笑顔
「いやぁ、まさか本当に同行を許してくれるとは……マサルさん達は太っ腹だな!」
にこにこ笑顔のティナリアと一緒に森の中を歩いていく。
ただ何も、慈善事業をするというわけじゃない。
もちろん彼女のためでもあるけれど、この森の探検は同時に長いこと『自宅』が使えなくなる自分達のためでもあるのだ。
正直彼女を連れて行くかはかなり迷っていたんだけど、最終的には未玖さんが口にした言葉が決め手になった。
『今後のことを考えたら、今のうちに『自宅』を使わずに過ごせるように慣れておくのがいいと思う』
たしかに今後もこの世界で生きていくなら、『自宅』の力を使わずに過ごすことも増えてくるはずだ。
その予行演習として、ティナリアと一緒にウェントへ行くのはちょうどいい。
「他の開拓村は通らずにそのまま進ませてもらうからね」
「うん、大丈夫。別にそこまで仲がいいわけでもないし」
俺は自宅に戻らないのは地味に始めてなので、ストレスが溜まるだろう。
今回は慣らし運転でもあるわけで、他の開拓村は通らずに最短でウェントへ向かわせてもらう。
「しっかし、楽しみだなぁ! ウェントってどんなところなんだろう!」
「あ、ちょっと先行き過ぎだって!」
気分も弾んでいるからか身体がうずうずしてたまらないようで、森の中に飛び出していってしまいそうである。
森の中を歩くより、彼女を静止する方が疲れるよ。
その元気の良さには呆れるほどだけど……多分、そんなに長くは保たないだろうから気にしないでいいだろう。
「ぜー、はーっ、ぜー、はーっ……」
予想通り、ティナリアは一時間もしないうちにバテていた。
若くて体力に余裕はあるんだろうけど、上手いことペース配分しないとそりゃそうなるよねって話だ。
「ほら水飲んで、無理しないでゆっくり進んでいくから」
「あ、ありがとう……」
一応常にウィンドサーチと魔力感知を使いながら索敵は続けている。
別に同行者が一人増えたからと言って、大して問題はない。
……おっと、そんなことを言っているうちに魔力反応が。
反応が出てきたのは、一見するとなんの変哲もない樹からだった。
けれど間違いなく、この樹から魔力反応が出ている。
どうやらこいつは、樹の魔物であるトレントのようだ。
「シャドウランス」
「ギャヒイイッッ!」
陰の槍を突き刺すと、トレントは一撃で絶命した。
よく見ると樹の木目は人面のように歪んでいて、少し気味が悪い。
食べられないというのもマイナスポイントだ。
「トレントを一撃で……」
「勝君、トレントを使った木製家具は使えば使うだけ味が増していくらしいよ」
「なるほど、黒檀みたいな感じなのか……それなら一応持っていこうか」
「――トレントが消えたッ!?」
アイテムボックスを使って収納すると、ティナリアが目を白黒させている。
「アースニードル」
「キョアアアッッ!!」
注意が完全にトレントに向いてから奇襲をしかけていようとした巨大芋虫達を、土魔法を使って地面に縫い付ける。
この芋虫も一応何かには使えるか……とアイテムボックスに収納しておく。
――ただ時間を無為にするのももったいないので、俺は今回一つ目標を決めた。
それは今回ウェントに着くまでに、LVの上がりきっていない魔法を重点的に使っていくというもの。
せっかくなのでこの機会に、今まであまり上げてこなかった魔法のLVを上げていくことにしたのだ。
闇魔法もそろそろLV10が見えてくるし、土魔法に至ってはまだLV5までしか上げてないからね。
ちなみに延焼が怖いので、火魔法は調理くらいでしか役に立つことはないだろう。
念のために血のにおいに引き寄せられてやってくる魔物がないか確認していると、影に視界を遮られる。
誰かと思ったら、そこにはティナリアがいた。
彼女は目をキラキラさせながら俺の手を取って、
「すごい! 都会の冒険者っていうのは皆マサルさんみたいにすごいのか!?」
「勝君が特別なだけだよ」
気付けば未玖さんが逆の手を取っていた。
い……いつの間に。
いつもの変わらぬ笑みを浮かべているけれど、少しの間だけど一緒に暮らしてきた俺には、彼女が怒っているのがわかった。
な……なぜ怒っていらっしゃる?
「ふぅん、そうなのか……マサルさんってすごいんだな」
「そう、勝君はすごいの。すごいよマサルさんなの。だからあんまり馴れ馴れしくしないようにね」
「――ああ、わかったぞ!」
ティナリアが手を放すと、未玖さんは怒気を静めてくれた。
けれど結局お昼時になるまで手を放してはくれず、俺は少しだけ緊張しながら魔法を使い続けるのだった――。