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錬金術師エルドの旅録

作者: りゅーいち

気づけば、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

湿った空気に、遠くで水の流れる音。

どうやら、目的の村に着いたらしい。




(あれが──ソルグの村)




俺の名前はエルド。年は二十を少し越えたくらいの、ただの旅人……と名乗っているが、実際には錬金術師だ。

旅の理由? ひとつは、師から受け継いだこの技術を継いでくれる弟子探し。もうひとつは、なんとなく……そうだな、“何か”を探してる気がする。




今日は、旅の途中で水源のトラブルに悩まされているというこの村に立ち寄った。

本来の目的ではないが、錬金術師ってのはそういうものだ。誰かが困っていたら、錬金術でどうにかする。

……まぁ、必ずしも上手くいくとは限らないけど。






村は静かだった。けれど、どこか張り詰めた空気が漂っている。

噂通り、ここの水源が枯れかけているらしい。




「旅のお方……まさか、噂に聞く錬金術師様ですか?」




声をかけてきたのは、年の頃十五、六の少女だった。

日焼けした肌に、素朴な服装。けれど、その瞳には何かを訴える強さがある。




「エルドだ。ただの旅の錬金術師だけど、何か困ってるのか?」


「はい……うちの村の井戸が、ここんとこ急に水を吐かなくなっちゃって……村長さんも頭を抱えてて」




「井戸が急に? 掘りが浅いわけでもないだろうに。案内してくれるか?」


「はいっ!」




少女に案内され、井戸の前に立つ。

古びた石の枠。中を覗き込むと、確かに……水の気配が、ほとんどない。




「これ、村の皆も困ってるんじゃないのか?」


「はい。昨日はおじいちゃんが倒れて……水汲みに行って戻れなかったんです」


「それはまずいな。井戸が枯れるのは自然現象だけじゃない。調べてみよう」




俺はポーチから術式刻印用の粉を取り出し、井戸の周囲に撒いた。風に舞う金属粉が、やがて静かに沈み、淡い光を描き始める。




「――〈探知(リヴィール)




術式が展開されると、地面の下に流れる微かな水流が視覚化される。

その流れは途中で、不自然に途切れていた。




「……止められてる。人工的に、な」


「え……それって、誰かがわざと?」


「ああ。こういう現象は自然には起こらない。術式、しかも錬金術だ。……相当悪質だな」




そこに村長が現れた。白髪混じりの中年男で、顔に焦りが滲んでいる。




「おお、噂の錬金術師殿か! お願いだ、井戸をどうにかしてくれんか。もう明日には水が完全に干上がる……」


「たぶん、原因は掴めました。あと一歩です」


「本当か……! すまんが、頼んだぞ」






「ミラ、って言ったか」


「……はい」


「お前、錬金術に興味はあるか?」


「えっ?」




突然の問いに、ミラは目を丸くした。




「いや、ただの思いつきだ。でも、目がいい。反応も悪くない。弟子を探してるんだ、俺は」


「……わたしが、弟子?」




呆れたように笑ってから、彼女は小さく首を振る。


「わたし、勉強とかできないし……そんなの、無理です」


「錬金術は、勉強も大事だけど、それより“観察する目”と“やり抜く気持ち”の方が大切だ。お前には、その気配がある」




ミラが目を伏せたまま、何かを考えていた。




そのとき──




「……あった」




俺は草陰から黒く鈍く光る板金片を取り出した。刻印が微かに残っている。


「やっぱりな。これは術式用の導流板。誰かが意図的に水脈を遮断していた」




「な、なんでそんなことを……」


「村を混乱させるため、か。あるいは……錬金術を悪用しようとした誰かの実験」




考えるより、今は水を戻すのが先だ。

俺は再び粉を撒き、手のひらをかざす。




「――還元(リダクト)




術式が発動し、金属はシュウゥッと音を立てて崩れていく。

その瞬間、井戸の中からぼこぼこぼこっと音がして、水が溢れ出した。




「……出た!」


ミラが歓声を上げる。

俺は思わず、少しだけ笑ってしまった。






その晩、村の人々は水の復活を祝い、小さな焚火を囲んで歌い始めていた。

俺は静かに木の陰に腰を下ろし、錬金板の欠片を手の中で転がしていた。




「……まだ終わっちゃいないかもな」




「エルドさん!」




ミラが息を切らしてやってきた。




「ありがとう。ほんとに、ありがとう……。あの……あたし、やっぱり、教えてほしい」


「……錬金術?」


「うん。誰かを助けられる力なら、わたしも欲しいって思った。今日みたいに、誰かの役に立てたら……わたしの中の、何かが動いた気がした」




真剣なまなざし。

俺は無言で、小さな銀の指輪を差し出した。




「これは〈変質検知〉の初歩式が刻んである。毎日、村の石や草を観察しろ。慣れたら連絡しろ」


「えっ、でも連絡って……」


「ここに〈連絡式〉が込めてある。術式に慣れた頃には、使えるようになってるさ」


「……ありがとう。あたし、がんばる」




彼女の瞳には迷いがなかった。






翌朝。

旅支度を整えた俺の背に、元気な声が飛ぶ。




「また来てください! きっと、ちゃんと弟子になれるようになってますから!」




俺は振り返らず、片手を上げるだけにとどめた。




技術は与えるものじゃない。

自分の中で、欲したときにこそ、身につく。




だから俺は、今日も旅を続ける。伝えるべき者に、出会うその日まで。

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