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男装の歌姫は悲劇の天使に溺愛される~彼は私を守るため天使になった。私は彼と生きるために男装する~  作者: 綾森れん
第一幕、リオが天使になった日

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16、リオは私の歌の先生

 リオと二人、急いで畑仕事を片付けてから小川を越えて森の入り口まで移動する。ここまで来ればアンナに歌の練習を聞かれる心配はない。


 小鳥たちは枝から枝へと飛び交い、美しい声を響かせる。私とリオも彼らに混ざって歌うのだ。


「オリヴィア、そっちの木に背中とかかとをつけて立ってみて」


 リオがまっすぐ伸びた常緑樹を指差した。私は理由も分からずに従う。今はリオが先生なのだ。


「こうかな?」


「うん。頭のうしろもつけて。そのまま昨日の音階を歌ってみて」


 指示を出してからリオは、最初の音を歌ってくれた。母音でたった一音、聞かせてくれるだけで私の心はふわりと魅せられる。


 なるべくリオの響きを思い描いて声を出す。


「なんかさっきより歌いやすい」


「うん。まっすぐ立つと声もまっすぐ出るでしょ。歌うときに姿勢のことばかり考えるのは変だけどね」


 私はコクコクとうなずく。今の感覚を忘れないようにしよう。


「オリヴィア、息を吸うときは深呼吸するように伸び伸びと吸って」


 私は両手を広げて息を吸った。


「こうかな?」


「うん、それで息を吸うと同時に喉の奥を開ける感じ。そのまま息に声を乗せて歌ってみて」


 リオは自分が先生から学んだであろう発声を基礎から丁寧に教えてくれた。


「オリヴィアの声はしっとりとした深みがあって、僕やっぱり好きだなぁ」


 褒めるのも忘れない。


「一曲目は僕と一緒にキリエを歌おう。僕がソプラノパート、オリヴィアはアルトパートを歌うんだ。もう一曲、クレドのアルトソロを歌ってほしいな」


 さらに選曲までしてくれる。だが私は難色を示した。


「クレド? この間の日曜も、なんだか間の抜けた裏声でおじさん歌手が歌ってたけど、かっこよくなかったよ。私、リオが歌ってるグローリアがいいな」


「グローリアは華やかなソプラノの声に合うから、オリヴィアの声には向かないと思う」


 歌の話になるとリオは明確に自分の意見を言った。私は少なからずショックを受けて、


「私の声、地味だもんね」


 うつむいて靴の先に視線を落とした。


「地味じゃない。オリヴィアの声には情熱がこもってるし、なんかなつかしくて、秋の夕暮れ時に心をぎゅってつかまれるみたいな感じがするもん」


「哀愁を感じるってこと?」


「アイシュー?」


 リオはこてんと首をかしげた。


「私はリオの、お空の上まで届きそうな声が好きなんだけど、私は練習してもリオみたいに軽やかな声は出せないの?」


「えぇ、僕はオリヴィアのあたたかい声、優雅な感じがして好きなのに。僕には出せない落ち着いた音色でかっこいいよ」


 リオの言葉に驚いたとき、私は聖書の一節を思い出した。「今あなたが持っているもので満足しなさい」――半年前、私はこの言葉を受け入れる気持ちにはなれなかった。


 だが今、気づいたのだ。リオの声は神様からの授かり物だと思ってきたけれど、私の声だって神様が下さったものだ。世界にたった一つしかない宝物なんだ。


「私、たくさん練習してこの声を磨いていくよ」




 二十日近く経って、ようやくあの気障(きざ)な男は村へやってきた。


 小川の近くで練習していた私とリオは、遠くから近づいてくる馬車に気付いて歌うのをやめた。うろこ雲に覆われた空の下、黄色く色づいた木々の間を抜けて、馬車は私たちのあばら家へ向かって行く。


「ジャンなんとかかな」


 私は馬車を目で追った。


「うん、きっとジャンおじさんだ。帰ろう」


 リオが私の手を優しく握った。


 家に着くと玄関の前で、ルイジおじさんとジャンが話していた。


「リオネッロくんも順調に回復したようでよかったですよ。中には傷口が化膿して高熱を出す子供もいますからね」


 上質な服に身を包んだジャンなんとかが、平然と言い放つ。


 家の中からは今日もアンナおばさんのうなり声が漏れてくる。私とリオが練習のために森へ行っていたから仕事を言いつけぬよう、ルイジおじさんがまた聖なるメダルをまいたのだろう。おじさんは無表情のままメダルを回収したり、ばらまいたりして、アンナおばさんをコントロールしていた。


「なんの声です?」


 ジャンの耳にも聞こえたらしい。気味悪そうに視線を左右に動かしている。


 ルイジおじさんは顔色ひとつ変えず、


「近所の豚が産気づいた」


「近所?」


 ジャンは集落の方を見ながら、


「結構離れているじゃないですか」


「大きな声で鳴くのさ」


 おじさんは興味なさそうに話を終わらせた。


「それよりうちの娘からあんたに頼みがあるそうだ」


 言い捨てて工房へ向かおうとする背中に、


「ルイジ氏、彼女をナポリへ連れていく話なら、前回来たとき引き受けるとお答えしたじゃないですか」


 慌てて声をかける。こっちを向いてさえくれないジャンに、私は大きな声で告げた。


「私、リオと一緒に音楽院へ行きたいの」

まずはジャンなんとかに歌声を聞いてもらわねばならない。

さて、オリヴィアの未来は?

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