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 『自宅』のギフトを使わずに森の中で過ごすとなると、色々と不便が生じてくる。


 中でも問題になってくるのは、大きく分けて二つ。

 食事と、寝床の問題だ。


 まず最初の食事の問題について。

 自宅にいるのなら好きなように家電を使って調理を進めればいいけれど、ここではそういうわけにはいかない。


 肉を焼こうものなら匂いに引かれて魔物をおびき寄せてしまう。

 だからといって迎撃をして魔物を倒せば、その血の匂いに引かれて魔物が……というループ状態に陥ってしまう。


 長いこと魔物のエリアで活動する冒険者達は基本的にカチカチに乾燥させたパンや干し肉なんかで飢えをしのぐことが多いらしいけど、現代日本ばりの食糧事情に慣れてしまった俺達からすると流石に耐えがたい。


 そしてそれと負けず劣らず、睡眠も大切だ。


 基本的にはテントを用意して夜番を交代しながら夜を明かすのが一般的らしいけれど、これも襲撃の心配をすることなくぐっすりと寝ることができる俺達からすると耐えがたい。


 自宅から寝袋やテントを持ってきても、睡眠事情が変わるわけでもないし。


 けれど慣れというのは恐ろしい生き物で……俺達はだんだんと、森での暮らしに適応し始めていた。





「よし、それなら今日はこのあたりにしようか」


 時刻は午後五時前。

 日が落ちるまでにはまだ余裕があるけれど、森の中で広めのスペースを見つけたらそこで探索は終わりにする。


 これは一度完全に日が落ちて痛い目を見てから決めた、俺達のルールだった。


「アースコントロールっと」


 森暮らしを始めて、俺の土魔法の練度はぐんぐんと上がっていた。

 その理由がこのアースコントロールの魔法だ。


 土を操り、柔らかくしたり固めたりなんかも自由にできるアースコントロールが非常に便利なのだ。

 え、何にって……そりゃもちろん家を建てるのにさ。


 まず基礎になる土台を柔らかめに作ってから、その上に固めの土の板を敷く。

 次に支柱を立てて、支柱と支柱を繋ぐように土の板を作る。


 最後に天井部分を作ったら、接着作業だ。

 アースコントロールを使えば、継ぎ目がわからないほど見事にくっつけることができる。

 最後に火魔法と風魔法を使って土の水分を飛ばしたら、即席の土の家のできあがりだ。


 まぁ家って言っても、大部屋とトイレ、シャワー用のスペースがあるだけの簡素な間取りなんだけどね。

 土の家を建てるのにも慣れたもので、何度もやったおかげで今では十分もかからずに建てることができる。


 俺は基本的に魔法は攻撃に使うことばかり考えていたから、威力が他と比べると低い土魔法はなかなか使い道がなかったけど……まさか工作や建築なんかに使えるとはね。


 続いて襲撃に備えて土壁を作り、周囲に張り巡らせる。

 気合いを入れてMPを多めに込めれば強度も上げられるので、とりあえず最大まで注いでおく。


 続いて土魔法の練習も兼ねて、家をぐるりと囲むように大量の罠を設置していく。


 アースコントロールを使えば地面をくりぬいて落とし穴を作ることも、そこにスパイクや土杭なんかを仕掛けておくことも朝飯前だ。


 外側にわかりやすい罠を仕掛け、内側にわかりづらく一見するとただの地面にしか見えない落とし穴を仕掛けておく。


 壁や罠を設置して一仕事を終えると、立ち上がりふぅと額の汗を拭う。


 家を作るより、森の魔物の襲撃用の罠を作ることの方が時間がかかるんだよね。


 振り返ると、少し後ろに作業を見学していたティナリアの姿があった。


「何度見てもすごい……私も土魔法が使えたらなぁ……」


 生活水準の向上のために魔法の出し惜しみをしていないため、ティナリアは俺の魔法を間近で見続けている。


 そのため彼女が俺を見る目は、日増しにキラキラと輝いていた。

