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華になれない草令嬢は、どこまでも軽い王子に絡まれる

 十七歳。

 世の令嬢や王女たちが、社交界で一際目立つ麗しき華になるため本気で開花に取り掛かるお年頃だというのに、土いじりや薬草の栽培、お薬の開発に熱を上げる偏屈な娘。


 それが私、ラウネルア・グラシアル。


 華となることを望まない、つぼみですらない故に『草令嬢』なんてあだ名をクラスメートにつけられ、グラシアル男爵家の残念な長女として、学園内の全ての者に認知されている。

 野暮ったいバサバサの赤錆色の髪が、そのあだ名を広めるのに一役買っていた。


 どうでもいいけどね。


 流石に面と向かって口にするほど遠慮知らずな人もいないし、私のいないところで言うなら別に構わない。

 別に、陰口を叩かれることのない清廉な人間を目指してるわけでもないのだから。


 今日も今日とて薬学部で新薬の開発とテスト三昧。


 最近では魔法も用いている。

 致命傷でもたちまち癒すとか、炎の雨を降らせるとか、遠く離れた場所に飛ぶとか、そうした劇的なものではない。

 私に使えるのは初歩の魔法だけだし、それで今のところは充分。

 癒しの魔法を薬草をすり潰して清らかな水で溶く時にかけたり、浄化の魔法をかけて毒草から危険な成分を抜いたりといった風に、実用的でささやかなやり方だ。


 いずれは草令嬢から草魔女にあだ名が悪化しそうな気もするが、まあいいや。

 ドレスだの宝石だのパーティだのお茶会だの他人の色恋沙汰だの将来性のある男だの、私には興味もなければ縁もない。


 ……嘘をついた。


 男に興味がない、わけでは、その、まあなんというか、ないこともない、うん。


 昼夜問わず薬草の栽培や効能に情熱と体力と時間を費やしている私でも、それなりに夢想のひとつやふたつする。

 自分の元に、非の打ち所のない美形の男性が現れ、君こそ運命の人だと、片膝ついてプロポーズを──


「ふへへ」


 つい変な声を出してしまった。


 都合の良い妄想に頭までどっぷり浸っていると、品のない笑いが口から勝手にポロポロこぼれ落ちていく。

 私が抱える悪癖の中でも屈指の問題児だ。

 どうにか躾をしたいのは山々だが、反抗期なのか理性と品性に逆らうばかりで一向に改心しようとしない。


「我ながら困ったものね」


 机に置かれたすり鉢で、先ほど採ってきたばかりの薬草をゴリゴリと細かく潰しながら自虐した後、ため息をついた。


「これじゃ彼氏なんて夢のまた夢か」


 またため息が出た。

 さっきのより、長めに。



 この学園は広い。

 広ければそれだけ人もいる。

 何を言いたいのかというと、人が多ければ変人の数も多くなると言いたいのだ。


「あなたみたいにね」


「お前もだろ」


 この学園の門をくぐって一年。

 ほとんど私と関わりを持とうとしないクラスメートの中で、唯一、まともに接して──いや、絡んでくる男がいる。


 ヴァルツガード・フォルク・アースノア。


 このアースノア王国の第四王子。

 れっきとした王族であり、王位継承権も一応持っている。

 「俺まで回ってくることはまずないと思うがね」とは本人の弁だけど、そうであってほしい。

 美形ではあるがとにかく軽いこの男に国の行く末を任せるとか、ハイキングすらしたことない私に白竜山の登頂に挑ませるくらいの愚行だ。


 だからクラスメートも──私に対するほどではないが──あまりお近づきになろうとはしない。

 それでも、友好的な関係を持つ生徒は少しはいる。

 王族と親しくなるメリットと、将来この男が何かやらかして連座になるかもというデメリットを、誰もが秤にかけているのだろう。


 逆に、この男の方から自発的に寄ってくるケースは、流石に私ぐらいしかないようだ。


「お前も言うようになったもんだよな。初対面のときのオドオドぶりが嘘のようだ」


「おかげ様でね」


 この男の粗雑な物言いに付き合っているうち、私の頭から不敬という言葉が抜け落ちるのに、数ヶ月かからなかった。

 それくらいわずわらしい人間なのだ。

 背もたれを抱えるように椅子に座っている、目の前のこの、顔だけは無駄に良い男は。


「毎日毎日こんな薬臭い場所にこもってないでよ、たまには着飾ってパーティにでも出たらどうだ? いい気分転換になるだろ」


「面白いことをおっしゃるのね、ヴァル様は。もしや、王宮では、さらし者になるのを気分転換と言うのですか?」


「ンな刺々しいこと言うなよ、ルア」


 私が了解するはずがないとわかっていながら、この男は懲りずに提案してくる。

 もう何回断ったかも覚えていない。

 もしかしてこの男は、たまたま見つけた珍獣を知人友人にお披露目したいとか、そんなよからぬ思いから誘いをかけてるのかと怪しんだりもしたけど……どうも違うみたいなのよね。


