【2】聖女と枢機卿 1
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聖女と枢機卿
女神がメリシャのもとを去った後、子狼と小鳥は思い悩むメリシャに擦り寄った。
メリシャは困惑気味にそっと撫で、その手に頭を寄せる子狼と小鳥を眺めていると、心の内に存在していた不安が弾け飛んていた。
「あなたの名前は、ルー。」
子狼を右手で撫でながら告げると、それまで愛嬌を振り撒いていた子狼はメリシャを見上げて一度頭を縦に振る。
「あなたの名前は、ネリ。」
小鳥を左手で触れながら告げると、先程まで忙しなく周囲を見回していた小鳥はメリシャに顔を合わせて「ピッ」と鳴いた。
『『メリシャ様に戴いた名に恥じぬよう、御護りいたします。』』
子狼と小鳥は示し合わせたように、同時に言葉を発して伝えた。
メリシャは「はい」と答え、安心からかその場に寝転がってしまう。
ルーと名付けられた子狼は一回り大きく身体を変化させて、メリシャの頭を支えるように身体を預ける。
ネリと名付けられた小鳥はメリシャが冷えて風邪を引かないよう、羽根部分のみ大きく広げてメリシャに覆い被さった。
メリシャはルーとネリに包まれて、静かに眠りについた。
その頃、聖騎士や神官を連れた枢機卿は目的地に着こうとしていた。
神官たちは馬に身を任せるのに四苦八苦しているようだったが、乗馬に慣れている聖騎士たちは枢機卿から伝えられた内容に気を引き締める想いで先を急いでいた。
女神に見出された愛し子である聖女を攫うなど、神罰を下されても言い訳のしようがない。
しかし女神が信徒たる枢機卿に任せた事から、事を荒立てるよりも愛し子の救出が優先なのだろうと聖騎士は推測した。
強ち女神が思い付いた事から当たらずと雖も遠からず同じと言えるだろう。
一団は近くに見えてきた塔を見つけると、歩みを緩めていき、近くで馬を木に手綱を繋ぐことにした。
神官たちが息を整えるのを待ちながら、偵察に出した軽装備に変えた聖騎士の帰還を待つことにした。
暫くして神官が息を整えて落ち着きが見えてきた所に、偵察していた聖騎士が戻ってきた。
「この先で盗賊のような者たちが陣を張っている模様と思われます。そしてその手前で大勢が焚き火を囲んでいるのが見えました。塔の周辺は遠くて見えづらかったのですが、数人の見張りがいる模様です。」
「よし。では諸君。急な招集に気を揉んでいるだろうが、これより愛し子様の救出を行う!」
「「「ーーおう!」」」
一団は塔へ向けて、歩を進め始めた。
盗賊たちは宴中だったこともあり、武器を持ち出すこともできずに、聖騎士たちに蹂躙された。
聖騎士たちは野営用天幕を張り、盗賊が持っていた道具を一箇所にまとめ、神官たちがそれを燃やした。
聖魔法を用いて周囲の空気を清浄した神官は聖騎士たちを魔法で綺麗に磨き上げ、塔の前で配置についた。
塔には女神の手によるものと思われる強大な神聖魔法で結界が張り巡らされていた。
全員が配置につくのを待ち、聖句を一言一句間違えないよう、ゆっくりと確実に発した。
長い聖句を唱え上げたものの、結界は何重にも重ねられているため一筋縄では解くことが出来なかった。
愛し子たる聖女を大切に思われている事を表している事へ文句の言いようがなかったが、今となっては愛が重いというのが聖騎士たちの心情だった。
枢機卿は純粋な女神の信徒だからか、無心で聖句を聖騎士と神官たちに合わせながら唱え続けている。
塔の結界が解除できたのは塔の周囲を制圧してから、かなり時間を要した頃だった。
塔に張られていた結界が消えていき、それに纏っていた神聖魔法が霧散していく。
全員が呼吸を整え、聖女に見える瞬間を待つ中、枢機卿が塔の入り口に手をかけた。
入り口の扉を開いた先を見た枢機卿を始め、その場の全員が絶句した。
床に横たわる少女が目的である愛し子だと理解出来ている。
少女の近くで鎮座する、その場に似つかわしくない狼と鳥を目にした面々は、その二体が女神の遣わした神獣だと悟った。
「神獣様とお見受け致します。この度、女神様の御神託を賜り、愛し子様を救出しに参った次第であります。」
『『………』』
低く威嚇する二体の前で、一斉に跪き、枢機卿が代表として声を張り上げ、申し出る。
二体は威嚇に加えて更なる力を込めた事に、枢機卿は訝しみ、その背後で冷や汗を流しながら悲鳴を押し殺す聖騎士と神官はただ行末を見守ることしかできない。
少女の前に控える二体と愛し子の状況に思い至った枢機卿は押し黙り、静かに懐から信者の証である聖印を見せると、二体は威嚇を止めて道を開けた。
「皆。愛し子様は眠っておられる。静かに、だが丁重に御運びせよ。良いな。」
背後に跪いていた聖騎士と神官は声を押し殺し、慣れない足取りで聖騎士が道を作り、神官が起こさないよう注意を払ってメリシャを抱えて天幕へ移動させた。
その間、監視するように睨みを効かせて一歩ずつ近寄る神獣に、メリシャを抱える神官は粗相がないよう肝を冷やし続けた。
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