レイニーレイニー
ある日、彼女は彼に出会った。
彼女と彼は何を思い、日々を過ごすのか。
簡単な短編ですが、どうぞ!!
中間テストが終わりを告げ、季節が梅雨から初夏に変わる頃、私の気分は最悪だった。
決して、テストの結果のせいなどではない。ただなんとなく機嫌が悪かっただけだ。
そんな気分に拍車をかけるような温い空気の街中を私は歩いている。
「あ゛ー…ベトベトして気持ち悪い。早く帰ってシャワーでも浴びたい。」
そのとき、不意に一粒の雫が頬に衝突。
ふと、空を仰ぐ。
・・・ぽつり・・ぽつり
ザァーー
液体の隕石はだんだんと数と勢いを増してきた。
「あーぁ、もう最悪。これは違う!」
突然の雨に私は悪態をついた。
今日の降水確率は20%だったのに・・・
手頃な屋根を雨宿りに。特にする事もないので暇つぶしも出来ず、私は空を見上げた。
目の前には傘を差し、歩いていく人たち。自分は傘を持たず、止まったまま。
傘が無ければ動けない世界。傘はこの世界の通行券。
パスのない私はずっとこのまま・・・
そんな変な事に脳みそを稼働させていると、
「あのー」
突然話しかけてくる知らない男の人。
「良かったら、どうぞ」
ぽいっと渡される折り畳み傘。「?」が飛び交う私。行ってしまう彼。
思考を整理すること数秒。やっと事態が飲み込めたときには当の本人は今何処?
「えっと、どうしよう・・・コレ。」考えること数秒。外は相変わらずの雨。私の手には先ほどの傘。
・・・
・・
・
「よしっ!帰ろう。」
たしか『どうぞ』って言ってた気がするし、明日にでも返せば良いよね。
こうして私は傘を片手に帰路につくのであった。
ところで、あの子はいったい何処の誰だったんだろ?
***
次の日。昨日と違って快晴の空。降水確率はもちろん0%。しかし空気の温さは相変わらず。
私の鞄には傘一つ。
いつもと変わらなかった日々。微妙に変化した今日。
放課後、昨日のあの場所に向かう。
何の変哲もない場所。
あんな事がなければ私もこの人達と変わらず、通り過ぎるだけだっただろう。
私は昨日の壁に背を預ける。はっきり言って、顔なんて憶えていない。それでも彼が通りすぎればきっと判るだろう。
そんな事を考えながら行き交う人々を見送る。
傘の要らない世界。
期限切れのチケット。
彼と出会えた世界へのパスポート。
刻々と過ぎる時間、徐々に沈んでいく太陽。今日、彼に出会うことはなかった。
「一体どうすればいいのよ、コレ。」
借りは返す主義なんだけどなぁ・・・
帰り道に独りごちながら空を見上げる。
月と一番星だけが私を見下ろしていた。
それから後も何度かあの場所にいってみた。
同じ曜日、同じ時間に待ってみたこともあった。
それでも結果は同じだった。
***
暑さのまだ残る九月。今日から新学期が始まる。
部屋には折り畳み傘が一つ。テレビからは朝のニュースが流れている。
今日の降水確率は20%か・・・
いつもと変わらない時間に家を出る。
いつもの通学路。
いつもの風景。
いつもと変わらない日常。
寸分違わず過ぎていく時間。
校長のやたら長く感じる挨拶も変わっていなかった。
放課後、あの場所に立ち寄ってみた。
いったいどれくらい此処を訪れたのだろう。
雨風を防げない手狭な屋根に無骨なコンクリ。私はまたその壁に寄りかかる。
少し肌寒い空気がなんとなく心地いい。
「そろそろ上着が必要かな。ていうか、ここはいつも閉まってるね。」
開くことを知らないシャッターのサビが月日の経過を教えてくれる。
・・・ポツリ・・・
突然まっさらな地面に水玉模様があしらわれた。
「うそ・・・。」
だんだんと広がる水玉模様。
驚きは一瞬。何かが動きだしたような気がした。
「あー、でもまぁ20%って5分の1か。」
そう考えると30%って意外と高いなぁ・・・
じゃあ、これを返せる確率は?
