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第1話「昼休みの三重奏」

次女と狂女と皇女 

第1話「昼休みの三重奏」

女学院の昼休みは、いつも騒がしい。鐘が鳴り終わると同時に、廊下は生徒たちの足音と笑い声で埋め尽くされる。食堂へ向かう流れに逆らわず、しかし誰にもぶつからず、まるで水のようにすり抜けていく影があった。私は自皆ジュンコ。三姉妹の次女で、この学園でも「存在感が薄い」ことで有名な少女だ。髪は黒く肩まで伸び、制服はいつもサイズが少し大きめ。クラスメイトに名前を呼ばれた記憶は、入学以来三回しかない。彼女はいつものように、食堂の隅にある四人掛けテーブルの一番端に腰を下ろした。周囲はすでにグループで埋まっているが、ジュンコの周りだけは不思議と空気が薄い。誰も近寄ってこない。まるで透明人間のように。「はあ……今日も無事に昼休みを過ごせそう」小さく息をついて、弁当箱を開ける。中身は昨夜の残り物――卵焼き、ウインナー、ブロッコリー、ご飯に梅干し。姉と妹の分を作った残りを詰めたものだ。味気ないが、それがジュンコの日常だった。箸を手に取った瞬間――。バンッ!!テーブルが大きく揺れた。「ジュンコぉぉぉ!! 今日も地味に生きてんのかよぉ!! あははははは!!」深紅のリボンを揺らし、制服のスカートを翻して飛び込んできたのは、共原キョウカ。学年一の「狂女」と呼ばれる少女だ。目は笑っているのに、口元はどこか危険な弧を描いている。ヤンデレ気質と過激な発言で、周囲を常にざわつかせている。「き、キョウカ……いきなり大声出さないでよ……」ジュンコはびくっと肩を震わせ、箸を落としそうになった。キョウカはそんな反応が楽しくてたまらないという様子で、ジュンコの隣にどっかりと座る。「なんだよその弁当! また残り物か? 地味すぎて笑えるわ! もっと派手に死ねばいいのに!! あはは!!」「死ぬって……普通に生きてるだけなんだけど……」「ふひひ……ジュンコは私のために生きてんだろ? だったらもっと目立ってくれよな。誰もジュンコのこと見てねぇじゃん。羨ましいだろ? 私だけがジュンコのこと見てんだぜ♡」キョウカはジュンコの肩に腕を回し、耳元でささやく。息が当たって、ジュンコの頬がわずかに赤くなる。「や、やめてよ……みんな見てくる……」周囲の生徒たちが、ちらちらとこちらを見ていた。キョウカの声は食堂中に響いている。ジュンコは恥ずかしさで俯きそうになるが、苦労人らしくなんとか平静を保つ。「ほらほら、卵焼きくれよ。ジュンコの作ったもん食いたい♡」「え、でもこれは私の……」「いいじゃん! 恋人同士なんだから分け合うのが当たり前だろ!」「恋人って……いつから……」ジュンコが困惑していると、突然、優雅な足取りとともに新たな影がテーブルに近づいてきた。「ちょっと! あなたたち、下品な話し方はやめなさい! この学園は品位を重んじる場所ですわ!」金色の長い髪を風になびかせ、胸を張って立っているのは、公野コウミ。いわゆる「皇女」と呼ばれる、お金持ちで世間知らずの少女だ。父親が大企業の社長で、使用人付きの生活を送っているため、庶民の常識とは少しずれている。コウミはトレイを片手に持ち(本来はメイドに持たせるつもりだったが、学園内ではメイド同伴禁止なので自分で持っている)、偉そうに二人を見下ろす。「コウミさん……こんにちは」ジュンコが控えめに挨拶すると、コウミはふんと鼻を鳴らした。「こんにちは、ですって? あなたのような平民が、私に気安く話しかけてくるなんて失礼千万ですわ! ……でも、席が空いていないし、仕方ないわね。ここに座らせていただくわ!」コウミは当然のように、ジュンコの向かいに座る。キョウカはそれを睨みつけた。「おおぉ、金ピカ皇女様のお出ましかよ! 偉そうぶってんじゃねぇよ、この金持ち女! ぶっ殺すぞ♡」「な、何を失礼な! 殺すだなんて、品のない言葉を選ぶんじゃないわ! ジュンコ、この狂った子をどうにかしなさい!」ジュンコは頭を抱えた。「二人とも……落ち着いて。ね? お弁当、分けようか? コウミさんも一緒に食べようよ」ジュンコは苦笑いを浮かべながら、自分の弁当を少しずつ小皿に移し始める。キョウカはそれを見て、にやりと笑う。「へぇ、ジュンコは優しいな。皇女様にも分けてやるなんてよ。……でも私にはもっとくれよな?」「ふん! 私はそんな残り物などいりませんわ! 私のランチは一流のシェフが作った――」と言いながら、コウミはトレイを見下ろす。今日のメニューは学食のハンバグ定食。シェフが作ったものでは決してない。「……まあ、今日は特別に、学食のものをいただくことにするわ」コウミは顔を赤らめながら、ハンバグを切り始める。ジュンコはほっと胸を撫で下ろす。しばらくの間、三人は黙って食事を進めた。――と言いたいところだが、実際はキョウカがジュンコの弁当をつつき、コウミがそれを睨み、ジュンコが二人をなだめる、という繰り返しだった。そんな中、隣のテーブルから小さな声が聞こえてきた。「ふふふ……いいわ……あの三人……キョウカがジュンコを独占しようとして、コウミが嫉妬してる……最高の三角関係……」茶色の髪をポニーテールにした少女――扶宮フウカが、スケッチブックに熱心に何かを描いている。腐女子として有名で、常にBLネタを探している。「キョウカの攻め顔……ジュンコの受け顔……コウミのツンデレ……完璧……あとで同人誌にしなきゃ……」ジュンコはそれに気づき、顔を真っ赤にした。「フ、フウカちゃん……何描いてるの……?」「え? あ、ああ! なんでもない! ただの落書き!」フウカは慌ててスケッチブックを隠す。そこには、キョウカがジュンコを抱きしめ、コウミがそれを悔しそうに見ているイラストが描かれていた。さらにその向こうでは、黒い影がこちらを覗いている。「ふふふ……あの三人、面白そうね。ちょっとした噂を流せば、もっと混乱しそう……」悪井――悪女。ゲスな笑みを浮かべ、何かを企んでいる様子だ。その隣では、紫色の長い髪をなびかせた魔道が、怪しげな瓶を振っていた。「くすくす……この愛憎ポーション、誰に入れようかしら……皇女様のスープに一滴……?」さらに奥では、赤い顔で腕を組んでいる鬼嵐が、「まったく、うるさい連中だ……! 静かに食えってんだよ!!」と怒鳴っている。食堂のあちこちで、さまざまな視線がジュンコたちに集まっていた。ジュンコはため息をついた。「今日も……平和じゃないなあ……」しかし、キョウカは楽しそうに笑い、コウミは不機嫌そうにハンバーグを食べ続けている。学園の昼休みは、まだ三十分残っていた。この騒がしい日常が、ジュンコにとっては、どこか温かいものに感じられる瞬間もあった。――きっと、これからもこんな日々が続くのだろう。

(第1話 終わり)


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