「いや、それがな」


 椅子ごとズリズリとこちらに移動して、耳打ちしてくる。

 最初の頃はこれをやられて鮮血花もかくやというくらい顔が真っ赤になったけど、今は慣れたから、心臓の鼓動がちょっと速まるくらいに落ち着いたけどね。


「面白いものが見れそうでな。一緒に見物といかないか?」


「面白い?」


 いつもと違う切り口からのアプローチに、私の食指がピクリと動いた。

 初めての感覚だった。



「イアラーシャ・リストル! 私は今日この時をもって、お前との婚約を破棄する!」


「……サマル様、本気でおっしゃっているのですか?」


「当然だ。お前のような性悪女を伴侶にするなどたまったものではないからな。学友であるサキュビサを目の敵にして散々いじめたと言うではないか。今まで怖かっただろう、サキュビサ」


「あぁ、優しいサマル様……そのお言葉だけで、サキュビサは満足ですぅ」



「……これが、面白いものとやら、ですか?」


「つまらんか?」


 パーティ会場の端のほうで、私とヴァル様は、なるべく目立たぬように、唐突に始まった見せ物を眺めていた。


 今夜のパーティの主催そっちのけで注目を集めるのは、サマル・バッカーダ伯爵令息、イアラーシャ・リストル辺境伯令嬢、そして富豪の娘であるサキュビサ・ロマンドだ。


 イアラーシャさんだけは知っている。

 隣のクラスに在籍している学園きっての才媛だ。

 文武両道、美しさも凛々しさも兼ね備えた彼女が婿を取ればリストル領は今後も安泰だろうという話を、私の隣にいるエスコート役から聞いたことがある。

 その未来も台無しになったけどね、今。


 それはそうと、やはりこの……虚飾に彩られ、香水のくどい臭いが漂う場の空気には慣れない。

 しかも久々に着飾ったので何だか締め付けられてるような違和感がある。

 そんな思いを抱く令嬢など、きっとこの世に私だけだろう。


 ああ、あのかぐわしい薬の匂いに満ちた部室や、我が家の実験室に戻りたい。

 鼻を押さえつつ、私はここまでのだるい経緯を思い出し、来たことを後悔していた。



 私が殿方からパーティの誘いを受けたと言ったときの、我が家の騒乱ぶりは凄まじいものだった。

 昔から私に付いているメイドが「青天の霹靂ですね」とか抜かしたので、尻をつねりあげて悲鳴を上げさせたのがかき消されるほどの大騒ぎに私は辟易してしまい、やっぱやめようかな……とか思ってるうちにあれよあれよとドレス姿にさせられていた。


 それから大鏡で自分の晴れ姿を眺めたが、やはり、無理やり形を整えた感のある、微妙な仕上がりだった。

 しょうがないわ、なにせ草令嬢だもの。


 それから馬車に揺られて会場につくと、そこでヴァル様とこっそり現地合流したのである。



「こんなことを言うのも何ですが……あの方、騙されてません?」


「ほう、そこに気がつくとは……かなりの切れ者だな」


「いやわかりますよ。あのサキュビサとかいう子、あまりに白々しいですもの。私でもわかるくらい演技くささが半端じゃありませんよ。……なんであの方は気づかないのかしら」


「頭の中身がスカスカだからだろ」


 ちゃらんぽらんを絵に描いたようなあなたにそこまで言わせるのだから、底抜けのお馬鹿なのでしょうね。


「今なんか失礼なこと思ったろ」


「いえ全然」


 涼しい顔で追及を受け流し、私は手元にあるグラスに口をつける。

 目の前で繰り広げられる痴話喧嘩──と呼ぶには影響が大きすぎる騒ぎを肴に、葡萄ジュースをゆっくりと呷った。



「……いやー、波乱万丈だったな」


「まさか、あんなどんでん返しが待ち受けていようとはね。予想外でした」


「たかが辺境伯の娘が! だってよ、ぷぷっ。あの伯爵家の三男坊、辺境伯を力の弱い田舎貴族だと思ってたんだぜ? 仮にも貴族の令息がよ……あはははは!」


 腹を抱えて無邪気に笑うその様子は、とてもこの国の王子様とは思えないが、しかし事実である。

 まあ、先程の会場にいた、誰と関われば得になるかという打算や、好みの女性を物色することしか頭にない連中よりは、ずっとマシな気もしないでもないけど……そうかな……そうかも……。


