第二話「日常の終わりは意外と早い」
「さすがにこれは」
紗月がため息交じりの微笑を含んだ声を出して言った。
確かにこの能力を持っていると、どこかのコミュニティに入れてもらうのは難しいだろう。
それに翔也くんの方もなかなかに癖のある能力をもっている。
透過の前では鍵のかかった場所だろうが金庫だろうが問題無く入れてしまう。
「幸太郎、代表に連絡してもらえるかな」
俺は幸太郎に頼んで西高に今の状況を伝えてもらった。
幸太郎の能力名は念想共振
事前に触れた相手であれば距離が離れていても念話で会話することができる。
通信インフラが壊滅している現在では破格の効果を持つ能力である。
「食料調達はいいから一旦拠点に帰ってくるよう言っています。それと、可能なら清水さんたちを連れてくるようにと」
確かにこの二人をここでほったらかしにするのは危険だな。
また誰かに狙われる可能性が高い。
さっきのやつらが復讐しに来ないとも限らないし。
「二人とも、よかったら一度俺たちの拠点に来ない? 多分うちなら二人でも受け入れられると思うんだ」
俺がそう言うと二人は互いに目を合わせてうなずいた。
「わかりました。お願いします」
俺たちは二人を連れて拠点に帰ることになった。
***
道中、清水姉弟についていろいろ聞かせてもらえた。
二人はどうやらエリア3のあたりにある私立の中高一貫校に通っていたらしい。
瑞樹さんのほうが16歳の高校二年生で翔也君は13歳で中学一年生だそうだ。
よく今まで二人だけで生きてこられたなと思った。
「翔也くんは好きな食べ物なにぃ?」
俺が真面目に考えている間、ずっと紗月が翔也くんに話しかけていた。
翔也くんは俺たちを信用していないのか、はたまたそういう時期なのかわからなかったが、出会ってから一度も口をきいてくれない。
そんな翔也くんに紗月は先ほどからずっとちょっかいをかけて会話を試みていた。
「さすが紗月ね。相手に遠慮というものが全くないわ」
希が若干引いていた。
「あいつは距離感がバグってるからな」
そんな感じで話しつつ俺たちは拠点に帰ってきた。
「おー、お帰りー」
拠点の入り口付近には珍しく西高が立っており、周りには拠点防衛を任せられている者たちがいた。
物々しいな。
清水姉弟もその雰囲気を感じ取ったのか、道中で和らいだと思っていた警戒心が再びもどったように見えた。
「大丈夫、二人が来るって伝えていたから皆で出迎えてるんだよ」
俺は苦し紛れのフォローをして、二人を安心させた。
近づくと、初めに西高が挨拶をした。
「はじめまして。僕はここで代表をしている西高大成といいます。二人とも疲れているでしょうからあちらでお休みください」
そう言って近くにいた一人の女性を案内に付けて、広場のすぐ近くにある仮設テントに連れて行った。
「なんでこんなメンツで出迎えてるんだよ。めちゃくちゃ警戒されてただろ」
俺は2人を見送ってすぐに西高に詰め寄った。
紗月も拠点防衛を担当しているのだが、彼女は例外中の例外で、他の者は全員が一目で武闘派だとわかるような不思議なオーラを纏っている。
それは何も俺が特別なのではなく、誰が見てもそう感じ取ることができる。
特に西高は善良そうな顔をしているが、目の前にすると威圧感と迫力が半端ない。
初見でこんなやつらに出迎えられたらそりゃ警戒されるわ。
「いや、最初は僕だけで出迎えようと思ったんだけどね。みんなが危ないって言うから」
「当たり前です。洗脳能力持ちなんて信用できませんよ」
そう言ったのは西高の秘書兼護衛をしている二神玲奈である。
黒髪のボブで前髪についているヘアピンがトレードマークだ。
背は低いのだが、スタイルがいいせいか謎の威圧感がある。
彼女は西高に誘われた、拠点の設立メンバーの一人だ。
その後ろでは双子の陳玲・瑶姉妹がうなずいていた。
二人は幸太郎と同様に西高が出歩いているときに拾ってきた。
生まれは中国なのだが、物心つく前に日本に来たため中国語は話せないそうだ。
双子ということもあって顔がとても似ている。
玲が右に瑶が左に髪をサイドテールに結っている。
