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男装の歌姫は悲劇の天使に溺愛される~彼は私を守るため天使になった。私は彼と生きるために男装する~  作者: 綾森れん
第三幕、天使の歌声と悪魔召喚

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57、本番直前に波乱の気配

「オリヴィエーロとリオネッロのデュエット、第二部の後半になったから」


「えっ、下級生は第一部じゃなかったんですか!?」


 プログラムは終盤ほどうまい人が出るように組まれていた。トリを務めるのは当然ながらカッファレッリだ。


「それが君たちの曲を編曲したハッセ氏、ファリネッリのためにセレナータの作曲を進めてるそうじゃないか。流行に敏感なナポリの音楽通たちが、ハッセ氏のブレイクが近いんじゃないかと嗅ぎつけて、音楽院の演奏会に押しかけそうなんだ」


 第二部に出演するのはカッファレッリを始め明日のスターたちだから、新人歌手を早めにチェックしたい音楽通やエージェントも聴きにくると言う。彼らの利便性を考えて、私たちのデュエットも第二部に移されたらしい。


「分かりました」


 了承するしか道はない。リオがおびえているのではないかと心配して横を見ると、彼はまっすぐレーオ先生を見上げてうなずいていた。


「お客さんたちの期待に(こた)えてみせます」


 リオはファリネッリの歌を聴いた夜から少し変わった。手の届かない高みを()の当たりにしてうろたえた私とは反対に、リオは指針となる北極星を見つけたかのように、力強い足取りで歩み始めた。


「そんな気負わなくて平気だよ」


 レーオ先生は(ほが)らかに笑った。


「お客さんはチェンバロを弾く作曲家ハッセ氏を見に来るだけだから」


 安心させようとしてくれたのだろうが、レーオ先生の言葉に私たちは少しがっかりした。




 通奏低音の授業を終えると、私とリオは廊下の端で練習を始めた。チェンバロのある部屋はあいていなかったのだ。周囲には音があふれているので、デュエットの最初の音を探して私たちは歌い出した。


「リオ、歌ってるうちに高くなってると思う。伴奏があれば平気かもしれないけど」


 私がピッチについて指摘すると、リオは真面目な面持ちでうなずいた。


「それでオリヴィエーロ、いつもB部分で自信なさそうに歌ってるんだね。僕のせいだった」


「いや、そこは本当に音が取りにくいんだ。もう一度あわせてみよっか」


 集中して練習していると、長くなった日も傾いてきた。


「そろそろ帰らないとだめかな」


 窓の外を見上げる私に、


「最後に頭からあわせたいけどね」


 リオが練習続行を希望したので私は少し驚いた。今までのリオは練習より、談話室で私や仲間とおしゃべりするほうを好んでいたから。


 リオがやる気になっているのにもったいないのだが、私は両手のひらを天井に向けた。


「今日はボクたち配膳当番だから、そろそろ厨房に行かないと怒られてしまうよ」


 近所の人たちが厨房で働いて料理を作ってくれるが、運んだり配ったりするのは寄宿生の役目だ。


 リオは残念そうに溜め息をついた。


「本番前くらい当番を免除してくれたっていいのに」


「お前らも寄宿舎に戻るところか?」


 突然うしろからかかった声に驚いて振り返ると、廊下に面した部屋の扉が開いて、カッファレッリがいつか見たオルガン奏者のマルコさんと出てくるところだった。


「そうなんだ。僕たち本番前なのに配膳当番だから」


 不服そうに答えたリオの首根っこをカッファレッリがつかまえた。


「本番が近づくたびに当番免除してたら、聖歌隊に入って毎週歌ってる奴なんて当番するときがないだろ」


 確かにカッファレッリの言う通り、一週間前から本番前だと騒いでいたら本番前の生徒だらけになってしまうのは事実だ。


「いいか? プロになるってのは本番が日常になることなんだよ。息を吸うように人前で歌えるようになれ」


 リオは反抗せず、口をとがらせたままうなずいた。


 私は、ごく自然に人前で歌っている将来の自分を思い描き、期待と不安に胸を躍らせる。ちょっぴり怖いけれど、私はその未来が欲しい。




 今日の配膳当番は私とリオ、そして最近ますます青白い顔をしているエンツォ、それから普通の少年たちが三名という布陣だった。


 何も問題が起こらず終わるようにと祈りながら、私はリオと共に厨房前へ向かった。寄宿生が一堂に会する食事の時間は、私たちカストラートの生徒に対する嫌がらせが起こりやすい。エンツォが当番だとなおさらなのだ。


 普通の少年が寸胴鍋を受け取りながら、私たちを振り返った。


「お前らオカマはなよなよしてっから、どうせ重い鍋は運べねえんだろ」


 鼻で笑い飛ばす態度に腹が立つとはいえ、重いものを運んでくれるのは助かる。手術を受けた少年たちの筋力が普通の男ほど発達しないのは事実だから。十代後半に差し掛かっているであろうエンツォでさえ、背は伸びても華奢なままで頼りにならない。


 私は一番軽いであろう、ゆで卵が並んだトレーを手に取った。私たちだけの特別追加メニューなので、数が圧倒的に少ない。


 エンツォとリオはパンの入った麻袋をかつぎ、皆で食堂へ向かう。人なつこいリオはエンツォに話しかけようとそばに寄って行ったが、エンツォはふいとそっぽを向き、足早に食堂へ入ってしまった。


 木の台に鍋やパンを並べていると、腹をすかせた寄宿生たちが盆を片手に集まってくる。先頭を陣取っているのはでかい図体をしたトランぺッターのピッポだ。私が初日にホットミルクで洗ってやった汚い顔がこちらを見る。目が合った瞬間、嫌な予感がした。

次回『愚か者どもの嫌がらせに傷つく者と、傷つけられない者』

前半が胸くそ展開なので、後半の解決編まで一挙公開です(文字数が三千を超えました 汗)

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