14、リオを手術台まで運んだ周到な計画
「リオの手術は一家の主にも止められなかったの?」
私のちょっといじわるな問いに、ルイジおじさんは深く長いため息をついた。
「リオネッロは豚に突撃されて玉をつぶされたことになっておる」
「ぎゃっ」
リオが思わず股間を押さえた。ルイジおじさんは険しい表情のまま、
「ほとんど面識のないパオロとかいう男が老神父と共にわが家へ来て、息子さんに怪我をさせてしまったと言いやがった。詫びに大量の野菜が入ったかごを差し出してきたが、わしは受け取らなかった」
「パオロって実在したんだ」
私の独り言にルイジおじさんはうなずいて、
「大方、あの都会から来た男に金をつかまされたのだろう」
「一緒にいた老神父様もグルってこと?」
重ねて問うと、ルイジおじさんはさらに苦い顔になった。
「老神父は、パオロに相談されたから謝罪についてきただけだと話しておったな」
絶対に一枚かんでいるはずなのに、尻尾を出さないとは。
「あのおじいちゃん神父様、僕たちの練習を時々見学してたんだよ」
リオが固い声を出した。才能ある少年を見極めていたに違いない。
「あの日も練習の最後に現れて、練習が終わったら手招きされたんだ。ついていくと翼廊の先にある小部屋でアンナおばさんが待ってた。そこで言われたんだ。オリヴィアがこの村で暮らすには、僕が歌手になるしかないって」
リオは両手でズボンの生地をぎゅっと握った。私の心にまた怒りの炎が吹き上がる。
「その話を聞いて老神父、何も言わないわけ?」
「老神父様は小部屋に入ってないよ。僕を連れて行っただけで、すぐいなくなっちゃったもん」
いつも重要な局面で姿を現し、糸を操り、全てを知っているはずなのに、アンナのように直接手を汚すことはしないのだ。
「なんてずるい奴なの」
ランプの炎をにらみつける私に、リオは大人びた仕草で首を振った。
「全部、仕組まれてたんだ。蜘蛛の巣みたいに罠が張られてたんだよ」
リオがアンナおばさんの話を嘘とも知らずに受け入れると、教会の外へ連れていかれた。教会前の広場にはすでに馬車が止まっていて、アンナと二人で乗り込んだそうだ。
「御者は知らないお兄さん。何も聞かずに街の理髪師さんのところまで馬を走らせた」
年端も行かぬ少年をわざわざ馬車で街の理髪店まで運ぶことに、男が違和感を抱かぬはずはない。老神父も御者も理髪師も、誰一人として良心の呵責を覚えないのか?
「理髪店についたらまだ昼なのに、暖炉にあかあかと火が燃えていて、葡萄酒があたためられてた。それをたっぷり飲むように言われたんだ。砂糖が入ってたみたいで甘くておいしかったけど」
外科手術の麻酔代わりだろうか。
「ぽかぽかして眠くなって、そのまま寝ちゃったんだ。起きたら夜になってて、全部終わったあとだった」
リオの虚ろな声が儚く響いた。私の心は捉えどころのない寂寥感に引きずり込まれそうになる。
「あそこも頭も痛くて、気持ち悪くてベッドの上で泣いてたら、あの洒落者のおじさんが部屋に入ってきた。アンナおばさんはもう帰ったって言われて、水を飲まされてまた寝たんだ」
リオの瞳はどこか遠くを見ているようでいて、何も映してはいなかった。
「ごめん。リオ、ごめん」
私は立ち上がって、彼を抱きしめていた。
「痛かったよね。怖かったよね。私のためにこんな――」
「僕が決めたことだ」
凛とした声が私の鼓膜を打った。
「オリヴィアが謝ることじゃない。僕が自分の意志で選んだんだから」
光が戻った榛色の瞳で、彼はまっすぐ私を見つめていた。
「でも――」
騙されて、と言おうとした私の唇にまた人差し指を立て、
「僕はこの身を愛に捧げた。後悔はない」
うっすらと笑みすら浮かべて言い切った。深く澄み切った瞳に宿る揺るぎない自信に、私の胸は跳ねた。トクンと鳴った自分の心音を、耳の奥に聞いた気がした。
「リオ、かっこいい」
私は心に浮かんだままを口に出した。
「えっ、オリヴィア――」
みるみるうちにリオの頬が薔薇色に染まった。やわらかい金髪の上で橙色をしたランプの灯りがキラキラと踊って、彼の髪は光そのものみたいだった。
「わしの心はお前たちのまっすぐな生き方に救われておる。礼を言いたい」
ルイジおじさんの低い声に、私たちは二人の世界から引き戻された。
「わしは悪魔のために働きたくないのだ。本当のアンナは決して、子供たちを不幸にして喜ぶような女ではなかったから」
目元に刻まれた皺は苦悩した時間の重みを感じさせたが、ルイジおじさんの灰色の瞳には生き抜いてきた証が宿っていた。
「わしはオリヴィアもこの家から逃がしたい」
古びた机の上に置いた両手の指を組み替えた。根気を物語る節くれ立った指には、過去の苦労や挫折と共に不屈の精神が宿っていた。
「どうやって――」
私は早くなる鼓動を抑えながら小声で尋ねた。
ルイジおじさんの計画とは?




