瑞樹さんがいたという事実を思い出すことはできなかったようだ。
そんな状態の二神さんからすれば、痕力会の要求している人物が自ら拠点を出て、捕まりに行ったのだから、僕たちが関わる必要がないように思えるのも理解できる。
でも、記憶を失っていない俺たちには瑞樹さんを忘れて元の日常に戻ることなどできそうになかった。
「ちょっと! じゃあ瑞樹を見捨てるって言いたいの?」
希が身を乗り出して二神さんに食ってかかった。
希は拠点に来てから瑞樹さんにいろんな服を着せたり、お気に入りの服をあげたりしていた。
瑞樹さんに付いていた三人の記憶が失われた今となっては、この拠点で最も彼女と仲が良かった人物だと言える。
「瑞樹は私の友達よ! あの子を痕力会なんかには絶対に渡さない! 私だったら忘れて一人にさせることなんてなかったのに!」
希は友達である自分が彼女を引き止められなかったことへの後悔と、瑞樹さんが相談してくれなかったことへの寂しさと怒りを感じているようだった。
「感情でものを言ってもしょうがないでしょう。瑞樹さんを追いかければ当然、彼女の弟である翔也くんを助けることになります。痕力会が彼を誘拐してまで瑞樹さんを欲しているのですから、争いは避けられない。希さんはどうやって痕力会との摩擦を最小限にして2人を諦めてもらうつもりなんですか? まさか正面を切って乗り込むなんて言いませんよね? その時に戦うのは支援型のあなたではなく、戦闘型の我々です。相手が人殺しもする暴力組織である以上、人の命が懸かっているのですから、適切な根拠を示してください」
二神さんの言葉を受けて、希は黙ってしまった。
彼女の言っていることは正論だ。
痕力会に手を出すということは誰か拠点メンバーが怪我をするかもしれない。
それで済めばまだいい方だろう。
下手をすれば死人が出たっておかしくなかった。
それに、拠点に来て一週間も経っていない彼女のことを仲間と見なしていない者も多い。
瑞樹さんを救けることに心配や仲間という感情以外の理由があるのかと言われたら俺は答えられそうになかった。
俺を含め、会議場にいる面々は口を開けないでいた。
瑞樹さんを助けることに同意すれば、拠点メンバーの誰かが傷つくことに同意することになり、助けないことに同意すれば仲間を見捨てることになる。
それぞれが周囲の様子を伺い、目を泳がせたり、俯いて目を伏せたりして、腹の底に思考を沈め、会議が滞っていた。
そんな時、西高が口を開き言葉を発した。
「玲奈の言いたいことはわかる。瑞樹さんを引き止め、翔也くんを助けることは痕力会との争いを意味する。彼らの要求である瑞樹さんの引き渡しを我々が拒むのであれば、多少強引な手段を使ってでも奪いにくるだろう。現に翔也くんが攫われている。でもね、僕も希さんと同じで見捨てることができないんだよ。もう、四日も前のことだけど、歓迎会をしたあの日に2人はこの拠点の仲間になったんだ。これは完全に僕のわがままだ。だから、いつも皆にしている命令でもなければ指示でもない。嫌なら断ってくれて構わない。でも、僕は二人を助けたい。どうか僕に力を貸してほしい」
西高は俺たちに頭を下げて頼み込んだ。
彼はあの災害から路頭に迷っていた俺たちを導き、ここまで拠点を大きくしてきた。
この拠点にいる全ての人が西高に救われているのに、清水姉弟を救けようとしている彼を否定できる者などいるはずがなかった。
「当たり前じゃないですか代表。そもそも俺の班が既にあの2人を助けるために痕力会に手を出しちゃってますし。どちらにせよ、あいつらと事を構えることは避けられないですよ。それに、俺が翔也くんを1人にしなければこんなことになっていなかったかもしれない。結果論っていうのはわかってますけど、やっぱり責任を感じずにはいられません。俺にも協力させてください」
