講義
俺はLVが上がり体力も上がったせいか、最近どれだけ動いても疲れることがなくなった。
けど当然ながら、未玖さんはそうではない。
再び人間をやめ、睡眠すら削って効率の鬼になればもっと早く進めるけど……個人的にキツキツのタイムスケジュールを送る日々はあの五ヶ月でお腹いっぱいだ。
なので今は、未玖さんと歩幅を揃えながらわりと余裕を持って毎日を過ごしている。
森の探検に飽きてくるまでは、今のペースを続けるつもりだ。
昼の進行を終えると、おやつの時間は未玖さんのアリステラ講座のを受けることになっている。
俺はこの世界のことにあまりにも疎い。
基本的に引きこもってるか戦ってるかばっかりだったので、常識を学ぶ時間を取ってなかったからね。
今後のことを考えるとそれもまずかろうということで、未玖さんから色々な話を聞かせてもらう時間を取るようにしたのだ。
今日の講義は、魔物についてである。
「まずね、このアリステラでは人間が暮らせる領域はさほど広くないの。というか、魔物の暮らしている領域が広すぎるんだよね」
形から入るタイプなのか、どこかから取ってきた眼鏡と指示棒を持ちながら未玖さんがピシッと背筋を伸ばす。
ちなみに別にホワイトボードとかを使っているわけでもないので、本当に形だけである。
でもそんな風に背伸びする未玖さんもかわいいので、オールオッケーだ。
「現在魔王が治めているという魔王領だけでも、人間が暮らしている領域全てを足したよりもはるかに広いんだっけ?」
「うん、どれくらい広いかは全然わかってないらしいけど……話では何百万っていう魔物が暮らしてるって話だよ」
この世界では、未だ人間は支配種族ではない。
わりと物騒な気がするアリステラでは、意外なことに人同士の大きな戦争は起きない。
その理由は簡単。
どの国も、そんなことをしている暇と余裕がないのだ。
さっきも言った通り、この世界で人が支配できている領域は狭い。
そしてどの国も、一部の例外を除くと絶えず魔物の脅威に晒されている。
というか、人間が暮らしている国の中にも魔物の領域は多数存在している。
グルスト王国もその例に漏れず、まだまだ開発できていない場所が沢山あるのだ。
わざわざ争って他国の領域を奪うくらいなら、まずは手つかずの国内の魔物の生息域をなんとかした方がいい。
お偉いさん達が皆そう考えているおかげで、アリステラではもう長いこと人族同士の本格的な戦争は起きていない。
そして何十年何百年という時間をかけて、人間は徐々に生息領域を増やしてきたのだという。
もっとも、魔王率いる魔族軍が北から侵略を始めたおかげで、既に増やした分よりも奪われた部分の方が広くなってしまっているらしいけど。
基本的に国軍は魔族の討伐と国内の治安維持にかかりきりだ。
そのおかげで冒険者という職種がお目こぼしを受けているということらしい。
「魔法技術も基本的にはあっちの方が優れてるらしいよ」
「……そんなの相手にして勝てるのかな?」
「勝てないから、私達が呼ばれたんじゃないかな?」
「なるほど……笑えないね」
現在人間側は神聖エルモア帝国を盟主として対魔王同盟を組み、互いに戦力を融通し合いながらなんとか魔王軍を退けているのだという。
向こうが一丸になって集中攻撃でも受ければ大国である帝国も沈みかねないらしいけど、幸いのところ現在は魔物側の侵攻が散発的なおかげでなんとか対応することができているらしい。
「どうやら魔王軍も、一枚岩ではないみたい。魔王以外の魔物や魔族達はケダモノだから知恵がないと言ってる人達もいるし、魔物側も人間みたくいくつもの国に分かれてるんじゃって人もいるね」
人間側の諜報の成果は芳しくない。
魔族に扮装しようが、今のところまったくといっていいほどあちらに浸透できていないのだと。
対して人間側の勢力には大量に魔族が潜んでいるという話だから、本当に笑えない。
……もう諸手を上げて降伏したらいいんじゃないかな?
「ちょっと初歩的な質問をしてもいい? 魔王軍は魔物と魔族で構成されてるんだよね? それってどう違うの?」
「ざっくり言うと人間っぽい見た目をしているのが魔族、それ以外が魔物ってことらしいよ。基本的には魔族が魔物を率いていることが多いみたい」
魔族が魔物の上位種……みたいな感覚なのかな。
リッチがスケルトンナイト達を従えてたあの感じを、もっと大きな規模でやっている感じだろうか。
ただとにかく魔王と魔族に関しては、情報が錯綜しすぎていて何が正しいかは王都からでは全然わからないようだ。
本当のことが知りたいのなら、やはり最前線である北部へ向かう必要があるらしい。
今はまだ考えられないけど……余裕ができたら北に行ってみるのもありかもしれないな。
もし本当に人間の国が全部滅んで人が魔族の奴隷になったりしたら、流石に生きていけないしね。
「けど実は、ここ最近対魔王同盟に亀裂が入り始めてるの。グルスト王国とそれ以外の国の仲が、悪化し始めてるんだよね」
「王がダメダメだから?」
「もちろんそれもあるけど……一番の理由は、グルスト王国が周囲から了承も得ずに勝手に勇者召喚をしたからだよ」
「え、無許可でやったの?」
「どうも王様自身、成功すると思ってなかったみたい」
「えぇ……」
未玖さんのアリステラ講座は続く。
俺は新しい知識を得て興奮したり、知りたくなかった事実に眉をしかめたりしながら、どんどんとこの世界の知識を蓄えていくのだった――。