別れ
開けて次の日、俺は自宅を後にして一人行動を開始することにした。
未玖さんは良くも悪くも王国の中で顔を知られてしまっているので、連れ歩くリスクが大きすぎる。
一人で動いた方が色々と都合がいいため、彼女にはしばらく自宅で待機をお願いしている。
まずは『騎士の聖骸』へと向かう。
ドア設置を使ってみると、第十二階層とは別にダンジョン最奥と呼ばれるドアの設置ポイントが新たに増えていた。
どうやら棺桶のあったボス部屋と花畑は別々にカウントされるようだ。
気を取り直して各階層を確認してみるが、魔物の姿は完全に消えていた。
どうやらダンジョンはしっかりと活動を停止させたらしい。
そして魔物の数と反比例するように、中に今まででは考えられないくらいの冒険者達の姿があった。
調査に来ている感じなんだろうか?
既に和馬君達の姿もない。
多分王城へ戻ったのだろう。
次に小屋を見に行くが、修復される様子もなく壊れたままだった。
当然ながらそっこに、バリエッタさんの姿はない。
彼は元気にしているだろうか。
俺単独であれば、定期的に王都の様子を確認することもできる。
そう遠くないうちに、彼のことを探しに来ることにしよう。
冒険者ギルドへ入ると、中はかなりてんやわんやだった。
どうやら『騎士の聖骸』が活動を止めたせいで、色々と大変なことになっているらしい。
魔物がいないのでほとんど何もないだろうけど……あ、魔法陣の先にある花があったか。
多分だけど、軒並み引き抜かれてしまうんだろうな。
あの綺麗な花畑を見ることができなくなるのは、少しだけ残念な気がする。
「あ……マサル君! 久しぶりね!」
「お久しぶりです、メリッサさん。この活気……一体何があったんです?」
すっとぼけて言ってみると、メリッサさんは興奮した様子で手を広げてみせた。
「なんと……『騎士の聖骸』が攻略されたらしいの! 王国にいる勇者様がやったんだって!」
「ええっ、そうだったんですかっ!?」
どうやらダンジョンコアの破壊は、和馬ハーレムがやったことになっているらしい。
ぐぬぬ、俺の功績を奪いやがって……なんて気持ちは欠片もない。
というか正直、感謝の気持ちしかない。
既にこんな騒ぎになってるわけだし、ダンジョンを踏破した本人なんてことになったら、どれだけ面倒が湧いてくることかわかったもんじゃないからね!
全部肩代わりしてくれてありがとう、和馬君!
「そういえばマサル君は『騎士の聖骸』に潜ってたわよね? それなら今までどこに……」
「あ、あはは……」
正直に言うわけにもいかないため、適当に笑ってごまかしておく。
軽く世間話をしてから、長いこと王都で目の上のたんこぶだった『騎士の聖骸』がなくなったことで、浮かれムードのギルドの中の話し声に耳を澄ませる。
とりあえず未玖さんがいなくなったことは話題には上がっていなかった。
皆から勇者を讃える声が聞こえてくる。
この調子では、今頃一年一組の皆は大忙しだろう。
できれば御津川君とは連絡を取っておきたかったけど……ほとぼりが冷めるまでは接触は控えておいた方が良さそうだ。
「『騎士の聖骸』もなくなったので、自分は王都を出ようと思います。今まで色々とありがとうございました」
「……そう、寂しくなったらまたいつでもグリスニアに帰ってきていいんだからね?」
「――はいっ!」
こうして俺は、冒険者ギルドを後にする。
別れを惜しみながら手を振るメリッサさんの姿を、しっかりと脳裏に焼き付けておこうと思った。
街をブラつきながら、東門へ。
そこには相変わらず少し気を抜いて検問をしているバンズさんの姿がある。
「おお、未来の冒険者ことマサルじゃねぇか!」
「お疲れ様です、バンズさん。実は今日はお別れを言いに来ました。王都を出ようと思いまして」
「ああ、たしかにしばらく王都はうるさいだろうからな。迷宮都市にでも行くのか?」
「いえ、見識を広げたいと思いまして、色々と回ってみる予定です」
「おう、そうかぁ……若いうちは色々やった方がいいわな! 応援しかできないけど頑張れよ!」
そうは言っているけど、実は既に向かう先は決めている。
東にある開拓村を抜けていった先には森を挟んでいくつかの領地が続いており、そこを更に進んでいけばたどり着く魔物達の棲息するエリア。
更にその先へ進んでいくとそこには、神聖エルモア帝国がある。
グルスト王国よりも高い国力と安定した治世と評判なこの地が、俺と未玖さんの次の目的地だ。
東門を抜けていく時に、俺はバンズさんに以前から決めていたあるものを渡すことにした。
「バンズさん、これ、もしよければ受け取ってください」
俺が渡したのは、腰に提げていた一本の直剣――スケルトンナイトが使っていた、両刃剣だ。
少なくとも王都の武器屋で売っているものよりは質もいい。
「こんなもの……ホントにいいのか?」
「はい、バンズさんは俺の恩人なので」
「そうか……それならありがたく使わせてもらうぜ」
大量に貯蔵してあるから俺の懐もほとんど痛くない。
レブナントの装備品を渡したら流石に怪しまれるかもしれないけど、スケルトンナイトの剣くらいなら足がつくこともないだろう。
「それじゃあ、またな!」
俺はグルスト王国に良い印象を抱いていない。
けれど国そのものと、そこで暮らす人達はまた別だ。
バンズさん、メリッサさん、バリエッタさん……俺が接してきた人は皆気の良い人達ばかりだった。
五ヶ月前、ここにやってきた時と比べたら、俺は大きく変われたと思う。
またそう遠くないうちに、王都にはやってくるはずだ。
そしたらその時は……。
「また……戻ってきますので!」
「おう! その時までには、この剣もきちんと使えるようになっておくからよ!」
こちらに向けて剣を掲げているバンズさんに手を振りながら、俺はゆっくりと歩き出す。
そしてアリステラに来てから長いこと滞在していた王都グリスニアを、後にするのだった――。