「私はあのサキュビサって子の豹変に驚きましたね。自分の悪行を逆にあの場で明かされて、まさかイアラーシャさんに飛びかかるとは」


 スプーンより重いものを持ったことがなさそうな人が、本物の槍を自在に振り回せる人に勝てるわけないのに。


「あっさりかわされた後、床に引き倒されて腕をねじられてたけどな」


「凄い早業でしたよ。どうやったのかまるでわかりませんでした」


「かわしたのと同時に足を引っ掛けたんだよ。それであんな綺麗に転がったんだ」


「よく見えましたね」


「ん? ああ、そのくらいは俺でもな。ついでに言うと──お前の手助けもわかってるぞ」


「あら、よくご存知で」


「誰も気づいてないみたいだが……やったんだろ?」


「余計なお節介でしたけどね。あの体捌きなら目潰しなど不要でしたわ」


 ヴァル様が仰っているのは、私が魔法の息を吹いて、何かを飛ばした事についてです。

 護身のため、いつも暗闇百合の花粉を手元に隠してあるのですが、それを今回はサキュビサ様の顔に飛ばしたのです。


「急に顔をしかめたからな。あの性悪娘。しかも、周りの状況がわからなくなってる様子だった。誰かが仕掛けたのは自明だ。となると、あの場でそれが出来るのは……」


「私くらいしかいない、と」


「どうせやるならもっと派手にやって、イアラーシャ嬢に、ひいては辺境伯に恩を着せるさ。こっそりやったってことは、目立ちたくないからだろ? そんな奥ゆかしい人間はあの場でお前くらいのものだ」


「──参りました。見事な名推理です」


 私が白旗を上げると、ヴァル様は子供のように無邪気に微笑みました。


 こうしてパーティはめちゃめちゃとなり強制的にお開きに。

 あの愚かなカップルには今後どんな罰が下るのか。


「今回の件で、辺境伯と伯爵の仲が険悪になるのは避けられないだろうな……お隣が裏からちょっかいかけてくるかもしれん。ま、俺の知ったことじゃないけどさ」


「仮にも王族の言うことですか」


「下手に首を突っ込んで抜けなくなったところを、バッサリやられて胴体と泣き別れとかたまらんぜ」


「薬ならお作りしますよ?」


「あのな、薬でどうにかなるレベルじゃないだろ」


「いえ、傷薬ではなく、恐怖をごまかすための、楽しい気持ちになる薬です」


 珍しくヴァル様が苦虫を噛み潰した顔になったのが、魔法の街灯にぼんやりと照らし出された。


「違法薬物は重罪だぞ。作るのも使うのもな」


「そこはご安心を。私の生み出した『ハッピーキャッツ』は、まだ合法な品物の枠内に入っていますから」


「まだってオイ…………それはまあ、聞かなかったことにするとしてだ。傷薬のほうは今後も作ってくれたら助かるな。あれは効き目がとんでもないから、魔物の討伐には必ず持っていきたい」


「あら、そうですか! それは喜んでいただけて何よりです。うんうん、やはり王子様だけあって、私のお薬の真価がわかるんですね」


「第四王子でも身体を張らされるのがこの国だからな。できれば、いつまでもずっと提供してくれたら助かる」


「それはまあ、できないことも……って」



 ……………………あら。



「つまり……()()()()()()ですか?」


 面白い見せ物で釣ったのも、良さげな状況を見計らって、それを言いたかったから……だからなのかな。

 もしかして、これまで何度もパーティに私をお誘いしていたのも……。


 ……いやー、自分で言うのも何ですが、女の趣味悪いですね、あなた。

 華より草が好みとか。


「質問の意味がわからんな」


 ならどうして照れ臭そうに顔をそむけるのですかね。


「ふへへ。まあ、今はまだそのくらいでいいですよ」


「何だよその笑い。やめろよ」


 第四王子、ヴァルツガード。

 ひたすら軽い男ではあるが、悪い男ではない。

 思い描いていた理想とはちょっと異なるが、そこは目をつぶろう。


 ──にしても、王子様で妥協するなんて、やはり私の中には不敬という概念がもはや一欠片もないらしい。


「それじゃ、馬車まで行きましょうか」


 生まれて初めて、同年代の男性の腕に自分の腕を絡める私は、ドレスの窮屈さも忘れ、足取りも羽のように軽くなっていたのでした──

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