俺は何を迷っていたのだろうか。人を助けるのに理由なんかいらないだろ。
助けたいから助ける、そんな馬鹿でお人好しな奴が作ったのがこの拠点だ。
俺はその考えに賛同して代表の仲間になったんだ。
瑞樹さんも翔也くんも助けたい。誰一人犠牲になんてさせたくない。
これが、嘘偽りのない俺の本心だった。
「翔也くんも瑞樹さんも、僕たちの仲間です! 仲間は絶対に見捨てません!」
俺に続いて幸太郎も協力の意を示した。
彼は清水姉弟と同様、路頭に迷っていたところを西高に救われている。
似た境遇にある彼だからこそ思うところがあったのかもしれない。
「彼女を連れ去る不埒ものは私が始末をする」
そもそも二人を最初に助けたのは彼女だ。
俺が判断を下すよりも先に痕力会に膝蹴りを食らわせて二人を救っていた。
そんな彼女が攫われた翔也くんを、自分を犠牲にしようとしている瑞樹さんを見捨てることなんてできるはずがなかった。
「私も…協力します。友達が…黙っていなくなるのを…見過ごすことなんてできないっ」
希は鼻をすすりながら涙声であるにも関わらず強い決意をもって言い切った。
「代表、俺たち貝原班は全員あなたと同じ気持ちです。ぜひ協力させてください」
俺がそう言うと、どこからか「俺も」「私も」と賛同の声が聞こえてきた。
「みんな、ありがとう。ただ、もう一度言うけど、これは命令じゃないからね。本当に嫌ならやめても――」
二神さんが西高の言葉を遮って話し始めた。
「はあ、何を言ってるんですか。代表のあなたが痕力会と敵対すれば、それは拠点が敵対したも同じ。こうなった以上は瑞樹さんも翔也くんもまとめて面倒見るしかないじゃないですか。本当にしょうがない人ですよね、あなたは」
二神さんは口ではああ言っているが、表情は呆れたものではなく、どこか誇らしげに見えた。
「この場には拠点に所属している37名の内、清水姉弟を除いた35名が全員そろっている。よって、今から決を採る。彼らの狙いである瑞樹さんを引き止め、翔也くんも助け出すとなれば痕力会との抗争は避けられないだろう。それでも二人を救いたいと言う者は挙手をもってその意思を示してくれ」
「「「 うぉおおおお!!! 」」」
結果は全会一致。
もはや挙手ではなく、皆が拳を空に向けて突き立てている。
それは決してきれいごとでは済まない、今後の戦いに向けた覚悟のあらわれであった。
先ほどのやり取りで一言も発していなかった拠点防衛メンバーも当然と言わんばかりに静かに手を挙げていた。
彼らが西高をどれほどまでに慕っているのかを改めて理解する光景だった。
「みんなの気持ちはよく分かった。それじゃあ作戦を確認しよう」
西高の言葉によって場の熱気が鎮まり、代わりに引き締まった空気が流れた。
「おそらく瑞樹さんは痕力会が指定した戸原町1丁目にある廃工場へ向かっている。僕たちは彼女が痕力会と接触する前に引き止め、翔也くんを助け出さなければならない。痕力会との交渉は僕と防衛メンバーで行うとして、瑞樹さんの説得は親交の深い貝原班にお願いしたい。頼めるかな」
「任せてください」
俺が請け負うと、班員も力強くよくうなずいた。
「よし、それじゃあ時間もあまりないから皆、準備に取り掛かってくれ」
西高の号令を受けて、作戦部隊である拠点防衛メンバーと俺たち貝原班は出発に向けて準備を始めた。
***
準備を終えて俺が拠点の出入り口に向かうと既に部隊がそろっていた。
ある者は武器を、ある者は一張羅を、ある者は神に祈りを捧げていた。
俺が到着したことを確認した西高は重々しく言葉を発した。
「作戦開始だ」




