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男装の歌姫は悲劇の天使に溺愛される~彼は私を守るため天使になった。私は彼と生きるために男装する~  作者: 綾森れん
第一幕、リオが天使になった日

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11、気がふ〇たアンナおばさん

 私の心配は、廊下に広がる異様な光景に吹き飛ばされた。


 アンナおばさんが廊下を這いつくばって、ばらまかれた銀貨を必死で集めようとしている。


「違う。銀貨じゃない……」


 ルイジおじさんが手にした灯りの中に浮かび上がったのは、聖なるメダルだった。小さいものには聖人たちが、中くらいのにはマリア様が、大きいメダルにはイエス様が描かれていた。


「あたしのお金。あたしのだよ。誰にも渡すもんか」


 アンナおばさんの目には銀貨に見えるらしい。ひび割れた指先を伸ばすが、そのたびに不気味な悲鳴を上げる。


「ひぃっ、熱い!」


 だが幾度やけどしても性懲(しょうこ)りもなくメダルを拾い集めようとあがき続ける。


 四つん這いになったおばさんを避けて歩くルイジおじさんが、悲しそうな目で彼女を見下ろした。あとに続くリオは憐みのまなざしを向けている。


 私はネズミの死骸を見つけたときのように、ひょいっと飛び越えた。だがふと思い出して数歩戻ると、リオをだました恨みを晴らすべく彼女の横っ腹を蹴り上げてやった。


「ぎゃうっ」


 獣のような声をあげるアンナは、銀貨のように輝くメダルに夢中で誰に蹴られたか分からないようだ。


 アンナの叫び声にリオとルイジおじさんが振り返ったが、私は何食わぬ顔で彼らのもとへ駆け寄った。


 きょとんと首をかしげたリオがかわいくて、私はつい彼のブロンドを撫でた。


 だがリオは喜ぶ代わりに口をとがらせた。


「ちょっと――」


 非難がましい顔をするのがまた愛らしい。リオにはこれ以上、汚い現実を知って苦しんでほしくない。君が背中を向けているうちに私がこっそり成敗しておいたからね。




 埃っぽい工房に足を踏み入れると、革製品の香りに、塗料や薬剤のような嗅ぎ慣れない匂いが混ざりあっていた。


 木製の棚には小物入れや鞄、水差しや酒器などの革製容器まで、様々な革製品が並んでいる。どれもシンプルでありながら研ぎ澄まされた線で形作られていて、まるで輝きを放っているようだ。そこかしこに革の切れ端が散乱した、薄暗い工房には不釣り合いに見えた。


 ルイジおじさんは無言のまま、ランプの明かりが届かない工房の奥へと歩いてゆく。(すみ)の台には、巻物の如く筒状に丸められた革が並んでいるのがぼんやりと見えた。


 台の陰に積んであるのは革張りの椅子だった。ルイジおじさんは古い椅子を二脚持ってくると手の甲で雑に埃を払って、私たちに座るよう首だけで促した。


 腰を落ち着けるより早く、待ちきれないと言わんばかりの様子で、リオが口を開いた。


「ねえ、さっきのアンナおばさん、何? どうしちゃったの?」


 ルイジおじさんは腰を押さえながら、古びて黒ずんだ机の前の椅子に座った。机の上には縫いかけの革手袋が置いてある。


「悪魔は聖なるメダルに触れられないんだ」


 苦し気に眉根を寄せたルイジおじさんに、


「悪魔?」


 私は思わず聞き返した。神父様の説教でもないのに悪魔だなんて、私たちを子ども扱いしているの?


 だがリオは素直にうなずいた。


「そっか。アンナおばさんが平気で嘘つくのは、心に悪魔が入り込んでるせいなんだ」


 ルイジおじさんは痛みに耐えるように目をつむったままうなずいた。


「わしらに子ができんのも悪魔のせいなのだ。悪魔となった者に、主は命を授けてはくださらん」


「ちょっと待って」


 私は二人の話に割って入った。


「悪魔ってたとえ話じゃないの?」


「たとえ話ならどれほどよかったか。悪魔は子を産む代わりに、人間の悪意を糧にして増えて行く」


 意味をつかみかねて私が口を閉ざしていると、


「アンナおばさんが増えるってこと?」


 リオが素直な問いを発した。


「そうではない。近くにいる者もまた、心を悪魔に(むしば)まれていくのだ。憎しみは憎しみを呼ぶのだよ。だからわしは必要最低限しかあれと関わらぬようにしておった」


 確かにルイジおじさんはアンナとほとんど口を利かなかった。単に無口なだけかと思ってたわ。


「オリヴィア、お前はあれとよく一緒におったが、悪魔に近づかれてはおらぬか?」


 ルイジおじさんに問われて、私は慌てた。


「えっ、悪魔なんて見たことないし――」


「目に見えるのではなく、心に忍び寄ってくるのだ。心に悪魔が入り込むと簡単に人を騙したり、罪悪感なく盗みを働いたり、欲望のために殺人を犯したりするようになる」


 ルイジおじさんの最後の言葉に、私は冷たい手で背筋を撫でられたようにゾッとした。私は自分の望みを叶えるため、アンナおばさん殺人計画を立てていたのだ。恐ろしさに血の気が引いてゆく。


 異変に気が付いたのか隣に座ったリオが手を伸ばして、私の冷たくなった指先を優しく握ってくれた。


 そうだ。さっきも私の怒りを洗い流してくれたのはリオの愛だった。


「私、リオがいないとダメみたい」


「僕もだよ。あの女がやっぱりオリヴィアを売ろうとしてるって聞いて、殺してやるって思ったもん。でもオリヴィアには、人殺しになった僕なんて見せたくなかったんだ」


 私たちは手をつないだまま見つめあった。つねに正しく生きられるほど私たちは強くない。だからこそ手を取り合って、互いを思いあう気持ちで憎しみを乗り越えるのだ。


「オリヴィア、心配するでない」


 ルイジおじさんが目を細めた。


「憎い奴の脇腹を蹴るくらいなら心配ない。悪魔とは無関係だろう」


 なっ、おばさんを蹴り飛ばしたのが見られていたとは!


 リオはぽかんとしている。私は話を変える作戦に出た。


「ルイジおじさん、なぜ私たちを助けてくれたんですか?」

いよいよ核心に迫る質問!

ルイジおじさんの答えは?


(「気が()○る」という表現は、現代においては放送・出版禁止用語かと思いましたので、伏字にしております)

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