俺はそれ以外で二人を見分けることができないのだが、なぜだか西高は最初から見分けることができていた。
初めて見た時は絵に描いたようなメスガキ容姿に驚いた。
実際話してみると少々天邪鬼ではあるが、優しい良い子たちだった。
まだ12歳とこの拠点の最年少で、みんなが妹のようにかわいがっている。
「どうでもいい。敵になるなら殺すだけだ」
彼は千堂龍馬、この拠点の攻撃部門の最強格であり、物騒の権化のような男だ。
背が190センチメートルはあり、服の上からでもわかるほどに隆起した筋肉によって彼が武闘派なのは一目瞭然だった。
あの斎藤さんに戦い方を教えたのも彼で、そのせいで斎藤さんは敵を見つけた瞬間攻撃するようになってしまった。
拠点内で西高に並ぶ数少ない人物だ。
「もう、みんな物騒だなあ。何かあればその時に対処すれば大丈夫でしょ。それに貝原くんたちだって道中なにもなかったんだし」
「貝原たちが全員洗脳されてる可能性だってあるんじゃないのか?」
そう言ったのは建築部門の代表である西条達也だ。
千堂龍馬とは対照的に身長は170センチメートルほどで、まるっこい体形をしている熊のような男だ。
見た目通り優しい性格をしており、俺はいまだに彼が怒ったところを見たことがない。
彼は土龍支配という能力を持っており、この拠点の大半は彼の能力で作られている。
建築だけでなく、戦っても強いので拠点防衛と建築部門を兼任している優秀な男だ。
「まあまあ、みんなの考えはわかったから。あとは貝原くんたちから話を聞いてから判断しようよ」
西高がそう言うと先ほどまで文句を言っていた防衛メンバーは全員口をつぐみ、指示に従った。
俺たちも了承し、朝と同様、再び切り株のある会議場へと向かうのだった。
***
「なるほどねー」
俺は昼間の出来事を全て話した。
しかし、瑞樹さんが洗脳能力を持っていると伝えたせいで、完全には信じてもらえてはいないようだった。
俺としても発動条件など一切聞いていないので自分でも洗脳されていないとは言い切れなかった。
「まあ、とりあえずあの二人から話を聞こうか。二神さん、呼んできてもらえる?」
西高は隣にいた秘書兼護衛の二神玲奈に声を掛けた。
しばらくすると彼女は清水姉弟を連れて戻ってきた。
西高は俺たちにしたのと同じ質問を清水姉弟にもしていた。
翔也くんは俺たちには一切口を利かなかったのだが、さすがに西高と周りにいる連中を見て黙っていることはできないと判断したのか聞かれたことにしっかりと答えていた。
二人の回答は俺たちのものと全く同じだった。
ただ、洗脳で俺たちに言わせていたとも考えられるので二人が真実を言っている証明にはならなかった。
本当に厄介な能力だな。
使わなくても洗脳ができるという事実だけで場が混乱する。
改めて俺は二人がキャンプから追い出された理由に納得した。
誰もが清水姉弟を信用しきれていなかった。
しかし、西高の言葉で覆ることになる。
「うん! 僕はこの二人を信用するよ。みんなもそれでいいよね」
何一つ根拠はなかったが誰一人として反論するものはいなかった。
西高はそれだけ拠点のメンバーに信頼されているのだ。
彼が信用するなら俺たちも受け入れる。
受け入れたうえで何かあれば俺たちが何とかする。
そうして今までやってきたのだ。
西高の発言を聞いて瑞樹さんはほっとした表情をしていた。
俺も緊張が解けて思わずため息が漏れた。
他のメンバーもそんな感じだったのだが、ひとり紗月だけがのんきに昼ご飯を食べていた。
あんなもの一体いつから持ってたんだ。
なんだか緊張していたのが馬鹿らしくなった。
話し合いもとい、尋問が終わってからは清水姉弟に拠点の案内をしていた。
二人は特定のコミュニティに所属していないので、このまま俺たちの拠点で暮らすことになった。
俺は二人に生活に際してのルールなどおおまかなことを説明した。
一通りやることが終わった俺たちは疲れたので自室に戻って休むことにした。
「はあー」
俺は寝床に仰向けになるとそのまま目を閉じ、眠りに落ちた。