なんて事を私は考えていた。
帰り道、いつもと違う景色が見えた。
裏路地のかげに段ボール。側面には「拾って下さい。」の文字。
中には二匹の子犬。互いに身を寄せ合い、空からの冷たさに耐えていた。
その前に立ち止まり、私はしゃがみこんだ。
「んー・・・持って帰りたいけど、うちのマンションはペット禁止なんだよ。ごめんね。
きっと君たちを拾ってくれる人がいると思うからさ、今はこれで我慢して。」
と、私は鞄から折り畳み傘を取り出し、飛ばされないように固定して立て掛けた。
願わくば、あの子が拾ってくれますように、と少しだけ願いながら。
雨は繋ぐ。離れ離れの空と大地を。
同じように彼からもらったあの傘もまた誰かと誰かを繋げていくのだろう。
少し隙間の空いた鞄に、今さらながら気付くことがあった。
「あっ、そういえばアレ借り物だった・・・」
罪悪感などまるでなし。水の上を軽快なステップで歩き始める。
外は生憎の大雨。それでも私の心は晴れ渡っていた。
***
その日、僕は変な人に出会った。
予備校帰り、なんとなくカッコつけたい気分だった。そのまま帰る気にはなれず、商店街をブラブラと歩く。するとチェーン店とは違う古風な喫茶店を見つけた。
「喫茶店で勉強、いや読書なんか良いかも。」
そう思った僕は喫茶店の扉に手をかけた。
カラン、カラン・・・
思い描いた通りの音が鳴る。うん、良い感じ。
テンションは上がっていたが、振る舞いはクールに。
お一人様席に通され、コーヒーを注文。
そして、慣れた手つきで本を開く。
スマートさを心掛けた滑り出し。
この一連の行動に自画自賛する。周りは自分の事など気にしてないだろうが、それでも少し気になって視線を左右へふる。左は壁、右には老紳士。常連さんだろうか。佇まいから何から、この店の雰囲気にとてもマッチしている。
自分の理想像を発見した僕はチラチラとその老紳士を盗み見る。
露骨だったのか、それとも何度も見過ぎたせいか、老紳士はふと視線をこちらに移した。
「あっ・・・」
視線が一瞬合い、思わず言葉が漏れる。
今のは減点だ。
恥ずかしかったので視線を本に、意識は隣に。
沈黙が恐ろしい。店に流れるBGMも周りの喧騒もまるで聞こえなかった。
この二つの席だけ隔離されたみたいだ。
そんな一方的な気まずい空気がどれくらいたったのだろう。
頼んだコーヒーもすっかり冷めてしまっていた。
老紳士が杖を片手に席を立った。無意識に反応してしまう自分。わかりきったことだが、会計を済ませに行くらしい。視線をさっきまで老紳士がいた席に向ける。
そこに忘れ物があることに気がついた。どこにでも売ってそうな黒い折り畳み傘が一つ置きっぱなしになっていたのだ。
会計を済まして店を出る老紳士。
少しためらいがあったが、僕は傘を手に取り、後を追いかけた。
店を出てると、すぐその老紳士を捕まえることができた。
「あの、忘れ物です。」傘を渡すために手を伸ばす僕。
傘を受け取るために手を伸ばさない老紳士。
・・・流れる沈黙・・・
僕は間違えたのかと思い、確認のためもう一度尋ねようとした。すると、
「あぁ、それは今の私には必要ないのでな。君の好きに使うと良い。」
呆気にとられるの正しい事例がここにあった。
・・・「好きに」って言われても、雨が降った時にしか使わないし・・・てか、今自分の持ってるし(バックに)
心の声は音にせず、この人は結局受け取ってくれなかったので、済し崩し的に僕の手に収まった。
店に戻り、席に座る。手の中の傘はバックの中へ。
盗んだと思われないかどうかが不安だが・・・
周りを気にするのにもいい加減疲れた僕は、テーブルに置きっぱなしにしていた本を手に取り、また読み始めた。
「そろそろ帰るか。」
夕闇が徐々に迫ってくる空。
きりの良いところまで読んだ本をしまい、意外と長時間居たことに気づいた僕は、カッコつけで入った喫茶店を後にした。
「何か普通に居座っちゃってたなぁ・・周りを気にしてたのはあのお爺さんがいたときくらいだし。」
と、老後までにはあんな風に振る舞えるようになりたいと心に決めた自分の頭の上に何かが落ちた。
「ん?雨か・・まさか糞!?」
頭を触りつつ上を見る。
空はいつの間にか灰色。温さはなく、冷たい空気が流れていた。だんだんと勢いを増してきた雨に負け、僕は自前の折り畳み傘を取り出した。
「一応持ってきておいて助かった。」
いや、喫茶店でいただいたヤツもあるか・・・
雨の降る中、商店街を抜けて街路に出る。
その道の途中、傘を持たずに手狭な屋根で雨宿りをしている女の子を見つけた。
傘を持って歩いていく人々。
そこから取り残された女の子。
いつからそこに居るのかは知らないが、周りから外れている彼女の事が気になった。不意に思い出される老紳士の言葉
バックには傘がもう一つ
予期していたかのような言動
操られているかのような錯覚
一瞬、なんだか癪な気分がした。でも、彼女を助けてあげられる手段を僕が持っているというのは紛れもない事実だった。
僕は傘をバックから取り出し、彼女の方へ向かって行った。
***
住宅街を歩く学生(であると信じたい)が一人。その表情は少し満足気な感じがする。
まぁ、僕なのだが・・・
頬がゆるむ。
喫茶店から挽回出来た気がした。今日の僕は何というか・・・結果的にきっとかっこ良かったと思うのだ。
誰に言われた訳でもなく、ただの自己満足に終わってしまうのだけれど。
生憎の雨空には似合わない表情を浮かべる自分を、きっと周囲は怪訝に思って見ているだろう。
まぁ、それでも良い。
だって、今日の僕はかっこ良かったのだから。
了
初投稿です。
初めまして、rhoです。
最後まで読んでくださった皆様ありがとうございます。
感想とか頂けると嬉しいです。
これからもいくつか投稿させてもらうかと思いますが、暇でしたらどうぞ読んでやって下さい(汗)