脱出
外から聞いているだけでも、王国という国はなかなかに終わっている。
増税に次ぐ増税をしているにもかかわらず、王族の暮らしぶりは非常に派手であり、魔族相手の戦争は終わる気配を見せないため軍事費はいたずらに増え続けている。
勇者をその矛先を逸らすために使っているらしいけれど、それにも早晩限界が来るだろう。
そうなった時に批判の矛先になるのは、異界の勇者になる。
革命でも起きようものなら、彼らの命だってどうなるかわからない。
それに彼らが勇者として大切にされているようにも、あまり思えない。
だって現に、こうして未玖さんを証拠を残さず暗殺しようとしているわけだしね。
「神聖エルモア帝国とか、ザルツブルグ諸国連合とか……亡命先はいくらでもある。勇者ってことなら、諸手を挙げて歓迎されるはずだし」
そしてこの世界にある国は、グルスト王国だけではない。
多分……というか間違いなく、もっといい場所があるはずだ。
この世界では、必ずギフトを持っている勇者というのは特別な存在として扱われる。
歴代の勇者達の功績のおかげで、無下にされることはまずないだろう。
「まぁ、全員は無理だと思うけどね。ほら、和馬君とその周りの女の子とかは多分動けないだろうし」
「あのね勝君、それなんだけど……」
未玖さんの話を聞いて、俺は天を仰いだ。
どうやら既に王国のハニートラップに引っかかった者が多数いるらしい。
まあたしかにこの世界の人達の顔面偏差値はかなり高い。
でも明らかに後ろに糸が見えてるんだから、そこはコロッといかれないでほしかった……。
「でももちろん、王国のことを良く思ってない人も多いよ。女の子達の中には、無理矢理訓練をさせられるのが嫌で部屋の中に引きこもっちゃってる子とか、ホームシックで夜中に一人で泣いてる子なんかも多くて……」
どうやら未玖さんは、そういった勇者達のメンタルケアも行っていたらしい。
未玖さんマジ聖女。彼女の半分は優しさでできている。
彼女がいなくなったあとの一年一組は、果たしてやっていけるんだろうか……。
「それならなんにしても、助け船を出す必要はありそう?」
「うん、それは間違いなく。今の王国のやり方だとただ戦い方を学ぶだけで、戦いたくない人用のメニューとかそもそもなかったりするからね。戦闘系以外のギフトの人だっているから、有効活用すればもっと色々とできるはずなんだけど……」
どうやらクラスメイト達の中にも助けを求めている人は多いらしい。
ガンガン前線に出されている御津川君を見れば、最終的に自分達がどうなるかは予想がつくだろうし、当然の判断だと思う。
「まぁ今すぐにってわけにはいかないけどね。薄情かもしれないけど、救出は俺達に無理のない範囲でやっていけたらなぁって思ってる」
正直なところ、俺はクラスメイトの皆にそこまで強い思い入れはない。
王国そのものに反逆して国際指名手配犯とかになってまで助けようとは思えない。
助けられるなら助けておいた方が、後々効いてきそうだよなという打算もあるし。
異世界で戦いすぎたせいで、俺も少し思考がドライになってきているのかもしれない。
けれどどうやらそういった考え方をしているのは俺だけではないようで……
「私もそれでいいと思う。……というか、無理して皆を助ける必要もないと思うよ? だって私以外、誰一人として勝君のことを気にしてなかったもん」
暗い表情をしてから、未玖さんがにこりと笑う。
妙に凄みのある笑顔だった。見ていて怖い笑顔っていうのもあるんだな……。
どうやら未玖さんも、王国でかなり揉まれてきたらしい。
「そんな人達のために力を使うのも馬鹿らしいよ。一年一組の皆ににこのギフトを見せたら間違いなく勝君に寄生してくるだろうし……ギフトなしで亡命できるようになるまで、放置でいいんじゃないかな?」
未玖さんの思考は俺とわりかし近かった。というか、俺より更にドライだ。
俺もできれば『自宅』の力は使わずにいきたいとは思ってたけど……実際問題瞬間移動のジョウントだけでクラスメイトを異国に送るのは、今の俺でも無理だ。
検問の度にジョウントを使いまくるって言うのも現実的じゃないし、ドア設置の力を使えばコスパ良く移動ができるから、ギフトを見られるのもやむなしと思ってた。
けどたしかに……俺のギフトで全員を養うことが無理な以上、下手に力を見せない方がいい……か。
「ていうか俺達って……勝君は私を輪に入れてくれてるんだね……嬉しい」
「え、何か言った?」
「な、なんでもないよ!?」
ぼそぼそっと何かを言われたので聞き返すが、未玖さんは顔を赤くするだけで答えてはくれなかった。
もぞもぞと動いてから、気を取り直してことさら明るい声で、
「で、でもね、この世界にはドラゴニア竜騎士王国や星竜同盟みたいに空輸ができる勢力もいるから、ギフトなしでも案外なんとかなると思うよ!」
「……なるほど」
俺は現代知識に囚われすぎていたのかもしれない。
ここは地球じゃないから、わざわざ楽器ケースやトランクに入って検問をすり抜ける必要はないのだ。
異世界ならではのやり方を使えば、皆を助け出すのもなんとかなりそうだ。
ただなんにせよ、まずは受け入れ先を探すところから始めなくちゃだろうけど。
最終的に、王国にほとほと愛想を尽かしている俺達二人の意見は一致した。
「「今すぐグルスト王国を出よう」」
こうして俺達はすぐにでも王都グリスニアを脱け出すべく、準備を始めるのだった――。