***
「おーい、ご飯ができたよ!」
カンカンと金属同士をぶつける音と誰かの叫び声で目を覚ました。
どうやら、あれから飯の時間まで眠っていたらしい。
俺は自分の部屋から出て広場に行った。
既に拠点のメンバーが勢ぞろいしていて俺が最後のようだった。
「おい、遅いぞ良太」
紗月がモゴモゴと口に何かを含みながら俺に言ってきた。
こいつはもう食ってんのか。
「はーい、注目! 今日は新しいメンバーが増えたので紹介をします!」
そうして西高は広場にあるステージに二人の男女を上がらせた。
「は、はじめまして。清水瑞樹って言います。16歳です。これからお世話になります。よろしくお願いします」
瑞樹さんは昼間のこともあってか、緊張していた。
しかし、その拙い感じが刺さったのかどこからか「いいねえ」とか「守りたい」とか「うほほ」とかって声が聞こえてきた。
ここの奴らこんなのばっかりだ。
俺が呆れてジト目になっていると翔也くんの番が来た。
「どうも。清水翔也、歳は13。よろしく」
瑞樹さんとは対照的に強気な態度だった。
挨拶も淡白でそっけないものだった。
ちょっと心配になったが、周囲から「かわいい」とか「反抗期かなあ?」とか「体洗いたい」なんて声が聞こえて俺の不安が吹き飛んだ。
むしろこの拠点の方が心配になってきた。
「これからは二人を加えて暮らしていくことになる! これからも協力して生きていこう! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
俺たちは西高の音頭に合わせて叫んだ。
今日の食卓には珍しく肉が並んでいた。
「え、肉あるじゃん。どうしたのこれ」
俺がそう言うと近くにいた紗月が答えた。
「遠征前に言ったじゃん。佐々木と向井がイノシシ狩りに行ったって。三匹も取ってきたんだよあいつら。たまには役に立つよねー」
紗月は話している口で流れるように肉をほおばった。
確かにそんなことも言っていた気がする。
最近は肉が取れていなかったから無理だと思い込んでいた。
しかし久しぶりの肉がうますぎる。
純粋に焼いただけだけで味付けもろくにしていないが、肉というだけで幸せな気持ちになれた。
「貝原くん、ちょっといいかな」
俺が料理を堪能していると西高が声を掛けてきた。
その神妙な顔に俺は口に入っていた肉を思わず呑み込んだ。
「どうしたんだ?」
「ついてきてくれ」
そうして俺が西高についていくとそこには諜報部門の面々がそろっていた。
「何かあったんですか」
俺は思わず敬語になってしまった。
「ああ…うん…」
珍しく西高が言いよどんでいた。
「もしかして、清水さんたちの件ですか? さっき受け入れるって言ってたじゃないですか」
「いや、確かに二人に関係していることなんだけど、そうじゃないんだ」
「どういうことだよ…」
「それが…昼間に二人を襲っていた男たちがいただろ? 貝原君が連絡をくれた時に諜報部の人たちを向かわせて男たちの監視を任せていたんだ。そうしたら予想通り男たちを迎えに人が来てね。それで…」
そこまで言って西高はまたごにょごにょと言葉を濁した。
「その人がどうしたんだよ」
俺はなんだか嫌な予感がした。
俺の表情を見て西高は察したのか覚悟を決めて話した。
「はあ…。その男たちを迎えに来た奴は痕力会の制服を着ていたらしい」
西高は失笑交じりの諦念を浮かべて言い放った。
「ま、まじか…」
痕力会とはこの辺り一帯を牛耳っている裏組織で能力を使って好き放題やっている連中だ。
総勢200人を超える大規模組織でつい先日も近くのキャンプが襲われて死者も何人か出ていた。
「貝原くんたちが倒した人たちは痕力会のメンバー、あるいは傘下の人間である可能性が高い」
「それってかなりまずいんじゃ」
「まずいね、おそらく近日中に向こうから何か接触があると思う。貝原くんたちは顔がばれてるからしばらくは外出禁止ね」
そう言った西高はため息をついて頭を抱えていた。
こんな彼を見るのは久しぶりな気がする。
俺は空を見上げて星に願った。
どうか何も起こりませんように。




