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 感動の再会を果たし、情熱的な抱擁をしてからしばし。


 俺と未玖さんはほとんど同じタイミングで、自分達が浮かれて周囲の警戒も怠りながら抱きしめ合っていたということに気付き、その恥ずかしさにもだえることになった。


「ご、ごめんね勝君、再会できたことがあまりにも嬉しかったもので……」


「じ、自分も同様です……」


 ぺこぺこと謝りながら、とりあえず様子を確認する。

 幸い傷は負っていないようなので、魔法を使って回復する必要はなさそうだ。


「……(ちらっ)」


 基本俯きながら、たまにちらちらとこちらを覗いてくる未玖さん。

 その見た目は俺が知っている半年前の頃と比べると、ずいぶんと違っていた。


 ……考えてみれば、当たり前か。

 異世界にやってきて、変わらないはずがないもんね。


 まず着ているのは制服ではなく、この世界の衣服だった。

 それも普通の麻布じゃなくて、いかにも高級そうな青と白の修道着だ。


 そして顔つきも、以前と比べると大人びているように見える。

 優しい表情は変わらないんだけど……どこか陰がある感じがするのだ。


 未玖さんは『聖女』のギフトを授かり、聖教預かりの身になって怪我人を癒やしていたと聞く。きっと大変な思いをしたんだろうな……。


「多分だけど、かなり疲れてるよね?」


「う、うん……MPが切れそうで、正直結構キツいかも……」


 そう言って笑う未玖さんは、疲労困憊といった様子で明らかにぐったりとしていた。

 さっきまでエルダーリッチと戦ってたのだ、疲れるのも当然だろう。


 心を落ち着けてから、気を取り直す。

 彼女をしっかりと休ませてあげないといけない。


(――問題ない、未玖さんは信じられる)


 俺は『自宅』のギフトを発動させた。

 ドアを開くと、突如として自宅が現れる。


 ドアを閉じている間、自宅は俺以外には見えない。

 けれど逆を言えば、ドアさえ開けば自宅は他人にも見えるのだ。


 自宅を見上げる未玖さんの顔に、驚きの表情が浮かぶ。

 いきなり見覚えのある家が現れれば、そりゃびっくりもするよね。


「……勝君、これって……?」


「大丈夫。俺を信じて、ついてきて」


「う……うんっ!」


 おそるおそる未玖さんの手を握ると、力強く握り返された。

 放してたまるものかという強い意志を感じる。


 こうして俺はこのアリステラにやってきてから初めて、人に『自宅』の力を見せるのだった――。




「お、おじゃましまーす……」


「どうぞ……って言っても、俺以外誰もいないんだけどね」


 いつものように靴を脱ぎっぱなしにしていると、未玖さんは俺の分まで綺麗に揃えてくれた。

 どうやら『自宅』の力に興味津々な様子で、きょろきょろと家の中を眺めている。


 彼女はちょっと言いよどんでから、意を決した様子で尋ねてくる。


「これって勝君の家、だよね……?」


「うん、そうだよ。俺のギフトは『自宅』って言って、自宅っぽい何かを呼び出せる力なんだ」


「ギフトが……『自宅』……? 自宅っぽい、何か……?」


 理解不能といった様子で首を傾げている未玖さんを見て、思わず笑ってしまう。

 たしかに、説明されてもちょっと意味がわからないよね。


 俺はわりと最初から受け入れてたけど、これが普通の反応なんだろうな。


「……もしかしてこれって、玄関以外も再現されてたりする?」


「うん、生活用品や食料品も揃ってるし、家電も俺のMPで動かせるよ」


「食料品に……家電まで!? 家電って言葉、こっちに来てから初めて聞いたかも!」


 歩き出す未玖さんは、先ほどまでの疲れを感じさせないほどの早足だった。

 目をきらきらと輝かせている彼女を見ていると、なんだかこっちまで元気がもらえるような気がする。


 彼女がドアを開けるとそこには、冷蔵庫やエアコンなどが設置されたリビングが広がっている。


「ふわあぁ~~」


 気の抜けた声を上げる未玖さんの視線が、何かに固定されている。

 何かと思い視線を追っていくと、その先には透明な櫃にぎっちりと詰まっているお米があった。


 ギギギ……と、油の切れたぜんまい仕掛けの人形のように首を動かす未玖さん。


「ま、勝君……さっきの言葉、嘘じゃないよね?」


 彼女が何を期待しているかは、すぐにわかった。

 なので俺は、彼女が求めているであろう答えを口にする。


「うん、動くよ、炊飯器」


 未玖さんは勢いこちらに振り返ると、ダダッと近付いてくる。

 そしてこちらを上目遣いで見上げながら、ほしいものをねだる女の子のように、


「……お米、炊いてもいい?」


 とかわいらしい要求をしてくる。


 俺は、もちろんその要求を快諾。

 水と米を入れた炊飯器を早炊きにセットすると、聞き慣れたメロディー音が鳴る。


「おかずは……ハンバーグでいい?」


「大好き勝君、一生ついていきます!!」


 こうして未玖さんは、一瞬のうちに『自宅』のギフトに魅了され。

 お互いのことを話しているうちに、あっという間にお米が炊けるのだった――。

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