 憧れの視線を向けられるのはこそばゆいけれど、悪い気はしない。


「あれ、未玖さんは?」


「あ、もう調理してくれてます」


 耳を澄ませてみると、確かに家の中からジャッジャッジャッと何かを炒めるような音が聞こえてくる。


 中に入ると、ガスコンロを使って調理をしている未玖さんの姿があった。


「できたよ~」


 今日のご飯は鍋のようだ。

 ぐつぐつと煮立っている鍋から漂ってくる匂いに、思わず喉がゴクリと鳴る。


「今日は味噌を使った牡丹鍋だよ。一応ショウガモドキをすり込んで、可能な限り肉の臭みを消してみました」


 ショウガモドキというのは、この森で採れるショウガのような見た目と風味をした多年草のことだ。


 俺が土魔法の腕を上げている間に未玖さんは料理の腕をメキメキと上げており、ここ最近はこの世界の食材も巧みに取り入れてみせていた。


 自宅から取ってきた野菜類に、この世界で採れる野草や香辛料、そしてこの森で良く見かけるイノシシの魔物であるグレイトボアーの肉。


 それらの匂いを味噌が一つに纏め上げており、嗅いでいるだけでお腹が空いてくる。


「はふっ、はふっ……美味しいよ、未玖さん!」


「とても美味です、ミク!」


「そう? それなら良かった」


 気付けば夢中で食べ、そして追加で入れたお肉も含めてぺろりと平らげてしまった。

 食べてから少し話をして、そのまま一人ずつシャワーに入る。

 

 ちなみにシャワーと言っても、大きめのビニール袋にお湯を入れ、それに穴を空けて水を出すという非常に簡易的なものだ。

 ただこれでも浴びるのと浴びないのとでは全然気分が違う。


 もちろんシャンプーやボディーソープをしっかりと使わせてもらっている。

 当然ながらティナリアにも使わせている。

 使う度に彼女が狂喜乱舞しているのは、言うまでもないことである。


 眠るのはアイテムボックスから取り出した布団だ。

 自宅から持ってきた布団を使い、川の字になって眠る。

 ちなみに順番は左側から俺、未玖さん、ティナリアだ。


 いつもはこのままぐっすり眠るんだけど、今日は未玖さんの様子がいつもと違った。

 彼女はティナリアがぐぅ~と寝付いてから、


「起きてる?」


 と聞いてきた。

 こくりと頷きながら目を開けると、目の前にニコッと笑う未玖さんの顔がある。

 思わず心臓がドキリと跳ねる。


「勝君……ティナリアと仲いいよね」


「そう……かな?」


 首を傾げた俺には取り合わず、未玖さんはギュッと俺の手を握ってきた。


「――私のことも、未玖って呼んで。私、もっと勝君……勝と仲良くなりたいの」


「え……でも……」


 もちろん仲良くなりたいという気持ちはある。

 けれど健全な男子高校生にとって、女の子を呼び捨てにするのは結構勇気の要ることなのだ。


 でもたしかにティナリアは呼び捨てにしている。

 異世界に来てまで、日本の常識に縛られているのもおかしなことかもしれない。


「わかったよ、未玖。これからは名前で呼び合おう」


「うん、勝」


「未玖」


「勝」


「未玖」


 ――上手く言語化はできないのだけれど、ただ名前を呼び合うだけの行為が、無性に楽しかった。


 結局その日は夜更かしをしてしまったけれど、この世界ではそれを咎める人はいない。


 眠そうな顔をする俺達を見てティナリアは呆れた顔をしていたけど……まぁたまにはこういう日があってもいいよね。




 こうして森を進んでいくうちに、俺の土魔法の腕が上がり、未玖さんの料理の腕も上がり……そして二人の距離も縮まっていった。


 そんなことをしているうちにあっという間に時は流れ……俺達は森を抜け、ウェントへとたどり着くのだった――。

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