開拓村
「ん……ダメッ……」
「あとちょっと、あとちょっとだけ入れられるから」
「も、もう……無理いぃっ……」
俺は彼女のことを、しっかりと見守っていた。
頭上に浮かぶカウントダウンの秒数が刻々と減っていき……そして0になる。
「お、終わったぁ~……」
へなへな~っと地面に倒れ込んでしまう未玖さん。
彼女が持っているのは、近未来の握力計のような見た目をした何かだ。
俺が魔力操作盤と呼んでいるそれは、MPを向上させるためのトレーニング器具であった。
――そう、ここは俺が増築の力を使って作り出したトレーニングルームだ。
断じて俺の部屋ではないし、いかがわしいことが行われていたわけでもない。
妙な想像をしている人がいたら、きっとそいつの妄想力がたくましいだけだ。
「でもきちんと三時間、しっかりこなせるようになってきたね」
「うん、勝君に見られてると手を抜くわけにもいかないからね」
魔物を手加減して殺すことが難しい現状、未玖さんは時間を見つけてはトレーニングに励んでいる。
最初は三時間ぶっ続けで訓練をするという行為自体になれなかった未玖さんも、今ではしっかりトレーニングルームに染まっている。
「最初は辛かったけど、最近は慣れてきたよ。集中力は要るけど、あんまり体力を使わないのは大きいかもね」
「後衛のヒーラーだと体力はそんなに必要ないもんね……でも個人的には体力と防御は上げれる時に上げといた方がいいと思うよ」
「うん、それならトレーニングメニューをちょっといじろうかな」
ちなみに俺も一緒になって運動しているので、俺と未玖さんは同居人でもありトレーニング仲間でもある。
最近はお互いのトレーニング内容を見て意見を出し合ったりしているので、完全にトレイニーというやつだ。
未玖さんは魔法攻撃力とMPを上げるようにしている。
光魔法の回復力は、魔法攻撃力依存らしいからね。
本当なら両方を一ずつ上げることができるもっとごついマシーンを使いたいところだけど、今の未玖さんだとステータスを2ずつ上げることができるパワーアップしたマシーンは使うことができなかった。
多分だけどステータス値かLVによる使用制限のようなものがあるんだと思う。
ちなみに俺は、2Pカラーランニングマシーンで未だに俊敏を毎日2ずつ上げている。
聖骸の騎士と戦った結果、俺はやっぱりスピードが正義という結論に至った。
極論言えば相手より早ければ攻撃も避けられるし、最悪その場から逃げられるからな。
当たらなければどうということはないという赤い大佐の言葉は偉大である。
俺は俊敏厨であり続けようと思う。
「そういえば、そろそろ森を抜けてもおかしくないくらいには進んでるよね」
「開拓村かぁ……ちょっと見るのが怖いかも」
この国には開拓村や開拓中とされている領地が大量に存在している(これはもちろん王国に限った話ではないんだけど)。
そして基本的に、開拓村は貧乏なことが多い。
産業を興したり広い土地を耕して余裕がある一部の地域を除くと、開拓村を治めている領主はギリギリで生活しているところがほとんどらしい。
なぜそんなことになっているか。
簡単に言うとグルスト王国では、未だに墾田永年私財法よろしく、開拓した土地はそいつのものという法律があるからだ。
先々代王よりも以前の、未だ王国が武力で鳴らしていた頃は、一旗揚げるために入植を始めた冒険者達が魔物を倒し新たに辺境の貴族家として家を興すこともそこまで珍しくはなかったという。
王国も税さえ納めれば、問題なく貴族として遇していたらしいし。
ただ土地を耕し成功して貴族家になったはいいものの、領地経営が上手くいかず開拓が途中で止まった領地なんかも多く。
運良く魔物の居ないスペースを開拓できたものの、周囲を魔物の生息領域に囲まれて身動きが取れなくなっている開拓村なんてものも大量にあるらしい。
なんでそんな村々がまだ潰れていないのかというと、それは魔物の性質に拠るところが大きい。
魔物というのは不思議な生き物で、基本的によほどの異常が起こらない限り自分の生息域から出てくることはない。
魔族や魔王なんかに号令を受けたり、生息領域が軍に攻め込まれでもしない限り、基本的に強い縄張り意識を持ち、その範囲内で生活をすることが多いのだ。
なので魔物に怯えながらも、一応彼らはギリギリの生活を送ることができているというわけだ。
ちなみに国は辺境の貴族家に、ほとんど支援らしい支援はしていない。
そのため王国では辺境貴族と中央貴族はめちゃくちゃ仲が悪いという話だった。
俺達が行くことになる開拓村も、長いこと停滞している場所という話だったけど……そこまで深刻な状態でないことを祈ろう。
そんな話をした次の日、俺達は本当にガヴァの森を抜け、開拓村へたどり着くのだった。
「これは……」
「たしかに、停滞してるね……」
村全体からどよーんとした空気が漂っており、皆は日々を生きるので精一杯な様子だ。
余所からやってきた俺達に対しての態度もあまり良いものとは言えず、非常によそよそしかった。
どうやら俺達が下手なことをして魔物が村にやってくるのを恐れているらしい。
歓迎ムードでとは言わないけれど、ここまで邪険にされると俺達としてもあまりいい気分ではない。
道中大量に狩っていた魔物の素材を格安で提供するくらいのことはしてもいいかなと思っていたんだけど……なんだかそんな気も失せてしまった。
俺達は王都の宿屋より高い値段で空き家に泊まらせようとする村長の勧めを断り、小一時間滞在しただけでそのまま開拓村を後にすることにした。
「田舎の悪いところを煮詰めたみたいな場所だったね」
「うん、まだいくつか開拓村はあるみたいだけど、とりあえず通らずにそのままウェントまで行っちゃった方が……」
「ちょっと待ってくれ、そこのお二方!」
俺達がくるりと振り返るとそこには、こちらに向けてダッシュしてくる女の子の姿があった。
ズダダダダダッと駆けてくる少女を見て、俺と未玖さんは顔を見合わせるのだった――。