少女
「はあっ、はあっ、はあっ……」
女の子は俺達の前までやってくると、膝に手をつきながら荒い息を吐いていた。
年齢は俺達より若いくらいだろうか。
少し赤みがかった金髪を後ろにひとくくりにして、ポニーテールのような髪型をしている。
「あ、ありがとう、自分で言うのもなんだけど、まさか止まってくれるとは思ってなかったよ……」
「いや……まぁそこまで時間に余裕がないわけでもないからな」
「何か話があるの?」
未玖さんが怪訝そうな顔をしているのには気付かずに、少女はバッとその手を大きく広げた。
そして目をキラキラさせながら、
「私を都会へ連れてってほしいんだ!」
と告げたのだった。
再び未玖さんと顔を見合わせる。
正直開拓村にあまり深く関わりたくないんだけど……どうするのがいいだろうか?
(この先にあるウェントの街まで連れてくくらいなら、別にさほど手間はかからないし、連れて行く?)
(私は――やめておいた方がいいと思うよ。こんな風に人をいちいち助けてたら、勝君の身がもたないよ。それに彼女のためにも、ここはきっぱりと断ってあげるのが優しさだと思う)
(なるほど……)
少女が呼吸を整え、考えをまとめている間にこそこそと作戦会議をする。
たしかに彼女を連れて行くとなると『自宅』の力は使わずに行く必要がある。
そうなると本来ならしなくていい苦労をするようになるのは間違いない。
未玖さんが俺のことを考えて、心を鬼にして言ってくれているのはわかる。
けど俺個人としては少女の話を聞いてみてからでもいい気がしていた。
もし彼女が村の誰からも助けてもらえていないのだとしたら……そんな状況で俺達がここにやってきたことには、何か意味があると、俺はそう思うから。
(まったく、勝君は優しすぎるよ……まぁでも、そんなところが素敵だと思うけど)
未玖さんは呆れた様子だが、どうやら俺を止めるつもりはないらしい。
ということで少女から話を聞いてみることにした。
「俺はマサル、そしてこっちの女の子がミクさん。君の名前は?」
「ティナリアだ。……なぁ、どうだろう、私を都会に連れて行ってくれないか?」
「どうして都会に行きたいの? やっぱり憧れとか?」
ティナリアはもちろんそれもあるけど……と呟きながら、ぐるりと周りを見渡す。
彼女の視線の先には、古びた民家と誰も出てきていない広場があった。
「この村は……終わってるからだ。ここにいても私は、ただ漫然と年を取って、村に数人しかいない男の中から誰か一人を選んで結婚して、子供を産んで一生を終えることになる。それなら一度、都会に出て自分の力を試してから戻ってきても遅くはないだろ?」
「なるほどね……ティナリアは何になりたいの?」
「わからない! でもそれを知るための上京だと思ってる! なぁ、連れて行ってくれるなら何でもするからさ。ミクと比べれば貧相かもしれないけど、一夜の共くらいなら……」
「ティナリア、何をやっているの!」
ティナリアの言葉に未玖さんが氷点下の笑顔を向けたその瞬間、後ろから声が聞こえてくる。
見ればそこには、彼女によく似た痩せぎすの女性の姿があった。
そしてティナリアは拳骨を落とされ、俺達はなんとなく流れで家に招待されることになったのだった……。
「この子は本当にもう……すみません、馬鹿な子でして……」
ティナリアのお母さんであるルナリアさんから許可を得たことで、俺達はなし崩し的に家にお邪魔させてもらうことになった。
「もし良ければ今日はうちに泊まってもらって構いませんので……」
どうやら二人で暮らしているようで、部屋は余っているから問題はないらしい。
ティナリアの父さんは既に帰らぬ人となっており、家には親子二人で暮らしているのだという。
どうやらティナリアの都会に出たいという言葉の中には、今も苦しい生活をしているルナリアさんのことを楽にさせてやりたいという気持ちも含まれているようだ。
このまま広がることのない農地を耕しているだけでは、早晩限界が来るのは明らかだ。
だが開拓地を出て森を抜け出稼ぎに行くためには、月に一度やってくる商隊についていく必要がある。
彼らに連れて行ってもらうだけの金の準備もできず、あの手この手を使って何度頼んでも断られてしまい、ティナリアは途方に暮れていたのだという。
そんな時に俺達が来訪したのだというから、なんとしても逃がしてなるものかとものすごい勢いで走ってきたらしい。
「なるほどね……」
後でしっかりと未玖さんと話す必要はありそうだ。
けど今は、それよりも先にやりたいことがある。
ティナリア家の食糧事情は、お世辞にも余裕があるとは言えなさそうだ。
食材はこちら側で提供して料理を作ることにした。
「美味っ! 何これ、こんな肉食べたことないよ!」
「美味しい……こんな高価なものを、すみません……」
提供したのは森で狩ったオークの肉だったが、かなり好評だった。
どうやら開拓村では肉は滅多なことでは食べられるものではないらしく、目の色が違っていた。
まったく遠慮をしないティナリアは、串打ちをしていた未玖さんがへとへとになってしまうほど、ものすごい勢いで肉を食べまくっていたし。
「それでは、こちらへどうぞ」
食事を終え、ルナリアさんに寝室に案内される。
そこは大きめの部屋で、一応布団も折りたたまれて置かれていた。
ただ現代日本の寝具に慣れてしまった俺達では眠れなさそうだったので、自宅から取ってきた布団を敷くことにする。
「俺は開拓村の人達はただただ排他的なだけだと思ってたけど……ルナリアさんもティナリアも、真っ直ぐで純朴な人だったね」
「うん、なんかちょっとイメージが変わったかもしれない」
きっと彼らには、ただ余裕がないだけなんだ。
その性根は、王都に暮らす人達とそう大差はないに違いない。
それにいきなり冒険者が来たら、警戒をするのは当たり前のことだ。
俺達の方にも、色々と常識が足りていない部分もあっただろうし。
俺と未玖さんは、夜通し話をすることにした。
そして次の日の朝。
何か言いたそうな顔をしているティナリアに向けて、俺達は――手を差し出す。
「ティナリア、良ければウェントまで連れて行くよ」
「――い、いいのかっ!? 待っててくれ、すぐに準備してくるから!」
俺達は『自宅』を使わない不便を覚悟の上で、彼女と一緒にウェントへ向かうことを決めるのだった――。