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男装の歌姫は悲劇の天使に溺愛される~彼は私を守るため天使になった。私は彼と生きるために男装する~  作者: 綾森れん
第一幕、リオが天使になった日

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15、オリヴィアの行き先は音楽院じゃなかった!?

「わしはあのジャンなんとかっちゅう怪しげな男に、娘もここから連れ出してくれるように頼んだのだ」


「ジャンなんとか?」


 オウム返しに尋ねてから、あの都会風の男のことだと気が付いた。


「うむ。ジャンバッティスタ――なんといったかな。長ったらしい名前での」


 ルイジおじさんは太い指でこめかみをさすっていたが、


「ああ、ジャンバッティスタ・フィオレンツァと名乗っておった」


 面倒なので私は「ジャンなんとか」で覚えることにした。


「そのジャンなんとかが、私をリオと一緒にナポリまで連れてってくれるってこと!?」


「察しがいいの。さすがオリヴィアだ」


 ルイジおじさんは満足そうに、白いものの混ざり始めた無精ひげを撫でていたが、その顔にはすぐに苦渋の色が戻ってきた。


「わしはオリヴィアに仕事先も住処(すみか)も用意してはやれん。許してくれ」


 なぜルイジおじさんは謝っているんだろう? 困惑する私に気付いて、おじさんは再び重い口をひらいた。


「だがナポリは大きな街だと聞く。わしは行ったことなどないが、ローマのような大都市ならば裕福な家もたくさんあるだろう。住み込みの仕事も見つかるはずだ」


「え――」


 男装してリオと一緒に音楽院へ行くつもりでいた私は、目の前が真っ暗になった。


「ジャンバッティスタが、家事使用人や洗濯婦をあっせんする仲介の者に、オリヴィアを紹介すると言ってくれた。あいつは軽くて好かんが、面倒見は悪くない」


 自分の未来が暗闇のカーテンに閉ざされていくようだ。私は真っ黒い不安の海におぼれる前に、なんとか声を上げた。


「おじさん。私、住み込みの女中なんてやりたくない」


 ルイジおじさんは目を見開いた。


「何を言っておる、オリヴィア。この家にいれば悪魔の影響を受けるか、あれに売り飛ばされるかしかないんだぞ!?」


 おじさんの強い口調に私はひるんだ。いつも金切り声を上げていたアンナがどんなにわめいても右から左だったが、怒った姿を見たことないおじさんが大きな声を出すのは怖かった。


「おじさん」


 しっかりとした声は、私のすぐ隣から聞こえた。


「僕もオリヴィアから離れたくない」


 怖がりだったはずのリオが、夜空の星々を閉じ込めたような瞳でおじさんを真正面から見据えていた。


「オリヴィアは僕の服を着て、僕と一緒に音楽院へ行きます」


 まるで占い師か占星術師のような口調で、リオは宣言した。


「馬鹿な」


 ルイジおじさんは悪夢を払うかのようにかぶりを振った。


「おじさん、お願い」


 私の嘆願に、


「決めるのはわしではない。頼む相手はジャンバッティスタだろう」


 疲れ切った声を出した。


 顔を見合わせる私とリオに、


「大体オリヴィア、リオと違ってお前の声には教会のお墨付きもないんだぞ」


 冷静に水を差した。


 確かにそうだ。リオは歌の才能があるから音楽院に入れるんだ。私には何もない。心にぽっかりと穴が開いた。


「じゃあオリヴィアの歌を聞いてもらえばいいね」


 胸に開いた虚無を見つめていた私の耳に、リオの無邪気な声が届いた。


「ジャンおじさんは一ヵ月くらい経ったらまた来るって言ってたから、まだ二週間くらい時間があるはず。僕、オリヴィアに歌を教えるよ!」


「そんな一朝一夕で」


 口をはさみかけたルイジおじさんを遮り、


「オリヴィアの声は綺麗だから大丈夫。それにジャンおじさんは僕にこだわってたから、オリヴィアと一緒じゃなきゃナポリに行かないって言えば、聞き入れてくれるよ」


「お前それは希望的観測が過ぎるというもんだ」


 難しいことを言うルイジおじさんにも、リオはまるで屈しない。


「いや、聞き入れさせるのさ。僕が将来この腕に抱くはずだった、オリヴィアと僕のかわいい赤ちゃんを奪ったんだ。オリヴィアと僕の子供たちを殺したんだ。責任とらせてやる」


 リオの気迫に気圧(けお)されて、私は無意識のうちに唾液を飲み込んでいた。


 ルイジおじさんも、まじまじとリオを見つめている。彼の胸の内が手に取るように分かる。リオネッロはこんな少年だったろうかと、呆気(あっけ)にとられているのだ。 


「お前は――」


 やがてルイジおじさんは、どこか悲し気なかすれ声をしぼり出した。


「――変わったなあ」


 変わらざるを得なかったのだろう。


「うちに連れて来られたときは何も分からぬ子供だったのに、たった半年で大人になったなあ」


 リオはふと子供らしくない笑みを浮かべた。


「そりゃ、なるよ。(だま)されて奪われたんだから」


 私もルイジおじさんも何も言えなくなった。


 リオはもう、誰かを信じて願いを託すことをやめたのだろう。望んだ結果は自分の手で勝ち取るしかないと胸に刻んだに違いない。


「分かった。わしは反対などせん。あれが二人の練習を邪魔しないよう、できるだけのことをしよう」


 


 翌日からリオの特訓が始まった。あの都会風のいけ好かない男――ジャンなんとかがいつ村にやって来るのか、正確な日付は分からない。二週間後か、二十日後か。とにかく短期間であの男をごまかせるだけの歌唱力を習得せねばならない。

オリヴィアはリオと共にナポリの音楽院へ行けるのか?

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